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早くも三度目の幕が上がった。
舞台は変わらず墓地の中。
ただ、明確に違うのは。
「何で逃げるのー?」
「そりゃお前、有名な幽霊が全力で追っかけて来てみろ! 怖えぇだろ!」
追う側が目と鼻の先にいらっしゃる事だ。
いやこの場合は背中と臀部の後か?
そんな事はどうでも良い。
「反応している暇が有ったら逃げた方が良いぞ、和輝」
全くもって優弥の言う通りだ。と、和輝は顔を上げた。
何を素直に返事してるんだ、俺は。
「つーか、お前も霊感有ったのかよ!」
最も先に逃げていそうな瞬は、意外にも和輝と優弥、二人と並んで優弥に吠えた。
「今まで散々『幽霊なんて居ねーよハーゲ!』みたいなツラしてたくせにぃ!」
あの陸上部を彷彿とさせる彼の姿は、もうそこには無い。
優弥だってそうだ。顔に『もうしんどい』の六文字が書かれている。
「居ないなんて言ってないし、ハゲなんて言った覚えもないぞ。あ、幽霊さん! コイツ馬鹿にしてますよ!」
「ギャー!! 呼び寄せてんじゃねぇ!!」
何処か遠くへ呼び掛ける優弥を瞬が必死に食い止める。
食い止めるとは言っても、二人とも直線を走る以外の行動は起こしていない。
言葉だけの静止など、ほぼ無意味に等しいやり取りだった。
「お前がポテチなんか持って来っから寄って来たんだろ!」
「ポテチは関係ねぇだろ! そんなもんで釣られる霊なら仲良くしとけ!」
勢いで取っ組み合いが始まりそうな程、二人の口論が激化していく。
限界を迎えそうな身体の何処にそんな余力が有るのか、それとも限界を迎えてアドレナリンでも過剰分泌されてるのか。
倦怠感で支配されつつある肉体を、互いに鼓舞しようとしている様にも見えなくもない。
最早、これを逃走と言って良いものかも疑わしい。
「二人共、仲良いのねぇ」
などと、先頭を走るまひろの口からほのぼのとした言葉が出る程度には、五人の中で諦めだとか、努力賞だとかいう言葉が見え隠れしていた。
「馬鹿なだけじゃないかなぁ」
まひろのペースで先頭に喰らいついている舞は、少し辛そうだったが。
先程、優弥は『高校のマラソン大会』だと言っていた。
これはそれこそ、そのマラソン大会でゴールを目前に気持ちの弛んだ少年少女達そのものだろう。
足は限界。体力も使い果たした。持てる全てを出し尽くした。
だのに、もうちょっとが果てしない。
「わ、私そんなに有名なんですか……!?」
おまけに良く解らない脅威が後ろから急き立てて来る。
幽霊が自分の評判を気にするか?
調子が狂う感じがして、和輝は同時にこの状況の不可解さにも眉根を寄せた。
(……何で誰も追い付かれてないんだ?)
幾度と無く述べている様に、和輝達五人の身体は限界に達しつつある。
幽霊に体力という概念が有るのかは判らないが、少なくともこの場まで追いかけて来られたのは事実だ。
しかも今まさに追いかけて来る様子からしても、息を切らしている様には見えない。
片や今にもぶっ倒れそうなグループと、片や振り返れば笑顔さえ見せながら追い立てる女。
状況を整理する迄も無く、誰かを捕まえるのは容易な筈なのだ。
では、そうなっていないのは何故なのか。
遊ばれている、そうとも取れる。
それとも他に用事が有るとでもいうのか。
大体、先程からまともな返答はしていないというのに。
「あのあの、もしかして私の名前とかも知られてたり……?」
こんな質問をされる始末だ。