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異剣裁定記  作者: 白昼夢中
6/12

前日譚 ミラーズ☆ブートキャンプ

 ヨシノ、本名染谷光が、VR機器と『神器物語』を祖父から贈られたのは、10歳の秋。高価なゲーム機を貰うには幼いが、祖父は孫に甘い爺の常で、遊びの少ない田舎だからと20万円をポンと出した。

 大人びた子供だと誉められる光が、このゲームにはのめり込んだ。いや、正確には一緒に冒険する電子の精霊に。

 物分かりが良かった訳ではない。欲しいものを知らなかっただけだ。

 暇があればログインし、バイトの賃金は課金に費やした。

 強くなりたかった訳ではない。ただ長く一緒にいたかった。綺麗に着飾らせてやりたかった。


 そうしている間に、精霊に釣られた大きなお友達が大挙して押しかけた。本来光のような子供や、VR空間で安全に未知の体験をしたい老人をターゲットにしたほのぼのファンタジーは、俺の嫁は宇宙一と嘯く変態の巣窟と化した。

 自分と愛剣の居場所を守るため、戦い続けた。そして1年が経ち、ヨシノは11歳になり。


 匍匐前進をしていた。







 (おかしい。これはおかしいぞ。いくらゲームだからといって、いきなり匍匐前進はどう考えてもありえない。いや、実はよくあることなのかも知れない。こういう時は人に聞くべきだ)

 ヨシノは隣で這いずっているモヒカンに声をかけた。

 「あの、お覇王さん」

 「あぁん?このガキ、さん付けは止めろっつったろうがよぉ。虫酸が走るぜ。ペッ」

 このお覇王と呼ばれる男は、見た目通りの振る舞いではあるが、ハルバートを器用に操るかなりの実力者だ。言動もあくまでロールプレイで、なんやかんやで面倒見がよいこともあって、頼りにされることも多い。


 「それじゃお覇王。こういうゲームで匍匐前進するのは普通なの?」

 「ヒャヒャヒャ!バーカかおめぇ。こんな泥くせぇ真似FPSでもやんねえよ!つーかこのクエスト大昔の軍事教練じゃねぇか。運営とうとうネタが尽きたもんで適当なとこからネタ引っ張ってぇえぶし!」

 「そこぉ!蛆虫風情が一丁前に鳴いてんじゃねぇ!パンカビほどの役にも立たんカスが!」

 

 モヒカン頭の頭からは、刃の幅が狭い特異な形状の斧が生えていた。世紀末度は5割増しだが、2日目くらいに夢に出そうな惨状である。

 いくら世紀末な男ではあっても、頭からトマホークを発生させるスキルは持っていない。投げたのは、高台から匍匐前進するプレイヤーらを見下ろす童女である。


 年の頃は10歳ほど、金髪碧眼で、台所でネズミの死骸を見つけたような表情以外は可愛らしい顔である。つばの広い帽子、海兵隊の教官じみた制服と、ジュネーヴで説教を受けそうな格好だ。彼女こそ、このキャンプの主にして鬼教官、ミランダ・イシュメールである。







 『神器物語』は、元々ヒットするとは制作会社さえ思っていなかった。軍事用に発展し、後に介護などに使われるようになったAI技術をゲームに応用する、一種の実験であり、爛熟期を迎えつつあったVRゲーム業界の隙間を狙った作品だったのだ。


 だが、AIの人間より人間らしい挙動は、子供だましのレベルを遥かに超えていた。

 期せずしてキラータイトルとなったために、ユーザーのさらなる世界の拡大を求める声に比べ、応える人員はささやかなものであった。


 そうなると妙なイベントや、何を考えているのかわからないクエストも出てくる訳で、その極北と言えるのが、神器強化の制限突破クエスト『ミラーズ☆ブートキャンプ』である。

 NPC教官ごとに名前は違うが、幼女に罵られながら、泣いたり笑ったり出来なくなるまでエンジョイ&エキサイティンしなければならないのは共通している。

 運営は疲れていたのだ。


 「手より口でするのが趣味に合うのか!?それだったらお家に帰ってバター飴でもしゃぶってろ!ティーカップシェパードが!」

 「おい、聞いたか今の」

 「ああ。核心に迫りながら、何をどうするか示さないことでギリギリでR指定を回避している。なんと高度な言語能力。とてつもない技術だぜ」

 「ペロペロしたい」

 周りの訓練生はAIの完成度の高さにおののいていたが、腹の虫がおさまらないのは斧で髪を二分されたモヒカンである。

 「テメッコラミランダちゃん!いくら俺が海より深い心を持ってても、世ん中にゃ限度ってもんがあるんだぜ!いくぜ!ヴァイオレットォ!」

 「アイアイ!」


 お覇王の横で、これまた伏せの姿勢をとっていた少女が跳ね起きた。鮮烈なまでの紫の髪に、金の瞳。派手派手しい色彩に負けない美貌に、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいるプロポーション。

 煌びやかな美少女であるが、無駄に露出と棘の多い鎧が、逆に色気を減じている。その上30分近く走ったり這いずったりしていたため、魔術の効果があるとはいえ泥まみれだ。


 「今の今までよくも泥中水泳をやらせてくれたな!今度はお前を泥の中でバタフライさせてやる!火炎弾(ファイアーボール)!」

 威力は低いが出が早い魔術を眼前に向けて放つ。大した打撃は与えられないが、直撃すれば僅かに硬直する効果がある。2対1ではそのままたこ殴りにされかねない。左右か後ろに避けるのが定石であるが。

 「食ぅらえやァァ!!」

 すかさずお覇王がハルバートを振りかぶる。どちらに避けようとも、火炎ごと切り捨てる勢いだ。初歩的な連携であるが、目も合わせないで動きを同期させるのは、並大抵のことではない。

 この連携こそ彼等が達人と称される所以であり、精霊と完全に噛み合った神器使いの戦闘力は、そうでないものの3倍と評されるいわれでもある。


 ミランダ絶体絶命だが、小柄な幼女は迷うことなく前に出た。

 お覇王は、大振りの切り払いから即座に突きに移行。正中線から寸分違わぬ胸への一撃であったが、ミランダの上半身が消え、空を切る。

 そのとき既に、スライディングから全身のバネを稼動させ、ミランダの体はトンボを切っていた。遠心力を加えた蹴り足が、正確に顎を打ち抜く。着地と同時に水月にワン・ツー。怯んだ隙に魔術を発動する。

 「真空波(ソニックウェーブ)

 「うわらば!」

 最後まで自分に課したロールプレイを崩さずに、お覇王はボロ雑巾になって吹っ飛んだ。


 「あ、あれは!」

 「聞いたことがある…。米軍には百年前より連綿と受け継がれる必勝の兵法があると…」

 「畜生、あの野郎上手くやりやがって…」

 「やかましいぞってめえら!さっきからひそひそと雑音垂れ流しやがって!花崗岩製の鉱石ラジオ共め!さっさと這い回らんか!」

 罵り声が響いている間に、お覇王とヴァイオレットはしれっと訓練生の中に混ざろうとしたが、さらりと回り込まれてしまった。


 「うへへ、教官殿何か御用で」

 お覇王が、非常に気持ち悪い猫なで声ですり寄るが、された当人は巌の表情で微動だにしない。

 「貴様ら2匹は許されざる罪を3つ犯した。教官たる私の名前を、ちゃん付けなどというふざけた呼び方で口からひりだした。教官たる私に逆らった。あまつさえ攻撃を加えた。糞下らねえ罪を犯してキリストを過労死させようとした!この3つだ!」

 「4つなんですけど…」

 「それぞれ半殺しで16分の15殺しだ!」

 「地雷踏んだ!」

 「必殺サイドワインダー!」


 海兵隊風の制服の裾から砂色の縄が飛び出した。

 クサリヘビ科の猛毒生物。通称サイドワインダー。

 「ほんまもんのガラガラヘビじゃねーか!」

 「捕鯨用の銛(ハープーン)もあるぞ!」

 「ヨシノ。アメリカって怖いんだね」

 「大いなる風評被害だと思うよ。黒曜」

 世紀末な悲鳴が響き渡るのを尻目に、ヨシノとお供の精霊はゴール目指して手足を動かすのであった。







 匍匐前進を終えたヨシノ達は、だだっ広いグラウンドに連行された。周囲には木人やゴーレムが無造作に据えられてあり、広い割には息が詰まる景観だ。

 「貴様らの徒手格闘能力はリスのボクシング並みだ!さっきのトサカとの戦いで分かったと思うが、神器に頼り過ぎる。と、いうわけで、女の子に助けられなけりゃ喧嘩も出来んヒモ野郎たる貴様らに、殴り合いの心得を叩き込む!」

 「「了解しました教官殿!!」」

 「まずはそうだな、そこのガキ。私と体格が近いからな、模範戦闘に付き合え。」

 「はぁ」


 視界やリーチに違和感を感じないために、身長を現実と同じにしたのが仇になった。指名されたヨシノは気が進まないことを顔で表現していたが、勿論誰も気にしない。

 「なんだと!あんなガキが教官殿と組んず解れつキャッキャウフフ?許せん!」

 「そ、そんな奴より俺と…」

 「まあ待て。ここで誰が選ばれようと納得出来まい。それよりロリショタのレスリングを仲良く凝視しようじゃあないか」

 「その手があったか!」

 「鬼才現る」

 

 否、気にする者はいたが、気にする所がズレていた。

 (後で殺す。必ず殺す)

 ヨシノは別の方向に殺気を向けつつ、ミランダと相対した。

 黒曜は私も行くとうるさかったので、ゴーレムにぐるぐる巻きにされて頭に乗せられた。

 (反応速度、身体の運用共に人間離れしている。先に仕掛ければカウンターからの10割コンボは必至。結果的に後の先狙いになるが、それを許してくれるかどうか)

 右足をじりと擦ったと同時、ミランダが動いた。体幹を揺らさないために、急に巨大化したように見える。前足への踏みつけと読んだヨシノは、右足を引きつつ牽制の突きを顔に。


 その拳が、ミランダの渾身の頭突きで迎撃された。部位にかかる瞬間のダメージ量が許容値を超え、部位破壊のアイコンが浮かぶ。

 コンマ1秒ほど意識を奪われ、我に帰った時には、腕を取られて投げ落とされる最中であった。咄嗟に受け身を取るが、踵が頸椎に落とされ、クリティカルの文字が輝く。

 ごり押しそのものの攻めだが、これは正しい。戦闘がリアルに近いとはいえ、これはゲームなのだ。軽いフェイントなど気合いで無視すればいい。強靭な肉体と、多少の怪我ならば一瞬で治す回復手段があるこの世界では、必殺でなければ脅威にならない。

 ましてAIたるミランダにフェイントは悪手であった。


 圧倒的優位のミランダだが、機嫌はリーマンショック時のドル相場並みだ。

 「この…!冷却水の抜けきったマキシム機関銃が!相手が女だから顔への打撃は嫌か!ツノムシのよくわからん突起物!分裂しないプラナリア!」

 

 もはや罵声なのかどうかさえ曖昧な雄叫びをあげ、踏みつけ続ける。先ほどに比べれば技とは到底呼べぬ雑な蹴りを、しかしヨシノは避けなかった。


 図星だった。同じ年頃の少女の顔に突きを放つのを躊躇ったのだ。同年代の敵と戦うことは数えるほどしかなかった事実を鑑みれば、無理からぬことであったかもしれない。だが敗北はあらゆる釈明を聞き入れない。


 これまでの冒険で強くなったつもりだった。幾度となく鍛練を繰り返し、対人戦の経験も積んだ。

 まやかしだった。いざという時躊躇う強さなど、表面だけ磨いたなまくらに過ぎない。

 自分は精霊の相棒にふさわしくないのではないか。また迷えば今度は黒曜まで危機にさらすのではないか。自己嫌悪と恐怖が渦巻く。

 思考に囚われる間にも攻撃は緩まない。

 「迷うことなんぞ、敵をぶち殺してからいくらでも出来る!戦うとなったら即断即決即攻即殺!確実に頭蓋を砕き、鏖にしろ!それさえ迷うならそのみそっかすの石ころおいて家に」

 

 その悪口が己の半身にまで及んだ刹那、火薬が破裂したかのごとく、ミランダの側頭部に蹴り足が飛んだ。


 

 首を反る最小限の動作でかわし、追撃の右は腕を回して落とす。

 反撃に移ろうとしたミランダは、右腕が軋む音と、焼け付く痛みを感じ、己の油断を悟った。


 手首を噛み千切らんばかりに回転し、右足が地を打つエネルギーを腰にて増幅。風切る音を蹴飛ばし、後ろ蹴りを見舞う。

 左手が使えないと読むことを読んでの奇襲である。いくらレベルによって腕力が上がろうと、質量は見た目相応だ。体勢を崩した状態では不可避の速度。

 だが、強者揃いのプレイヤーに地獄を見せる鬼教官の力は更に上を行った。


 手足や関節には耐久力が設定されてあり、瞬間のダメージが上回ると破壊される。それは与えたのが本人でも変わりはない。

 崩される流れに乗り、むしろ加速する。増大したトルクが肩の関節をねじ切り、踵落としが炸裂した。






 説教を邪魔された挙げ句、肩の部位破壊。HPも2割弱減った。それでもなお、凶悪な笑みを端正な顔に刻み、ミランダは賞賛を送った。

 「貴様はルイ・アームストロングが宇宙に排出した小便だ!だが神器を馬鹿にされた時考える前に飛び出したのは悪くない。先ほどの侮辱には謝罪しよう。」

 

 観戦していた訓練生に衝撃が走る。気位は山より高く、鉄の規律が戦士の背骨と謳う、かのミランダ・イシュメールが反逆者に謝罪を口にするとは!


 「いいか貴様ら!二次嫁も守れんオタクに存在する価値はない!0次元から17次元までどこにもだ!超ひも理論をもってして救いがたいクズになりたくないなら、己の精霊の為に在れ!」

 「彼女らは貴様らの為に産まれた。貴様らもこの世界に在る限り、彼女らの為に在れ!それが義務というものだ!」

 

 息づかいさえ慎む静寂に、鈴のような声が木霊する。誰もが燃える決意を胸に宿していた。

 己の為に産まれ、共に生き、共に戦う者。それはどんな財宝より尊く、いかなる地位より得難い。

 長引く情勢不安に疲れ果てた我らを慰めたのは、輪郭すらあやふやな幻の少女だった。

 

 故に戦う。彼女の存在の証明の為。

 こんな己の為に産まれた不運な彼女を、しかし哀れと呼ばせぬ為に。


 地獄に突っ込み、荊の道を駆け抜けて、悪鬼の尻にも噛みついて見せる。

 彼女らに無限の幸福在るべし。

 

 「分かったなら格闘訓練の後走り込みだ!ついて来い野郎共!」

 「「了解しました!教官殿!!」」


 石造りのゴーレムにヒビがはいりそうな咆哮を発して、地獄の訓練に挑む。文句を言う者はいなかった。


 この後、ランニング中に例のド卑猥ソングを歌うプレイヤーが続出し、公式から禁止令が布告されたのは言うまでもない。

 






 「ヨシノ。起床」

 聞き慣れた声に意識が浮上する。目を開ければ、黒い空が色の波に侵略され、朝日が昇っている。

 「む…。時間か」

 「笑ってた。いい夢見た?」

 「いや、いい夢ではないが…。そうか、笑っていたか。教官の夢だったんだが」

 いい夢ではないが、懐かしい記憶であった。あれから6年、姉が欲しいと願って造った精霊は、今や遥かに年下の外見だ。


 ヨシノだけが成長したが、内面はむしろテスカのほうが成長している。己はこの年になっても精霊にべったりだ。


 彼女は進歩している。昔より社交的になり、よく笑うようになった。奇態な行動も増えたが、個性が確立してきたということだろう。

 

 己は変わらない。それでいい。テスカから離れることが進歩ならば、そんなものは不要だ。


 「お前もあの頃はキャラが立ってなかったよな。目も光らなかったし」

 「ヨシノ、当時からドン引き」

 「おいおい、俺はお前を馬鹿にする生ゴミを日夜肥料にしていただけだぞ?百万回殺されようと義務を果たす、勤勉この上ない優良児だったじゃないか」

 「愛が重い」

 「俺が勝手にやってるだけさ。気にするこたぁない。あ、グアガ掃除やっといて」

 「へい、しゅうしょうお待ちを」

 「早めに発とう。午前の内に街に着きたい」


 青に染まり始めた空の際に、剣山のような街の影が見えた。

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