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異剣裁定記  作者: 白昼夢中
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斬魔抜刀秘剣録 一の太刀

 荒野に靡く黒髪が、陽光を受け艶やかに舞う。佳人であった。後ろを行く隊商は猫科の獣のように毛先を目で追い、護衛の冒険者たちも仕事に影響しない範囲で馬を寄せたり、さり気なく話しかけたりする。

 それをどこ吹く風と受け流し、白磁の(かんばせ)を無邪気に歪めて笑っている。


 士気は高く、最近増えてきている盗賊の襲撃もない。理想的と言える行路に、しかし隊商の筆頭ヒッポルタスは不安を隠さない。皺の増えた目元をしきりに揉み、得体の知れない女用心棒を観察する。

 端から見ればただのセクハラ親父だが、本人にそんな気はほとんどない。

 観れば観るほど訳が分からない女だった。


 獣から剥いだ皮を丸ごと使った粗野そのもののマントをつけ、袖が広く丈の短いチュニカのような民族衣装は白と青が入り混じった渦巻き模様で、気になって聞いてみると波の意匠だという。下は紺色の簡素なズボンであった。

 防具は手甲と脚甲、鉢金のみという最低限以下のもので、動きやすさを重視したサンダルのような履き物と布で膝下を保護している。はっきり趣の異なる奇抜な衣装の組み合わせが妙に似合うのはその美貌の賜物か。


 しかし多民族国家である帝国では多少の外見の差異など珍しくもない。おかしいのはここからだ。

 まず小さな娘を連れている。顔立ちが似通っているので姉妹かそれに近しい関係だろう。

 何故か鎧兜を身についていた。

 金属の小片を紺色の糸で縫い合わせた一種の鱗鎧(スケイルメイル)で、兜には三日月のような立派な飾りが付いている。10歳かそこらの娘に冗談で着せるには分不相応な逸品だ。

 その子供を股の間に入れ、自らは胡座をかいて馬に座って弁当を二本の棒でかっこんでいる。胡座である。乗るではなく座っている。文化の違いでは説明しえない傾きぶり、お里は知れないが悪い意味で有名だったのだろうなと思う。

 そして極めつけにその武器だ。といっても袋に包まれていておおよその大きさと形以外推察するしかない。だがその大きさが異常だった。

 長い。途方もなく長い。南方産の屈強な軍馬の鼻先から尻尾までよりも長いのだ。槍ならばまだ分かる。乱戦で使うには不向きだが、リーチを生かす戦法は女でも十全に威力を発揮する。だがこの棒は湾曲して、とても槍働きに使えるとは思えない。

 となると弓か変種の魔術杖?どちらにせよ実用に不必要な長さだ。それを肩に乗せて天秤棒のようにして手も使わずバランスをとっている。サーカス団にでもいたのか?とヒッポルタスは首を傾げた。

 

 「しっかし暇だねぇ。暇だ暇だと聞いてはいたけど、こりゃ大したもんだわ。『肉肉肉!牛カルビ豚ロースチキンカツ弁当』の在庫も減ってるし、やっぱどっかで米補給しないと。田んぼねぇの?田んぼ」

 

 蓮っ葉な口調で何事かつぶやいているが、今一つ意味が掴めない。発音に聞き取れない箇所がある訳ではないが、やはり異文化圏の存在と意思の疎通(そつう)を図るのは容易ならざるものだ。


 「そんなタンパク炭水脂肪オンリーの劇物食うぐらいなら固パンとワインで十分ですます。ヴィタミンミネラルが肉体へのご褒美ですますよ」


 子供のほうは発音以前の何かがおかしい主に語尾。自国語も怪しい年で異国の言語を自在に操れというのも酷かもしれないが、そもそもまともに話そうとしているのか疑問である。

 こんな素性も知れない女子供を用心棒にするのは、悪い冗談でないなら理由があるということだ。

 ことの始めは港町、ウェルゲニアにて、港湾人足の親分に用心棒の紹介を頼んだ時のことである。大体肉体労働者を束ねる組織というのは、暴力団と似たりよったり、むしろ区別する必然性がないものが殆どである。

 だからこそ強面のいかにもな大男が出てくると思えば、子連れの少女と言ってもいい女を押し付けられたのだ。まあヤクザ者ならそういうこともするだろうが、おかしいことに相手の腰が妙に低い。普通無理な条件を呑ませるには、こちらが悪いと絶対に言わず、相手が親の仇で恋人を寝取られた挙げ句自宅に放火されたくらいの勢いで徹頭徹尾その非を言い立てるはずだ。

 だがこの時の親分の言い様ときたら、頼むから騙されたと思って引き取ってくれと、ここは町外れの田舎者が営む怪しげな骨董品の出店かと訝しむほどの低姿勢であった。とはいえヒッポルタスのような陸路でちまちま荷を運ぶ木っ端商人に断る術はない。幸か不幸か結局騙されたかどうかも分からないまま今に至る。

 

 



 



 食事を済ませ、薄めた葡萄酒を煽りつつ代わり映えのしない光景に欠伸をかみ殺そうとした女が、ふとこちらを向いた。

 「おーいヒッポルタスさんよぉ!仕事は私一人でも構わんだろうね!?」

 唐突かつ主語の抜けた確認に一瞬何のことか理解出来ない。しかし袋を手に取り武器を出し始めた女を見て、己の不明を恥じた。そうだ、用心棒の仕事だ。一つしか無いだろう。だがどこに?

 風が吹く。東から渡ってくる生ぬるい吹き下ろしではない。冷たく鋭い突風だ。その風は灰色の大地を掻き分けて、後には魔術のように武装した一団が姿を現す。いや、事実魔術の技である。荒野のど真ん中で幻の内に潜んでいたのだ。


 ヒッポルタスの顔色が目に見えて悪くなる。護衛の冒険者も浮き足立つのを抑えられない。魔術を使うということは当然魔術師がどこかにいる。その他の兵力も、前衛の槍持ちが15、弓を持った軽戦士が10、騎兵が10だ。対してこちらの戦力は、槍が10、弓が15、よくわからんのが1で全員騎兵。数は劣るものの機動力の差でむしろ有利と言える布陣だが、魔術師がいることで戦況は大きく変わる。我彼の距離はおよそ3分の1ミリアム(約450m)。弓は届かない。遠距離から魔術を撃たれれば、近づくまでに10は()られる。そもそも隊商を守り切れない。

 念を入れて護衛を増やしてはいたが甘かった。数の少ない魔術師までが盗賊に身をやつすとは。焦りで思考が空回りし、状況は悪くなるばかりの悪循環。思わずあの女に助けを求めようとして、絶句した。

 女は既に駆け出していた。


 盗賊の首領は不快であった。予想外の事態が続いている。己の魔術"蜃気楼の帳(ミラージュ・カーテン)"を見破られたのは痛恨事であった。後ろに回れば丸見えのハリボテのような魔術だが、荒野で使う分にはちょっとした部隊を丸々隠せる優れものだ。

 高低差も色彩の変化も無いこの場所でどうやって見破った?魔術は有り得ない。杖のような馬鹿長い何かを持ってはいるが、魔術が発動した形跡も、自分の魔術が破壊された時の頭から精神が引き剥がされる感覚も無い。つまり勘がいいガキが偶然違和感に気づいたことになる。

 首領の相貌が見る見るうちに憤怒に歪んだ。ガキは嫌いだ。運がいいだけで上に上がる奴は特に。遥かに年下の若造に追い越される屈辱に耐えられず、魔術組合から離れた際のやり場のない怒りが再びこみ上げる。だが首領は深く息を吸って頭を冷やす。失敗は仕方ない、それに状況はまだこちらが主導権を握っている。最近獲物の防備が固く、ちょうどいい商隊がいなかったのだ。こんなことで尻尾を巻いていては干からびてしまう。

 それに、待ち伏せからの奇襲は成功率こそ高いが、長い間ひたすら無為に過ごすと溜まるものもある。馬上の女が間抜けにも単騎で駆けて来る。顔は悪くない、体も十分成熟している。下卑た笑みが自然と浮かぶ。

 

 「おい、適当に揉んでやれ!殺すなよ!」

 眼下の槍持ちに命令を下すと、待ってましたとばかりに駆け出した。馬から落とせずとも怯んだところで拘束魔術でもかけてやれば一丁あがりだ。

 あの武器が何であろうと長槍と飛び道具からなる部隊に抗することは不可能だ。

 そう思うのは道理ではある。分業化された数に対抗する方法は限られている。地の利を利用する事も出来ず、ただ一人の状況で打てる手は、絶望的な精神論で特攻するか。

 数など問題にしない力を持っているか。


 女が馬から飛び降りた。

 商隊の面々は勿論、獣欲に目を眩ませた盗賊達さえ呆気に取られる。優秀な兵器である馬を捨てる?なにゆえ?

 袋から抜き出され、中身の正体が露わになった。

 弓ではない。杖でもない。刀だ。長い、長いという表現では到底収まらない。重厚長大そのままの鉄塊であった。刃渡りのみで女の上背を優に超えている。女が小さい訳ではない、同年代としては高い部類に入るはずだ。鞘の後端1クビット(約30cm)から鞘尻にかけて金属の飾りつけが施してあり、曲がった槍のようにも見える。

 帝国の基準からいえばほっそりとしているが、それは刃と比較してのこと、幅が拳一つ分はある。全体は黒で統一してあり、その重厚さがいや増していた。

 

 超弩級の凶器に頭領は一瞬息を呑む。だが直ぐに余裕を取り戻してあざ笑った。いくら何でも長過ぎる。あれでは抜刀さえままならないではないか。何が来るかと距離を取っていたのが馬鹿らしくなった。

 槍持ちを一喝すると、軽戦士を横から寄らせて逃げ道を塞ぐ。自分はようやっと動き出した商隊の護衛を片付ける為に、密集した槍に隠れるようにして詠唱を始める。

 さっさと女を潰して軽戦士に時間を稼がせる。後は槍に隠れながら魔術と弓で削っていけばいい。足の遅い馬車は後で幾らでも捉えられる。彼は競争のない環境で自分の力に驕っていた。

 女が剣を振りかぶる。右肩に担ぐような構え。剣術よりも釣り人が竿を投げる動きに似ていた。姿勢がいやに低い。左膝を深く曲げ、右足は後ろにべた足で着けて身体は正面に。腰を落とすにしてもあれでは極大の湾刀の反りもあいまって鞘が地に着くのではないか。

 鞘ごと叩くつもりかと頭領は判じた。あの湾刀の重みと長さなら、兜ごと脳天を叩き割ることも容易かろう。それでも一人二人討つのがやっと、大勢に影響はない。戦いの行く末を見据えようと頭を回せる猶予があると感じる敵との距離、しかし構える戦士は既に戦端を開いていた。


 槍の穂先が触れもしない、弓で争う間合い。女の体がやにわに膨れあがった。違う、凄まじい踏み込みで瞬時に間合いをつめたのだ。背中が銀色に輝く。抜かれている、どうやって?踏み込みだ。腰を落とした姿勢から重心を移す刹那、右足を後ろに蹴り出し鞘を大地に叩き込み、疾駆するままに抜刀したのだ。

 質実剛健を形にしたような、豪壮なれど粗雑を排した刀身が舞う。その様大海に転がる巨鯨(レヴィアタン)の如く。

 その切っ先が天を突き、雲を巻いたと見えたその時。頭領の視点は強烈な浮遊感と共に鳥となった。









 「ひぃぃぃああああ!」

 屈強な冒険者達が、百足を目の前に晒された小娘のように甲高い声で逃げ惑う。それを責める者はしかし存在しない。どうしてそしれよう。両断された人体が臓物を撒き散らしながら雨霰と降り注ぐ中を、澄まし顔で通れないことが悪いことであろうか。

 二撃、恐らく二撃であろう。刃が上を向いていたからには、あの雄大な抜刀斬撃で歩兵を総斬した後、莫大な反動を利用しての切り上げで騎兵を鏖殺したのだ。二撃、そう二撃でヒッポルタス達が勝てぬと思った盗賊団の主力は両断された。

 刀身に血糊の雫さえない。音を貫く衝撃が穢れを拒んだのだ。

 斬魔抜刀一の太刀 京魚(けいぎょ)

 尋常を超えた異形の剣閃である。


 「大ぃぃぃざ~んさぁぁつ!!」

 笑う。女が笑う。狂気の哄笑ではなく、枝を振るう幼子の笑みで。会心の表情で。冒険者も、逃げねば切られる盗賊の残党も、思わず見とれる爽やかな笑顔で。

 盗賊の軽戦士の頭が一つはじける。あっと言う間もなくまた一人。鞘だ。砕ける波濤を図案に落とした装飾は、そのまま斧頭となる。振るうのは子供、鎧兜を着けた人形のような童女が風切る速度で金属の鞘を振り下ろす。単体でも身長の倍近いそれを軽々と扱うのは、先の幻術よりもよほど魔術らしい。短剣で向かって来れば巻き上げて喉を突く。逃げようと背を向ければ足を刈って頭を割る。弓を放つ前に水面を渡るかのような足捌きで懐に入り首を折る。

 化け物だ。怪物だ。口々に叫んで蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。だが怪物からどうやって逃げるのだ。

 「わぁっはっはっはっはっは!足掻きよる足掻きよるぅ!木っ端共がよぉっ!」

 この理解不能の戦いで分かったことは、女が馬を下りた理由だけであった。

 あの女、馬より速い。






 「うむ、なかなか幸先のいい出だしじゃないか。この前は街の戦えるのはぶった切り尽くしたからな。まさかリポップが存在しないとはうっかりうっかり」

 「かたっぱしから喧嘩を売りまくるからそうなるんですます。限りある資源を大切に、乱獲禁止ですます」

 「だが大丈夫!東のほうは荒くれの産廃が腐るほどいるらしいしな。これにて一件落着!世界平和!」

 またも高笑いする怪物。この女こそ『神器物語』で最高位につけるプレイヤー、クリスタル斬破(ザッパー)通称ZAP(ザップ)。『神器物語』で最も華麗な技と、クソのようなネーミングセンスを持つと言われた狂戦士。

 そして相棒の精霊クリスタル花子。最高位の神器使いにふるわれる名誉を得ながらも、そのネーミングセンスの最初の犠牲者となった悲劇の少女である。

 謎の異世界に迷い込んだ彼女らは、とりあえずいつもどおり切りまくっていたら切るものがなくなったために、新たな戦場を求めていた。

 「おうヒッポルタスさん!街について切りたいもんがあったらいつでも言ってくれ。用心棒として周りのもろもろごとたたっ斬るから!」


 少女の笑顔を前にヒッポルタスは、売るもん売ったら逃げようと算段をつけた。


アイテム


牛カルビ豚ロースチキンカツ弁当


 プレイヤーが作る料理の一つ。スタミナとHPを大きく回復させ、筋力を増大させるバフ効果のある優秀な消費アイテムだが、見た目の暑苦しさから敬遠する者も多い。

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