転校生は魔王
夏休みも終わり、今日は始業式だ。
私、数屋京は、気怠い気持ちを抱えながらも、教室にいた。久しぶりに出会った人間同士、やはり話が弾むのか、普段よりも一層に騒がしい。
やはり、夏休みあけだけあって、男子の多くは日に焼けている。一部の女子は、日焼け対策を徹底していたのか、白いままだ。そういう私は、日焼けなんて気にせずに過ごしていたせいで、比較的真っ黒になっている。
「京ちゃん。京ちゃん。宿題してある? 」
そんなことを曰うのは、クラスメイトの小沼彩子だった。私よりも髪は長いはずだけど、お団子にしてまとめているので、以外と長いことを知らない人も多い。彩子は、日焼け対策をしていたのか、比較的白い。まったく焼けていない訳じゃないのよね。
「普通、してあるでしょ」
私は、七月中に一通りの宿題を終わらせてしまい、八月はめいいっぱい遊んでいたのだけど。
「だよね。さっき、男子がし忘れたって大騒ぎしてたよ」
「馬鹿ね」
「だよね。毎年のことだけどさ」
もう、始業式の朝に、何やっても無駄だと思うのだけどね。
「そういえば、転校生が来るらしいよ」
「へぇ」
そう頷きながら、隣の空いた机を見る。休み前には無かったはずなので、夏休み中に運んでおいたのだろう。うちのクラスは、他のクラスより一人少ないので、転校生が来れば、他のクラスと同じ人数になるか。
「女? 男? どっち? 」
「そこまで聞いてないのよね。内のお母さんがなんかそんな噂していただけだし」
「ふーん。お隣だから、面倒見ないとね」
「良い子だといいね」
「そだね」
そうこう言っているうちに、時刻は始業になり、チャイムが鳴ると担任の木村先生が入ってくる。50代で、白髪をオールバックにした眼鏡の男性教師だ。
「おーい、もう時間だぞ。席に着け」
穏やかに毎日言っている台詞に、みんながいそいそと席に着き、静かになる。ここで、未だに騒がしいと、出席簿を力一杯教卓に叩きつけて、静かになるまで睨み付けるので、みんなそれを恐れて、すぐに静かになる。
「さて、とりあえずは、みんな事故や怪我もなく登校できて良かったですね。さて、聞いている人もいるようですから単刀直入に済ませましょうか。今日、転校生が来ます」
少しだけ、みんなどよめく。が、それも木村先生がさっと教室中を眺めると、収まった。
流石です、先生。
「はい、入ってきてください」
先生が、入り口に向かって言った。
そして、転校生が入って……入って……カツン。
カツン?
ん?
なにか、ぶつかった音がしたが、何の音だろうか。
そう疑問に思っていると、入り口から何かが入ってくる。体は真っ黒なマントで覆われていて、頭にはドクロのお面だろうか、ドクロのお面から山羊みたいな角が伸びている。なるほど、あの角が入り口の上の方に当たったのか。
いやいやいや、そうじゃない。
なんで、そんな格好をしているのかと。
だが、私の疑問を余所に、転校生らしき人……人だろうか? は、先生の横に来て立ち止まった。
先生は、黒板に大きく魔王ディアボロスと書いた。
「今日から、クラスメイトになる魔王ディアボロスさんです」
先生は平然と言い放つ。
は?
魔王?
勇者と戦うあの魔王?
どういうこと?
いつから私はファンタジーの世界にいたのだろうか。
「魔王さんは、この辺りについても詳しくないそうだから、みんなよくしてあげるように。さ、挨拶お願いできるかな? 」
そう先生が言うと、魔王さんは、一歩前に出た。聞こえてきた声は、何かボイスチェンジャーでも通したかのようなくぐもった声だった。
「ご紹介にあずかりました、魔王ディアボロスです。父の転勤の関係で、転校してきました。趣味は演説と手芸、特技はHP自動回復と究極破壊呪文、好きな食べ物はお漬け物です」
好物が渋い。
いや、そうじゃない。
ここは、現代日本の普通の高校なので、そんなガチ系の魔王が来るような場所じゃない。
いや、本当に、どうなっているのかと。
だが、事態は私を置いたまま進んでいく。
「あ、あー! あなたは!? 」
「え? お前は! 」
空き机の一つ前の席に座っている河野君を魔王さん指さして、河野君も何かに気がついたのか、指を差す。
「なんだ知り合いか? 」
先生が不思議そうに言う。
「今朝、道を尋ねまして学校前まで案内してくれました」
「あ、まぁ」
魔王の説明に河野君が曖昧にうなずく。河野君は、そんなイベントをこなしていたらしい。うん、よく逃げずに案内できたよね。
「そうか、では、魔王さんは一番後ろの席に」
そう促されて、魔王は私の席の隣へと進んでくる。
えーっと、今すぐ席替えしませんかね?
私に受け入れる度量は、多分ないと思うのですが。
魔王は思ったよりも背が高く、スッと席に座った。前の座席の河野君が、短く「よろしく」と挨拶して、魔王も「改めてよろしく」と返した。
そして、魔王は私を見て
「よろしく」
「は、はい」
もう、そう返事するしかなかった。
「えっと、その格好だけど」
「ええ、制服が間に合わなくて」
そうじゃないそうじゃない。そういう問題じゃない。見た感じ制服ですらないのですが。
「前の学校は、私服制だったので」
「そ、そうなんだ」
あー、はい、うん、私服ですか、そうですか。
声には出さないまでも、クラス全体もなんだかざわついているのが判る。
きっとそのざわつきは、転校生が来たからじゃない。
この異様な存在感にざわついているのだ。
嗚呼、クラスメイト諸君、こんなにも気持ちが一致したのは初めての事じゃないだろうか?
☆
「魔王さん、前は何の部活だったの? 」
「前は手芸部でした。こっちにもありますか? 」
「残念だけど、無いね。家庭科部はあるけど、基本は料理みたいだし」
「そうですか。でも、お料理もいいですね」
「魔王さん、今ってどこに住んでいるの? 」
「北大宮です」
「ちょっと遠いね。電車通学? 」
「はい。乗り換えは無いので、そこは楽ですね」
「魔王さん、前はなんて学校にいたの? 」
「魔荒野学校です。こっちの学校よりも小さいですね」
「へぇ」
「魔王さん。究極破壊呪文ってどんな感じ? 」
「空から雷を帯びた隕石を落とす呪文で、MP全部消費します」
私の席の隣で、クラスメイト達が集まって魔王に質問攻めをしていた。
残念なことに、私のクラスメイト達の順応は、非常に早かった。それ、現実逃避じゃないですよね?
「京ちゃん。どしたの? 質問しないの? 」
「うーうん。色々と戸惑っているんだけど、それは私だけ? 」
隣に彩子がやってきて、尋ねてくるが、逆に尋ねた。
「うーん。ちょっと変わった感じかもしれないけど、クラスメイトなんだから、仲良くしなきゃ」
「正論だけどさ……」
そこは認めよう。
でも、魔王ってなんなの?
どういうことなの?
「あー、もしかして、京ちゃんって以外と人見知り? かわいいな」
「そういう問題じゃないです」
うん、決して違う。
「じゃあ? 何? 」
と彩子が尋ねたところで隣から
「数屋! お前芸術部だよな」
「そうだけど」
クラスメイトの男子に呼ばれる。私は基本的に、名字が男の名前みたいに聞こえるので、そっちで呼ばれるのはあまり好きじゃないんだけどな。
ちなみに、私は芸術部所属。あまり聞かないような名前なのは、美術部、写真部、書道部等々の部員不足の部を一つに纏めた部のためだ。
「手芸って芸術部ってやってる? 」
「先輩一人だけだけど、刺繍からパッチワークまで一通りやっているけど? 」
「なら、良かったじゃん魔王さん。芸術部見学したらどう? 」
え?
それってどういう。
「数屋さんですか? すいませんけど、放課後に案内してもらえます? 」
と魔王が頼んでくる。
え?
来るの?
あの、樹海に建ったゴミ屋敷のような魔窟に?
いや、それも問題だけど、その、私の平穏を脅かさないでほしいのだけど
魔王の周りに集まるクラスメイト達が一斉に私を見ている。
やめろ、見るんじゃない。
ここで、断ったら、なんだか、私が冷徹で非社交的みたいじゃないか。
いや、いっそ、ここで勇気を出して断るのも選択の一つではないか。
そうに違いない。
そうだ、勇気を出して断ろう。
今日は、用事があるからごめんなさい。
よし、これでいこう。
「い、いいよ。うん。HRの後でね」
私は、意外とNOと言えない女子高生だった。
☆
「この部屋が部室」
私は、総合棟と呼ばれる部室が集まっている建物に案内した。部室の前には、何代か前の部員が作った『芸術部』と書かれた看板が置かれている。ちなみに、総合棟は旧校舎なので、全体的に古ぼけた建物だ。一応、リフォームはしてあるらしいけど。
「さぁ、どうぞ」
いつものように扉を開けて、魔王を促した。
「お邪魔します」
魔王は、小さく会釈し、そのまま低姿勢で部室に入ってきた。そのままだと、角があたるものね。
部室の中は、3分の1程度が共用スペースとして折りたたみ机とパイプ椅子と部員ズの大量の私物が混沌とした様子で置かれていて、残りのスペースはカーテンやベニヤで作ったパーテーション、障子など、統一感無くスペースを分けている。
「ごめんね。散らかっていて」
「いえ、おかまいな……」
魔王の言葉が、途中で詰まった。
本当に、散らかっているからなぁ……。
入り口のすぐ横には、日本一有名な警察官の漫画が全巻そろっているが、一列に積み上げられている。本棚があることにはあるが、そこには絵画、写真、書道等の各種専門書がめい一杯押し込められている。それだけでなく、少年漫画、少女漫画、アメコミまでそろっていて、あちこちに積まれている。可憐な少女がスパイダーマンとデッドプールに挟まれているのは私もどうかと思うが、片付けてもきりがないので放置している。
人生ゲームに、モノポリー、ジェンガ、トランプ、UNO、ミニ四駆とコースのセット等々。君たちは一体、学校に何をしに来ているのかと怒られそうなラインナップだ。
極めつけは、テーブルの横に置かれたゲーム筐体。一体、誰が何処で手に入れたのかも不明。入っているゲームはぷよぷよだったりする。
さらにゲームは、ファミコンから最新のゲームハードまで、ゴチャゴチャと置かれている。さらにさらに、その関係で言えば、部長が自作したパソコンがブラウン管のディスプレイとともに置かれている。
一体、何がどこに置かれているかなんて、説明しようが無いぐらいに物に溢れている。
本当に、片付かないものな。
「あの……これって怒られないんですか」
魔王が遠慮がちに聞いてくる。
「怒っても無駄って思われているかも」
大体の先生は、一目見ては絶句していますし。
「えーっと、まぁ、こっちに」
「はい」
魔王を、実習スペースへと案内していく。私のスペースは、ベニヤに和風柄の壁紙を貼り付けたパーティションで囲まれている。一応そこに、書道道具一式が置かれ、パーティションには幾つもの書が飾られている。
「一応、ここが書道スペース。私しか使わないけどね」
「そうですか。飾ってあるのは数屋さんが? 」
「正面のはね。他は、お手本」
「そうですか。すごいですね」
一応、賞をもらったことがある程度には腕はあるし、段位も持っている。だけど、あまり正面から褒められたことがないので、少し恥ずかしさがある。私は、ごまかすように頬を指先でこすった。
「で、部長いるかな」
私の横のスペースには段ボール箱で家が出来ているが、実は写真をやっている子が使っている暗室だったりする。さらに隣にあるのが、手芸スペース。
「部長? 」
呼びかけながらスペースをのぞくと、小柄な女子生徒が、一人黙々と刺繍をしていた。
「部長! 」
少し大きめの声で呼びかけると、ようやく部長は気がついてこちらを見た。
「ごめんなさい。気がつかなかったわ」
年上なのに、少しだけ舌足らずな声は、どう見ても年下にしか見えないのだけど、一応三年生だ。三年生でも、一番背が小さいのではないだろうか。
「いえ、良いんですけどね。こちらが、転校生の魔王さん。手芸に興味があるそうです」
「どうも、二年の魔王です」
「これはこれはご丁寧に」
魔王と部長がお互いにペコリとお辞儀をした。部長は特に戸惑いがないらしい。
「えっと、じゃあ部長、しばらくお任せしてもいいですか? 」
「うん、まかせて」
「お願いします」
趣味が合う人同士を残し、私はスゴスゴと退散した。
☆
部活時間も終わったが、まだ6時で、外はまだまだ明るい。
私と魔王は、一緒に帰ることになり、そこに昇降口で会った彩子も加わっていた。
「どうだった? 芸術部? 」
彩子が魔王に尋ねる。
「ええ。部長さん、すごい技術でした。同年代だなんて思えないです」
「部長、そんなにすごいんだ」
同じ部でも、専門が違いすぎるので、正直、よくわからないのよね。
「数屋さん。明日も行って良いですか? 」
「いいよ。部長も、仲間が増えるのは嬉しいだろうし」
とうとう、私も、魔王に慣れてきていたらしい。しかし、ずっと気になっている事がある。
「私のこと、名字で呼んでいるけど、下の名前で良いから。京でいいよ」
うん、ずっと名字で呼ばれているのは気になっていた。
「判りました。では、京さん、明日もお願いします」
「じゃあじゃあ、あたしも彩子でいいよ」
そこに彩子も加わってくる。
「でしたら、私のこともディアボロスと呼んでください」
……そもそも、魔王、魔王って呼んでいたけど、魔王って名字なのかね?
「じゃあ、ディアボロスさん」
「ディアボロスちゃん」
「はい。京さん、彩子さん」
そして、三人で駅まで一緒に帰ったのだった。
次の日、ディアボロスさんは、セーラー服を着ていたが、ドクロのお面はつけたままだった。
え?
魔王ディアボロスさんは、女子ですが?