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異剣裁定記  作者: 白昼夢中
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6話 州都

 ヨシノは、ルキウス村の暮らしぶりから、この世界の技術の水準は中世から近世ほどと当たりを付けていた。

 だが、州都の威容を目の当たりにすれば、その考えが奥多摩を見て東京を分かったつもりになるようなものだと猛省せざるを得ない。


 まず高い。それなりに距離をとっているはずなのだが、視線を斜め上に向けねば全体像が映らない。

 街の周囲をぐるりと囲む壁だけ見ても、メートル換算で2,30はある。

 だがそれらが建造物の下半分も隠せているか怪しいものだ。無数に立つ塔は、茫漠とした荒野からかけ離れた存在感を発していた。


 日本の大都市ならば、より高い建物はいくらでもあるだろうが、味気ない箱物とは違った意味の無骨さが、建物をより巨大に見せている。

 堀の代わりに横たわるレム川には港があり、ヴァイキング船に近い形の船が船団を作って、荒野を走破せんとしていた。

 荒野の旅路に必要な資材を考えれば、人力や馬匹よりも船を用いる方が遥かに効率が良いため、命知らずやよほどの貧乏人でなければ、大抵船を利用した。

 

 「凄いな。ロシア人もビックリだ」

 「ロマネスク様式近代要塞」


 ゲームでもそうそう拝めない重厚な城塞都市は、無粋な戦士と電子の知性にも、ある程度の感動を与えた。

 

 人類の生息域の最東端。州都シルヴェストは特異な都市である。州都といっても他に都市があるわけではない。

 これは帝国の行政の特徴で、正確にはシルヴェスト州の州都シルヴェストではなく、都市シルヴェストの支配地域がシルヴェスト州なのである。

 勿論通常はその地域内にいくつか小都市があるのだが、農作物どころかサボテンからマングローブまで一切の生命を育まない荒野では、州都と申し訳程度の宿場町しか維持出来ない。

 

 ちなみにルキウス村などの樹海付近の集落は、人の住む場所と見なされていない。

 よって税の徴収は免除されるが(そもそも徴税官を送ることさえ困難)鉱山のカナリアのような扱いを受ける。


 そして狭い城塞都市に、帝国のみならず近隣諸国からあぶれ者が集まるのだから、その人口密度たるや住人が全員地面に立てば圧死者が出ると言われるほどである。






 「それにしても詳しいね君」

 都市の全貌が視界に入る位置で、河原で拾った石ころに(たがね)で模様を刻みながら、ヨシノは思った以上の拾い物だったかと感心した。

 「それほど有名なのです。われわれも追放されたあと真っ先にあすこを目指しました」

 「装備無し。無茶」

 「ええ、ですがそこぢか行く場所がなかったのです」

 果てしない荒野で足手まといを連れてさ迷うまで、いろいろあったのだろうが、答える声に苛立ちはなかった。

 人間と比べても十分以上の知性と、老成した所作には、品格さえ感じさせる。

 実質的な年齢など知るよしもないが、ゴブリンとしては壮年の部類に入るのかもしれない。

 

 「組み紐完成!石要求」

 テスカは色とりどりの紐を編んで石を装備出来るアクセサリーに変えている。

 手慣れた作業だろうに、完成する度いちいち顔を輝かせて喜ぶ様は、紐の色が毒々しいまでの原色や、黒っぽいの後が続かない名状し難い色だったりしなければ微笑ましい光景だったろう。


 「今顔料流すから少し待て」

 青銅に似た金属製の小瓶から、黒潮の海の色の粘性の高い液体を落とし、喉の奥から絞り出すように詠唱する。

 毛細管現象では説明のつかない速度で溝を埋めていく。液体と同色の光を発し、消えると、すでに石のように固まっていた。

 

 完成した品は精緻ながら微妙に歪んだ八面体に、ヒトデかイソギンチャクを特撮の怪物にしたような禍々しい模様を浮き彫りにした、触れば爪に内出血が起きそうな物体であった。

 重苦しい色の顔料と組み紐が余計に怪しさを増している。


 「さきひどから何を作られておられうので?」

 「御守り」

 「御守り!?」

 いくら老成しようと限界はあるらしく、グアガはその謎の物体に祈りが込められていることに驚愕を隠せなかった。

 「何だよその顔。効果はバツグンだぞ。使い捨てだけど」

 「深海の守り。全属性対応。破壊を代償に即死・大ダメージ抵抗。今20%オフ!ちょっと傾くけど」

 「何が!?」


 目の前の品のカルマの重さに噛むことも忘れて叫ぶが、2人は作業に戻っていた。





 完成品を行李に入れると、テスカはボロボロのローブを着て、フードを深くかぶった。

 ヨシノもダーバンのような布を巻いて、顔を見にくくする。


 強烈に怪しいが、一応目立たないようにしているつもりである。ヨシノはここらでは珍しいであろう黒髪黒目であるし、奇怪なアイテムも大量に所持している。

 テスカに至っては人間には有り得ない青髪に、極彩の瞳と服である。異世界ならば同じ人間もいるかも知れないが、己ならここにゴブリンを合わせた3人組と出会ったら、警告なしで叩っ切るだろう。

 

 何重になるか数えるのも億劫になる馬防柵と堀を越え、門の前に立つ。

 「なんか小さいな」

 「こちらは裏口のいうなものですので。荒野側からくりものはほとんどいません」

 「俺たちだけみたいだな」

 「緊張。アップ開始」

 「いざとなればスニーキングクエになるだけだろ」

 「めんどい。強行突破」

 「衛兵さんに迷惑かかっちゃうだろ。理由もなくそういうことをしちゃだめだぞ」


 意を決して門に入るが取り調べはあっさり終わった。

 「あ、冒険者ね。とっととはいれ。今忙しいんだよ」

 賭け札に忙しそうな衛兵が詰め所から出てきたと思えば、一瞥されただけで通された。


 「どういうことだ?罠か?」

 「1、衛兵罠。2、その上罠。3、街罠」

 度重なるクエストと極悪NPCに鍛えられた2人には、その不用心に警戒をダンジョンのそれに引き上げた。


 訝しむヨシノ達だが、街を歩けばその訳が分かる。どこもかしこも人で溢れていたが、だいたい武器をぶら下げている。

 金属製の全身鎧から絹か何かの糸で織られたローブまで、雑多な装備に身を包むのは冒険者であろう。

背負子を背負ったり、ロバのような生き物に荷物を載せているのは行商人であろうが、こちらも軽装だが防具と、小剣や弩などかさばらない武器を持っている。

 その中間のような、重装備に少しの荷物を持っているのは、見た目通り行商人兼冒険者だ。

 

 目をぎらつかせ、周辺をさりげなく見渡しながら歩いている。堅気の人間はどう贔屓目に見ても僅か、はっきり言って皆無だ。

 種族は狭義の人間が一番多いのは間違いないが、獣人、エルフ、ドワーフに見えるものも少なくないし、少数だがそれ以外の種族も目に付く。

 ヨシノ達も目立たないとは言い難いが、一部が好奇の視線を向けるだけである。


 「まぁ気にする奴がいないなら問題ない。まずは」

 「マッピング」

 「そうだな、気が利くなぁ、テスカは。偉いぞ~超偉い」

 「ワンモア」

 「偉い偉い。マジ天使。三千世界一」

 「あの…『まっぴんぐ』とあ?」

 「地図作成。市販悪し」


 システム上にマップが表示されない現在の状況は、ヨシノ達にとっては耳栓をして生活するのと変わらない。

 必要とあらばやらぬでもないが、重要な情報源を意味もなくつぶしていられるほど自信過剰ではなかった。

 

 精霊の基本能力の中には、マップが出ないフィールドなどでマップを作成するというものがある。

 それだけ聞けばただのお助け機能だが、思わぬ落とし穴がある。彼女らは地図作成用のAIではないのだ。


 ただ書いて欲しいと頼むだけだと、線と図形しか書かれていなかったり、逆に文字で真っ黒の地図を貰ったりする。

 では自分で描けばいいではないかとなるが、『神器物語』でのマッピングはシステムアシストなど存在しないため、AIに精密動作と描画速度で勝つのはまず不可能。

 マップが表示されない=油断すれば死ぬ中でのんびり描ける訳がない。


 結局自分でやり方を教えるが、どの情報が必要なのか取捨選択するのは初心者には難しい。

 そうやって精霊と一緒に成長していくのも『神器物語』人気の理由であった。


 指が残像を残す速度を保ちながら索敵もこなすのは、処理能力の配分を正しく行う精霊自身の知性が求められる。

 百戦錬磨の精霊たるテスカは隘路も余さず書き込み、重要そうな施設には注釈も付ける。店の名前などは、たまに表記されるのみ。


 戦闘と冒険に血道を上げる主に相応しい、素っ気ない画像がコピー機から刷られるように流れ出ていく。

 その途中で、テスカの肩が何者かの脚に接触した。

 素晴らしい技量で淀みなく広がっていた線の波が揺れ、飛沫を散らす。

 「あぁん?このガキ、人にぶつかっといてごめんなさいもなしか?」

 光り物が無駄にくっついたチャラそうな男が因縁をつけてきた。後ろに仲間と思しき屈強な男が3人。にやついて眺めている。


 テスカが注意不足でぶつかるなど有り得ない。子連れの剣士を甘く見て喧嘩を売ったのは明らか。

 「あの…うちの子が何か?」

 わざとらしく慇懃に話すヨシノに男は裂けるように笑い、嵩に掛かって怒鳴り出す。


 唾を飛ばして口を動かす男の頭が急に落ちた。死角から回ったテスカが膝の裏に蹴りをいれたのだ。合わせてヨシノの膝が顔を砕く。

 突然の奇襲に思考が追いつく前に、横並びのごろつき共にテスカのドロップキックが突き刺さる。転がった所を有無を言わさぬ踏みつけで完全に沈黙させた。


 グアガは見ていた。テスカの冷然たる眼差しが爽やかな笑顔に変わったのを。そして知っていた。彼女にしてみればあの小僧の脚を避けることなど造作もないということを。

 幼女の精霊は、前を歩く集団の主人に向ける侮りを見抜き、敢えて喧嘩を買ったのだ。

 純粋さだけでは勝ち残れぬ生存競争の畜生道に咲く徒花を幻視した。


 「やれやれ、やはり治安はよろしくないようだな」

 「物騒。長居危険。避難。ばっちい」

 「あ、そういやこいつぶつかって来たんだな。とんでもない奴だ。もっかい蹴り入れてやれ。えいっ」

 奇襲からのオーバーキル。非がどちらにあるかは明白とはいえ、文句も出そうなものだが、道行く人は見向きさえしない。


 行き先に転がっているぼろ雑巾を視認しても、ただ跨ぐか小石のように蹴飛ばすだけ。

 人生の大半を無法の内に生きてきた剣と人を受け入れるだけあって、街は暴力に寛容であった。

 そして、我が道を行くこの2人でさえ苦戦する、この街の本質が牙をむくのはそう遠い話ではない。


 頑張れヨシノ。負けるなテスカ。生きろグアガ!

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