内気な天然娘
嵐のような男であったボビーをはるかに超えるインパクトを植え付けられた将太は早速玲を心の中で姉御と呼ぶことにした。
玲に挨拶が終わって三人目であるがまだあと四人もいるとなると気が遠くなった。今までにあった三人ですら一生忘れられないほど濃ゆいメンバーであったのだ。これから出会うメンツも軒並み強烈な個性を持っているに違いないと将太は気を引き締めた。
が、四号室は不在であった。しかもその次の、五号室を飛ばした先の六号室でも不在のようであった。
「ここも不在。では気を取り直して七号室に挨拶でも……」
「……新しく入ってきた人ですか?」
将太が七号室のドアをノックしようとした時、将太は女の子に声を掛けられた。前髪が目にかかっているため、表情がよく見えないがちんまりとしていて愛らしい印象を受ける子であった。
「あ、すみません。私工藤皐って言います。お姉ちゃんの声が聞こえたのでもしかしたらと思ってきたのですが……」
「もしかして玲の妹さん?」
「あ、はい。妹と言っても双子なので年齢は変わらないんですが……、ごめんなさい。こんなこと聞いても面白くないですよね……」
将太はあの自分の姉妹を思い出させられるような傍若無人な玲の姿とその妹の姿を照らし合わせてなんとなく同情的な気持ちになった。
彼から見て彼女は苦労している顔に見えたのだ。
「皐ちゃん、苦労してるんだね……」
「はえ? 苦労、ですか?」
「分かる、分かるとも……! わがままな姉に振り回されてほしいものも手に入らず、ずっと我慢していたのだろう?」
「え!? な、なんで分かるの!?」
(図星かーい!)
半分冗談で言った将太は予想外の食いつきに心の中でツッコミを入れた。本当に苦労している系の妹だと知ってさらに同情の気持ちが湧き上がってくる。
「俺は光根将太、好きに呼んでくれ。……実は俺も姉妹がいるんだが、家ではこいつらの方が立場上でさ! 母さんも父さんも姉妹にべったり、俺の事なんて構ってくれやしない!」
「わ、分かります! 私内気で自分からほしいって言えないから、いっつもお姉ちゃん優先になって、それにお姉ちゃんほど可愛くないし……」
「お前、マジで苦労してるんだな……」
まるで自分を鏡で見ているかのような似たり寄ったりな境遇に二人は何だかよく分からない親近感を覚えていた。
「凄いですね。私の事一目見ただけで見抜いちゃうなんて……」
「いや、それは偶然っていうか、たまたま的中したっていうか……」
「このマンションにいる人たち、基本的に苦労なく生活してきた人たちばかりなので私の事よく理解してくれる人いなかったんです。だからとっても、嬉しいです!」
「そうだな、苦労も知らない奴らが理解なんて、出来るわけないよな……」
将太は思い出す。
蹴り殺したくなる姉妹の姿を。いつもちやほやされて面倒ごとは全部自分任せ、筋金入りのお嬢様方は将太の気持ちなど分かるわけもなかった。
能天気なクラスメイトの姿。姉妹の容姿だけを見て一ミリも内面を見なかったアホずらを。お前たちはいいよな、外のあいつらだけ見ていればいいから。
「……ま、苦労している同士で仲良くやろうや。皐ちゃんの姉も空気読めないだけで多分いい奴だろうし、じっくり伝えていけば分かってもらえるって!」
「はい……。よろしくお願いします、将太さん」
何とも礼儀正しくお辞儀をされて将太はむず痒くなった。今まで強烈な個性の住人とだけ話した影響であるのだろう、普通な子と話しているだけで恥ずかしくなってくるのだ。
「あ、そう言えば今不在の人っていつ帰って来るかな?」
「今不在なのは……、オリガさんと兄さんたちですね。夕飯には帰って来るのでその時に挨拶をすればいいと思います」
「兄さんたちってことは……、工藤家四人兄妹揃ってここに住んでるの?」
「はい。家庭の事情で……」
こんな高級マンションの部屋を四部屋も借りられるとは本当にお金持ちのようだとしみじみ将太は工藤家の財力に感心した。しかし皐の様子を見るに愛情の注ぎ方は自分の親並みに偏っているなとも実感した。
「ところで将太さん! お暇でしたら私の部屋に上がりませんか? もう少しお話ししましょう!」
「え? いいの? 出会ってすぐの馬の骨を部屋にいれても?」
「男の人なら問題かもしれませんが、馬の骨なら問題ないですね」
将太の冗談を冗談で返すあたり、結構茶目っ気がある女の子であった。将太は確かにやることもないので少しお話に付き合ってもいいかと、快く了承した。
――が、部屋の中を見て愕然とした。
「……皐ちゃん? このお部屋、ちょっとヤバくない?」
「え? そうですか? お姉ちゃんの部屋もこんな感じですよ」
ゴミ、ごみごみゴミ! 至る所に散乱するゴミ! そして服に下着!
将太はあまりのひどさに言葉を失っていた。生活能力、皆無だと皐のこれからを案じた。
「……皐ちゃん、これは人の部屋ではありません。これは豚小屋です」
「え!? そ、そうなんですか?」
「うん。なのでお願いがあります……。掃除させて?」
将太は服の袖をまくると散乱するゴミの領域に足を踏み入れた。
新住居での最初の掃除は、なぜか自分の部屋でなく隣に住む女の子の部屋となった。