いきなりの召喚
目が覚めると、そこは戦場だった。
えっ?
ここは一体何なん?
うっ、うぅう、おおおおおぇぇ。
自分が歩いている足元を見て、俺は吐き気をもよおした。その理由はこうだ。俺のこの2つの眼に写ったのは今までかつて見たことのない光景だった。広大な赤土だと思っていた場所はそこは赤土ではなかった。昔の面影がある。そこはもとは草原だったのだ。
死体。
亡骸。
遺体。
残骸。
そのほとんどが織り混じりて、大地を赤く染めて赤土のようになっている。拭いても拭いても決して拭いさることは出来ない程の量だ。数多の人間、戦士や魔物、モンスターが戦い、死んでいった残りがただただものとして……ある。
うぅう。
俺は泣いているのか、吐いているのか。分からない状況に陥った。それすらも判断できない現状である。鼻水を垂れ流し、涙は頬を伝い、唾液が唇から垂れ流している。唯一、糞尿を垂れ流さなかったのは奇跡的である。理由は分からないが。
「おい、何をぼけっとしている。貴様」
突然粗暴な声がして、俺は後ろを振り向いた。そこには金属製の甲冑に全身を包んだ騎士がいた。ガシャンガシャンというならではの音を立てて、歩いている。その他にも2人の騎士が後ろに備えている。
「えっ、あのここは一体?」
俺は初めて会う遭遇者に対して、今一番知りたいことを聞いてみた。
「貴様!呆けているつもりか。まず、その格好はなんだ。おいお前ら」
男の一声で後ろに控えていた2人の騎士が近場に落ちていた兜や鎧などを一式拾ってくる。
「さっさと着ろ。ここは戦場だ。そんな馬鹿みたいな格好でいると、生きれるものも生きれなくなるぞ、馬鹿もん!!」
声からして、それなりに年齢を重ねていると思われる。俺は言われたとおりに鎧や兜を履いていく。わからないところは聞いた。そして、ようやく全身に装着が終わる。自分の身体を改めて、全身眺めて見る。鉄製の重厚な鎧に、盾、剣を持っている。頭にはもちろん兜もだ。身体がこの装備品のおかげで重い。この状況ではなにかあっても走って逃げることはできない。
天候は雷。雷雲といったところか。遠い空に稲光が走るのが見える。
俺はパニックになっている状態で必死に考える。頭の中で必死に自分が何者であるか、そしてなんでここにいるのか。考える。
薩摩隼人。それが俺の名前である。そう、俺の名前だ。気は動転しているが確かなはずだ。
俺は確かトスカーナというイタリアン料理店でいたはずだ。そして美姫亜とイタリアンを食べて、ワインを飲んでからトイレに席を立った。それからトイレのドアを開け、中に入ろうとして酔いで足が絡まり、バランスを崩したところまでは何となくだが意識はある。
だがそこからは意識はぷっつりと途切れている。まるでそこからがブラックボックスになっているかのようにだ。
そして気がつけばここに倒れていた。ゲームや小説、漫画で何度も見たこともあるところ。
創造していたものとは違う。俺の持っている鉄製の剣も何かを斬ったのであろうか、どす黒い血のようなものがこびりついていた。洗い流しても洗い流しても決して落ちないだろう。それだけこの剣が吸った量の血が多いのかもしれない。
「貴様、そういえばなんでこんなところにいたんーーー」
そこでこの年老いた騎士の言葉は終わった。
えっ!?
俺は恐る恐る顔を上げた。
ピシャーー!?
俺の目の前で何かが起きたのは確かだった。。
俺の鎧は車の洗浄のように返り血を浴びて、一気にどすぐろくなっていた。
うああああああ!!
胴体から無理やり力任せに取られた頭部部分を目の前のモンスターは美味しそうに頬張っている。ぴしゃりぴしゃりと人間の血液を舐めている。
おうぅ、うべぇぇぇぇぇ。
あまりの気持ちの悪さに俺は腹に何もない状態から胃液だけが口に逆流してきた。苦い上に嘔吐まで俺はしてしまう始末だ。その間に残りの騎士達2人が応戦している。
そこには2本の角が生え、上半身の上腕部が異様に発達し、すべてをなぎ倒すかのような腕を持つ鬼が立っていた。双眼は真っ赤に充血し、口からは2本の鋭い牙が覗き、唾液がひたり、ひたりと口元から垂れている。肌の色は薄い紫色といったところか。まさに悪鬼と表現する全てを揃えているといっても過言ではない。何かのゲームで出ていたオーガというモンスターに酷似していた。しかし、このオーガは強かった。強靭な上腕部と鋭い爪や牙で数的不利な状況を全く感じさせない。むしろその腕力で騎士を防戦一方にしている。。
あぁ……あああああ。
2人目の騎士も遂には力尽きた。オーガと戦うにはもっとたくさんの人数が必要だ。相手になっていない。
3人目は、もう敵わないと見て逃げだしていた。しかし、オーガはそんなのを逃すわけもなく、捕獲し、鎧を引き剥がし、騎士を食い漁っている。おかげでこのオーガの口元はどす黒い。
どうする?
ついには俺一人になった。
俺はじりじりと後方に下がりながら考える。目の前のオーガも俺を目標と補足しながら、じりじりと詰め寄ってくる。
逃がすつもりはないみたいだ。当たり前だよな。自分より弱そうな奴が目の前にいるのに。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
心臓の鼓動が大きくなり、バクバクと口の中から飛び出そうになるほど熱い鼓動を感じる。身体はそれに反してガクガクと震えている。武者震いだよとかっこ良く言いたいどころだが、ただの恐怖におののいて、震えているだけだ。
ガアアアアアア!
オーガが咆哮した。ノタノタと歩いていた巨体が俺の目の前に迫ってくる。
くっ、うおおおおおお!!
俺も負けじと腹から声を上げた。ガチガチにびびって固まった身体を目覚めさせるように渾身の一声を。
そして、俺は……。
逃げる。
すたこらと俺は重い鎧を着用しながら逃げた。鎧を捨てて逃げたほうが早いことに後々気がついたが、そんな余裕さえない程、俺は危機的状況に陥っていたのだ。
オーガはそんな俺の心の中などお構いなしに追ってくる。
くっ。
さっきからこの地面が死体等でぬかるんだり、滑ったりでうまく走れない。
このままじゃ追いつかれてしまう。
後方から追いかけてくオーガはそんな地面のことなどお構いなしに追いかけてきている。
ああっ。
俺はいよいよ、ぬかるみで足が滑ってしまい、転んでしまった。やばいと思い、後ろを振り向くと、もうそこにオーガが迫りきっていた。
オーガからすれば、これはもうもらったと勝利を確信したと思う。
誰か、誰か助けて。
こんな時に他人の力を頼る。こんな絶体絶命の状況においてもだ。自分の大事なのにだ。
オーガが跳躍した。巨大な2本の腕を上空に構えて、重力の力を得てさらに威力が倍増する。
美姫亜、父さん、母さん。友人たち。
自分にとって大切な人達の顔と思い出たちが俺の脳裏を走馬灯のように駆け巡った。
俺、死ぬのかな。こんな訳のわからない状況下で。そして俺は全てを諦め、ふと瞳を閉じた。
……。
…………。
あれ?
俺はいつまでも自分の身体に伝わってこない痛みを待つ。
閉じている、瞳を開けようとする。だが、開けるのを躊躇してしまう。自分が今、どのような状況下でいるんだ?
すると、自分の後方で声がした。
「何やってるの!!早く止めを討ちなさい。瞳を閉じて、止まっている時間なんて貴方にはないのよ」
女性の声だ。
俺はその声に従うように瞳を開眼した。目の前には何が起きたか分からないが、オーガが地面に息も絶え絶えで手足をばたつかせながら倒れている。
一体何が!?
「早く止めを!!」
急かすように後方の女性が叫んでいる。俺は帯刀している剣を抜いた。重さは結構あるが両手でしっかりと持てば問題はない。
さっきまでの展開とは全く真逆になった。追うものと追われるものだった関係が、今や殺めるもの、殺められるものに変化した。
俺は剣をかざした。オーガはそんな俺をぜぇぜぇという息遣いをしながら真っ赤な瞳で見ている。俺はかざした剣をオーガの胴体に突き刺した。鋭い切っ先はオーガの胴体の肉をいとも簡単に貫通した。オーガは貫通した瞬間に断末魔の悲鳴をあげたが、やがて口から溢れ出る血液が声をかき消し、オーガの命の灯火はうっすらと消えていった。真っ赤に充血していた瞳も今では、色を失っている。
俺はそんな光景を見ていて、急にすとんとこのタイミングで腰が抜けた。自分でもなんでこんなタイミングだとツッコミをいれたくなる。を殺す瞬間も妙に冷静な気分になっていた。何故だ。兜を外す。
さっきまであった恐怖はいつのまにか消え、腰が抜けて地面に崩れたときに、何故か涙がこぼれてきた。命が助かり、安心しての涙だと自分で判断するしかなかった。
「おい、どうした?大丈夫か?」
俺のこの一連の行動を見ていた先ほどの声の持ち主が心配して駆けつけてきた。
俺は声の主を見た。赤い情熱的な瞳の奥にメラメラと炎を宿した眼。髪は短く、これもまた朱色に染まり、この戦場の大地のようだ。
玉が散りばめられた衣には返り血を浴びたのか、どす黒い血しぶきが付いている。身長は170センチくらいだろうか。そしてなにより、この恐怖で支配された空間で初めて俺に別の感情が生まれた。
美しい。
誰が見ても彼女は美しいと思う。そんな気にさせる雰囲気も彼女は持っている。
「おーい、おーい。あれ?びびって気絶したかな」
女性が俺の前で手を振ったりしている。
ほ、ほうけている場合じゃない。
俺はすぐに立ち上がろうとするがやはり腰が抜けてうまく立てない。
「無茶しない、無茶しない。腰が抜けることは悪いことじゃないから。それに……」
女性が周囲の地獄絵図のような光景を見回す。
そして、
「あんた……生きてるだけ、生きてるだけ。まだマシだよ」
地平線の向こう側を見ている彼女の眼はとても物悲しさを感じた。この人は今までたくさんの経験をしてきたのではないだろうか。
「あっ、あの助けていただいてありがとうございました。お、俺は薩摩、薩摩隼人といいます」
座りながら、俺は礼を述べた。命の恩人にはきちんとお礼を心から述べなくてはいけない。
「いいの、いいの。困っているときはお互い様だからね。それにさっきは私にしか出来ないことだし。私はクレア。クレア・ファルル。よろしくね、ハヤト。」
クレアはそういうと、俺に手を差し出してきた。俺は黙ってその手を握り返した。
「へぇ、なるほど。そういうことか。」
クレアに簡単な事情を話すと、彼女は若干だが、事情を知っていた。この世界カンパーニャ。その中にある人族が住んでいる国、エンセステル。また魔族が住んでいる国、ガトゥーレ。その2つの国は争い、戦争が起きている。そして、今ここの草原がその戦争している最前線より、少し下がった場所みたいだ。エンセステルはそんな魔族との戦いに勝利するために、異国から勇士を召喚する。勇士は王宮内部にある召喚宮というところに召喚されるはずだが、何故か俺はこの地に召喚されているみたいだ。
「まぁ、あんまり気にしないほうがいいよ。この有様じゃ、命あってのなんとやらだからね」
クレアが片目をつぶりながら言った。
「ですね。オレとしてはこんな怖いところからはすぐに帰りたいですし」
俺は本心からそう言った。こんな化物ばかり、いる世界になんていたくもないし、助けたくもない。俺は自分だけを守るので精一杯だ。むしろ自分すら守れない。
「これからどうする?帰れるか分からないけど召喚宮に向かう?ちなみに行く場合は悪いけれど一人で行くことになるけど。私はこれから行かなければならないし。」
クレアはそう言い、草原の向こう側にある何かを見据えている。
「ええっと、元の世界に帰るにはその召喚宮に行かなければならないということですよね?」
元の世界に帰りたいが一心のため、俺はクレアに聞いた。。
「分からない。召喚宮で召喚されてこっちにくるのは分かるけど。戻れるかは聞いたことないから。さぁどうする?私も時間があれば送るんだけど今はね」
クレアは俺に選択を迫っている。この全く分からない世界で1人で召喚宮に向かうのはどれだけのリスクがあるだろうか?さっきみたいなモンスターがうろうろしているところを迷わず帰れるだろうか。無理だ。でも前線基地は前線というだけあって激戦区だと思う。そこは果たして安全なのであろうか。でも一人で闇雲に進むよりかは、誰かがいて、最悪その人達に助けて貰えばいいかもしれない。命を天秤に乗っけたら前線基地に行く方が死ぬ確率が低いと導き出された。
「よくも分からない土地なので一緒にいきます。」
悩みに悩んだ挙句、一緒に行くことを選択した。
「分かった。なら行こう。私も待っている人達がいるから急がないといけない」
クレアが微笑みながら言った。その微笑みがしかし、なんだかとても寂しく、切なさを感じる。
この人はこれから戦争を死に行くんだ。この人が行くか行かないかでは死ぬ人と死なない人が大分変わる。
俺もこの前線基地で生き抜いて、絶対元いた世界に帰る。
俺は決意した。
「一緒に行くのはいいけど、前線だと激戦区だから私はあんたの面倒はみきれないよ。」
クレアは確かめるように俺に言った。彼女の言っていることは正しいからだ。
「……はい」
俺は力なくただうなずいた。それしか選択肢はないからだ。
「……ふぅ。前線の詰め所で説明しておくよ、私から。そうすれば戦いに巻き込まれなくてすむかもしれないからさ」
クレアは沈みきった俺の方にポンと手を乗せ、元気だしなよといった体で答えた。
「はい……。ご迷惑にならないようにはします」
俺はそう言い、こくりとうなずいた。
「なら、もうこには用はないから。先へ急ぐよ。さぁ、この手を握って。」
クレアが俺に手を差し出した。俺は初めはこの差し出した手の意味が分からなかったが、すぐにその意味がわかった。
クレアは俺の手を握ったのを確認すると、
「風の子よ……契約の名のもとに……」
クレアがぶつぶつと何か唱えているのが分かった。俺はこれが呪文の詠唱だと気がつくのに、そんなに時間はかからなかった。詠唱が終わるとクレアは地面を軽くふわりと跳躍した。すると俺の見える世界が一気に加速して変化する。
おおおお!!
あまりの出来事で分からなかったが、どうやらクレアと俺は風の魔法で長距離を跳躍したみたいだった。
「あまり驚いてないみたいだね。そのほうがこっちもバンバン出来るってもんさ」
クレアはそう言うと、前線の激戦区に向けて、跳躍し始めた。俺は高速で移り変わる周りの光景を見て、ただただ驚いていた。
すげー。
地球では絶対に経験できなかった事が、当たり前のように経験出来ている。この点はこちら側の世界の良い点ではあるかもしれない。
「次で到着だよ。」
クレアがそういうと、景色が変わり、光景が一気に変わった。俺の目の前に無数の野営の陣がしかれた空間が現れた。凄まじい数だ。これだけの人数を人族は戦争のために導入しているということか。
「少し待ってね。対魔族用の結界が張られているから、ただでは入れないの」
クレアはそう言い、結界に触れ始め、何かつぶやき始めた。俺はその光景をただただ見つめていることしか出来ない。
「よし、いいわよ。行くわよ、急いで」
結界が一瞬歪み、その中に俺とクレアは入っていった。そして入っていった直後にすぐにその歪みは消えていく。
いかにもつて感じだな。。
俺は関心しながら、前衛基地の中に入っていくクレアの後ろ姿を追っていく。
「結界師が結界を張っているの。このような野営の陣を布くときは彼らがいないとそもそも戦うことすら出来ない」
クレアの説明にただ俺はうなずくことしか出来ない。
「あそこね」
クレアが何か見つけたようだ。急ぎ足気味だった急ぎ足がさらに早くなる。ようやくその場所に着いた。来る途中、鎧を来た騎士達がクレアを見てはやしたてる者、また睨みつけるものもいた。野営は簡単に言うとテントの集合体みたいなものだ。テントがたくさん居並んでいるのを創造するとわかりやすい。
野営の陣の中でも一番、厳重に護衛されている野営の中に入る。入る時にクレアは許されたが、俺は止められた。しかしクレアがそれを制してくれたおかげで俺は中に入れた。
「遅くなりました。マテウス様」
前方にちょび髭を携えた男がいる。いかにも神経質なイメージが受けるが。身長は180くらい。髪型はオールバックで纏っている鎧は金色に輝いている。表情は細い眉毛に鋭く細い視線のせいで、きつい印象を受ける。
「クレアか、遅かったな。んっ、その者は?」
どうやらクレアとこのマテウスは知り合いらしい。
「はい、この者、薩摩隼人は異世界から召喚された模様です。」
クレアが説明する。俺はただクレアの後ろに隠れているように立っているだけだ。
「ふむ、おかしなことを言う。召喚された者は召喚宮に召喚されるはずでは?」
マテウスが首を傾げて、クレアに聞いた。
「はい、それが召喚された場所は全く異なる場所で、ここから少し離れた草原でした。そしてオーガに襲われているところを救出しました。それから彼の言動、行動を見て、聞いていても異世界から召喚されたもの達と全く同じなのです。もちろん不信な点もありませんでした。あと彼はこの世界に来て間もないので、もし戦闘が起きた場合、彼は戦闘に参加はできないので、何卒よろしくおねがいします」
クレアが俺のことをそこまでじっくり見ているとは思わなかった。怪しまれても仕方ないことだけど。
「ふうむ……中々判断できない問題だな。しかも今はそんなことを報告している場合ではないしのぅ。分かった、とりあえず彼の件はワシに任せなさい。クレアは前線で戦っている兵を助けてやってくれ。君の力が必要だ。頼む」
マテウスはクレアに一礼した。上官が頭を下げる事態など早々無い。
「お、お顔を上げてください。マテウス様。私はそんなことをされる筋合いはありません」
クレアは突然のマテウスの行動に驚き、狼狽している。
「よいのだ。前線で命を賭けている者達のことを思えば、頭を下げることなぞどうでもいいことだ」
マテウスはそう言い切り、まだ頭を下げている。このような上官なら兵たちも命をかけられるかもな。俺は心の中からそう思った。
「マテウス様のご期待に応えられるように、クレア・ファルル。必ずや吉報をお持ち帰ります。では」
クレアはそう言い、野営を出て行った。俺とすれ違うときにクレアは優しく微笑んだ。これが、クレアとの別れの挨拶になるかもしれないとは俺は一切合切思わなかった。