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『冬の童話』投稿作品集

夢幻の雪原 と 幼き冬の女王

『冬の童話2017投稿作』(物語の構成には縛りがありました)


分かりづらかった世界観を解りやすくする為に 終わりの部分の加執、修正を致しました。


【作品紹介】

いくつかの常夏の島々が点在している赤道直下の海に囲まれた所に、ある筈のない四つの季節が巡る小さな島国がありました。

どうしてこの島だけに季節が巡るのでしょう?

それは、遠い昔に使わされた、季節の女王のお陰なのでした。


でも、ある年。約束されたはずの巡る季節は、春を前にして変わらなくなったのでした・・・。

そうです・・・季節は冬で止まってしまったのです。


冬は美しくも、厳しい季節・・・・このまま季節が巡らず春が来なけれ、人も生き物も、植物さえも死んでしまうでしょう・・・。


誰かが、終わらない冬を、終わらせなければならないのでした・・・。 



 

 夢幻の雪原 と 幼き冬の女王



 

 これは 一人の少女のタマシイが 遠い遠い 空の向こうの遥かかなたの そのまたずっと向こうの遥か遠い世界から・・・とある島へと降り立ったお話です





  其の1 常夏の海に浮かぶ四季のある島 


 太陽が頭の真上を超えて行く 海に囲まれた小さな島がありました

その小さな島は 四季の島と呼ばれていて 一年の間に 春 夏 秋 冬 と四つの季節が移り変わるのでした 



そんな四季の島は 今は春でした


港には この島の 春の美しい景色を見ようと たくさんの人達が 楽しそうに 船に乗ってやって来ます

 

この人達は 四季の島の周りにある 別の島々の人達がほとんどでしたが 大陸と呼ばれる遠い所から来る人達もいました


そしてそれは 春だけではなく 一年中そうなのでした


それは この島の風景や建物がとても美しく 食べ物も周りの島々とは違っていて とってもおいしいからなのでした


なぜなのでしょうか?


それは 周りの島々には 夏はあっても 春や秋や冬は 無いからなのです

他の島の人達は いつも 夏 を過しているのです

そうです この島の周りは いつも夏

常夏(とこなつ) なのです


 この島は 特別な島 不思議な島

常夏の場所にあるのに 四季がある島なのでした

ですから 周りの島々に暮らす人達には この四季の島は とっても 珍しくて 楽しくて

何度来ても あきないのでした  


「四季の島の 春は いいですね」島に来る人達は 言いました


「この島の 春は とっても いいですよ」島の人達は 言いました


冬の終わりの春の始め 木の(みき)の周りから雪が解け

陽だまりや 川辺りから 緑が顔を出します

まだ雪が残る春先には 枯れ葉の下や 土の中や 木の皮すき間に(かく)れてじっとしていた虫や 冬眠していた動物(どうぶつ)たちが 外に出てきます


ダンゴムシや たくさんの羽虫(はむし)たち

それに リスや カエルや 野ネズミや ヘビや クマも

長い冬の眠りからさめて お腹を空かせて 出てきます

普段は 水の流れのない沢にも 雪解け水が サラサラと流れていきます

凍っていた川は 氷が解けて ゴウゴウと茶色くにごって流れ出していきます

この頃は 島の人達は気持ちが和らいで ホッとします 

それは もう少しで畑をや田んぼ耕して 野菜や麦や米を作る事が出来るからです

寒さをしのぐために 暖炉(だんろ)にくべる (まき)の心配も少なくなります   


「あと少しで おいしい野菜が作れるようになるなあ・・・」


「家の周りの 雪かきも もうしなくても大丈夫だろう・・・」


島の人達は 待ち遠しいかった春に 喜びでいっぱいになります


 雪がすっかりと無くなり暖かくなると 春のきれいな花も たくさん咲き始めます

赤色 桃色 むらさき色 水色 青色 白色 黄色 色鮮やかです 

地面からも 木の枝にも 沼の水の上にだって たくさんの花々が 島じゅうをおおいます  

花の蜜や花粉をもらいに チョウチョやハチ達が 忙しく飛び回ります

とっても気持ちのいい この季節は 本当はいそがしいのに 毎日がのんびりしてしまいます

花々を散りばめたカーペットのような草原の上で寝転んで 青い空を見上げているだけで 幸せな気持ちになります


「この島は 季節が移り変わっていいですね」島に来た人達は言いました


「それも季節の女王のお陰です ありがたいことです」島の人達は言いました


「本当に この島は とくべつな島ですからね・・・」

訪れた人々も そう口々に言いました





  其の2 混乱と希望と石積みの塔


 四季の島の真ん中辺りにある 小高い丘には 大きくて立派な お城がありました

この島を治める王様は そこに暮らしていて 島の人達を見守っていました 

今の王様は 王様のお父さんから王様を引き継ぎました

王様のお父さんは お爺さんから王様を引き継ぎました

そのお爺さんだった王様は ひいお爺さんから王様を引き継ぎました

ひいお爺さんだった王様は ひいひいお爺さんから王様を引き継ぎました

そしてさらには・・・と さかのぼって数えると 今の王様は8人目にもなるのでした

そうして この島の王様はずっと引き継がれてきました

これ迄の王様達は いつも島の事を考えてくれていたので 島の人達は安心して暮らしてきました

遠い昔にいた 『一人の王様』を除いては・・・



 お城から山の方を見ると ずっと遠くに(かす)んで見える大きな丘の頂きがありました

なんとそこには 石を積み上げられて作られた お城よりも遥かに高くて とても大きな塔が 建っていたのでした

この立派で とても大きな塔は 人々からは 四季の塔 と 呼ばれていました



 塔は 遠い昔から この島にありました

それは 王様が暮らすお城よりも ずっと・・・ずっとずっと昔から ここに建っていたのでした

お城だけではありません 島に誰も住んでいない頃から・・・虫や 鳥や 動物しか この島にいなかった頃から この塔は ここに建っていました

この塔は 人が建てたものでは無いのです 


では 誰が建てたものなのでしょう?


それは 誰にもわかりませんでした

そうして この塔は(はる)かに長い時間 誰にも知られる事も無く

ただただ ここに建っていたのでした


やがて この島にも人が移り住んできました

島と言っても この島はかなり大きいので 人々は長い間この塔を見つけることは ありませんでした

そんなある日 丘にそびえ立つ この塔を見た人達は とても驚きました

それは こんな高い建物を 今まで誰も見た事は無かったのと

塔の周りに 人が住んで居ないだけでは無く 人が住んで居た『あと』さえも

どこにも 見当たらなかったからでした


どうしてこの塔は ここに在るのか?


人々はとても不思議がって 色々と調べましたが 入り口の扉があること以外は 何も解りませんでした

そして この入り口が大問題でした

それは どんな事をしても開けることができなかったからでした

力持ちが扉の取っ手を掴んで グッと引いても 押しても ビクともしませんでした

取っ手にロープを縛り付けて 馬で引いても 大勢の人達で引っ張っても 全くダメでした 


「なんて不思議な扉だろう」人々は言いました


「なんて不思議な塔だろう」人々は言いました


それから人々は この塔のことを 色々と噂しました


「こんなものは 人には作れるワケはない」 


「きっと 神様が作って この高い塔の上から 島の人達のことを 見守っているのだ」


そうしている内に 人々は あまりにも不可思議(ふかしぎ)なこの塔のことを 『神様が住む塔』 と言い始めました


 それから 100年経ちました

島には もっと多くの人が住む様になりました

人が多くなるにつれて 島には色々な問題が起こるようになりました


「僕が畑にすると言ってあった場所が 隣の牧場主(ぼくじょうぬし)に勝手に取られてしまったよ」


「隣町へ渡る橋は いつになったら直るのかしら? だれか暇な人は居ないの?」


「海に海賊が現れて 船が通れなくなってしまった だれか海賊退治をしてよ」


皆んな口々に勝手なこと言い合い 勝手なことをし始めたのでした

やがて 島の人々の間で 争いが起こりました

その争いは さらに大きくなっていって 村々の間でも 町と町の間でも起こりました

島は 人々の争いが絶えなくなり やがて 島を出て 他の島へと行く人達も 現れました

島は 段々と 暮らしにくくなってしまいました・・・。


「こんなことでは 島で安心して暮らせない」


「きっと皆んな こんな島から 出て行ってしまう」


人々は思いました

「誰か 島の皆んなのことを考えてくれる 立派な人は 居ないだろうか?」


人々は言い始めました

「他の島には 王様が居て 皆んなのことを考えて 皆んなのために 島の人々に役目を与えて 仕事を分担するんだ」


「それは良い 皆んなをまとめてくれる 立派な人が居ないだろうか?」


「誰か 立派な人が この島の王様になってくれないだろうか・・・」


やがて 人々の話を聴いてくれて 皆んなのために 皆んなを導いてくれる

優しくて 頼りになる 立派な人が現れました


人々は 彼に「島の皆んなの 王様になって下さい」と お願いしました


すると彼は「本当に 私で良いのですか? 私が王様になって大丈夫とは 私には思えません」と言って 断りました


すると人々は 彼でなければ誰も王様はできないと思っていたので とても残念な気持ちになりました 


「あの人ができないのなら 他の誰にも この島の王様になれる人はいない」


「もう こんな島には住みたくない この島を出ていこう」

そう人々は言い いよいよ この島で平和に暮らすことを あきらめようとしました


すると そんなある日 一人の男が彼のもとを訪ねて言いました 

「あなたは 自分は王様になれないと言いました でも 島の人々は あなたに王様になって欲しいと願っています」


すると彼は「皆んなに(たの)まれましても 今の島の人々の争いを収めることは 私にはできません・・・」と言いました


「それなら 塔に住んで居いると言う この島の神様に 会ってみてはくれませんか?」

彼は 男のその言葉にとても驚きました

なぜなら あの不思議な塔に 神様が住んで居るところなど 誰も見た事は無かったからでした


彼は訊きました

「あの神様の塔には 本当に神様が住んで居るのですか?」


すると男は 黙ったままうなずきました


「私のために 神様が声を掛けてくれるでしょうか?」彼は 男に訊きました


「きっと大丈夫ですよ 神様も この島の人々のことを とても心配しているのですから」


男はそう言って「私も行きますから どうか一緒に来て下さい」と 彼にお願いしました


彼は 男の熱心さに負けて 神様に会えなかったとしてもいいと思い 一緒に塔まで行くことにしたのでした

そして二人は十日掛けて 丘の上にそびえ立つ不思議な塔の(もと)にたどり着いたのでした


 彼はどうしたら中に入れるのかと思いながらも 入り口の扉に手を掛けようとしました


すると彼を連れて一緒にやって来た男は 彼を止めて「いまご案内致しますので おまかせ下さい」と言いました


それから男は 扉に手を当てながら 知らない言葉で扉にむかって話し掛け始めました

それは とてもとても長い言葉を 扉に向かって並べ立てているようでした

すると今迄 誰も開けることができなかった塔の扉が 音もなくすんなりと開いたのでした


男は「さあどうぞ ここからは神様に会うために あなた独りで中にお入り下さい」と言いました


そう言われた彼は この不思議な塔の開かない扉を開いた この不思議な男の言うことを信じて 中に入ることにしました


 塔の中には 直ぐに石の階段が上に向かって 続いていました

外からは穴もなく 明り取りが無いように見えた塔ですが 中には陽の光はないものの

壁に備え付けられたロウソクの明かりで照らさせて よく見えました

彼は このロウソクが不思議でした いったい誰が いつから火を灯しているのだろうと思いました

それで つい近くに寄って そのロウソクをよく見てみました

彼は 驚きました その火の付いたロウソクは 全く溶けていないのです・・・


「なんてことだろう このロウソクは いったい いつから火を灯していたのだろうか・・・」


彼が見ている間 ロウソクは 少しも短くなる様子はありませんでした


「いつ迄も 消えないロウソクだ・・・」彼は このロウソクには 特別な魔法が掛かっていると思いました・・・





  其の3 季節の女王と使者の声


 彼は 右へと曲がりながら上に向かっている神様の塔の階段を上ることにしました 


どれくらい経ったのでしょうか


どれくらい上ったのでしょうか


階段が捻じりながら上に向かって続いているなか その捻じりが段々とキツくなっていったその時

急に 広い場所に出ました     

そこは 円形に広がったの石床の広間でした

広間の真ん中には 大きな石でできた椅子がありました

丸いドーム型の大きな天井からは ロウソクが沢山並んだシャンデリアが吊り下がっていて 揺らめく炎が辺りを明るく照らしていました


彼は そこで出会いました

年齢が全く違う 二人の美しい女性と 一人の品のいいお婆さんと 一人の幼い女の子とです

その女性達は 横に並んで 微笑んでいました

幼い女の子は 彼を見ると 怖がるようにして 隣のお婆さんの影に隠れてしまいました


彼女達は 彼のことを待っていたようです


すると天井が まばゆい白い光に包まれました

その光はシャンデリアの明かりが溶け込んで見えなくなる程でした


『よく ここ迄来られた 島を治める定めの者よ』


彼は まばゆい光の中から部屋に響く声を聞き 驚きました


彼は その声に訊きました「あなたは 誰ですか?」


『私は この世界を見通す者 この島の行く先を (うれ)う者』


彼は「では あなたが 神 なのですか?」と その声の(ぬし)に訊きました


すると光の中の声は答えました

『お前たちにとっては そうかも知れぬ しかし 私は 神の使い そして お前と お前の子孫に 役目を与えるために ここに来た』

 

彼は 訊ねました「私と子孫に役目を? それは いったい何なのでしょうか?」


『それは お前とお前の子孫が 代々この島を平和に治めること』


「役目?・・・そうですか・・・」彼は その言葉を聴いて 覚悟を決め言いました

「解りました 私は この島の王になります」


光の声は最後に言いました

『それで良い 王になった後は お前と子孫の努力しだいだ 良い国を作れ・・・・』


そうして 光は消えていき 部屋の中は シャンデリアの明かりだけになりました


すると彼の目の前に立つ女達は 彼に向かって 丁重なお辞儀を 一人ずつし始めました


「私は 春の女王です 王様」

落ち着いた声の (つや)やかな緑色のドレスを着た 肌の血色の良い 金色の髪の品のあるお婆さんでした


「私は 夏の女王です 王様」

にこやかで ハキハキとした声の キラキラとした黄色いドレスを着た 黒髪に小麦色の肌の キレイな女性でした


「私は 秋の女王です 王様」

透きとおった声の 鮮やかな朱色のドレスを着た ツンとした雰囲気の 黄色っぽい肌した 赤毛の若くてキレイな女性でした


彼は それぞれにお辞儀を返しました


「・・・・・・・・・・・・」

秋の女王に隠れながら 真っ白いドレスを着た小さな女の子が こわごわと 彼を見つめていました


「この子は 冬の女王ですのよ 王様」

秋の女王は 小さな冬の女王を 彼に紹介してくれました


「冬の女王 お会いできて 光栄です」

彼は片膝(かたひざ)を付いて 冬の女王に向かって 深々とお辞儀をしました


小さな冬の女王は 白く透きとおった肌をしていましたが 恥ずかしそうに頬を赤くしながら 彼の顔を見て ちょこんと 可愛らしいお辞儀をしました 


「私達は この島に 季節をもたらすために 使わされました」

春の女王が 少しシワガレた落ち着いた声で言いました


「私達は この塔の この部屋で祈ることで この島に それぞれの季節をもたらしまの」

夏の女王は ハキハキと言いました


「一人の女王が一つの季節をこの島にもたらし 支配します」

秋の女王は 透きとおった声で言いました


「塔に入る女王は 一つの季節に 一人だけ」

春の女王は 噛みしめるように言いました


「他の 三人は 塔の外の世界で暮らし 次の自分の季節に備えて ゆっくりと休みますの」

夏の女王は 楽しそうに言いました


「ですから お解りですね 王様?」

秋の女王は 彼に近づき イタズラな目で微笑んで言いました


「私達が この塔に入って季節を変えるまでの間 安心して暮らせる 小さなお城を建てて下さいな」

夏の女王は 両手を大きく広げて 弾んだ声で言いました


「お互いの力が お互いの邪魔をしないように この島の四隅(よすみ)にお願いしますよ」

春の女王は 低い声で念を押すように言いました


「それが 王様がこの島の人達に任せる 私達と この島のためにする 最初の大仕事なのです!」

夏の女王は 得意げに ハキハキと言いました


「そのお城ができるまでは 私達は 王様と一緒に居みますから よろしくお願いしますね」

秋の女王は 彼の手を取って お辞儀をしました


王様と呼ばれている彼は、又も驚きました

彼は ボロ屋に住んでいて お金も少ししか無かったからでした

それでは 女王達に 満足な食べ物を出すことも 暖かなベッドを用意することも できそうに無いと思ったからです・・・


すると そんな彼の心を見通したように 秋の女王は言いました

「私達は 食べ物を食べることはできますけど ずっと食べなくても 平気なのですのよ」


「それに 私達のお城ができるまでは 季節を変えませんから 心配はいりません」

夏の女王は (ほが)らかにそう言いました


「島の人達には 冬を越せる暖かな家の建て方を 教えなければ ならないからね・・・今はまだ小さなこの子が 大っきくなる前にね」

春の女王は 小さな冬の女王の耳元の 銀色の髪の毛をそっとなでてあげがら 何か楽しそうに言いました


そう言われた冬の女王は 恥ずかしそうにモジモジとしていました


女王達の話を聴いて 彼は心底 安心して 彼女達を連れて村に戻ることにしたのでした


長い長い塔の階段を下りてやっと出口にたどり着いた時 そこで待っているはずの塔の扉を開けた男は どこにも居ませんでした

彼は心配になって 探そうとしたのですが


「あの男は 役目を終えて もとの世界に帰ったのですよ」と 春の女王が 彼に笑って言いました


「何も心配いりません さあ 参りましょう」

秋の女王は 透きとおった声で皆に言いました


彼は この不思議な女王達の言葉を信用して

(きっとあの不思議な男は 神の使いだったのだろうと)と思いました





  其の4 王の誕生と季節の準備


 塔から戻った彼の姿と 彼に連れられた季節の女王達を見た島の人達は 彼の言葉と女王達のことを信用しました

彼は貧乏でしたが 村の人達だけではなく島の人達にも 優しくて働き者で正直者であることが よく知られていたからでした

それに 彼は物事をよく知っていて 色々なことを深く考えることができたので 島の人達から一目置(いちもくお)かれていたのでした

だからこそ 彼は皆んなの王様になって欲しいと人々から頼まれたのです


喜びの声が 島の人達から沸き起こっていきました


「私達の島にも 王様が生まれる!」


「私達の島は 王国になる!」


「王様なら 立派なお城に住んでなくては!」


「立派なお城を 皆んなで作ろう!」


「私達の王様のために 島の人達の力を一つにしよう!!」


そう言って 島の人達は一致団結(いっちだんけつ)したのでした

それは この島に沢山の人が住んでからは 始めてのことなのでした        


 彼のもとへやって来た四人の季節の女王達は 彼と一緒に彼のボロ屋で暮らし始めました

何も無いような生活でしたが 女王達は退屈する様子もなく 毎日をすごしているようでした


この頃に彼は 季節の女王の周りには それぞれの季節の空気が漂っているのを知りました


春の女王の周りには 春の爽やかで暖かな空気が


夏の女王の周りには 夏の暑い少し湿った空気が


秋の女王の周りには 秋のカラリとして涼しい空気が


冬の女王の周りには 冬の冷たいモヤのかかった空気が


それぞれの季節の女王は それぞれの季節の空気に包まれていたのでした



 それから3年掛けて 最初の城が この島の真ん中辺りにある大きな川の近くの 小高い丘の上に建てられました

そこからは西には 遠くに見える山々を背にして丘の上に建つ 大きな不思議な塔が 少し霞んではいましたが よく見えました

そうして王様となった彼は 出来上がったお城の中で 季節の女王と一緒に 家臣や家来を連れて 暮らし始めたのでした

そして王様は 次の仕事を島の人達に言い渡しました

それは 季節の女王からの たのまれごとであった 季節の女王達が暮らせる小さな城を 島の四隅に作ることでした


それから王様は 島の人達に向けて『おふれ』を立てました


そこには 長々と こう書いてありました 


『あと7年すると この島は 季節というものが巡るようになります 春は すごしやすい季節で 夏は 今よりも少し熱くなり 秋は 涼しくなって沢山の恵みがあり 冬は 寒くて厳しい季節になり 白い雪というものが振り積り 水瓶の水も固く凍ります 雪も凍った物も春になると解け出しますが 今の内に冬に備えて家を建て替え 暖炉を作り 家を暖めるための薪を沢山用意しておきましょう』

と 書いてありました


常夏の島でずっと暮らしてきた人達は 書いてあることの意味が よく解りませんでした

それでも時間はあったので 解らないことは 城に出向いたり 役人や詳しい者に話を訊いたりして 季節の変化に備えていきました  


 それから5年掛かって 季節の女王が住むための 可愛らしい小さなお城が 島の四隅に建てられました

季節の女王は それぞれ 島の (ひがし) 西(にし) (みなみ) (きた) にある 美しい小さなお城で それぞれ暮らしました


東のお城には 春の女王が


西のお城には 秋の女王が


南のお城には 夏の女王が


北のお城には 冬の女王が


そうして 四季が始まる残りの2年の間 季節の女王達は それぞれのお城で それぞれゆっくりと暮らしました


 それに比べて 島の人達はその間もとても忙しく過ごしました

それは 厳しい冬を越すための家を建てたり 暖かな冬服の作り方を習って備えるためでした

常夏の島の人達は 始めは そうしたことを どのようにしたら良いか 全く解らなかったのですが

この島から遙か遠く 北に行ったところの四季のある大陸から

建築家や 大工や 服の職人を呼び寄せて 色々と教えてもらったのです

大陸から来てくれた人達は 常夏の島の暑さと 暖かな海と そして何より あの大きな塔に 大変驚きました

大陸から来た建築家や 大工の中には この塔に入ってみたいと言う者も 何人か居ました


王様は 塔には四季の女王以外は 「誰も決して入ってはならない」 と言っていましたので 誰も 入ることも近づくことさえも できませんでした


王様の命令で 塔の入り口には詰め所が建てれていて いつも5人の番兵が見張って居ましたので 誰も近づくこともありませんでした

しかし ある時 塔の見張りのスキを見て 扉を開けようとした 大陸から来た建築家の若者が居ました

若者は この素晴らしい塔の中を どうしても見たかったのです

若者は こっそりと扉に近づいて 扉の取っ手をグッと引きました しかし 扉は全く動きませんでした

若者は更に ドンと体ごと 扉を押してみました それでも 扉は全く動きませんでした

そうしている内に 彼は 見張りに見つかり 捕まってしまいました


見張りの男達は 言いました 

「その扉は 誰にも開けることはできない 神様の作った塔の 神様が作った扉なんだからな」


捕まった若者は「では お前たちは どうして見張っているのだ? 見張りは要らないだろう!」と怒ったように言いました


すると見張りの男達の一人は「まったくそうかも知れない」と言い


別の男は「いや そうでないかも知れない」と言いました


捕まった若者は 見張りの男達が言うことに まったくバカらしくなってしまいました


王様は この捕まった建築家の若者に「二度と こんなことを しないのなら 許してあげよう」と言いました


若者は「申し訳ありません 二度と致しません」とあやまりました 


王様は 若者のことを 許しました

若者は 直ぐに自由になりました

それから この若者は 島の人達のための沢山の家々を建てるのに いっぱい働きました

おかげで島の人達は とても助かりました 



 そして時は流れて 王様が季節の女神と共に塔を下りてから 10年が過ぎようとしていました





  其の5 四つの季節と女王の旅立ち


 いよいよです この島に季節が巡り始めるのです

季節の女王達が 季節を巡らせるのです

季節を巡らせるには 季節の女王がこの島の高くて大きな塔に入って 毎日お祈りをしなければ なりません


季節の女王は 春 夏 秋 冬 の四人です


春には 春の女王が塔に入って 毎日 春のお祈りをします


夏には 夏の女王が塔に入って 毎日 夏のお祈りをします


秋には 秋の女王が 冬には 冬の女王が 毎日お祈りをします


そうして 島の季節は 巡っていくことになるのです


さあ 島の人々が 今迄誰も知らない 春が始まろうとしています

春の女王は 年老いていましたので

ゆっくり ゆっくり 島の東のお城から 歩いて塔に向かいました



 春の女王が歩いた跡には 春の花が咲き始めました

それは この島には今迄は無かった花々でした

年老いた春の女王が 腰を少し曲げながら大変そうに歩いているのを見た島の人達は

馬車に乗せて 塔まで連れて行ってあげようとしました


しかし 春の女王は言いました

「塔に向かうのも 季節の女王の仕事なのです 季節は少しづつ変わるもの どうかそっとして下さいな」


その言葉を聞いた島の人達は 春の女王が塔に向かうのを 見守ることにしました

それは 他の女王も同じでした

ですから この後ずっと島の人達は 季節の女王が塔に向かうのを 見守ることがほとんどでした


ただ一人を除いては ですが


春の女王が 塔にたどり着くと 塔の魔法じかけの扉は勝手に開きました

そうして 春の女王が塔の中に入ると 扉はまた 勝手に締まりました

春の女王は 長い階段を上って行き あの王様と始めて合った 塔の頂上の丸い広間へと たどり着きました

そして 疲れた身体を 広間の石の椅子にあずけて一休みしました

それから「やれやれ では さっそく始めようかね」と そう言った後に 少し疲れた春の女王でしたが 早速 お祈りを始めました


春の女王は 塔の広間で 声高(こえたか)らかに春を宣言します

「今ここに 春の始まりを告げます 春の風を!」


すると 塔の周りから穏やかな風が広がりました

それは いつも夏の暑さのこの島にとっては とても涼しい風でした

春の女王は 毎日 朝と 昼と 晩に 欠かさずに春のお祈りをし続けました

島は 日増しに春めいていきました

それは とても・・・とても・・・ 心地のよい季節の始まりでした    

島には それまで誰も見たことの無い 春の草花が生え始めました

それに合せて 白や黄色やムラサキ色のチョウチョや 色々なハチや てんとう虫などが島のアチコチに出てきました


そうした春は 海の近くから始まりました

それは 不思議で美しい景色です

島の人達の心は ウキウキとしていき 子どもたちは 見たことの無い花や虫達に 大はしゃぎでした

それでも 土にしっかりと根ざしていた木々は いつもとあまり変わりませんでした

木々達が変わっていくには それから 何年も何十年もの時間が必要でした

それは 木々達にとっては とても辛くて 厳しいできごとだったのです

常夏の島に根ざしている木々達は そのほとんどが 枯れていく運命だったからでした・・・



 春の終わりごろ 夏の女王が 島の南のお城から塔に向かって歩き始めました

夏の女王は 黄色い素敵なドレスを ヒラヒラと春の風になびかせながら 楽しそうにして塔に向かいました

その歩いた後からは 夏の熱い空気と 地面からは夏の花と虫達が出てきました 


夏は常夏のこの島にとっては いつもの季節でしたから 島の人達は あまり心配しては居ませんでした

夏の女王が 塔にたどり着いて 塔の頂上へと着いた時


年老いた春の女王は

「やれやれ やっと私の仕事が終わったみたいだね」と言って 夏の女王と互いにお辞儀をしました


夏の女王は「後は 私の季節ですから 来年までごゆっくりと おやすみ下さいませ」と言って 春の女

王に優しく声を掛けました


そして島には 夏がやって来ました

その夏は いつもの夏よりも 暑い夏でした

それは 夏の女王の歳が 今 一番元気な時だったからでした

島の人達は いつもの体に慣れた夏になると思っていたので 思いの(ほか) うんざりしてしまいました・・・


    

 厚かった夏も終わるころ 秋の女王が 西のお城から 塔に向かって歩き始めました

秋の女王が歩いた後からは 秋の乾いた清々しい風が吹いて 草は少しずつ黄色く色付いていきました

それまで 島の人達が 誰も聞いたことの無い キレイな声で鳴く虫達も 現れました

秋のトンボが数匹 秋の女王の周りを スイスイと飛んで付いて行きました

秋の女王は キレイな透きとおった声で 少し淋しげな秋の歌を歌いながら 歩いて行きました


秋の女王が塔に入ってお祈りを始めると 島は高い山の上の方から枯れ葉色に染まっていき

最後は 島全体の草木が 枯れていきました・・・

しかし 中には おいしい実を付ける草花も生えていて

島の人達は 珍しい野イチゴや 草の実を食べては その甘酸っぱい味に感激しました


 今はまだですが やがて生え変わっていく木々にも 秋の木の実ができ

島の人達が耕す畑にも 沢山の麦や小麦 豆や秋の野菜が採れるようになります

水田には稲が金色に輝き たくさんのお米を実らせるようになります

この先 秋は美味しいものが たくさんあふれる季節になるのです 


この先やがて島の人達は 秋の事を 『実りの季節』と呼ぶように なるのでした 



 そしてついに 島の人達が最も怖がり 準備してきた 冬の女王の季節になろうとしていました

小さな女の子の冬の女王が 暮らしている北のお城から塔に向かうのは とても大変そうでした

その姿は 人間で言えば5歳くらいなのです・・・

秋風が吹くなかで 冬の女王は時々転びそうになりながら 一生懸命に脚を運びます

冬の女王が歩いた後からは 冷たい風が吹いていて 体の周りには 白い雪がチラチラと舞っていました

それでも今は 秋風の方が とても強かったのでした

それに 秋の女王は気まぐれに雨を降らせたり 小春日和(こはるびより)にしたと思ったら 嵐にもするので 純白のドレスは 舞い上がる土埃(つちぼこり)や 跳ねた泥にくすんでしまい

土の道や野山を歩くうちに 靴や(すそ)もすっかりと汚れてしまっていました

それは 服だけではありません まだ背の低い小さな冬の女王は 背の高い草よりも低かったので 足や手や顔にまでも

泥と(ほこり)で薄汚れてしまい 透きとおった白い肌には 至る所に転んでできた擦り傷や かき分けた草でできた切り傷ができてしまいました  

それでも冬の女王は 赤い小さな唇をギュッと結び (りん)と前を向いて 塔を目指して歩いていました

その姿は とても健気(けなげ)で 島の人達の心を強く打ちました

しかし それでも島の人達は直接(ちょくせつ)助けることはできないので 小さな冬の女王のことが かわいそうになってしまいました

それで島の人達は 冬の女王の周りを皆んなで囲んで 雨や風よけになってあげたり 草をかき分けてあげたりしました

冬の女王は 恥かしそうにして 島の人達に小さな声でお礼を言いました

そして「私が早く塔に着いたら 皆さんが困るのですよ 私の季節は きっと短いほうが 良いのですから」と幼い声で心配そうに言いました

それでも島の人達は 冬の女王を取り巻く 冬の冷たい空気に震えながらも

この小さな女王のことは 放おっては置けないのでした





  其の6 驚きの銀世界と幼き冬の女王


 十日(とうか)を掛けて冬の女王が塔にたどり着いた時 一緒に来た人達は そこで別れました

冬の女王は 何度も何度もこの人達に ちょこんと小さくお辞儀をして お礼を言いました

それから 一人になった冬の女王は小さな手を塔の扉に押し当てました

すると とても小さな女の子が簡単には動かすことはできないはずの重い扉は いとも簡単に開いたのでした

中に入った冬の女王は 長いらせん階段をゆっくりと上って行きました

そしてやっと 頂上の広間にたどり着きました

そこには 秋の女王が待って居ました


秋の女王は 冬の女王が少し薄汚れていたのと 体のアチコチに擦り傷や切り傷があるのを見て 少し悲しそうに言いました 

「まだ幼き冬の女王よ・・・ その産まれたての小さな体では ここ迄の旅は大変だったでしょ?」


小さな冬の女王は そう言われて少し悲しくなって涙ぐみましたが 直ぐに凛とした顔をして言いました

「大変なのは あなたの方ですよ 秋の女王」


そして次は ニッコリと秋の女王に笑いかけて「ゆっくりと歩いて戻られるのでしたら 白い雪に足を取られて戻れなくなりますから 急がれた方が良いですよ」と 言いました


そうして自分を見上げている 気丈で小さな冬の女王のを見つめていた秋の女王は

「あらあら 小さな冬の女王様は どうやら大丈夫みたいですね・・・それは安心安心・・・」

と言って 秋の女王は小さな冬の女王の頭を撫でていました


冬の女王は頭を撫でられながらも 得意気(とくいげ)に胸を張って秋の女王を見上げていました

そんな冬の女王の姿を確かめた秋の女王は 今は小さな女の子にしか見えない冬の女王も 自分と同じ季節の女王としての役目を果たそうとしていると思いました


「それでは 後は冬の女王にお任せして帰らせてもらいますよ」と言って 丁重(ていちょう)なお辞儀を冬の女王にしました


冬の女王も秋の女王に向かって 小さな体を目一杯使って丁重なお辞儀を返しました  

そして二人は 互いに向かい合い 季節の引き継ぎをしました


秋の女王は言いました

「今ここに 秋の終わりを告げます」


冬の女王は言いました 

「今ここに 冬の始まりを告げます 冬の風を!」


役目を引き継いだ 幼い冬の女王のしっかりとしている姿を見た秋の女王は これなら大丈夫とうなずいて とても楽しそうにハミングしながら 塔の長いらせん階段を まるでスキップするかのように下りていきました


 秋の女王を見送って独りになった冬の女王は 辺りを見渡しました

すると誰も居なくなった屋上の広間は とても広くて寂しい感じがしました 

幼い冬の女王は一度目をつぶって 白い小さな顔にある赤い小さな唇をキュッと閉じました

それから 冷たい石の床に片ヒザをつき 両手を顔の前で組み 空に向かって静かに祈りの言葉を(つむ)ぎ始めました

すると 冬の女王の周りには 光の雪のように見えるダイヤモンド・ダストが キラキラと光りだしました


 そうしていよいよ この島に初めての冬が始まったのでした


塔の周りからは 冷たい北風が吹き下ろし 辺りに雪をチラつかせました

これまで冬を知らないシカやウサギなどの動物達は 寒さに震え居場所を探し回りました

リスやネズミ達は まるで昔から冬の寒さを知っていたように 木の根元や枯れ草の下に穴を()って その中に枯れ草のベッドを作り 木の実を溜め込んで 冬眠の用意をしていました

虫達も木の皮の隙間や 枯れ葉の下に潜り込んで動かなくなり 春が来るのをジッと待ち始めました   

秋の内に すっかり太ったカエルやクマも 土に()った穴の中に入り 春までの長い眠りに付きました 


それから島は日増しに寒くなっていき 小さな水溜まりは 薄い氷が張りました

やがて島は 高い山々の頂上から白く染まっていきました 


島の人達は 氷も雪も始めて見ました

それは 他の三つの季節とは比べられない とても不思議な光景でした

毎日変わっていく景色に 島の人達は 子どもだけでなく 大人もワクワクとしていました

水溜りに張った氷は 自然が作ったスリガラスのようでした

屋根から下るツララは まるで動物の角のようでしたが 透き通っていたので どんな動物にも無いモノでした 

島の人達は それらを手に持って その不思議な形や冷たさに 驚きました

そして 最後にやって来た雪の美しさには 目を疑いました

それは 一夜で島全体を どこまでも白く覆いましたので

島の人達は まるで空から白いレースが落ちてきて 敷き詰められたかのように思いました  

そして ついには島全体が白い雪に(おお)われた時 

島の人達は 寒さも忘れて とても喜びました


この年の冬は 常夏の島で暮らしてきた人達にとっては とても寒かったのですが

家の中に居る時も 作って置いた毛糸のセーターや 厚手のズボンやスカートを身に着けて過ごし

外に出る時は 毛糸のマフラーを首に巻き 毛糸や厚手の革でできた手袋をはめて 体を冷やさないようにしました  

それでも島の人達は やはり冬と言う季節は なんて寒いのだろうと思いました

しかし この島に始めての訪れた最初の冬は 本当はそんなには寒さも厳しくはなく 雪も少なかったのでした・・・

ですから 島の人達が用意していた食べ物や 家を暖めるための(まき)も 十分に足りそうでした

そうして島の人達は これなら なんとか冬を乗り越えることが できそうだと思いました 

それは 冬の女王は まだ幼かったので 冬の季節を呼び寄せる力も まだ弱かったからなのです

島の冬の季節は これから年々と冬の女王が大きくなっていくほどに 少しづつ少しづつ 厳しくなっていくことになるのです・・・





  其の7 春の女王と冬の女王


 それからしばらくして この島に最初の長い冬は 終わろうとしていました

この島に 二度目の春が訪れようとしているのです 

寒さは段々と和らいでいき 空から降る雪も日増しに少なくなっていました

すると 春の女王が暮らす 雪が積もった小さなお城の門の扉が ゴゴゴンと跳ね上げられ 開かれました


春の女王が 塔に向かって旅立つ日が来たのです


思いのほか春を待ち()びていた人達は 春の女王の出発に 大喜びでした

そして 冬の女王にしてあげたように この年老いた女王を助けようと 何人かの人達が一緒(いっしょ)に 春の女王と 塔を目指し歩き始めました

春の女王は 年老いていたので 雪を()えて塔までたどり着くのは 大変そうでした

そこで島の人達は 春の女王の道を作るために 雪を()き分けたり 踏み固めたりしてあげました

春の女王は 暖かな春風を体にまとわせて 積もっていた雪を少しだけ湿らせ解かしながら 雪の中の道を歩いて行きました


そうして いく日も掛かって 春の女王と 一緒に着た島の人達は やっと塔にたどり着いたのでした

 

 春の女王は 塔の扉を軽く押し開いて 中に入りました

そして 長い階段をグルグルと上って 塔の一番上にある 広間に向かって行き 塔の屋上の広間へとたどり着きました


そこには 人ならば小さな5歳くらいの女の子にしか見えない冬の女王が 石の床に片ヒザをついて冬のお祈りを捧げて居ました

春の女王はその姿を見た時 何とも言えない気持ちになり その場で静かに冬の女王の祈る姿を見つめて居ました

そうして 少しの時間 冬の女王は 春の女王が自分を見ている事に気付かずに 静かに祈りの言葉を口にして居ました


やがて塔の頂上で冬の祈りを終えた幼い冬の女王が 年老いた春の女王を見つけた時には 口をギュッと結んだまま春の女王に抱きついたのでした


「おやおや・・・ずっと独人(ひとり)で寂しかったろう・・・ もう大丈夫だよ よくがんばったね」

春の女王は しわがれ声でそう言って 小さな冬の女王を抱きしめてあげました


「とっても長かったの・・・・ずっと・・・ずっと誰も来ないかと思ったの・・・・」

冬の女王の目には 涙がいっぱい(あふ)れ出しました


「大丈夫・・・もう大丈夫。」春の女王は 抱え込んだ腕の中で震えて泣いている冬の女王に 優しく言いました

幼い冬の女王は ここに閉じ込められるようにして過ごした長い祈りの日々が とても寂しくて 悲しかったのです・・・

それでも役目を果たそうと 今まで 涙を流さないよう ジッと我慢していたのでした・・・


「誰も遊んでくれない・・・・誰も話し相手も居ない・・・誰も見ていてくれない・・・・それでも毎日お祈りをしてくれて居たんだね・・・」

春の女王は まだ小さな女の子の冬の女王の 銀色の髪の毛を 優しく撫でてあげました


すると すっかりと安心した冬の女王は 今まで我慢していた気持ちがワッと溢れ出してしまい もう涙も 泣き声も 止まらなくなってしまったのでした


それは 季節の女王と言っても 小さな女の子である冬の女王には 本当に辛いお仕事だったからなのです・・・

それでも 幼い冬の女王は 毎日毎日寂しさにこぼれそうな涙をこらえて 一生懸命(いっしょうけんめい)に 冬のお祈りを独人(ひとり)で してきたのです

でも今 目の前に春の女王が迎えに来てくれたことで ずっと我慢して張り詰めていた気持ちが(ゆる)んでしまい

ジッと(おさ)え込んでいた寂しい気持ちが 次々と溢れ出してくるのでした

春の女王は石の床に両膝をついて いつ迄も泣き止まない冬の女王を ずっと抱きしめながら優しく言いました「ああ・・・今日まで よくがんばったね・・・・偉いね」


春の女王は 冬の女王を優しくなだめていました

「寂しかった・・・・ ずっと! ずっと一人っきりで寂しかったよ!!」


冬の女王は 春の女王にしがみついて 震えながら泣きじゃくりました


春の女王は「うん・・・うん・・・」と何度もうなずいて 冬の女王の言葉を聞いていました


二人は長い間 そうしていました・・・

すると冬の女王は 少しずつ落ち着いてきたのでした


春の女王は 冬の女王の耳元で穏やかに言いました 

「さぁ もう安心だよ・・・・みんなお前さんに ありがとうって言ってるよ」


冬の女王は やっと少しづつ泣き止みました

そして「ほんとう?・・・・みんな ありがとうって言ってるの?」と 不安そうに訊きました


すると春の女王は 優しい笑顔を冬の女王に向けて「ほんとうだよ・・・・冬の寒さも 雪も これから春になる島には とっても大切なものなんだよ お前さんが祈ってくれたおかげで 豊かで素晴らしい春になるんだよ」と言いました


冬の女王は 涙の残った白い頬を薄っすらと赤く染めて「ほんとう! よかったぁ! 寂しかったけど わたし ずっと毎日お祈りしてよかったよ!」と言いました

それから冬の女王は 嬉しそうに笑いました

春の女王はシワのある手で 冬の女王の頬に残る涙を優しく拭いてあげました


こうして 島の最初の四季は一巡(ひとめぐ)りしたのでした・・・     





  其の8 巡る四季と島の暮らし 


 それから島には 四つの季節が順番にめぐるようになりました

そしていつの日からか島に住む人達は 季節の女王がそれぞれの季節を支配する塔のことを「四季の塔」と呼ぶようになり 後にこの島の外の人達は「四季の島の四季の塔」と呼ぶようになりました


 島の人達は 変わる季節に合せて年々上手(じょうず)に暮らせるようになっていきました    


 春には 雪解け水を池に溜めて 夏の雨の少ない時に その水を畑に撒いたり 田んぼに引き込んで 稲を植えてお米を作ったりしました


 夏には 夏の木の実や 野菜や果物がたくさん育ち 島の人達も すっかりと日に焼けて元気に過ごしました

子ども達は 暖かな川や海で遊び 大人達も海や川で魚や貝を()りました


 秋には 年々島の草木が変化していって 少しづつ採れるようになった 赤や(むらさき)色した野いちごを煮詰めて 甘酸っぱいジャムにしたり

秋の木の実を集めて(つぼ)に入れて蓄えて 必要な時に取り出してはパンやクッキーに混ぜて焼いたりして 野菜の少ない冬のための保存食にしました


 冬には ウサギやシカの足跡を追って 弓矢で仕留めて 美味しいシチューを作って食べたり

塩漬けした肉を吊るして 冷たく乾いた北風に当てて 干し肉にしたりしました

剥ぎ取った毛皮は 寒い冬を乗り換えるための 暖かな服にしたり 他にも帽子や手袋や靴も作ったりしました

凍った湖では 氷に穴を開けて魚を釣り それも煮込んだり 油であげたりもして食べました

一度にたくさんの魚が捕れた時には これも塩をして干したり 外に吊るして凍らせて 食べたい時に解かして料理しました   


 そうして島の人達は 春 夏 秋 冬 の それぞれの季節の楽しさと厳しさを知っていったのでした  

 それは 人間だけではなく 虫や動物達もそうでした

そして 自分で動くことのできない草や木々達は もっと大変なのでした

島の多くの植物達は いつも暖かな場所でなければ生きていけないからでした

寒さや 雪に耐えられない草や木は、次々に枯れていきました

しかし それと入れ替わって 四季を()えられる草木が育っていきました

それは 四季の女王達が 風に乗せて運んできた季節の草木の(たね)のおかげでした

そうして この島は新しく生まれ変わっていったのでした


 季節が巡る程に 島は段々と有名になっていきました

そして この島の事は 四つの季節が巡る島

「四季の島」と呼ばれるようになりました


 それからは この「四季の島」のようすを一目見ようと 多くの人達がやって来るようになりました

それはやはり 常夏の島々に暮らす周りの人達にとってこの島は 年々珍しい物や 珍しい事ばかりになっていったからでした


 別の島々から遣って来た人達は この島の事を言いました

「春と呼ばれる季節には 穏やかで暖かな日が多く 周りの島々では見ることの無い 珍しい小さな花々が一斉(いっせい)に咲き広がり それは まるで魔法の国のような美しい景色なのですよ」


「暖かな日々は しなければ()らない事がたくさんあっても 何だが眠くなって草原に寝転んで居るだけで 幸せな気持ちになるんだ」


この頃は ノンビリとしたい人達がこの島にやって来ては 島の至る所で何か好きなことをしていたり 何もしないでボーっとしていたりしました 


 夏は 常夏であった島の人達にとっては いつもの季節といった感じでしたから 最初の数年は 特別な想いは湧きませんでした  

それでも周りの島の人達は 年々と年が過ぎるほどに 周りの島々とは少し違う植物達が()(しげ)り始めたので その少し違った風景を見に来る人達がやって来たりしました

別の島の人達は言いました

「うちの島とは また違う暑さと 植物だね」


遊びに来た 別の島の子ども達は 花咲く丘で言いました

「珍しいムラサキ色のチョウチョが飛んでるよ!」


「本当だ なんてキレイなんだろう!」


遊びに来た別の島の子ども達は 親や友達と一緒に入った 村の近くの林の中で

木の(みき)に張り付いていたクワガタ虫を捕まえて言いました

「この茶色くて大きい (つの)の曲がったクワガタ虫も 見たこと無いよ!」


「本当だ 凄いな~」


「僕も探そう!」


こうして別の島の人達は 四季の島の夏も楽しみました

それに 島の人達も 何年も季節を巡る程に 今では短くなった夏が 特別な季節のような気持ちになっていったのでした

それで四季の島の子ども達も 海や川で泳いだりして 短い夏を遊び回りました 


 秋には 赤や黄色に染まっていく山や丘 それに枯れ草に覆われていく草原も見事でした

四季の島に来た人達は 目を輝かせて言いました

「なんてキレイなんだろう どうして赤や黄色に木々の葉が色を変えるのだろう」


そして この季節は 他の島の人達にとっては特に珍しい食べ物がたくさん取れるので 大勢の人達がそれをお目当てに島にやって来て 宿に止まり お腹いっぱいごちそうを食べて帰るのでした

秋の木の実やキノコは 島の外にも船に載せられて運ばれていき 周りの島の人達を喜ばせました

 

そして 島が白銀に染められる冬は ここに訪れる人達にとって 信じられない光景なのでした

それは 空からフワフワと降り注ぐ白い砂粒の様な小さなものが辺りに積もっただけなのに 島全体が1日で白く染まったりしたからでした

それは雪というのだと 島の人達は大陸の寒い所から来た人達に聞いていたので 始めの頃は島に来る人達にも教えてあげていました

そして 大陸から来た人達から教わって作った ソリを使って 丘の斜面を滑って楽しんだり 

スノー・シューという木とロープで作った楕円形(だえんけい)の道具を革の長靴に取り付けて 雪原や山を歩いたり滑ったりしながら ウサギやシカを追ったり 凍った川や湖へ出掛けては 小さなドリルとノコギリで氷に穴を開けて そこから釣り糸を垂らしたり 網を仕掛けたりしては 魚を()りしました

それらは どれもみな冬のごちそうでしたし 冬の楽しみにでした

やがて 四季の島には ソリやスキーをする(ため)に来る人達が増えていきました


それは 雪のある大陸からも 時折訪れる人がいるほどの人気でした


「この島には 本当に良い雪がたくさん積もる」

大陸からスキーと言う物を持って 雪の上を滑りにやって来る人達は 四季の島の人達にそう言いましたが 島の人達は 「良い雪」の意味は解りませんでした

なんでも 雪をよく知っている人達にとっては「魔法のように サラサラとした 最高の雪」なのだそうです

そして 特に寒い日に降る雪を「粉雪(パウダー・スノー)」と言って喜んで 丘や山を登っては 雪煙を上げながら弧を描き (いきお)い良く滑るのでした   

雪に覆われた四季の島では 尖った葉を持った数少ない常緑樹と呼ばれる木だけが緑色をしている他は 多くの草は枯れて木々は葉を落としていました 

白銀世界となった雪原では 空から降り注ぐ太陽の光を 雪の白が その透明な光を跳ね返していました風に舞い上がる粉雪は 時にはキラキラと輝いて 光の柱を空中に(あらわ)したり

時には激しい雪煙りとなり 辺りを揺らめく白いウ゛ェールで包み込んでしまい 歩くこともできなくなる事もありました

それは とても美しく それでいて厳しく そして何よりも神秘に満ちた光景でした     

今っとなっては すっかりと有名になった この四季の島の冬も

始めの頃は この光景を見た人が自分の住んでいる常夏の島に戻って その目で見たこの島の冬の話しても 誰も信じてくれないほどでした

常夏の島々に住む人達にとっては それほどまでに()てつく厳冬の中にある四季の島は特別だったのです





  其の9 季節の女王の不思議な暮らし


 季節の女王達は いつも同じドレスを来ていました

それは 魔法のドレスだったのです 

ですから何年たっても痛みませんし 汚れたとしても 季節の女王が不思議な呪文を唱えるとキラキラとした光に包まれたかと思ったら一瞬でキレイになるのでした

季節の女王達は 1日に一度 こうしてドレスと一緒に 身体までもキレイにしているようでした


ドレスは形を変えることもありました

それは 時に肩に大きな膨らみがあったり スカートが大きく広がっていたり・・・驚くほどに短くなっていたり 全体のラインがシュッとしていたり・・・フワッとしていたり

大きな(えり)が付いていたり その襟が首の後ろから大きくニョッキリと伸びていたり あるいは襟が全く無くて 胸元が大きく開いていたりすることもありました・・・・

それらの変化は 天気や季節によって変えていたり あるいは 気まぐれに変わっていることもあるのでした

しかし 形はそれほど変わるのに ほとんど変わらないことがありした

それは ドレスの色でした

どんなに形が変わっても いくつかの差し色を除いては 全体の色が変わることを無いのでした

それは 季節の女王達には その季節の色が決まっているということのようでした


春は 芽吹き広がる新緑のような   (みどり) 


夏は 真夏の太陽のような      ()


秋は 紅葉に萌え立つような     (しゅ)


冬は どこまで続く白銀の雪のような (しろ)  


それぞれの季節の女王は 自分を表す色だけは 何年たっても 変わることはありませんでした



 季節の女王達のために建てられた小さなお城には 季節の女王の身の回りの世話をする召使いが数人いました

それは 季節の女王がたのんだ者達では無く 王様が雇っている者達でした   

雇われている者達は 女の人が多かったのですが 時のは男の人もいました


しかし 季節の女王達は 島の人達とどんなに仲良くなったとしても

誰にも体を触れさせることは ありませんでした

それは 女の人であろうとも同じでしたから 身の回りの世話をする者達は その体に触れないように気を付けていたのでした 

季節の女王達は 四季の塔に入っていない間は それぞれの小さなお城で穏やかに暮らしていました 

季節の女王達は そうしてこの島に 繰り返し季節を届けてくれたのでした





  其の10 冬の女王の成長 


 島の季節は 初めて春が訪れてから10回巡りました

それは 季節の女王達がこの四季の島に降り立ってから 20年が過ぎたという事になるのでした

この時には 島の王様はお妃様を迎えていて 王子や王女も生まれていました


島の人達は 次の王様が誕生したことで とても安心していました

王子や王女は すくすくと元気に育っていきました

王様は 贅沢な暮らしは しないようにした人だったので 王妃や王子や王女もワガママを言わず

贅沢を望ずに島の人達の事を考えてくれる優しい心を持っていました 

それは 島の人達にとっては とても有り難い事でした

そんな四季の島の王家は この島の人達に とても(した)われて人気がありました


この頃になって 島の人達は 季節の女王達はとても長生きなのだろうと思い始めました

それは 季節の女王達は ほとんど年を取らないように見えたからでした

しかしそれは ただ一人を除いてのことだったのです

その一人とは 冬の女王のことでした

季節の女王が島に降り立ってから20年・・・

春の女王は 年老いたままでした

夏の女王は 元気なままでした

秋の女王は 若々しいままでした

しかし 冬の女王は少し大きくなっていたのでした

その姿は 人の女の子にしたら7歳くらいに見えました

始めは5歳くらいに見えた冬の女王は 20年で2歳だけ年を取ったように見えるのです

しかし始めの頃は 誰もそのことに気が付きませんでした

ところが 秋の終わりのある日に 四季の塔に向かう冬の女王と道で出会い その姿を見た島のある男が 小さな冬の女王の前で うやうやしく片膝をついて

「これは冬の女王様 私は20年前に一度だけお会いした者です 誠に美しくなられて 以前よりも背もお伸びになられたのですね」と言ったのでした


この時に まだ小さかった冬の女王に付き添って一緒に四季の塔を目指し歩いていた島の人達は 冬の女王が大きくなっていることに まったく気が付いていなかったので とても驚きました 

そして そう言われて冬の女王をよく見ると 確かに前よりも大きくなっていることに気が付いたのでした

皆んなに見られていた冬の女王はこの時 いつもは雪のように白いほほを 赤く染めてとても恥ずかしそうにしていましたが 小さな咳払いを一つしてから 背筋を伸ばし凛とした姿勢で目の前にひざまずく男に言いました 

「あいすまぬが 私は塔へ向かう途中ゆえ このまま失礼いたす そなたも 私が雪を降らす前に どこぞの目的地へと急がれるがよい」

そう言った冬の女王の顔は まだ赤いままでしたが 男は深々と頭を下げて

感謝の言葉を言いました


すると冬の女王は「それでは 私はこれで失礼いたします」と言って 男の横を通り過ぎて行きました


男はしばらく 遠ざかって行く冬の女王と付き従う者達の後ろ姿を見送っていました・・・


 それからその話は 島中に広がっていきました   

すると他の島の人達も そう言われて見ると 他の季節の女王達は ほとんど変わらないように見えるのですが

冬の女王は確かに大きくなっていること思いました


それで島の人達は 色々なことを互いに言いました

「たしかに冬の女王様は 昔よりも四季の塔に向かわれる足取りがしっかりとしている」


「枯れ草の中に埋もれなくなったよね?」


「白いドレスが小さくならないのは 魔法のドレスだからなのかねぇ?」


「なんか婆さんに聞いていた話しより 少し女の子っぽいとは思ったんだ」


「ほかの女王様達は 年を取っていないようだがなぁ・・・」


「人だって 大人は1年や2年ぐらいでは あまり変わった感じはしないからじゃないか?」


「冬の女王様は 子供だから大きくなるのが早いのか・・・」


「そう言えば まだ若い秋の女王様も20年前よりは すこし大人っぽくなったように見えるよねぇ?」


島の人達は今まで 人と違って季節の女王達はずっと年を取らないと思っていたのですが

もしかしたら季節の女王達も長い時間を掛けて年を取るのではと思い始めました

そしてついに島の人達は とてもとてもゆっくりですが冬の女王は成長していると確信(かくしん)したのでした


そうなのです 確かに冬の女王は 昔だったら四季の塔に向かうの時に 枯れ草の中に埋もれてしまう程だった背丈も 今では枯れ草よりも高くなっていました

始めの頃 冬の女王も 人の小さな子供と変わりなく成長するのかと思われていました

しかし数年たっても変わらない小さな子供の姿のままだったので 島の人達は季節の女王達は年を取らないし 体も成長しないと思っていたのでした・・・


しかし 違ったようです

女王達は 年を取るようなのです


そうして いつしか島の人達は 季節の女王達がゆっくりと年を取り変わっていくのも 楽しみの一つとなっていきました

しかし そうなると心配も一つありました

それは 秋の女王がお婆さんになっていたので この先ますます年を取っていくと いつも暮らしているお城から 四季の塔まで歩いて行くことができなくなるのではと思われたからでした


「秋の女王様も ゆっくりと年を取っているのなら あと何十年かすると歩けなくなるなるのじゃないかい?」


「女王様が季節を変えるための旅は 自分の足で歩かなければならないそうだけど・・・」

そんな話が 時々島の人達の間で交わされ始めました



 それから四季の島にはいくつもの季節が 何度も 何度も・・・・

 

 何度も巡っていきました・・・



 そうして四季の島は 季節の女王達が降り立ってから100年が過ぎたのでした


最初の王様はもう天に召されていて その息子が島の王様になっていましたが この時はもうだいぶ年を取っていました

島の人達も 家族の父や母だった人達が お爺さんお婆さんと呼ばれたり

その時は子供だった人達の中には結婚した人も大勢(おおぜい)いて それぞれの家族をもって子供が生まれたりもして 家族からは お父さんお母さん と呼ばれるようになったりしました 


そんなとても長い時間が過ぎたにも関わらず 季節の女王達は あまり年を取ったようには見えませんでしたが

それでも 本当は少しずつですが変わっていたのでした


春の女王は ほんの少しだけ年老いたように見えましたが 正直(しょうじき)そんなには変わっていませんでした


夏の女王は 相変わらず朗らかで美しいままでしたが 少しだけ年を取ったようになりました


秋の女王は 始めの頃よりも少し落ち着いた大人の雰囲気になりました


しかしそれは 短い人の寿命では ほとんど誰もが気付くことができなかったのでした

そんな中で ただ一人(ひとり) 成長が一番ハッキリと見えた女王がいました


それはやはり あの幼くも小さかった 冬の女王でした

とても小さかった体は 背が伸びて 透き通るような白い肌をした 銀髪(ぎんぱつ)の美しい少女となっていました

その容姿は 人で言うところの15歳くらいに見えました

手足は細くスラリとして 体には年頃の少女らしい二つの小さな胸の膨らみがありました

その体の肩から腰や お尻に掛けての(しな)やかな曲線は 冬の女王の美しさと優雅(ゆうが)さを感じさせるには十分すぎるほどでした

そして 芯の強さを感じさせながらも まだ幼かった顔は いまでは()んだ水が(こお)った時のような 冷たくも美しい 凛とした気風を感じさせていました

冬の女王の体は あの幼かった頃から着ている 雪のように白い魔法じかけの優雅なドレスを 今の体の大きさに合わせて まっとっていました

その姿形(すがたかたち)の全てが ほかの女王たちとは違う 厳しい中にも美しさを秘めた 死を身近に感じさせる圧倒的な季節・・・冬を感じさせました

成長し 冷たくも美しくなった冬の女王を()()たりにした時

ある人は その美しさに虜になってしまい 冬の女王に愛の告白をすることもありましたが 冬の女王は全く相手にしませんでした

またある人は その瞳の冷たさに恐れをなして 四季の塔に向かう冬の女王が目の前を通り過ぎるのを顔を伏せ 恐怖に震えながらじっと待つこともありました


島の人達は言いました

「冬の女王様は なんと美しくなられたのだろう・・・」


「なにを言っているの あの氷のように冷たい目・・・冬の女王様は なんと恐ろしくなられたのだろう・・・」


「冬の女王様には きっと人のような暖かい心は無いのさ 姿は美しいけれども 心は氷のように冷たい女王様なのさ・・・」


「いや・・・そうでは無い 成長された冬の女王様は 今でも小さかった頃と同じように 毎年ゆっくと四季の塔に向かわれる それは 島や島の人達のことを思ってのことなのだろう きっと厳しくも優しい女王様になられたのだ」  


しかし 本当のことは誰にも解りませんでした

それは 冬の女王は幼かった頃からとても無口だったので お城で暮らしている時も 四季の塔に向かう時であっても 島の人達とはあまり話をすることが無かったからなのでした

それにやはり 冬の女王は少しずつでしたが大きくなるにつれて 島の人達が声を掛けるには戸惑うほどの 美しさと冷たさを見にまとって とても近寄り難くなったていたからなのでした 





  其の11 恩恵を忘れた人々


 それから長い時間 四季の島には 約束された四つの季節が巡り続けました

そして 季節の女王達が四季の島に降り立ってから200年が経ちました・・・

四季の島が もともと周りの島々と同じく常夏の島であったということは 誰もが忘れてしまっていました・・・

島に住むお年寄りが 子供の頃にお爺さんやお婆さんから聞いた まだ常夏の時の昔の四季の島の話をしても 誰も本気では信じてくれないようになっていました

それは そうなのです

その話をしているお年寄りでさえも 子供の時に聞いたその話を ただの昔の言い伝え・・・・昔話だと思って聞いていたからなのでした

今では 四季の塔に 季節の女王が向かわなくても きっと四季の島には変わらずに季節が巡るのだろうと 誰もが思っていました


島の人達や 島に来る人達までもが言いました


「この島は 神様に選ばれた特別な島だから 周りの島々とちがって 季節が巡るのさ」


「季節の女王様が この島の四季を巡らせていると聞いていたが 違うのかい?」


「それは 昔からの言い伝えですよ 本当にこの島は ずっと昔から四季の島なんですから」


「しかし 島の東西南北(とうざいなんぼく)には それぞれの季節の女王様が暮らしていて 季節の変わり目には四季の塔に向かわれるそうじゃないか」


「それは 季節の変わり目に合わせて 季節の女王様が塔へと向かっているだけなんですよ」


「じゃあ・・・それぞれの季節の女王様達が 塔に入って季節を変えているって話は?」


「それは昔の言い伝え・・・昔話なんですよ」 


「しかし、季節の女王様達は とても長生きだと聞いているけどね」


「確かに 季節の女王様達は もう200年は生きているようです」


「それはもう・・・子供だった冬の女王から 始めから年老いていた春の女王であってもですよ・・・」


「だったら やっぱり・・・季節を変える力だって持っていてもおかしくないと思いますよ」


「いや・・・きっと何か・・・特別な薬か・・・特別な物を食べているのかも知れません・・・」


「それこそ 彼女らが魔女の(あかし)ですよ」


 季節の女王達は この200年間 島の人達に 初めに小さなお城を立ててもらった他には 

何かをして欲しいと言ったり なにか物やお金をもらうこともありませんでした

それに 何かを食べることはありましたが 何ヶ月も あるいは何年もの間 何も口にしなくても平気なのでした

島の人達は 季節の女王達の不思議さを 200年の間は 神様の力が宿っているからだろうと思っていました

しかし 島の人達の記憶がすっかりと薄れてしまったこの数十年の間に 季節の女王達は何か魔女のような不気味な方法で長生きしているのではないかと疑い始める者も増え始めていたのでした・・・ 


春の女王は 年老いて すっかりと腰も曲がっていましたが まだまだ元気でした


夏の女王も 今ではお婆さんとなっていましたが とても元気で明るいままでした


秋の女王は すっかりと落ち着いた雰囲気になり 顔にも少しシワがありましたが まだまだ美しい姿でした


冬の女王は それはそれは とても美しくなりました その姿は まさに今が一番女性として華やかな年頃だったのでした


 この頃には 四季の島の人達や 島に訪れる人達が 季節の女王達のことを どう思っているのかは 季節の女王達の耳にも それとなく入っていました

しかし 季節の女王達は 人々のそうした噂や想像を気にすることはありませんでした

季節の女王達が 別の季節の女王と顔を合わせるのは 季節の変わり目の時だけでしたが

この島に降り立った時から 自分達の役目を互いに果たすことが 一番大事なことだと知っていたので

自分達が 人々からどんなふうに思われても構わないと思っていたからでした


 それからまた 四季の島は50年の時が経とうとしていました・・・


 この頃には 島の人達は 季節の女王達とは あまり関わろうとはしなくなっていました

それは もうずい(ぶん)と前からなのですが・・・ 季節の女王達は 不気味な魔力で長生きをしているのではないか? と 思われていたからでした・・・

それにもう この四季の島の人達は 季節の女王達が四季の塔で祈りを捧げなくても この島の季節は いつもどうりに巡っていくと思っていたからなのでした 

季節の女王のために建てられた四つの小さなお城も 今では屋根や窓枠が痛み 庭にも雑草が生い茂ったりしていましたが 誰も手を貸す物がいないので もう20年くらいの間 ずっとそのままになっていました・・・

季節の女王達は それでも島の人達には 何も頼むことも無く 何も文句を言うこともありませんでした

ただ時折お城の小さな庭に出てきては 草花にこれ以上は伸びないようにと話し掛けたり ウサギやシカに伸びすぎた草を食べてもらったりしていました

しかし そんな季節の女王達の不思議な力を見ていた島の人達は ますます季節の女王たちのことを魔女のように思うようになり 今では誰一人として 季節の女王達の世話をすることが無くなってしまい 話し掛ける者さえもいなくなってしまったのでした・・・


 この時には 島を治めている王様も もう何代も変わっていまいした 


 今となっては200年以上も昔となってしまった最初の王様は とても季節の女王のことを大切にしていました

最初の王様が 息子である王子に 自分が就いている王の椅子を譲る時には 季節の女王達のことを大切にするようにと言い渡して亡くなったのでした

王様になった王子も 父の言葉を守って 季節の女王達のことを大切にしていたのでした





  其の12 ワガママな王様と季節の女王 


 最初の王様から数えて四代目の王様の時に 季節の女王達と 王家との間に溝が生まれてしまうできごとが起きました・・・

それは この島を支配しているのは王様なのか それとも 季節の女王達なのかと 島の人達が言い始めたことが始まりでした

どうしてそんな話が この島の人達から沸き起こったのかといえば

それは この四代目の王様がとても怠け者で それでいてワガママだったからなのでした


ある時 この王様は「夏が暑すぎる! 誰か四季の塔に上って 夏の女王にもう少し涼しくする様にさせるのだ!!」と家来たちに命令したのでした


しかし家来たちは「この王家の最初の王様の他には 誰一人として あの塔に入れた者はいないのです 私達に入れるわけがございません」と言って 王様にひざまづいて許してもらおうとしたのでした


それでも王様は「ええい!うるさい! それならば私が出向(でむ)いて 夏の女王に命令してやる!!」と息巻いて 真夏の暑い最中(さなか)に 家来に担がせた担ぎ櫓(かつぎやぐら)に乗って四季の塔へと向かったのでした


お城を出発してから七日をかけて 王様が四季の塔にたどり着いた時には 家来達はヘトヘトになっていました

それは ただ櫓に座って 悠々(ゆうゆう)とここにたどり着いたはずの王様でさえも そうなのでしたが 家来達が見ていたので平気なフリをしていました


 家来達は 四季の塔に向かう途中で野宿している時に 王様に聞こえない小さな声で噂しました


「夏の女王に会って・・・夏を涼しくしろ! だなんて そんなメチャクチャなことができるのだろうか?」


「そもそも 四季の塔の扉は 季節の女王達しか(ひら)けないのじゃないか?・・・夏の女王に会うなんて 誰もできっこないですぞ!」


「いやしかし 王様は王家の血を引いておられるのだ もしかしたら塔の扉を開けるのかもしれないぞ」


「いやいや! 言い伝えでは 最初の王様が扉を開いたのでは無いぞ」


「そうだ・・・ 王様をご案内した見知らぬ男が 不思議な言葉を扉に投げ掛けると 扉がそれに応え 扉が開いたと聞きましたぞ」


その言葉に 家来一同は「うむむむ~・・・」と唸って 黙り込んでしまったのでした 


そうして 誰も四季の塔の中に入ることができるのか解らないまま 旅を続けたのでした 

王様は 四季の塔に近づいて行くほどに 心の中では後悔し始めていました

それは今さらでしたが 四季の塔の扉を開けるには どうしたら良いか解らなかったからなのでした


「はて・・・困ったぞ・・・」王様は 家来達の手前 小さな声で独り言を漏らしました

「四季の塔の扉は 季節の女王にしか開けられないのだったか・・・」

しかし王様は ここに来ることを止めようとしていた家来達に鞭打つようにして 無理矢理ここまで来てしまっていたので 今さら扉を開ける方法を知らないとは 言えなくなってしまっていたのでした


(ええい! 私はこの島の! この四季の島の王なのだ!! 夏の女王が私の言うことをきくのは当然なのだ!!)

王様は 心の中でそう思い なんとしても 夏の女王を自分に従わせようと考えていたのでした・・・



 そしてついに その時が来たのでした

王様は家来達を連れて 四季の塔の下にたどり着いたのです

王様は最初に 家来の何人かに扉を開けるように言いました

そう言われた家来達は とても驚きましたが 王様の命令だったので断ることができないと思い 塔の扉に手を掛けました

そして 取っ手をつかんで 思いっきり引いたり 押したりもしてみましたが 扉はビクともしませんでした  

それを見ていた王様は 今度は扉の取っ手にロープを(くく)り付けさせて 家来全員に引っ張らせました

それでも 結果は同じでした

次に 近くにあった木を切り倒して 大きな丸太ん棒をこしらえて それを何本ものロープで縛って持ち手を作り 30人の家来に持ち上げさせました 

家来達は呼吸を合わせて 丸太ん棒を前後に大きく振り始め 勢いをつけて扉を打ち壊そうとしました 

そして一斉に「そーれ!」と声を合わせて 振った丸太ん棒を扉に向かってドーン!っと打ち付けました

すると 丸太ん棒が扉に打ち付けられた瞬間 バーン!っと丸太は弾かれて30人の家来達は ロープの持ち手をつかんだまま 一斉にもんどり打って倒れてしまったのでした

「魔法じかけの扉だ・・・」

その光景を見ていた家来の一人が 驚きのあまり そう呟きました

すると ほかの家来達も口々に言い始めました

「やっぱり 神様が建てられた 神様の塔なんだ・・・」


「この島を支配しているのは 神様の使いである季節の女王達なのだ!」


「なんと (おそ)れ多いことをしてしまったのだ・・・」


「もうだめだ! 呪われてしまう・・・」


すると 家来達はいっせいに腰が抜けたようになってしまい 四季の塔の近くから逃げ出そうとし始めました


「ええい!黙らぬか!!」

声を張り上げたのは 王様でした


「もう良い!お前達は下がれ!! 私が扉を開ける!」

そう言って王様は 下がる家来達と入れ替わるようにして 四季の塔の扉の前に立ちました


しかし 鼻息荒く扉の前に立ってはみたものの 全く扉を開ける方法は解りません


それでも こうなっては自分がなんとかするしかないと 王様は思ったのです 

そこで王様は 取り敢えず両手を扉に当ててみました

王様のその姿に 家来達は王様が扉を開けるのではと思い 固唾を呑んで見みました

しかし 扉はいっこうに開きません

次に王様は 扉に向かって命令しました

「私は この四季の島の王である! 扉よ開け!!」


その声が辺りに響き渡った後も 扉はピクリともしないまま 辺りの鳥のさえずりが聞こえるばかりでした 

この時になって王様は 冷や汗をかき始めました・・・

辺りに散り散りになって見ていた家来達は ザワザワとし始めました

それは(やっぱり 王様は扉の開け方を知らないのだ・・・)と 思い始めたからでした


王様は 扉が開かないことに段々と腹が立ってきたのでした

「忌々しい 四季の塔め! 夏の女王め!!」と 独り(ののし)りました


さらには夏の女王に大声で命令しようと思い 四季の塔を見上げました

しかし 塔はとっても高く 王様の声が塔のテッペンまでは届きそうもありませんでした  

王様は しばらくの間 四季の塔のテッペンを苦々しく見上げていましたが


「夏の女王よ!! 私の命令を聞けないのなら もうお前達の世話は誰にもさせないぞ!!」と 怒鳴りました


それでも 塔は静かなままで 夏の女王からの返事はありませんでした


王様は塔を見上げて さらに罵りました

「魔法じかけの扉など付けおって!! 魔女め!! 忌々しい 魔女めが!!」


怒りに任せてそう言った時 王様は突然 ひらめいたのでした

それは 自分をこんな目に合わせた季節の女王達に 仕返しをする方法だったのです 


王様は たった今 思い付いたことを 家来達に向かって大声で言い始めました

「良いか者共!! 私の言葉を聞くが良い!・・・実は季節の女王は 魔女なのだ! あの者達は季節を支配しているのではない 季節を支配しているフリをしているのだ! そうだ 季節の女王達は 季節の変わり目に四季の塔に向かい 入れ替わり・・・ ちょうどその時に季節が移り変わったように 見せかけていたのだ!!」


家来達は 顔を見合わせ 王様の言っていることが 本当なのだろうかと思いました


すると 王様はさらに付け加えて

「この話は 先代の王 私の父から聞いたことである! 先代もまた その父 私の祖父(そふ)から聞いたと言っていたことなのだ!!」


その言葉に 家来達は驚きました


「先代のお言葉とは・・・・」


「先々代のお言葉とは・・・」


「ならば 初代の王の時代からなのか・・・?」


「しかし 魔女とは・・・そんなことが?」


「いや 魔女なら 扉に魔法を掛けることもできるだろう」


「だが 冬の女王と四季の塔に向かって旅をしたことがあるが 女王の周りは冷たい空気が(ただよ)っていた」


「そうだ 確かに冬の女王の周りには 光かる雪のようなものまでチラチラと()っていたぞ」


「ほかの季節の女王達にも 同じ様な話がある・・・」


「ああ・・・春の女王の周りは暖かく 夏の女王の周りは暑いし 秋の女王の周りは涼しい風が吹いてくるとか・・・」


「それこそが 魔女の魔法なのでは?」


「いやしかし・・・・」


家来達がそんな風に言い合っているのを見ていた王様は これで自分は恥ずかしい思いをしないで済むし 皆んなが季節の女王よりも 自分がこの島を治めていると思うだろうと 安心しました


王様の話を聞いた家来達は 季節の女王達が本当に季節を変えているのか解らなくなってしまったのでした・・・


こうして塔にまでやって来た王様と家来達は 結局は四季の塔に入ることも 夏の女王に会うことも無く

もと来たお城まで戻って行ったのでした


それから 王様が出任(でまか)せに季節の女王のことを言ったウソの話は 家来達の口から街の人々に広がって やがては島中(しまじゅう)の人々に広がってしまったのでした

それでも島の人々は そんな話を始めはあまり信じてはいませんでした 

しかし 長い時間が経つに連れて 段々とそうなのかも知れないと思い始めるようになっていったのでした  


そうして季節の女王達は 王家と縁遠くなっていくに連れて 島の人々との関わりも無くなっていったのでした・・・


そんな時でした この季節巡る四季の島に 終わらない冬がやって来たのは・・・





  其の13 終わらない冬の始まり


 それは 島に季節の女王達が降り立ってから 250年が経とうとした冬の終わり・・・春の始まりの頃のお話です


(こよみ)はもう4月に変わっていました

いつもの年なら もう雪が解け出して 小川のせせらぎが大きくなって 川辺りには下草が見え始めるころでした

しかし この日も四季の島には 強い北風が吹き 白い粉雪が舞い散っていました

島の人々は 先月までは少し春が遅れそうだと思っていましたが そんなには不安に思ってはいませんでした

ですから その頃はまだ余裕があったので


「どうやら 今年は麦の種まきが遅れそうだ・・・」


「薪もほとんど使ってしまいそうだから 雪のある内に もっと山から沢山の木を運び出して乾燥させなければならないな」


「これは 春も忙しくなるが 秋にも薪割りで大忙しだろうな・・・」

などと 会話を交わしていたのでした


しかし もう4月なのです

それなのに 暖かい日がとても少なく 晴れることすら(まれ)で 毎日毎日 粉雪ばかり降るのでした・・・


「寒いな・・・まだ粉雪が降るなんて・・・」


「これは 2月の天気だ もう雨が振っても・・・せめて みぞれが降ってもいい頃なのに」


「雪に湿り気が無い・・・これでは雪が解けるのはいつになるか・・・・」

島の人々は いよいよ不安になってきました・・・

そしてついに 冬が終わらないまま 5月になったのでした・・・


冬を越すために備えていた 食べ物や薪も残り少なくなったので

島の人々は 少しでも長く食いつなげるために 食べる量を減らしました 

連日の吹雪で 山に入って薪にする木を切り出すのもできません

連日の吹雪で 雪原や山に行って ウサギや鹿を捕ることもこともできそうにありません

連日の北風で 海が荒れているので 島の外からは誰も人が来ませんし 食べ物を運んでもらうこともできません

それどころか 島の外からスキーをしに来た人達が帰れなくなっているのでした 


それに・・・


本当なら もう 山菜がとれるころです


本当なら もう 海も穏やかになって(なぎ)が続き 魚を捕りに海に出られるころです


そうです・・・


本当なら もう 春なのです・・・


 食べ物が少ないと 子ども達は直ぐにお腹が()くので

「お腹が すいたよ!もっと食べたいよぉ!」と親に言うのでした


親達は 自分の食べ物を減らして 子ども達に少しでも多く食べさせようとしました

そうして親は 家の仕事もできなくなるほどにお腹が空いていましたが ずっと我慢していました

それは 自分がお腹が空いている苦しさよりも 子供がお腹を空かしているのを見ることが (つら)かったからでした


 それでも 春は来ません・・・

最初のころは「お腹がすいた」と言っていた子ども達でしたが

いよいよ 本当に家に食べ物が少なくなってしまったころになると 何も言わなくなってしまいました

それは 「お腹がすいた」と言ってしまうと お父さんや お母さんは 何も食べなくなってしまうと思ったからです

それに お爺さんや お婆さんも一緒に暮らしている家では もっと大変なのでした・・・ 

島の人達は 段々と痩せていき 体はますます冷えていったのでした

薪も もう本当に残り少なくなっていました

家の外は 雪と氷の世界です

薪が無くなれば 家の中も同じようになってしまうのです

薪が無くなれば きっと どこの家族も数日で凍え死んでしまうでしょう・・・


 もう この四季の島の人達には () が 迫っていたのでした        





  其の14 春の行方(ゆくえ)・・・


 お城には 毎日 生活に困った人達が 食べ物や薪を分けてもらおうと詰めかけていました

今の王様は 優しい王様だったので 始めの内は 一人に少しずつ食べ物や薪を分けてあげていました

しかし 5月の中頃になると 沢山の人達がお城に詰めかけるようになってしまいました

するともう お城に蓄えている物だけでは どうにもならなくなってしまったのでした・・・


「もう少し 島の人達に食べ物や薪を分けてあげなさい」

王様は お城にある物を もっと島の人達に分けてあげようと思い 家臣(かしん)達に言いました


すると家臣達は言いました

「王様・・・もう城には 食べ物も 薪も ほとんど残ってないのです」


「城に(つと)める私達でさえも 今では食べる量を減らしているのです」 

お城の中にも人が住んで働いています

その人達の分の 食べ物や薪を無くしてまで 島の人達に分けてあげることは もう できませんでした・・・ 


「そうだったのか・・・それなのに 私にはいつもと同じように食事が出されていたのか・・・」

王様は 自分ばかりが特別に守られていたことを この時 始めて知りました


「では 今日から私の食べ物も減らしなさい・・・皆んなでこの冬を乗り切ろう」

王様はそう言って 家臣達にニッコリと笑いかけました


家臣達は 王様にそう言われて 少し安心しました


「なんとしたことだろうか・・・」

その後 王様は どうすることもできない自分を嘆きました


家臣達は 互いに顔を見合わて なにか良い考えが無いかと思いました


すると 家臣の一人が言いました

「冬の女王にたのんで 冬を終わらせてもらってはいかがでしょうか?」


「おお!」っと 家臣達の間から声が上がりました


冬の女王・・・その季節の女王の名前が上がるのは この城の中では いったい何十年振りだったことでしょか

それは 島の人達の間でさえ その名前が語られるのは ずっと無かったことなのでした 


お王様は 遠い目をしながら 言いました

「冬の女王か・・・思えば王家と縁深かったと聞くが 今ではあまりに疎遠(そえん)となってしまったが・・・」


王様は 四季の塔や季節の女王達のことは知っていたのですが 四代目の王の時に広がってしまった話を 今では当たり前に教えられていたので 本当のことはあまり知らないのでした


そこで 王様は家臣達に訊いたのでした

「季節の女王とは 魔女では無かったのか?」


王様の言葉に 集まっている家臣達は 互いに小声で話し始めて その声は 広間の中で ザワザワとした音をになって響きました


すると 家臣達の中には 今では王家の歴史に逆らうことになるので 誰にも話すことも無く ひっそりと真実を伝えられていた者達がいたのでした

「王様・・・どうか怒らずに聞いて下さい!」


「季節の女王達を魔女と言ったのは 四代目の王様なのです・・・」


その言葉に 王様は驚きました


「詳しいことは 解りませんが それは本当だと伝えられました」


「ですから この四季の島に四つの季節が巡るのは 季節の女王達が 四季の塔で祈りを捧げてくれているからなのです」


「季節の女王達とは 初代の王様に 神が四季の塔で引き合わせてくださった 本当に季節を支配する女王なのです!」


「神から使わされて 島に季節を巡らせてくれる女王なのです!」


その話を聞いた王様は しばらくの間 黙って考え込んでいましたが

「それならば 冬の女王に 冬を終わらせてもらうよう 使者を出して たのんではどうか?」

と言いました


すると 家臣達は言いました

「今の四季の塔には 季節の女王以外は 誰も入ることはできないのです」


「四季の塔の扉には 魔法が掛かっているのです」


「あの扉も 塔も どんなことをしても 開けることも 壊すこともできないのです」


その言葉を聞いた王様は言いました

「では この長い冬は 冬の女王が四季の塔から出てくるまでは 誰にも終わらせることが できないと言うのか?」


そう言われた家臣達は 黙ってしまいました

そうして長い沈黙(ちんもく)が続きました・・・

もう 誰も答えを出せないと思っていた時に 申し訳無さそうに(つぶや)く小さな声が皆の耳に届きました


「それなら・・・・次の季節にしてもらえば・・・・」

それは 広間の端で会議の話を聞いていた 近衛兵(このえへい)の若い男の声でした


「今 何と言ったか?」   

王様は その近衛兵の若者に言いました


家臣達も一斉にその若者に目を向けました

すると若者は すっかりと緊張してしまい 言葉に詰まってしまいました


「次の季節と 申したのか?」

家臣の一人が その若者に向かって確かめるよう言いました


その言葉に近衛兵の若者は 申し訳無さそう小さく頷いたのでした

それを見ていた王様は

「そうか・・・ 春の女王にたのみ 次の季節に変えてもらえば良いのか!」と 大きな声で言いました


その言葉を聞いた家臣達は「おお!」っと 納得したのでした


そうなれば 早速(さっそく)準備に取り掛かろうと 家臣達は今のこの場で 春の女王を向かいに行かせる者達の名前を次々と挙げて決めていきました


すると そのようすをソワソワとしながら見ていた さっきの近衛兵の若者が

「どうか その一行(いっこう)に 私も加えて下さい!」と言ったのでした


家臣達と王様は 若者の突然の申し出に 一瞬驚いて また その若者の方を一斉に見たのでした

大勢に見られた若者は またしても緊張して 冷や汗をかきながらピンと背筋を伸ばして真っ直ぐに立っていました


その姿を見た王様は「そうか この話は お前が思い付いたことだったな」と言い 少し考えました


その後 王様は(きび)しい顔をして 近衛兵の若者に命令しました 

「許そう! お前も一緒に春の女王を迎えに行って 女王をぶじに四季の塔へと届けよ! そして冬の女王には塔から出て来てもらい この終わりの見えない長い冬を終わらせて この島に春を呼び戻せ!」

そう言い切った後 王様は近衛兵の若者にニッコリと笑いかけました


近衛兵の若者は またも緊張してビシッと王様に敬礼をして

「一日も早く春をお届け致します!」と言いました    





  其の15 12人の旅の一行と大雪原


 こうして翌日 四季の島の冬を終わらせる為に 雪山になれた9人のたくましい若い男と 同じくたくましい2人(ふたり)の元気な女・・・そしてこの旅に同行することを名乗り出た あの近衛兵の若者との 合わせて12人がお城を後にしました 

以外にも 旅の12人が見上げた 旅の始めの空は 青く澄んでいました

一行は 辺りを見渡しました

すると 東には無限(むげん)に続くように見える雪原が 地平線の彼方まで広がっていました 

南には 同じく雪原と 木々に雪を積もらせた林や森が広がっていました

西には 雪に(おお)われた島の山々と 二つ目の目的地である四季の塔が 凍てつき澄んだ空気の中に青白く浮かび上がるように見えました


「冬の女王は 今もあそこで冬を祈っておられるのだな・・・」

遥か遠くの四季の塔を 眩しく見ていた近衛兵の若者は そう言って悲しそうな顔をしました 


その言葉に ほかの旅の者達も言いました

「冬の女王は なぜこのような苦しみを 島の人々に与えるのだろう」


「冬の女王は この島を いつ迄も自分の季節にするつもりなのだろうか・・・?」


しかし その言葉は12人の誰の耳にも入ったはずなのに まるで白い雪に吸い込まれたかのように 誰も答える者はいませんでした

そして 近衛兵の若者が北を見た時 他の11人も北を見ました

そこには 白い雪原と いくつかの丘が折り重なるようにして広がっていました

その丘の遥か向こうには 雪の女王の小さな城があるのでした・・・


「美しくも冷たい 若き銀髪の女王には もう ご自分の城に帰って ゆっくりと休んでもらおう・・・」

冬の女王のことをそう言った近衛兵の若者は 自分の決心を(あら)たにしました 



12人の一行は 雪原を東に向かいます


それは春の女王を迎えに行くために


それは終わらない冬を終わらせるために


そして 島の人々と 島の多くの生き物達を助けるためでした・・・



 冷たい北風と 白い雪が降り積もる5月の終わり

城を出発した12人は 旅を始めて半日すぎた時 いきなり吹雪に見舞われました

それはまるで さっき迄の(おだ)やかな天気がウソのように思えるほどでした

そんな周りの景色がよく解らないなかでも 12人の旅の一行は スノー・シューを付けた足をモフモフと引きずるように踏みしめながら ゆっくと進み続けたのでした

こんな吹雪の中では 普通の人であったなら直ぐに道に迷ってしまうところでしたが 一行は迷うことはありませんでした 

それは 彼らの中に吹雪や霧の中であっても方角が解る特別な者達が何人かいたので こんな吹雪の中でも自分達が今 島のどの辺りにいて どちらに向かっているのかが解っていたからなのでした

それでも 雪煙の中で互いが(はぐ)れてしまわないように 互いをロープで繋いで一列になって歩いていたのです





  其の16 春の女王と暖かな城


 吹雪は 毎日続きました

それは 冬の女王が この旅の行く手を(はば)もうとして やっているように 12人の旅の一行は思えていました・・・  

それでも一行は 夜は雪に穴を掘って そこに建てた鹿の皮で作ったテントに入って焚き火にあたり

暖かい料理で体を温めて疲れを()やしながら 旅を続けたのでした

そうして一行は10日(とうか)の間 冷たい北風と雪に吹き付けられながらも 何とか島の東の端にある春の女王の小さな城まで たどり着いたのでした 

城の前まで一行が近づくと 小さな城を囲んでいるはずの塀は すっかと雪に埋まってしまっていて どこにも見当たりませんでした

さらには しろの1階の半分以上は 雪に埋まっていました

一行は 城に入ろうと入り口の扉の前にたどり着いたのですが その扉も雪に埋まって開きそうにありませんでした

そこで一行は 扉の前に積もった雪を 背負って持って来た小さめの雪かきのスコップで退け始めました

そうして しばらく作業を続けて (つい)には扉を開くことができたのでした

この時には 元気な女達や 近衛兵の若者も・・・そして たくましい男達でさえもが クタクタに疲れ果ててしまい

ヨタヨタと転がるようにして 春の女王の城に入って倒れ込んでしまったのでした

もう 誰も開けっ放しの扉を閉める気力も体力の残って無かったので 入り口からは冷たい風がビュービューと吹き込んでいました・・・・

すると 城の奥の廊下から 優しいお婆さんの声が近づいてきました


「おやおや・・・ 珍しくお客が来たかと思えば お城に入った途端に倒れ込んで寝てしまうなんてねぇ」

そう言って 婆さんは 城の扉をバタン・・・バタンと閉めました


一同の前に現れた お婆さんは 緑色の古風なドレスを着ていました

城の中は 暖かなロウソクの明かりで黄色く照らされていました

そして 扉が閉められた途端に 倒れ込んでいた旅の者達の誰もが暖かさを感じました

それは さっき迄の寒さがウソのように思えるのと同じくらい ウソのような暖かさで それはもう春の空気に包まれていると思えたのでした・・・ 


「外は寒かったろうに・・・もう大丈夫だよ」

お婆さんは 子供に言い聞かせるような言い方で 倒れ込んでいる旅の一行に話し掛けました


すると 倒れ込んでいた誰もが もう動けないと思っていた体の疲れや寒さが (やわ)らいでいったのでした・・・


なんとか立ち上がった近衛兵の若者は 目の前にいる優しそうなお婆さんの姿を見て言いました

「あなたが 春の女王なのですね」


すると お婆さんは答えました

「ええ 私は春の女王です 大変な道のりを遠路(えんろ)はるばる訪ねて下さって 有り難う」そう言っ

て 沢山のシワのある可愛らし顔をニッコリとしました


一同は 溶け始めて雫を流し始めていた体に降り積もった雪を払いながら ゆっくと立ち上がりました

この時 春の女王旅の笑顔を見た 旅の一同(いちどう)12人は 誰もが心の底からホッとするのを感じました・・・


 「冬を終わらせるために 私を呼びに来たんだね?」

皆んなを暖炉のある応接室に案内して 暖かな紅茶を振る舞った春の女王は 

左手にソーサーを持ち 右手にティーカップを持って紅茶を飲みながらそう言いました

旅の一同は 春の女王の質問に 何も言わずにうなずきました


「そうだよね・・・こんな様子(ようす)じゃ そうだよね・・・・」

春の女王は 何か考え込むように遠い目をして言ったのでした

そして さらに

「私ももう 年だからねえ・・・こんなに雪が多くては 塔まで歩いては 行けそうに無かったものだから・・・ それに もし無理に出て行ったとしたら あの子は 私を雪の下へ生き埋めにしてしまうかも知れないからねえ・・・」

と言って 「ふっふっふっふっ・・・」 と 旅の一同を見回して笑うのでした


旅の一同は その話の何が面白いのか まったく解りませんでした・・・


春の女王は それからしばらく 暖炉の火を見つめていましたが 思い出したように

「あの子の気持ちを思うと 私はとても申し訳ないと思うよ・・・」と ポツリと言いました・・・


春の女王の言っている意味は 旅の12人には よく解りませんでしたが 春の女王は 終わらない冬を今も祈り続けている冬の女王のことを あやまっているように思いました


春の女王は ゆっくと紅茶を飲み干した後

「明日の朝 私は四季の塔へと向かいます 塔に向かう間は 私の体に触れてはいけませんよ・・・私達季節の女王は 人に触れると 触れた人の命を吸い取ってしまいますからね・・・」

春の女王は 真顔で そう言ったのでした


その言葉を聞いた一同は ギョッとしました・・・

それは そんな話は一度も聞いたことが無かったのですが どうやらその言葉はウソでは無さそうだと思ったからでした


その時 近衛兵の若者は 隣にいた女の人に 作り笑顔で言いました 

「それじゃ・・・魔女と言われてもしょうがない・・・・」


居並(いなら)ぶ一同を見渡した春の女王は 可愛らしお婆さんの顔でニッコリと笑いました





  其の17 料理は魔法のようなもの


 春の女王は 旅の一行の女の人二人と 料理人もしている男一人に手伝ってもらい

城の中の食材を持ち出して 13人分の豪華な夕食を用意してくれたのでした

大きなテーブルの真ん中には 三つのサラダが大きな皿に盛り付けられていました

一同は こんな雪の中で いったいどうしてこんなに新鮮な野菜がテーブルの上にあるのかが不思議でした

他には 卵を使った甘いパンのようにフワフワとした料理や 蒸したようなジャガイモと暖炉で炙ったベーコンに香草を振りかけた料理もありました

その他には (ます)にタップリとバターを馴染(なじ)ませて 玉ねぎや人参を添えてオーブンで焼き上げてから スライスしたライムを乗せた料理もありました  

並べられた料理は どれも食べたことが無い美味しさでした

それは 一緒に手伝って作っていたはずの3人でさえも 驚いていたほどなのでした

旅の一行は 豪華で沢山の夕食をお腹いっぱいに食べた後 10日振りに屋根の下でくつろいで

夜には暖かなベッドに包まれて眠りました・・・

その眠りは ベッドに入ったとたんに深い眠りとなったので 朝目覚めた時には 誰もが夜から朝に一瞬で変わったのかと思ったほどでした


 翌朝 皆が起きて 昨日集まった広間にやって来た時には 年老いている春の女王が作ったとは思えないほどの しっかりとした朝食が 用意されいたので 旅の一同を驚かせました

大きなテーブルの上には それはもう たくさんの料理が並んでました

城の横の納屋で世話をしているというニワトリが産んだ卵を使った フワフワのオムレツや

新鮮な野菜のサラダや バターを使った ほうれん草とニンジンのソテー

暖炉の側には さっき迄 火に掛けられていた鍋の中に 美味しそうな匂いのする暖かなスープが用意されていました

それに テーブルの真ん中には 朝早くに焼いた 香ばしい香りのするパンが 一抱(ひとかか)えもあるバスケットいっぱいに入れられていました

一同は 大変に驚いて感激していましたが 春の女王が「さあ 温かい内にお食べなさい」と言ってくれたので それぞれ近場の椅子に座って さっそく食べ始めたのでした

そうして 春の女王のお城ですごしている間は 不思議なほどに外の天気は 穏やかなのでした

ですから 朝食を食べている間に窓の外を見ていた12人の旅の一同は 今日の内なら四季の塔へ向かう道のりも 少し楽に歩けるだろうと思っていました


「どうやら 久しぶりに吹雪の中を歩かずに済みそうですね」

そう 女の人が言った時 他の11人も互いに顔を見合わて「そうだな」と うなずき合いました


すると 春の女王が少し困った顔して「きっと 私達がこの城を出る時には また吹雪になるよ・・・」と 言ったので 旅の一同は 春の女王の顔と互いの顔とを不思議そうに見合わせた後 もう一度 窓の外を見たのでした


外は 穏やかに晴れて 白い雪原が朝の太陽に照らされてキラキラと光り輝いていました 





  其の18 13人の旅の一行と夢幻の雪原


 春の女王を含めて13人となった旅の一行は 春の女王のお城を後にしました

天気はよく 気持ちのいい朝でした

春の女王は 少し厚手の生地でできた いくぶん動きやすそうな緑色のドレスを着ていました・・・

その首元には フードが付いていて 何だか もはやそれはドレスでは無いというような感じでした・・・


それは穏やかに晴れ渡る 6月始めの冬空の(もと)でのこと 

幸先(さいさき)の良い出発でした


 歩き始めてしばらくの間 誰もが朝の春の女王の言葉を ただの取り越し苦労だろうと考えていました

しかし その考えは間違いだったのだということを 春の女王のお城が遠ざかって見えなくなったころに 思い知らされるのでした・・・

始めは そよそよと緩やかな風が吹いてきました

荷物を背負いスノー・シューを付けた足で新雪を踏みしめながら 汗をかいて歩いていた一行には それは心地よい風でした

すると そう時が変わらない内に あれだけ晴れ渡っていた空に 北の方角から黒い雲が立ち昇って来たのでした 


「これは まずいな・・・」一行の一人が 黒い雲を(にら)んでそう言いました


旅の一行は 一度立ち止まって 頭にフードを被ったり 顔をマフラーで覆ったりし始めました そうして着ている冬着を締め直して 目の前に迫っている吹雪に備えたのです

それから春の女王を列の真ん中にして 逸れてしまわないように互いをロープでつなぎました  

一行の それらの準備が終わったとたんに 白く眩しかった雪原は 叩き付ける白い粉雪と 吹き付ける北風が巻き起こす地吹雪の世界へと急変したのでした 


たったさっき迄は 照り返す雪の白さに目を細めて歩いていた旅の一行は 今や 容赦なく目の中に痛いほどに入ってくる雪と北風に耐えかねて細められていました・・・


それでも13人の一行は 今では(あゆ)みの遅くなった春の女王に合わせて 前よりもゆっくりと進みました 春の女王は 年老いていましたが 人では考えられないほどに 寒さは平気そうでした

そんな姿を見ていた旅の一同は やはり春の女王は 特別な力を持っているのだと確信したのでした

それは 四季の島の人々が忘れようとしてしまっていたことでした・・・

そして 一同は思いました 自分達の島は 今迄ずっと季節の塔で祈る季節の女王の恩恵(おんけい)を受けていたのだと・・・      


「なんと 有り難かったことなのだろ・・・」

春の女王の 小さくも暖かな背中を見つめながら 近衛兵の若者は呟きました・・・


するとなぜだか 顔に張り付いて溶ける雪に混じって 涙があふれてくるのでした・・・

そうして泣きながら歩いていた若者でしたが このままではいけないと思い始めたのでした

(このままでは 島の人達は きっと冬の女王様のことを憎んでしまうだろう・・・)


吹雪に叩かれて 体に雪が積もっていく中で 若者は春の女王の体の心配と

この先 春が戻る時 四季の塔から下りてくる冬の女王のことも心配していたのでした

  

 そうして四季の塔を目指す旅の一行は 連日の吹雪の中を 新雪を踏み付けながら 一列になって進み続けました

その姿は とても弱々しくて 今にもその場で倒れ込んで動かなくなり 振り続ける雪に埋まって死んでしまいそうでした

夜には 雪を掘った穴の中にテントを張って 強い北風を防ぎながら 少しの焚き火をして夜を明かしました

この時になって 旅の12人は春の女王の近くにいると ちっとも寒く無いと思いました

こんな吹雪の中でも 春の女王は暖かな春の陽気をまとっていて 周りの人達までも暖かくしていたのでした

寒さは大丈夫だと思ったら 旅の12人は力が湧いてきました

あと心配なのは 歩き続ける体力と食べ物のことだったのでしたが それは なんとかできるだろうと思っていました

旅の12人の中には 狩の上手い弓の名手がいましたので 森に入れば 雪色の野うさぎや 鹿を仕留(しと)めることもできそうでしたし 水は焚き火をして 鉄の鍋に雪を入れて溶かせば手に入れることができました

焚き木も 森に入れば簡単に手に入れることができるはずです   

そうして9日(ここのか)の間 12人と春の女王の旅の一行は 時に黙々と 時に声を掛け合いながら 命を燃やすようにして雪原を進み 丘を超え 林を抜けて森に入りました

森に入ると松などの常緑樹(じょうりょくじゅ)やらの たくさんのの木々が 旅の一行の周りを守ってくれる壁のようにうになって 雪を降らす強い北風と地吹雪から守ってくれました 

ここ迄来た一行は 春の女王のお城を出てからの四季の塔へと向かう道のりが 半分を越えたと思いました

ここからは丘や 低い山々を越えて行かなければ ならなかったのですが

この先ずっと常緑樹が続いているので 風だけは大丈夫そうだと思いました

ただ その風に大きく揺れる木々のザワザワとした不気味な音は 春の女王は平気でしたが 他の旅の12人の心を不安な気持ちにさせるのでした・・・  





  其の19 あきらめ・・・


 不安は以外にも突然無くなったのでした

それは 一行が山に差し掛かった時に あれ程に吹き続けていた北風が ()んだからなのでした

あまりにも突然に訪れた穏やかな天気は 吹雪にうつ向いて 腰に付けたロープを握って 頭や肩に雪を積もらせて歩いていた数人が 少しの間 気付かなかったほどなのでした


「おい! 待て!」突然に先頭を歩いていた男が 大きな声で一同に言いました


その声は 今までなら吹雪に掻き消されて 後ろまでは聞こえないはずでしたが とても良く響き渡ったので 一同は ビックリしました

そしてそれは 先頭で大きな声を出した男も 出した自分の声の大きさにビックリしたほどでした


「おお! 風が止んだ・・・」


「雪も・・・止んでいる!」


空はまだ曇ってはいましたが 雲の流れは緩やかになっていました

一同は 体に積もった雪を払い落としながら 辺りを見回しました

そこはまだ 常緑樹の森の中だったので 遠くを見通すことはできませんでしたが それでも今までよりもずっと遠くまで見通すことができました


「どうやら (あきら)めてくれたようだね・・・」

春の女王は 鉛色の空を見上げ そう言ったのでした


「諦めたとは・・・?」

訊いたのは 春の女王の後ろにいた近衛兵の若者でした


「ここまで来てしまっては 私達は どこへ帰るよりも四季の塔へ向かった方が近いですからねえ・・・だから・・・冬の女王は諦めて 北風を止めてくれたのよ・・・」


近衛兵の若者は驚いて春の女王に訊きました

「では このところの吹雪は 私達を困らす為に冬の女王がやっていたと言うのですか!?」 


春の女王は 寂しそうな顔をして 静かにうなずきました・・・


「なんて酷い! 私達も島の人達も みんな死にそうになっているのですよ!」

近衛兵の若者は 思わず大きな声を張り上げて 春の女王に詰め寄りました


その会話を聴いていた一同も 近衛兵の若者と同じ思いを感じていたのでした


春の女王は 居並ぶ全員を見回しました

そして最後に 近衛兵の若者の顔を見つめニッコリと笑いかけ 年老いた穏やかな声で言いました

「そうだよね・・・・でも・・・もう大丈夫 あなた方が私をここまで連れてきてくれたからね」


そう言われて近衛兵の若者は 不思議と怒りが治まっていくのを感じていました

居並ぶ他の者達も 同じように肩の力が抜けていきました・・・


「こんな事をしてしまって・・・あの子もきっと 今ごろ泣いているでしょう」

春の女王は そう言った後に

「さあ さあ ここから先は天気の心配はいりませんよ 急ぎましょう! 私達が四季の塔にたどり着くのが遅れるほどに 島の人達は 辛い思いをするばかりなのですから!」と 年老いた小さな体から出たとは思えない 力強い声で皆に言ったのでした


(季節の女王とは 本当に不思議な力がある・・・)

近衛兵の若者は そう思いながら なんだか不思議な嬉しさが胸の中に沸き起こってくるのを感じていました

そしてそれは 一緒にいる旅の一同も同じ気持ちでした


それから 一同は互いを繋いでいたロープを解いて また歩き出しました

そこからの道のりは 始めに王国の城を出てからのことを思うと 信じられないほど楽に旅することができました

あのまま吹雪かれていたなら10日(とうか)は掛かっただろうと思っていた山越えは たったの4日(よっか)で終わらせることができたのでした





  其の20 丘の上の四季の塔


 四季の塔までの道のりは いよいよ 最後に残った丘を登るばかりとなったのでした

四季の塔が建っている 丘の下にたどり着いた12人の一行は 春の女王と共に その大きく天に向かって伸びる石の円筒を見上げていました・・・

そうしていると 今までの苦労が報われた思いになり 誰ともなく一同の何人かが泣いているのでした

近衛兵の若者も そうしていると泣きそうな思いに()られましたが グッと奥歯を噛み締めてこらえたのでした

すると春の女王が「さあ さあ まだ旅は終わりじゃないよ 私の旅の終わりは あの大きな塔のずっと上なんだから それに あなた達の旅も お城に帰るまでが旅なんだから まだ気を抜いたらいけないよ」と 言いました

旅の一同は 春の女王の言葉を聞いて 涙を拭い去り 気を取り直しました 

12人の一行は 春の女王と共に 雪に覆われた白い丘をズシズシと踏み締めながら 一列になって登り始めたのでした


そうしてついに 一行は四季の塔へとたどり着きました


しかし 塔の周りを探しても 肝心の塔の入り口の扉は どこにも見当たりませんでした

よく見渡すと 塔の近くにあるはずの番人の詰め所も 見当たりません


「雪の下だな・・・」

一同の一人が 確かめるように言いました・・・


一同は たどり着いた喜びを味わうことも無く 塔の入り口を掘り起こさなければならないのでした・・・

幸い ここにたどり着いたのは昼前だったので 雪を掘る時間は じゅうぶんにありそうでした

扉のある場所は春の女王が知っていたので 塔の周りを探す必要が無かったのは助かりました

そこで一同は持ってきた小さめのスコップで 交代しながら掘っていきました

そうして 塔のふちを 一人分の背丈ほど掘った時 塔の扉が現れました

一同はこの時 春の女王の言ったとおり ここで間違いないと一安心しました

後は ただひたすらに 雪を掘るばかりでした





  其の21 開かれる扉


 そうして 昼もだいぶ過ぎたころに 四季の塔の扉はすっかりと掘り起こされました


「この入り口は 春の女王様の入り口ですが 冬の女王様の出口でもありますからね」

そう言って 雪を掘っていた男達は 丁寧に雪の階段も作っていたのでした


これには 四季の塔を見上げて 雪の上で待っていた春の女王も たいへん喜び

「あらまあ! てっきりロープで吊るされて下ろされると思っていたのに 有り難う きっと塔から下りてくる冬の女王も喜んでくれるでしょう」と 感謝の気持ちを言葉にしたのでした


「冬の女王か・・・」

そう呟いたのは近衛兵の若者でした


噂では 冬の女王は 細身で優雅(ゆうが)な姿をしていて 白く透き通った肌に 青い瞳が澄んだ氷のように美しく 銀色に輝く髪をしていると聞いていたので ぜひ会ってみたいと思っていたのでした


そんな近衛兵の若者を見ていた春の女王は 嬉しそうな顔をして

「おやおや この階段は 冬の女王の為だったかね?」と からかうように言ったのでした


近衛兵の若者は すっかりと赤くなってしまいました

すると春の女王は 満足気な顔をして雪の階段を降りて行き 四季の塔の扉の前に立ちました

そして 扉に触れるとズズンと重たい音を響かせながら 四季の塔の大きな二枚合わせの扉は 内側へと開いていったのでした


内開(うちびら)きだったのか・・・」

てっきり 外開(そとびら)きだと思って扉の外側の雪をキレイに退けた一同は ガッカリとして どっと疲れてしまいました

それは 雪を掘る途中で扉の合せ目を調べましたが 外へか内へか どちらに開く扉なのか解らなかったからなのでした


春の女王は ゆっくりと塔の中へと入って行きましたが 入り口で一同の方を振り返って 皆んなの顔を見渡しました

そして 大きくうなずいたあと

「皆さん・・・ 今日まで有り難う この島に来れて本当に良かったわ・・・ 短い間でしたけど とても素晴らしい出会いと巡り合わせでした・・・ 有り難う・・・」

そう言った 年老いた春の女王の小さな目には 涙が浮かんでいるのが見えました


その姿に12人の旅の一同も 目に涙を浮かべて 春の女王に手を振り応えました


塔の入り口に立っている春の女王は ゆっくりと後ろに下がっていき 緑色のドレスのスカートを両手で摘んで 感謝の気持ちいっぱいの お辞儀(おじぎ)をしました


一同も 手を振るのをやめて お辞儀をして応えました


すると 両側に開いていた大きな扉がまた ズズンと大きな音を響かせながら閉まっていきました  

一同は 扉が閉まった後もしばらくの間 頭を下げていました


辺りには 冬の鳥の かん高い鳴き声が響いていました・・・





  其の22 一生の(きずな)


 春の女王を見送った一同は テントを張るための準備と 夕食のしたくを始めました

この時は誰もが無口になっていました

でも 誰も皆 解っていました それは この旅の想い出は 一生忘れることが無いだろうということでした

そしてこの先 この旅の仲間達は それぞれ別の人生を歩いても きっと信頼できる大切な友人でいてくれるだろうということでした

冬の女王が四季の塔から下りて 外へ出て来るのを見届けることがでれば

後は 一行は王城を目指して帰ることができるのでした・・・ 





  其の23 (なげ)きの冬の女王


 この日 冬の女王が 冬を祈るのを止めてから4日が経っていました

キラキラと銀を散りばめたように輝く白いドレスを着た 銀髪の冬の女王は

四季の塔の上にある広間で独り 今はただ 冷たい石の椅子に座って 風が吹き抜ける石の格子の外を眺めていました

「お願い・・・来ないで・・・まだ 冬を終わらせないで」

冬の女王は 冬を祈るのを止めていましてが 冬が続くのを願っていました・・・

しかし それも もう 終わりなのです

春の女王は今 この四季の塔の階段を上ってきているのです・・・

春の女王が この広間にたどり着いた時 冬の女王が支配していた冬の季節は終わりを告げ


そして


春の女王の祈りとともに


多くの人々と 多くの生き物達が待ち望んでいた 春の到来(とうらい)が宣言されるのです! 


「冬が終わってしまう・・・私が願った永遠の冬が・・夢幻(ゆめまぼろし)となってしまう・・・!」

冬の女王は そう(なげ)いて 広間の入り口をジッと見つめました

「来ないで・・・来ないで・・・私の冬を終わらせないで!」

その姿は 今にも泣き崩れてしまいそうでした

「まだ・・・春には・・・しないで・・・」


コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・


四季の塔の らせん階段を上ってくる足音が 少しずつ 少しずつ 大きく聞こえてきました 


それは 年老いた春の女王の足音です


それは 島の人々が待ち望んだ春の足音です


それは 冬の女王が(こば)み続けた足音でした・・・・


コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・!


冬の女王が目に涙を潤ませて見つめていた広間の入り口に 少し寂しそうな顔をしている 年老いた春の女王が立っていまいた

二人は少しの間 時間が止まったかのように 互いに見つめ合っていました


するとやがて 春の女王が口を開きました

「おやおや そんなに泣き腫らして・・・季節の女王の中で一番キレイな顔が 台無しじゃないの・・」 

そう言われた冬の女王は ギュッと目を閉じて涙を落とし 両手で涙を拭いました

「泣きたくもなります 私の冬が終わってしまうのですから!」


冬の女王は 座っていた石の椅子から怒ったように立ち上がり また涙を流しました


春の女王は シワの多い顔をニッコリとさせて

「確かに この島は元は常夏だったけど それでも 季節は変わっていたのよ」と 言いました


冬の女王は 悲しみをこらえるように うつ向いてしまいました


春の女王は ゆっくと冬の女王に近づいて言いました

「どんな季節にも 終わりが無くては・・・命の再生もうまくいかなくなってしまうのよ・・・」


その言葉を聞いた冬の女王は 春の女王に言いました

「再生なんてなくてもいい! 終わりが無ければ 再生なんて必要ないもの!!」と 叫ぶように言ったのでした


春の女王は また寂しそうな顔をしました

そして 冬の女王をギュッと抱きしめたのです


抱きしめられた冬の女王は 涙声で言いました

「あなたの春は もう残って無いのですよ・・・?」


春の女王は 冬の女王に言い聞かせるよう 優しく言いました

「この世界に生まれたからには 誰もが・・・どんな生き物だって 死は 必ず訪れるものなのよ」


冬の女王は春の女王に抱きしめられながら うぅっと泣き崩れて 膝をつきました・・・

「それでも・・・・あなたと別れるのは つらい・・・!」

冬の女王は そう言って春の女王を抱きしめました


春の女王は 冬の女王の銀色の髪を撫でてあげました


「私だったら 止められると・・・あなたが来るのを・・・春が来るのを止められると思ったのにっ!」

すると冬の女王がずっと抑えていた気持ちが 胸の奥からワッと溢れ出してきて 大人になったはずの冬の女王は 子供のように泣きじゃくったのでした・・・ 


その間 春の女王はずっと冬の女王の銀色の髪を撫で続けて「ごめんよ・・・ごめんよ・・・」と 優しく言い続けたのでした・・・





  其の24 別れの時 春を呼ぶ声


 どれ程の時間が立ったのでしょうか

辺りはすっかりと夕日に包まれていました・・・

四季の塔の広間も 夕日にの色に()まっていました

冬の女王は もう涙を流してはいませんでした

それでも ずっと春の女王を 膝をついたまま抱きしめていたのでした

冬の女王は自分の体と心に 今 目の前にいる春の女王のことを 心と体に焼き付けていたのでした


冬の女王が泣き止むのを待っていた春の女王は

「さあ・・・・もういいね? お前さんにずっと抱きしめられるのにも あきちゃったよ」と言って 抱きしめていた冬の女王の体を離しました・・・


すると冬の女王は シワ深い春の女王の顔を両手で包み込みながら言いました 

「私は 子供の頃から・・・幼な心のままで この世界に降り立ったあの日から あなたに抱きしめてもらえる この季節の引き継ぎの日を 心の支えにして生きてきたのです ですから あなたに抱きしめられることに飽きることはありませよ・・・でも・・・もうあなたに抱きしめてもらえるのは これが最後なのですね・・・私はこれから何を支えに この島に・・この世界に・・・厳しい冬を届けていけばいいのでしょう・・・死をもたらす厳しい冬を・・・」

そう言った冬の女王は とても寂しそうな笑顔を春の女王に向けました・・・


春の女王は 答えました

「あなたが 私の温もりを・・・心の温もりを大切に思ってくれているのなら どうかその温もりを この島の人々や たくさんの生き物達にも分け与えてあげて欲しいのよ・・・あなたは生き物の死に最も深くかかわる季節の女王だから・・・最も冷たくなくてはいけない冬の女王だから・・・でも あなたも知っているでしょう? 四季ある島には それが大きな恵みになるの・・・」

そう言った春の女王は 冬の女王の手を取り ゆっくりと優しく言いました

「だからこそ・・・あなたには 優しさを忘れないで欲しいの・・・」


そう言われた冬の女王は「私が誰かに・・・何かに優しくするなんて できるのでしょうか・・・?」と訊きました


すると春の女王は 冬の女王の(ほほ)に触れながら

「大丈夫よ あなたのその白い肌も 銀色の髪も 支配する季節も冷たいけれど 氷のように澄んだ瞳の中に見える心の奥には 暖かな愛があふれているのが見えるもの」と言ったのでした


「私が 愛にあふれている・・・?」冬の女王は 春の女王のその言葉を信じられませんでした


しかし春の女王は 信じていました 冬の女王の冷たいと思われている心の芯は 愛にあふれているのだと 


それは 冬という季節の厳しさの中で降り積もった雪が その後に時間をかけて解けることで たくさんの命を繋ぐ水を大地と山々に蓄えて そして大地を潤して草木を育て 豊かに流れ出した水は海を育て・・・そうして島の自然と 島の人達を助けている そんな冬の役目そのものなのだと   


春の女王は「直ぐに解るわ あなたなら・・・」と言って 冬の女王の顔を シワの多い手で優しく包み込んで 大丈夫と うなずきました


春の女王は心の中で

(誰かの優しさを恋しいと思うあなたなら すぐにでも誰かに優しくできるのよ・・・・)と 冬の女王に語りかけるよう 思っていました・・・・


でも それは言葉にしませんでした・・・それは 冬の女王の冬を支配するという役目の厳しさを 春の女王は 知っていたからなのでした・・・

それは とても とても 長く辛い役目なのだと・・・


 冬は 美しくも多くの生き物にとって 厳しい季節です

人も 動物も 虫達も 植物であっても 冬を生き延びるには しっかりとした準備をしていなくてはならないのです

準備の足りなかった生き物は 白い雪と氷の中で 死んでいくしか無いのです

それは 命の試練の季節・・・

古く弱ったものを終わらせて 新しく強いものを育てるための 命の選別なのです 

冬は 終わりが近づいている生き物にとっては 辛く 厳しく 憎らしいとも思われる季節なのです


冬の女王は 時に数多くの命を奪うことも多い 『冬』という季節を 幼い時から ずっと支配してきたのです

そしてそれは これからもずっと続くことなのです


しかしそれは 冬の女王が背負った役目・・・ 誰も代わりをすることはできないのです

春の女王も 他の季節の女王達も そのことをよく知っていたのでした 

それでも 希望がありました

それは 厳しい季節の中だからこそ輝く 小さな喜びや楽しみを 多くの生き物達は感じていたことです


寒さが厳しいからこそ ひとときの暖かさが 嬉しく思い


食べ物が乏しいからこそ 少しの食べ物でも とても有り難く思えて 美味しく感んじ


吹雪をやり過ごすことができた時には 晴れた雪景色が いつもよりとても美しく見えて 


厳しい冬を耐えて 乗り越えられたからこそ 暖かな春に感謝し 命あることに喜びを感んじるのです


そうして生き残った生き物は たくましく成長していくのです



 太陽は もう少しで 雪山の影の向こうへと沈もうとしていました

 

 別れの時です・・・

冬の女王は もう泣いてはいませんでした

この時はもう これ以上自分が泣くと 春の女王は安心して旅立てないと思っていたのです

冬の女王は 別れを惜しみながらも ゆっくと立ち上がりました

すると その白い肌も 美しい白いドレスも 沈みゆく夕日に赤く染まって眩しいほどでした

銀色の髪は まるで黄金が光り輝いているかのようでした

もう その顔に悲しみは見えませんでした


この時 冬の女王は 全てを受け入れたのです


春の女王は そんな凛とした姿と心で見送ってくれる冬の女王のことを見つめて言いました

「あなたは 私の宝よ・・・あなたは本当にステキなんだから・・・ここまでの旅で あなたが作り上げた雪と氷に覆われた島を見てきたのよ・・・ 晴れた空の(もと)に輝く凛とした厳冬(げんとう)の白い世界 木々に積もる雪 明け方の日の光にきらめくダイヤモンド・ダスト・・・美しい冬景色・・・ずっと・・・ずっと忘れないわよ」 


冬の女王は 少し恥ずかしそうにして小さく微笑みました


「そ・れ・と・・・ 真っ白になる猛吹雪(もうふぶき)地吹雪(じふぶき)の世界もね」

春の女王はそう言って ニッコリと冬の女王に笑いかけました


その言葉に冬の女王は 何か言い訳をしようとして 少しスネたような 困ったような顔をしました


春の女王は そんな冬の女王の姿を 歳で弱った両目に焼き付けていました

きっと 自分の知る冬の女王は もう二度と誰にもこんな表情を見せることは無いのだと思ったからでした・・・ 

それはやはり 四季の中で一番厳しい季節を支配する女王の定めなのだと 知っていたからでした・・・


冬の女王に 春の女王は

「もう・・・今回のようなことは しちゃだめよ」と言って冬の女王に向かって両手をさし出しました


それに応えて 冬の女王はお辞儀をするように春の女王の前に頭を下げました 


すると春の女王は自分のおデコを冬の女王のおデコにコツンとぶつけて

「ホントにだめよ・・・」と言ったのでした


冬の女王は 無言で うん・・・ と うなずきました

それを見た春の女王は 安心して 広間の石の椅子に腰掛けました


冬の女王は言いました

「今ここに 冬の終わりを告げます」


春の女王は言いました 

「今ここに 春の始まりを告げます 春の風を!」


すると 春の女王の体はキラキラと光る緑色の光の粒に包まれていきました

その光は 春の女王の体から飛び出していたのでした

春の女王の体は みるみる内に砂が崩れていくように緑色の光の粒となって 広間いっぱいに渦巻きました

それはまるで 緑色の光の洪水のようでした

そのまばゆい光の中で 春の女王の体が 消え去っていきます・・・


冬の女王は あまりの眩しさに 目を閉じた時 もう二度と聞く事のできない 優しい声を聞きました 


「あなたに出会えて 良かったわ・・・」



冬の女王は 春の女王の声を確かに聞きました・・・





  其の25 時と場所を超えて・・・


 嵐のような光の洪水の中にいた冬の女王は さっき迄 春の女王が座っていた石の椅子を見ていました

そこのは 一度散ったはずの緑色の光の粒が集まっていきました

そしてそれは 段々と固まっていき しだいに小さな人の形になっていったのでした

やがて 石の椅子の上には 5歳くらいの緑色の可愛らしいドレスを来た女の子が座っていました


「ああ・・・この子は・・・あの日の私と同じなんだ・・・・」

たった今 目の前に現れた 幼き春の女王の姿を見た冬の女王は この一瞬で全てを思い出しました


 それは 自分がこの世界に来る前のこと・・・・

他の三人の季節の女王達とは違って 自分は始めて『この世界に生まれ出た』のだったということでした



 それは 冬の女王が まだ『何者でも無かった世界』に居た時のことです


「私は あの世界に行きたい 私はあの世界の力になって 何か役にたちたい」


それは 冬の女王がこの世界に生まれ出る前 とてもとても長い時間 強く願っていたことでした 


 遥か遠くから この世界を見つづけているうちに もう ただ見ていることしかできない自分が 辛かったのでした


 それから どれ程長く願っていたのか・・・・・

それは 幾百年(いくひゃくねん)でしたでしょうか・・・・・それとも幾千年(いくせんねん)・・・・いや もしかしたら幾万年いくまんねんも経っていたからかも知れません・・・・ 

その間 どれ程多くの命が生まれ・・・・そして・・・・・死んでいったのでしょうか・・・・

  

 しかし・・・・ある時 願いは聞き届けられたのです

「お前を あちらの世界に送り出してやろう」と!

それは 神様の使者と名乗るものの 言葉でした


「本当ですか?・・・・本当に私を『あの世界に』行かせてくれるのですか!?」


すると使者は言いました

『この世界』に生まれ出るには 守らなければならない約束と役目があると・・・   


それは「一つの星の 一つの島の 一つの季節になり そして 一つの身体に 一つの心を持ち 一千年の時の旅を越え 一つの命を全うすること」でした・・・・



 使者が伝えた神様からの言葉を聞いた生まれ出る前の冬の女王・・・・まだ『冬の女王になる前の冬の女王』は

「私は必ず 約束を守ります お役目を果たします ですから どうか私を 『あの世界』へと送り出して下さい」と言ったのでした


すると使者は「お前は 冬と言う冷たく厳しい季節を作り出すことが 役目になる それにあちらの世界では小さな女の子となり これまで覚えている多くのことを忘れて行くことになるが それでも良いか?」と聴きました


冬の女王は「はい それで十分です」と答えました 


 この時 まだ冬の女王では無かった冬の女王は 『自分という想い』が生まれてから 初めて一つの命として『この世界』に生まれ出ることになったのでしたが

それは この世界に生まれ出る時には この約束さえも忘れそうになる程の幼い姿になって そして時に多くの命を奪う『冬』をもたらさなければならないという 重い使命を背負う覚悟をしたということなのでした


そして 願いは聞き届けられたのです


 ああ・・・・あの日 あの時

他の3人の季節の女王達と一緒に 冬の女王は冬の女王として 幼くも小さな体で この世界に降り立ったのです・・・・・ 



 集まった光から生まれ出た女の子は石の椅子に座ったまま 不思議そうに辺りを見回して居ました

すると 目の前に立って居た冬の女王の姿に やっと気がついたのでした


目が合った冬の女王は その小さな女の子の前に片ヒザをついて 挨拶をしました

「はじめまして 春の女王 私は冬の女王です」


春の女王と呼ばれた幼い女の子は小さくうなずいた後 石の椅子からトンと下りて すっくと立ち上がり

「はじめまして・・・美しき冬の女王・・・私は・・・私は春の女王です お互い力を合わせて 季節を巡らせていきましょう」と言ったのでした 


 そうなのです・・・・この女の子こそ 『こことは別の世界』から『この世界』に降り立った 新しい春の女王なのです 


 季節の女王達は 遥か遠い遠い昔から あらゆる世界の たくさんの場所に 生まれ 消え そしてまた生まれ・・・

数え切れない季節を巡らせてきたのです


 冬の女王に向かって 気丈に振る舞っている春の女王の目には 涙が(にじ)んでいまいした

春の女王は 本当はとても不安で 泣きそうになっていたのです・・・


冬の女王は 今の幼い春の女王の気持ちを知っていました

それは ついさっき迄は忘れていた記憶でしたけれど 今は つい昨日の事の様に思い出されていたからです


春の女王のその姿は 神様の使者から使命を受け その少しの記憶を残しただけで この世界に放り出されるようにして生まれた自分の時と 同じだったからでした


それでも 幼い春の女王は

「後はもう良いですよ 私はここで毎日 春のお祈りを致しますから」と言いました


冬の女王が見るその姿は あまりにも弱々しく それでいて健気(けなげ)なのでした


(そうだ・・・・今こそ・・・・)


冬の女王は思いました


自分がまだ幼い時から 年老いた春の女王が いつも自分との季節の引き継ぎの時にしてくれていたことを 今 目の前で孤独に怯えてるこの子にしてあげようと・・・・


すると冬の女王は 幼い春の女王の前に膝をついて その小さな体を抱きしめてあげたのでした・・・


抱きしめられた 幼い春の女王は 驚いた顔をして固まったように動かなくなりました


「ごめんね・・・冷たい体で・・・」

冬の女王は 小さく震えていた春の女王に そっと優しく言いました


すると 春の女王はブルブルと震えだしたので 冬の女王は自分の冷たさで 小さな春の女王が凍えてしまうと思い あわてて体を離そうとしました


その瞬間でした


小さな春の女王は 冬の女王の体を その小さな両腕で力いっぱい抱きしめたのです


「ああ・・・・・」

冬の女王は 胸に溢れた想いを声にしました



冬の女王に抱きしめられた 春の女王は その腕の中で何も言わずに泣きじゃくりました・・・


「そうだね・・・怖いよね・・・解っていても  つらいよね・・・」冬の女王は そう言って春の女王の緑に輝く黒髪を 優しく優しく 撫でてあげました・・・   


「大丈夫だよ・・・私がついてるよ・・・」

抱きしめられて 髪を撫でられている春の女王は いつ迄も いつ迄も 泣き止みませんでした・・・・



      そうです・・・・・・


      春の女王は たった今 生まれたばかり・・・・


      それは


      1000年もの 長い長い使命の始まりなのです

   



  そして 年老いてた春の女王の様に 今の冬の女王がお役目を終えて 

  

      次の生まれ変わりの1000年季(ねんき)を迎えるのは

  

          まだずっと後のことになるのです・・・



             そう・・・・      


       それは遥か 750年も先のことになるのです・・・ 




             

               おしまい



 

最後まで読んでいただいて有り難う御座いました。

心から感謝申し上げます。


これが『この名前』での処女作となり、万人が読んでも安全(健全)な作品として、最初になります。


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