竜人王の願い
「ふぅ、何とかなったな」
マテウスが肩で息をしながら言った。先ほどまでマテウスとアリオンが中心になり、この野営地に侵入した竜人族を打ち倒した。数は全部で5体。被害は少なくはなかったが奇襲をされて、この程度の被害で済んだのはいいほうなのかもしれない。
「怪我はないか?ハヤト殿?」
呼吸を落ち着かせたマテウスが聞いてきた。
「は、はい。大丈夫です。怪我一つありません」
俺はさっきまであの恐ろしい竜人族と互角以上に戦った戦士に返答を返す。
これほどの強さなら人族はあっという間に魔族に勝利してしまうのではないかと思ってしまう。
「アリオン、野営地の大体の被害は届いておるか?」
マテウスが神妙な顔つきで聞く。
「そうですね、続々と被害報告が来てはおります。しかし何より痛いのが結界師2人の死亡です。この2人の替えは正直いないので一気に他の結界師に負担がかかりますね。」
アリオンが答える。確かに先ほどの奇襲は結界師の結界が一瞬途切れたときにきた。つまり、その途切れたときに何かあったと考えるのが妥当である。
「ううむ、そうか。まだ突入部隊から報告はないか?」
マテウスは今朝方から突入している部隊から連絡はないかとアリオンに聞いている。
「ないですね。そろそろあればいいかなと思っているんですが。」
アリオンの表情が少し暗くなる。
「どうするべきか。ここで待っているのも一つの手だ。だが結界師が少なくなった以上、守りには不安が残る。さっきみたいに何度も攻められるとこっちが圧倒的に不利ということもある」
マテウスは悩んでいるようだ。
突入部隊の結果次第だが情報が来ていないことから、分からないので判断が中々下せない。
「待ちましょう。彼らならきっとやってくれるはずです。彼らの強さはマテウス様も知っているでしょうに。」
アリオンが言った。彼らとは恐らく異世界より来た人達のことだろう。
「うむ。彼らのことを微塵も疑うこともないが、ここにいる全員の命を預かっていると私は思っている。だから判断に迷うのだ。」
マテウスは腕組みをし、眉間に皺を寄せ、深く考え込んでいる。
指揮官の苦悩は計り知れないだろう。
先ほどの竜人族のことを思い出す。人を食っていた。これでもかというくらいに。
そしてそれがさも当然に行われている光景。それを見て、魔族が人肉を食す行為がこの世界の流れというか決まりの一つにあてはまる。ここの世界に残るということはその今の決まりに乗っ取って生活していくということになる。そうなってしまったら俺に、俺にそれがはたして出来るであろうか。
「ハヤト殿すまんな。我々はもう少しここに残ることにした。」
様々なことを考えていた俺にマテウスが話かけてきた。
「いえいえ、事情が事情ですから。それにしても突撃部隊から連絡がないのは不安ですね。」
俺がそれとない返事で会話を続ける。
「にしても先程は災難だったな。普段はこのようなことはまず考えられないことなんだがな。結界が破られるなんて。」
マテウスも未だに信じられないと言った体で、答える。
「アリオンさんも言っていました。これだけ厳重かつ、かなりの強度を誇る結界が破られるなんて考えにくい話だと。そんな馬鹿な話があるかと」
俺はアリオンが実際に話していたことを思い出しながら言った。
「うむ、私もそう思う。結界は敵陣地の中では一番重要かつ危険なものなんだ。理由が分かるかね、何故か?」
マテウスは俺に野営に入るように促した。
アリオンも続けて入ってくる。マテウスが俺に座るようにうながした。
「まったく、どうなっているというのだ。しかもこの敵の本陣の中にある前衛基地で結界が壊れるとは!?」
マテウスが嘆き声を上げた。無理もない。叫びたくもなるが。指揮官という手前上、それも叶わず、冷静にただ、ありきたりの皆が求めておる答えを言うことしかできない。それが指揮官の辛さだ。
「えぇ、明らかにおかしい。結界の連中をもう一度だけ見なおしてくれませんか。なんだが否な予感がするんです……」
アリオンが言った。怪しいところはとことん探す。それで問題ないならいいことだし。
「分かった、その件は必ずやれるよう、すぐに手配しよう。」
マテウスが頷き、外にいる兵士に内容を伝えた。
この結果、明らかに怪しい人物がリストアップされた。俺は正直、これからどうなるか分からないので今の現状を把握するのに必死だった。
その日ある野営で一人の男が捕まった。その人物はやはりリストアップされていた男で発見時に野営の中で、ガクガクと震えていたと俺は話に聞いている。
「ハヤト殿、君か」
マテウスの野営の隣で、その例の男は厳重に確保されている。俺は少し気になったので訪れたのだ。ちょうどマテウスもその場にいた。
「彼ですか?」
俺は中で縄で幾重にも縛られている男を見て言った。
「あぁ、彼だ。名はセイインだ。職業は調理師だ」
調理師なら確かに怪しまれずに。結界師に近寄れるかもしれない。また食事の中に何かを仕組ませることが可能だし。視線をセイインに戻す。
「おい、セイイン。さっさと白状しろ。お前しか考えられない。あの時間帯、食事を運びに行ったお前しか。今なら、少しは罪状が減るぞ。少しでも良心があるのなら、貴様に少しでも良心があるのならば、さっさと白状するこった。」
アリオンが、セイインを睨みつけながら言った。その瞳は猛禽類が小動物を狙うかの如くだ。
セイインはというと、ガクガクとただ震えているだけだ。こんな気弱そうな人間が結界を止めることなどできるであろうか。俺は未だに信じられずにいた。
「俺じゃない……俺じゃない……。」
セイインがブルブルと体を揺らしながら言った。恐怖で揺れているのか、それとも武者震いなのか、理由は分からないがセイインの身体の揺れは異常だった。
「お前だ。お前以外、考えられないんだよ。さっさと話して楽になれ。俺とマテウス様はお前に対して尽力して、すこしでも罪を軽くしてやるからよ。」
アリオンがさらに睨みつける。その瞳はますます凄みを利かせ、どこにも相手を逃がすようなことはない。
「違う……違う違うぅぅぅぅぅう!!」
セイインは首を横にオーバーに振り、拒否反応を示す。
「何が違うというのだ。何も違わない。分かっているのは貴様のせいで結界師が死に、ここの野営の騎士も死んだ。だから俺はお前には罪を必ず償ってもらわなければならない。」
アリオンはそう言うと、自分が帯刀していた剣を抜いて、セイインに向けた。剣の切っ先がセイインの喉元に差し掛かる。
切るのか、どうする?
「あはあはははは!!」
セイインが声高らかに急に笑い始めた。その声はすでにおかしく、目の焦点はあってはいない。
するとセイインは自分の懐からなにかを取り出してきた。
アリオンはその動きに注意する。
セイインが出してきたのはどす黒い液体だった。それを躊躇なく飲み干した。
なんだ、あれは?
「ううううううおおおおおおおおん!」
セイインが吠えた。咆哮といってもいいかもしれない。
光が発生し、激しい衝撃波が生まれ、俺は後方に吹き飛んだ。アリオンはマテウスをかばい、盾で衝撃を防いでいる。セイインの姿が変貌する。
「これは一体?」
俺は地面に倒れながら驚いていた。なんで竜が再びここにいるんだ。一体あの液体はなんなのだ。
「ハヤトさん、離れていてください。こいつはもうセイインではない。ただの悪魔に魂を売った馬鹿野郎だ。」
アリオンはマテウスを安全な場所に移すと勢い良く剣を抜き、、セイインに斬りかかった。
「シャアアアアアアア!!」
セイインが咆哮し、アリオンの一撃を抑えた。
「なんだと!?」
アリオンが驚愕の表情を見せる。表情から、まさかこうも、いともたやすく抑えられるとは思っていなかったと伺える。先ほど襲撃してきた竜と多少外観は異なるが、大きさは大体同じだ。
「お前らに、お前らにわかってたまるか。」
セイインが鋭い爪を振り上げ、アリオンを切り裂こうとする。
まずい。こんなときは逃げるという選択肢が真っ先に浮かび、逃げていた俺が、なぜだかこの時は違った。アリオンの前に飛び出ていき、セイインの攻撃から庇うように前に立ち尽くした。
セイインの爪が俺の目の前まで迫る。もう助からない。俺は瞳を閉じ、歯を食いしばった。
……。
?
来ないぞ?
薄目で前方の状況を把握するようにする。
セイインの動きが止まっている。爪がまもなくオレに直撃する直前で、わざと攻撃を辞めているように見える。
このことから爪が俺の身体を切り裂くことはなかった。
痛みが腹部に走った。どうやらセイインの尻尾による攻撃が直撃したみたいだ。オレはその場に腹部を抑えてへたり込んだ。しかし視線は正面を見据えたままだ。
「これはまた、ギュインデュアン様から直接、言葉をいただけるとはな」
セイインが嬉しそうに笑いながら言った。そして俺の身体を片手で持ち上げる。
「待て、その人は大事な客人なんだ。黙って連れて行かせるわけにはいかん!!」
アリオンは俺の安否を気遣いながら攻撃をするが、
「無駄だよ、前の戦いで消耗し、さらに人質を気にした君の攻撃なんて。今の僕には通用しないさ」
セイインの言うとおり、アリオンの攻撃はセイインには通用しなかった。そして俺はそんなセイインに抱き抱えられ、、この野営地からさらわれた。結界は張られていたが、それはなんなく突破した。結界は外からは強いが、中からは弱い。それは誰かが言っていたのを覚えている。
「つぅ……?」
頭に若干の痛みがある。頭を抑えながら、周囲を見回す。壁は木目調で、天井には灯りを灯す金属の台がある。備品としてはこれも木目調の箪笥が置かれている
どこだ、ここは?
記憶を辿ってみるが思い出せない。野営地から連れさらわれたまでは覚えているが、そこから先は覚えていない。
ドアを叩く音がした。俺は身構えつつ、扉の向こうから入ってくる存在を見る。
「ようやくお目覚めかい?」
中に入ってきたのはセイインだった。怒りという感情が込み上がってくるがここは少し我慢だ。彼は人間形態で部屋に入ってきた。ほとんど竜形態で見ていたため、なんだか違和感を感じる。
「そう睨むなよ。俺も命令通りにしただけだからさ」
「他の人達はどうしたんだ?」
俺は他の人達がどうなったか聞いてみると、
「しょうがねーなぁ。教えてやるよ。あれ以降野営地は襲撃してないよ」
セイインの表情を見る。その表情から、どうやら嘘はついていないようだと感じた。
「俺を一体どうすればいいんだ?」
俺は動揺している心を落ち着かせながら、セイインの顔から視線を外さない。
「さぁね、俺は君がどうなるかなんか知らない。君に興味があるのはギュインデュアン様なのさ」
ギュインデュアン。何故、竜人族の王が俺なんかに興味があるんだ?意味が分からない。オレはそんな特別な力なんて持ってないし。
選ばれる理由がない。
「会ってみればいいよ。とても気さくな方だ。俺がまだ人だった時にも会ってくれた。そして、さっき君を殺そうとした時、それを止めたのもギュインデュアン様だ」
セイインはそう言うと、行こうぜ、ついてきなという素振りをして歩き出した。
「ギュインデュアン様のところに案内してやる。会いたがってると思うしね」
途中、竜人族の人達とすれ違った。竜人族は額に2本の角が生えているのが特徴的である。こっちをじろじろと見ていることから、人間の俺がここにいるのが余程歓迎されてないらしい。
「こっちの人からして人族はどう思われているんだろ?」
俺が何気なしにセイインに聞いてみると、
「さぁね。少なくとも好意的はないでしょ。殺し合いしてるわけだし」
セイインが何を言っているんだといった体で俺に返答した。
だよなぁ、俺なんかいつ殺されてもおかしくないんだしな。
「着いたよ。それじゃ」
セイインは巨大な魔法陣が描かれた扉の前に俺を案内した。ドアをノックし、中に入る。
ドアの前に描かれていた魔法陣は特に意味は持っていなかったらしい。
すると3本の角が生えた、青髪の青年がいた、身長は180くらい。上半身から見える肉体は素晴らしいものがある。瞳は静かに閉じられている。
「あ、あの……」
この静寂に包まれた空間で彼はいた。何か飲み物を口に運んでいる。
「あ、あの、」
声を掛けようとすると
「ハヤトだね、サツマハヤト」
目の前にいる青年が突然、俺の名前を呼んだからびっくりした。何故なら俺は自分の名前を話してはいないからだ、この場で。
「どうして、どうして俺の名を」
俺はこの眼の前にいるギュインデュアンという男に聞く。
「知っているよ、よーく知っている。何故なら俺が君をこの世に呼んだのだから」
ギュインデュアンがにこりと笑いながら言った。本当に竜人族の王なのかというくらい物腰は柔らかいし、話し言葉は丁寧だ。
にしても呼んだと言われた。つまり選ばれたのか俺は。なんだかとても複雑だった。呼ばれたのが魔族サイドだったなんて。
「どうして俺を呼んだんですか??」
俺はずぅと疑問に思っていたことを聞いた。
それははたして聞いてもいいことなのか、疑問だが。
「そうだなぁ。簡単に言うと君と僕は同一で常に結ばれているんだよ」
ギュインデュアンはそう言うが具体的な理由がない。
「こっちの世界の私ことギュインデュアンと異世界の住民の薩摩隼人は知らず知らずの間で繋がっているのさ。例えばいいことがあった時に。片方に悪いことが起きてるとか。私としてはこれがある時点で、とてもやりにくい」
ここでギュインデュアンは一度言葉をきり、俺を椅子に座らせた。ギュインデュアンは未だに瞳を閉じている。まさか瞳を開けることが出来ないのか。
「そしてこの間、星占いで俺が死ぬことが運命づけられた。今まで外れたことのない星占いだ。おそらくこれが天命だろう、私の」
ギュインデュアンは死ぬことは怖くないのであろうか。さっきから淡々と死ぬと言っているが。
「死ぬことは確かに怖いが、死んで何も残さないよりは残したいだろ、実際」
語りかけるような口調でギュインデュアンは説明する。未だに瞳は開かれていない。
「それで人族が召喚術をしているということを聞いて俺は試しを重ねると自分の指定した人物を召喚出来るようになった」
まさか、それが俺なのか。
「それが君だ。実験第一号。ありがとう、成功してくれて、オレに会ってくれて、オレの器になってくれないか?」
ギュインデュアンはオレに何かを伝えようとしているが意味がよくわからない。
「何が言いたいんだ。オレにどうしろと?」
オレは、ギュインデュアンに質問する。彼が何が言いたいのか全く理解できていない。
「オレの器になって、これからの魔族の世界を変えてくれ」
ギュインデュアンはそう良い、微笑んだ。逆にその微笑みが不気味である。
「しかし、オレを選ぶ理由がないような気がします。オレは馬鹿だし、腕力もないし、能力もない。なのにどうしてそれで選ぶんですか?」
少し力が入っていたのかもしれない。
「簡単に言うと君という器が欲しかったんだ。それに君と僕はこの世界とあちらの世界で姿は違うけど同一で波長がうまく合うんだよ。ほかの異世界の人達みたいに能力があると邪魔なんでね。空の状態で、そこにこの竜人王ギュインデュアンの力をぶち込む、いや引き継がせるといったほうが妥当かもしれない」
ここでようやくオレは、ギュインデュアンのしたかったことをようやく理解したんだ。