18.ふさわしい場所へ
懐中時計が刻む音だけが規則正しく耳に響く。
黒田は悲しんでいるのか、怒っているのか、つかめないような顔をして、じっと何かを考え込んでいたが、再び目を開けた時には、すっかり事務的な口調になっていた。
「残念ながら時間切れです。それではあなたの迷える魂を、あなたにふさわしい場所にお送りしましょう」
いきなり話題を変えられて、「は?」と身を乗り出した途端、身体が床に沈みこんだ。
「あ、そうそう、お貸しした傘は返して頂きますね」
追いかけるように聞こえてきた声は、水の中から聞く音のように、妙なエコーがかかっている。
「え?」と聞き返した時には、周囲は闇に包まれていた。
別荘地の夜も暗かったが、そんなもんじゃない。
正真正銘の真っ暗闇。
何も見えないのに、果てしなく落ちていく感覚だけがリアルで、胃が口からせり出してきそうだ。
頭が痛い。
めまいがする。
気分が悪い。
(息が……息が、できないっ!)
天国への道程でこんなにひどい目にあうわけがないから、これはもう真っ逆さまに地獄へ落ちているに違いない。
苦しみは永遠に続くかと思われたが、実際はその逆だった。
闇に落ち込んでから一分もしないうちに、俺は完全な闇から別の闇へとはじき飛ばされた。
ホームを照らす青白い照明。
コンクリートを叩く硬い靴音。
列車の通過を告げるアナウンス。
ホームに立っていた人たちが一斉に同じ方向に視線を動かし、そして……。
耳をつんざくブレーキ音。
こちらに向かってくる金属の固まり。
(……あ……)
気付いた時は、遅かった。
NGを出した役者が、同じ場面を繰り返し演じさせられるように、俺はまた背後から突き飛ばされていた。
前方に倒れ込みながら、辛うじて首だけひねって、強引に後ろを振り返った。
初回より冷静でいられたのは、生への執着をとっくに断ち切ってしまったからだろう。
俺の意識は、全く別のところにあった。
ホームに立つ男が冷やかな眼差しをこちらに向けている。
それを確認した刹那、車輪のきしみ音とともに静電気が闇にはじけた。
全てを飲み込む圧倒的な衝撃。
複数の悲鳴。
麻賀雄介の悪魔的な微笑だけを目に焼き付けて、俺は意識を手放した。