地獄からの生還
大陸一の領土を誇るドルギニア国。
この国は大陸中の魔導技師を集め、多種多様な魔導具を作り出し、この国は大発展を遂げた。
その結果、魔道具によって様々なギルドがこの国に密集していた。
魔道具を売買する商業ギルド、魔道具を武器にして危険な場所で戦う戦士ギルド、魔道具を使って不法な事を行う闇ギルドが存在し、ギルドに依頼する者が大陸各地からこのドルギニアの首都に集まってきていた。
数多くの者が集まるこの国は、昼はマーケットや出店が並び、夜は見世物や酒屋などで活気があふれていた。
連日、昼も夜も賑わいを見せるドルギニア国。
しかし、とある一つの場所だけは例外があった。
その場所は、城内にある螺旋状の階段が続く奥底にあった。
『地獄の間際』と、国に仕える者はそう呼んでいた。
重罪を犯し、国に捕えた者が入る場所。
重罪人は半強制的に生かされながら拷問の日々。
連日、響き渡る悲鳴が後を絶えなかった。
だからこそ、そんな呼び名で言われていた。
そんな『地獄の間際』の廊下を口ひげを生やし、ローブを着込んだ一人の中年の男が歩いていた。
名はブライゼン・ハイマン。
ドルギニア国の兵士達は自分達の武力と権力を酷使し、街に住む人々に悪さが後を絶えなかったが、この男は違った。
妻と子供がこの街に住んでいた事もあり、賄賂などを恐喝することは一切せず、とにかく家族を大事にし、街の評判はかなり高かった。
しかし城の評判は違っていた。
この国に仕える兵士で、役職は牢屋見廻り番隊長と言う肩書があった。
つまり、この『地獄の間際』を仕切っている男で、ただ毎日、犯罪者いたぶるだけで、たいした働きをしない彼を、城内の者は『死神』とバカにされていた。
薄暗い廊下を歩くハイマンを、牢屋から見る犯罪者達は恐怖に脅えている。
今日は誰を拷問するのか、犯罪者達は自分達の牢屋を通り抜けるハイマンの姿に安堵する。
一番奥の牢屋の前でハイマンは止まった。
「今日は俺の番か、ハイマンさん?」
牢屋の主がハイマンに話し出す。
その主はこの場所で最も若く、そして長くこの場所で生きることを強要されていた。
「まだそんな無駄口を叩けるとは…。お前がここに来てもう十年になるか。普通の奴なら舌を噛み切って自殺を図っている所だぞ?」
ハイマンがこの牢屋見廻り番に長い事在籍して、生きて出られた者は見たことがなかった。
それどころか、この場所で生きている者は長くて三年に満たなかった。
だが、目の前の青年は今、十年という年月をこの場で過ごしている。
何故、二十五歳の青年にこんな精神力を持っているのか?
ハイマンは常々疑問に感じていた。
「あんたも知っているかもしれんが、俺はここに入る前は魔導騎士に属していたんでな。根性なら騎士団に鍛えられていたんだ」
元々、魔導騎士に在籍していたハイマンは分かっていた。
どんな人間であっても、精神を鍛えられるという事は可能ではあるが、騎士団訓練は死なない様に精神を鍛えていることに過ぎなかった。
この『地獄の間際』は、この先何年も続くと思う拷問に耐えらなくなるまで犯罪者を痛めつける。
その結果、ここに住まう者は舌を噛み切って自殺者が続出していた。
この場所の拷問は処刑なのだ。
「お前が今の今まで拷問に耐えられたのは根性ではない。誰かの約束事だろう?どうしても出られると言う意志によるものだろ?」
「・・・・・・」
よほど話したくないのか、青年はハイマンの言葉に下を向き、黙り出した。
青年の表情を見たハイマンは薄ら笑いを浮かべる。
「理由はどうあれ、お前は十年もの年月を耐えた。流石は『龍殺し』と言ったところか」
そうしてハイマンは、青年の牢の扉を開け、大きな袋を青年の前に投げ入れる。
袋の中には真新しい服が入っていた。
「出ろ、カイン・ワグナイル。釈放だ」
「なっ!?」
いつもどんな拷問でも何も言わず、ただ苦痛な表情を浮かべたまま耐えていたカイン・ワグナイルだったが、突然の出所命令に驚きを上げる。
それもそのはずで、この『地獄の間際』と言われている場所は、今まで出られた者はいなかった。
出られた者は屍となってしかここを立ち去れないのだ。
その事を知っていながら、カイルはこの場所から出られると信じて今日、我慢を続けてきた。
『約束』を果たしてくれると信じて。
「突然、今日お前の出所が決まったんだ。早く服を着て、ここから出ろ」
その言葉に、『約束』が果たされたのかと心の中で納得していく。
・・・ったく、遅すぎんだよ。
心の中で、『約束』をしてきた親友にそう呟くと、袋から服を出し、その服に着替える。
着替えた後に、床に広がる自分が来ていたボロボロの服を見ると、全体に鮮血に染め上げられていた。
仄暗い牢獄の中を改めて見る光景は、シャツと同じ色が無数に飛び散っていた。
カイン・ワグナイル、十年の年月をここで過ごし、二十五歳となり、地上に戻ることを許された。
『地獄の間際』から生還したのだった。