七球目、昇陰コープスへようこそ!
2016/10/08改訂
※ジィさんの所属先を間違えるという痛恨のミスorz…
魔王軍→聖王軍 です。
生き返れる。
死んだ実感も無いのに俺は二人(正確には一人と一匹ではあるが…)の後に付いてきている。
部屋を出て、大した広さとも思えない通路を抜け、宿舎を出た目の前に、初めての異世界風景が広がる。
「お、おぉーぅ?…」
ひどく微妙な声を上げた。
あまり強くはない明るさの中、視界に何かしらの建物がいくつか目に入った。向かいに建物が一件。入口には案内板のようなものが立っており、二階建てで不格好な窓が外壁に等間隔に存在している。なんとなくアパートみたいな雰囲気で、10人そこそこが住めそうな大きさだった。
後ろを振り返り宿舎を見ると、まるで双子のように瓜二つ。同じように入口脇に案内板みたいなのが立っており、薄っぺらい板に見たことのない文字が刻まれていた。
周囲を見渡すと、少し離れて一件。奥に視線を移してもう一件建物は点在していた。壁は土で塗り固められており、枯れ枝を束ねたような屋根が全ての家に背負われ、所々に見える弱々しく灰がかった木の柱が屋根と壁とをかろうじて支えている。
遠くには暗がかってはっきりとはしないが、いくつかの家々が密集した集落と小高いビルのような角ばった建物のシルエットが見えた。
全体的に赤黒い大地、雨があまり降らないのだろうか、立ち枯れたような草木がまばらに点在し、風が吹くと砂埃が舞った。
宿舎と向かいのあいだが主要道路なのだろうか、赤黒い土を人や車が往来し踏み固められ、少し沈んだ白っぽい道が足元に存在している。道の先に人や何かの生物らしき姿がちらほらと見受けられた。
うん、分かっていたさ、あの薄暗い部屋が俺の住まいだと言われたときから、もう分かっていたさ。
緑溢れる大地とか幻想的な山々とかそういうのを期待してたわけじゃないぞ。……ごめん、ちょっとは期待してた。
しかし、暗い雰囲気の墓所のど真ん中でなかったことには感謝したいくらいだ。もういい加減あの雰囲気にはうんざりしていた。
今度は黒くても赤い色がある。暖色だ、やったぜ。前向きに現実を受け止めよう。
集落のある方角とは反対に向かい、先導する二人の後ろに付きながら、あれこれと思案。
心の奥底では未だに黒いものが燻ってはいるのを感じるが、ジィさんと出会ってから全ての事が前向きに、何かこう覚悟というか、希望というかそういったものが宿ったような気がする。
埃っぽいこんな荒廃した大地でさえ光に満ち溢れていると、俺の目にはそう映っていた。
「ジィさん、あんた何者なんだ?」
目の前にいる、まるで孫と散歩しているかのような好々爺とした老人に疑問をぶつける。
「んー?わしか。そうだね、わしはお前達の親のようなものだよ。」
答えにならない答えが返ってきた。
首を傾げる。
ナカルが飛び跳ねながら分かるように答えてくれた。ジィさんの所為なのか、どうもこのスライムが微笑ましい孫娘姿に見えて仕方がない。
「ショータサ・・ン、おジィサ・・ンハ、カン・・・ト・クデ・・ス」
「か、監督ぅ!?」
そのたどたどしくも無視できない単語に、霊である俺は、無いはずの背筋を伸ばしながら謝罪の言葉を述べる。
練習も厳しかったが躾はさらに厳しかった高校野球部の監督のことが脊髄反射の如く響く。
「監督とは知らず、し、失礼しました!」
鍛錬の賜物なのか、肉体が無いのにも関わらず、意識は腰から45度傾けたそれに倣っていた。
ジィさんは本当に好々爺とした性格だった。
必死に謝罪する俺に対して、左右に手を振りながら軽く受け流してくれた。
それから、皆がジィさんと呼ぶのだから、お前もそう呼びなさいとやんわりと言ってくれた。
どうにも受け流されている感が拭えず、ジィさんのことをナカルに聞いてみる。
しかし、返ってきたのは同じ内容のものだった。その代りにナカルの知っていることを色々と教えてもらった。
ジィさんは人間、名前は誰も知らない。誰かが聞いてみたが、当の本人ですら忘れているらしい。案外とボケているのだろうか?
コープス設立前は聖王軍の魔術師部隊に、若い時からいたというからかなりの歴戦の持ち主だということが伺える。
各地での戦いでは生命を落とし蘇生が間に合わなくなったものを、ゾンビやスケルトン等のアンデッドとして蘇らせ、使役をしていたというから死霊術師なのだろう。
そのことをジィさんに聞くと、死霊術に対しては肯定したが、お願いして戦ってもらったのだと軽く否定された。昔からあの性格だったのか。
ふと、俺もアンデッドとして蘇るのかとの不安に駆られたが、ジィさんは
「心配しなくてもいい。他のチームの約束もあるのでね。お前には死霊術は使わないよ。」
とカラカラ嗤いながら言ってくれた。
20分程歩いただろうか、前を歩く二人は道脇に建てられた小屋に入りこむ。
俺もそれに続いた。
小屋の入口をくぐり終えると目立つはずのジィさんの姿が見えない。ふいに襲ってくる眩暈。
何度か頭を振って見直すと、トンネルの中にいてジィさんがこちらに振り向いていた。並んで入ったはずのナカルの姿はない。
「この奥にお前の亡骸が安置されているよ。付いて来なさい。」
手招きをして、また歩きだした。
光源としてトンネルの両側に、一定の距離を開けて並べられた松明を20は越えただろうか、円形の広い空間に出た。空間の壁にも等間隔で松明が並べられている。
ジィさんがそのうちの一本を手に取り空間の中心へ向けて指し示す。
「あそこだよ。」
言われるやいなや俺は駈け出していた。
今までさんざんに聞かされていたが、死んだという事に対して未だ半信半疑だった。
手や足は勿論存在していたし、意識するまでもなく自由に動かしていた。物だって掴めたし、おちゃらけたり憤る感情だってあった。試合のままのユニフォームだって着ている。
最初に呼ばれたあの場所で確かに納得はしていたが、それでも俺は片隅で死んではいないと勝手に思っていた。時には他人事のように自分を扱っているふしもあった。
だから確認しなくちゃいけない。もし本当に俺の亡骸があるのだとしたら、信じよう。
今まで見たことも、聞いたことも、燻っているものも認めよう。
そうすれば俺はこの世界を、このチームを、今あるこの環境を本当に受け入れることがきっとできるだろう。
一歩一歩踏み出す度、目の前に薄っすらと白く長い箱のようなものが見えてくる。
駆ける足を少しずつ緩め、止まる頃には眼下にそれを置いていた。
蓋には小さな扉があった。
ゆっくりと開けてみる。しかし、中は真っ暗で何も見えなかった。
後ろをゆっくりと歩いてきたジィさんが、佇む俺に気を利かせて火で照らしてくれた。
淡い光の中に俺の顔が、あった…。
幾度となく鏡や写真で見ただろう、間違えるはずのない俺の顔がそこにあった。
化粧を施され、瞳を閉じられた俺の身体が棺桶の中で安らかに眠っている。
「は、はは…、やっぱり死んじゃってたかぁ…。」
口に出すと、安堵というか落胆というか不思議な気持ちが通り抜けていった。
ジィさんが何も言わず松明を床に置き、蓋を外そうとした。
黙って俺も協力する。
カコンと乾いた音が空間に響き、全身が姿を現す。
ジィさんは火の明るさに目を細めながら、
「さてさて、お前を生き返らせてやるとしようかね。」
と再度松明を手に取った。
どうすればと、身の置き所を窮している俺を尻目に
「簡単なことさ、お前の魂と体が一所にいればいい。」
と言いながら、棺桶から少し離れた所でこちらに振り返った。
「一所にって言われても、具体的にどうすれば。」
「何を難しいことを考えているか知らないがね、魂ならばそのまま体に入り込めばいいことさ。」
言われてそうかと思い、棺桶の上に登る。
足の位置をおおよそに合わせ仰向けになると、お互いが呼び合ったのか、魂である俺と息をせぬ身体が溶けていく感覚がした。
「そのまま楽にしていなさい、すぐに終わるから。」
やさしい言葉がかけられその後何かを念じているのだろうか、ぶつぶつとよく聞こえない声が聞こえた。
棺桶が邪魔になってジイさんの姿が見えない為、仕方なしに天井を見続ける。
ジィさんの呟きを聴いていると、小さい波の様な声が少しずつ細い糸の様に変化していった。
糸を手繰るかのように耳を澄ませる。身体がふわりと浮きあがる感じがして、なんとも心地がよかった。
糸は次第に細くなり、点になった。意識は変化するその形状と同じように細く小さくなっていった。
ついにはその点すら消え去ったとき、俺の意識は無くなっていた。
棺桶の中で意識を失っていた俺が覚醒したのは、疲れ果て熟睡した後にふいに目覚める、ごく自然なそういったものだった。
細く開かれつつある瞼から色を取り込み、両の耳からすこしずつ音を拾い上げ、段々と脳が思考を開始し始める。
手や足を始めとした身体には、今まで経験したことのない重さがあった。
この空間の空気なのだろうか、棺桶という狭い場所に閉じ込められている為なのか、重さの先から何か圧迫感めいたものを感じた俺は、まだはっきりとは見えない霞がかった瞳を動かし軽く見渡す。
こそばゆい音を耳朶に触れながら、棺の縁にいくつもの丸いものがあるのを認めた。
一度目を閉じ視覚が安定するのを待つ。その間にも耳は様々な音を取り込んでは脳に情報を送りつけてくる。それは、こそこそと何かを話しているように聞こえた。
再度ゆっくりと瞼を開き、うまく定まらない視点を縁へと合わせる。
そこには過去において、多くの人であったものが俺を見ていた。
多くはむき出しの骨や、肉の垂れ下がった顔でこちらを見つめている。中にはもうすでに見慣れた物体や、しっかりと引き締まった顔もいくつか視界に収まっていた。
そのうちの一つが視線に気付き、何かしゃべりながら周囲と顔を見合わせる。
ほんの少しの間話し合いをしたあと、一斉に俺へと視線を移した。
指一つ動かせないでいる俺の姿を見ながら、小刻みに震えているそれらは何かを待つように。
誰かが知らない言葉で一言声をかけるのと、目の前の顔がそろえて口を開くのはほぼ同時だった。
彼らは聴き慣れた日本語で唱和した。
「「「 昇陰コープスへようこそ!! 」」」
やっとショータの復活です。
現実で死んで異世界で生き返るという変則的な形を取ったつもりですが、
いががでしたでしょうか?
次回からはキャンプっぽい話を入れてからペナントレースに行くつもりです。
投稿は隔日くらいを目指そうかと思います。気長にお付き合い下さい。