13.サービスエリア
幽霊になりたての俺には生きていた頃の感覚が根強く残っていて、空を飛んだり、瞬間移動したり、ポルターガイストを起こしたり、そんなことは思いもよらないし、できもしない。
だが、実体がないことだけはいやというほど思い知らされているわけで、時速百二十キロで走る続ける車の屋根に佇立することぐらいは、わけもなかった。
平日の夜の高速道路は車の流れもスムーズで、麻賀が運転する高級車は西へ西へと進んでいく。
道路の左側には宝石箱をひっくり返したような夜景が広がり、近づいては去っていく様々な色の光跡が目にまぶしい。
「どこへ行くつもりだろう?」
前方に目を凝らしつつ呟いた。
トンネルを抜けてしばらく行くと、サービスエリアの所在を告げる案内板が見えてきた。
車のスピードが次第に落ちていく。
ガソリンの残量計が限りなくゼロに近づいているから、給油が必要なのだ。
いずれにせよ、車がサービスエリアのガソリンスタンドに入った今が、助けを求める唯一無二のチャンスに違いない。
車の屋根から飛び降りた俺は、前方を歩いている人影に向かって駆け出した。
「あの……」
雨も降っていないのにこうもり傘を差している俺を見て、女は咎めるように眉をひそめたが、礼儀正しく頭を下げると、すぐに表情を和らげた。
「その傘、どうしたの? 雨は降っていないわよ」
「ちょっとわけがあって、それより、お願いが……」
警察に連絡して欲しいと頼み込むと、当然のことながら理由を訊ねられた。
(ここからが勝負だ)
俺は小さく息を吸い込み、用意した嘘を口にした。
教師に妙な薬をもられ、強引に車に連れ込まれた。
自分は意識を取り戻し、すきを見て逃げたけど、一緒につかまったクラスメイトが今もとらわれたままになっている。
二人の高校生を同時に誘拐。
しかもそのうちの一人は男子生徒というのだから、これはかなり苦しい嘘だ。
だが、幸いにして、相手は真剣な顔で話を聞いてくれている。
「あれです、あの車です」
シルバーのボルボをまっすぐ指差し、麻賀雄介の名前と学校名、吉田比奈の名前と電話番号、記憶した車のナンバーを告げてから、俺はもう一度、頭を下げた。
「お願いします。今すぐ警察に電話して下さい。吉田の家に確認してもらえば、俺が嘘をついていないことが確認できるはずです」
「わ、わかったわ……。あ、待って! どこへ行くの?!」
うろたえつつも携帯電話を取り出した女は、いきなり背を向けた俺に、あわてて声をかけてきた。
「車に戻ります」
「だめよ、何を考えているの!? あなた、名前は!?」
叫んだ声は聞こえたが、振り返ることはしなかった。
給油を終えたボルボが今まさに走り出そうとしている。
闇に紛れてすばやく傘を閉じ、車の前方五メートルの位置で地面を蹴って跳躍した。