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異剣裁定記  作者: 白昼夢中
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9話 魔術

 その道は、今までの道路とは打って変わって人通りの少ない細い路地であった。

 爬虫類を中心に多様な小動物の干物がぶら下がる天幕をくぐり、青臭さと刺激臭が漂う荷車の列を流し見て歩く。布と木材と分類し難い有機物の上は、暗雲の様な模様の薄紫の天幕が垂れ込める。整然とそびえ立つはずの無数の搭は影さえ見えない。

 ここは都市であって都市でない。謂われなき迫害や外法の研究によって故国を追われた魔術師達が創造した楽園。

 人呼んで魔術街である。


 「ええ、ここがですね、大体中心です。欲しいものをですね、探しまして、また案内を頼みますと、元の場所に、戻れます」

 案内人の乞食に促され、雑踏に踏み入る。

 ここに来るまでに4人の案内人を経由したが、その道筋は滅茶苦茶で、同じ場所を回り続けたりわざと曲がりくねった進路をとったりと、30分近く歩かされた。

 そうしているうちに暗幕をいくつかくぐり、気がつくと別の景色の中に立っていた。


 こんな回りくどい方法で街を作るのには当然理由がある。大体魔術などと言うものは魔力に優れるエルフの専門であって、普人族が行うそれは過半数がインチキと迷信、残りの7割が禁術と総称される破滅的な業の研究である。

 ただでさえ少ない才あるものは魔術結社が幼児の頃にかき集めて本山で教育を施すのだから、残りは毒にも薬にもならない手品か、目を覆うような凄惨になるのは道理。そして仮にも冒険者の町シルヴェストで生きていけるからには大抵は後者になる。

 さすがにそんな施設を大っぴらに置けるはずもなく、それならばと数少ない力持つ在野の魔術師達が余剰空間を集めて引き伸ばして、自前の工房と下請けの店の入れ物を創ったのである。


 ヨシノが地図の作成の次にここを訪れたのは、下請けの店を目当てにしてである。

 ヨシノは強い。ゲームの経験からすると最有力のソロプレイヤーの1人であり、この世界での実力も、今までの戦闘から勘案するに下から数えた方が早いとは思えない。

 だが平均以上だからといって安心が得られるなら苦労はない。特に魔物の存在は厄介だ。小型ならどうとでもなるが、連戦やある程度以上の大きさになればパーティの仕事になる。用意もなしに難行に挑むのはヨシノの戦術(スタイル)ではない。


 そして目下最大の脅威は同じ神器使い、それも上位陣。話が出来る奴ならいいが、可能性は低い。最上位プレイヤーはまず無理だろう。

 恐るべき戦闘力と突き抜けた思考、異次元に至ったコミュニケーション能力を合わせ持つ廃人の中の廃神である。あれらと話すくらいならバウリンガル片手に犬と宗教論争するほうがましだ。

 存在を確認すると同時に速やかに無力化するべきだろう。やれるかはともかく。


 何はともあれ消費アイテムが肥やしになるほど欲しい。ヨシノこの買い物で生活費の殆どを費やす覚悟であった。








 ゲームでも存在していたものはとりあえず買っておく。ここではどうも錬金術が盛んで、硫黄や水銀、酸や溶媒。基本的なものでも錬成出来るかわからないので多めに買っておく。目にしたことの無いものは極力避けた。この状況での冒険は無謀以前に無意味だ。

 『神器物語』での錬金術は手間と素材を惜しみさえしなければ一部の超希少素材を除いて大体のものは錬成出来た。だがそれもレシピが正しければの話で、この世界の正しい配合する割合が僅かにも違うならば、一からやり直しになる。そのために大量に買わなければならない。有用ではあるが、貪欲に時間と金を求めるこのスキルは敬遠されていた。


 その少女を見つけたのは、買い漁った雑品をアイテムボックスにぶち込み、テスカが興味を持ってねだったイモリの黒焼きらしきものを試しに頬張っていたところであった。


 「まずい」

 「そりゃあそうだろ。イモリの黒焼きが旨いなんてのは聞いたことが無い」

 「捨て」

 「やめなさいもったいない」

 「ヨシノ食べて」

 「よしきた」

 

 炭の味と豚の脂身のような弾力を噛み締めている時、テスカも気づいた。

 

 「あの子」

 「ああ、使えるな」


 陰気臭い技術ばかり研究している土地だけあって、地面の染みを数えて歩く者が多数の中、そこだけ重力が小さいのか、背筋に鉄筋を入れているかのように真っ直ぐ立っている。色素の薄い灰色の髪と繊細な顔立ち。男が守ってやりたくなる容姿だが、裾を何度も繕った跡のある黒いローブとこれまた使い込まれた杖がその必要はないと主張している。

 手に持つ杖は青銅であろう。煌びやかさも繊細さも見られない苔むした岩石の色合い。円筒形の外観は必要以上に粗末な印象を抱かせる。

 だがその細工は異常だ。細かい文字列が螺旋状に果てしなく彫られている。安物にかける手間ではない。搦め手を含めた強さはともかく、単純な戦闘力では頭一つ抜けていると見た。


 買い物のコツは穴場を知っている奴の後をつけることである。少なくともそこら中で喧嘩を売って恨みを買っていたヨシノにとっては。のんびりうろついていたら街ごと包囲されたこともあったのだ。時間が無いのなら詳しそうな者を尾行するのが効率的に正解だ。

 視界にちらつく程度に観察しながら見失わない距離を保つ。大事なのは相手に怪しまれないことだ。どれだけ上手く隠れても人ごみの中ではその行為自体が目立つ。極論すれば怪しまれさえしないなら真横を歩いても構わない、尾行からの不意打ち奇襲は誰もが通る道である。


 少女が入った店は一際大きい天幕で、開かれた前面からは統一感に欠けた雑多な品が棚に積んである。いや、ヨシノはそれらにある共通点を見つけていた。

 悪びれもせずに大股で入ると、手近にあった商品を取って眺める。全く大したものではない。それどころかここにあるのが馬鹿馬鹿しいとさえ言える、だがここにあるはずの無い機械。そう機械。文明は予想より発達しているとはいえ、産業革命に近い現象を迎えていないこの世界でこんなものが。

 手のひらサイズの前後に穴の開いた中央が太い黒い棒、ボタンが1つ付いているのが唯一機械らしい特徴だ。

 (確か……極低温冷気放射機だったか?)

 特殊部隊を題材にしたアニメで軽く触れられていた。金属錠などに冷気を吹き付けて破壊し易くする道具だ。実物を見るのは初めてだが、映像と寸分違わない。使いどころが限られる上に無駄にマニアック、作るならもうちょっと他のものがあるだろうとツッコミたくなる。

 四角いボタン部分を後ろに引くとカキッと音がして数ミリズレる。隙間を側面から強く圧するように押すと前半分が縦に割れた。


 (分解の仕方まで同じだ。最近のアニメは凝ってるな。中身は流石に違うか……魔道具で再現したのか?この小さいのが風の魔力石で……)

 「お、おいあんた。それが何か分かるのか?」


 振り返ると店主らしき無精髭を生やした中年男が目を丸くして立っていた。







 「このボタンを押すと動くだろう?で、毛布なんかに押しつけてダニを取る」

 「お、おお……確かに凄い技術だが天日干しでいいんじゃないか?」

 「俺もそう思うがそう思わない奴もいる。そういうことだ」

 何故か古道具屋の主人に気に入られて、布団クリーナーの説明をする羽目になったが、ヨシノの思考は毛布のダニを取る手から離れ、深く沈降していた。

 ここにある道具の9割9分9厘はガラクタと言わないまでも、歴史を変えてみたり、戦争に勝利をもたらすようなものではない。科学を一本の樹木に例えれば、枝の先の新芽辺りに乗っているものばかり。

 しかし非常に高度な技術が用いてあり、形も用途もヨシノの世界と同じ。


 つまりこれはメッセージではないか?俺はここにいたという。役立ち過ぎるものならばコピーや模造品が時間と共に出回り、悪魔の仕業として抹消されるかもしれない。

 だがこんな毒にも薬にもならないものならば、物好きがオリジナルを大事に保管していつか仲間の目につく。物好きはどの時代にもいるし、類は友を呼ぶ。後は流通経路を辿るだけ、なかなか賢い手段だ。

 「失礼します。そこの方、これの使い方はご存じですか?」


 思考の間隙に滑り込んだのは、先ほどの少女の涼やかな声だった。

 「これ?ああ……」

 ヨシノの前にあったのは、店の片隅で埃をかぶったユークリッド幾何学的な直方体そのものだった。青を基調とした塗装の上には、大きく”水道水”と行書で書いてある。正面の窓の内側には金属製の缶が並べてあり、その下の液晶ディスプレイは黒く沈黙していた。

 どこへ出しても恥ずかしく無い立派な自動販売機であった。

 (いや俺が馬鹿だった。これ作った奴ただの阿呆だ)

 異世界に来てまで自販機を求めるとは悲しい過去でもあったのだろうか。現代社会の闇は深い。


 「古い時代に作られたゴーレムで凄まじい戦闘力を持つと聞いたのですが」

 「いや……これは結構古い型だから戦闘力はないな。最新版なら動くし戦うんだが」

 そうですか、と残念そうに目を伏せる。何か切羽詰まった事情があるのだろうが、こんなのに頼るなら正直もう詰んでいるだろうなどと不謹慎な事を考えながら、もう少し調べようかと見やる。

 青いアルミ缶に水道水とそのまんまに書いてある。ふざけた趣向だ。値段も見てみた、一万円。


 全体重をに亜音速の速度をかけた前蹴りが、液晶画面の中央に突き刺さった。

 「ってうおぉォォォイ!売り物だぞぉっ!」

 叫ぶ店主を、清流の底の岩のごとく静謐な声でなだめる。

 「まあ落ち着け、わが国に伝わる伝統の再起動法だ。これで動く。動かなければ壊れていた」

 「いやその断定はおかしいだろ!」

 「おかしくない。信じると救われる」

 テスカの説得に店主は納得しなかったようだが、蹴られた本人?はその声に応えたのか、蜂の羽音に似た起動音をたてて光りだした。

 「あ、動いた」

 「何だと?」

 ヨシノが眉をひそめて距離をとる。

 「異常」

 テスカが腕をだらりと垂らし、戦闘に備えた。

 「いやおめーら信じてねーじゃん!」

 「この期に及んでまだそのようなことを……」

 「空気読む。現在非常時」

 

 身勝手と評するには不条理過ぎる暴論を唱えつつ構える2人の前で、直方体がはじけた。

 「ぬかった、擬態か!」

 両側面の6連小型ミサイルランチャーが展開するや否や全弾を打ち出し、受け取り口からは何故かスチール缶が乱れ飛ぶ。が、ヨシノの反応は一歩先を行っていた。半身で水道水缶の一斉射撃を避けながら間合いをつめ、加速しきっていないミサイルをわし掴む。

 前後開脚で残りの弾をやり過ごす勢いのまま鋭く投げ打つと、陳列棚が開き無数に並んだ対空レーザーが撃ち落とす。ランチャーの上から生えてきた鎌状のアームを左手ではじき上げて、右拳で側面を叩いた。


 『神器物語』のスキルは、形も用法も特異な神器でも使えるようにするため、所謂システムアシスト的な物は存在しない。可能なのはある動作にある効果を付与する、それだけである。

 格闘スキル『浸透剄』は、打撃に特殊な衝撃を付与し、対象の物理防御をある程度無視するもので、硬度が高いほど浸透し易い。しかし謎の自販機の装甲は靭性に富んでおり、内部機構を傷つけるも破壊には至らない。

 その結果を手に感じる前にとびすさって距離をとる。スチール缶から漏れた黄緑色の気体がテントの天井に風穴を作った。錬金術によって腐食能力を高められた塩素。毒としての威力は低いが、僅かに物理ダメージを与える。

 (この自販機……強い!)

 阿呆みたいな敵が馬鹿みたいに強いのはゲームではよくある話だが、リアリティが桁違いに増加した状況ではまさに超現実(シュール)。帰りたいと本気で思った。


 愛剣でダイヤモンドカッターで切った断面図ばりのオブジェにしてやろうかとも思うが、後ろでガン見している少女が邪魔をする。もう既に小火騒ぎに異臭騒ぎが起こっているのに身じろぎさえしない。

 神器の外装と神器使いの戦術は、その戦いの歴史そのもの。一目見ればフレーム単位で解析されかねない。見ず知らずの小娘に見せるには危険過ぎる。肉弾で片付けるしかない。


 石手裏剣を三枚同時に投げるが、対空レーザーで当然そらされる。どこに格納されていたのかロケットエンジンが点火し、突き出たタイヤが火花を散らす加速と共に突進。

 横をとれば排出炎の餌食、ヨシノは迷わず正面衝突の進路を選択。コンマ以下の時の間合いに全火力を収束せんと陳列棚、受け取り口から雨霰と破壊力を投射する。

 ヨシノはハエを払うように手を振った。


 事前に登録された動作式を超自然のシステムが感知、『広域破裂マス・エクスプロレーション』を発動させる。中空にある缶が一斉に崩壊し、中味のガスが一基あたりの出力の弱いレーザーを阻む。

 額に焦げあとがつくが、瞬きさえせずに腐食ガスの中に分け入る。顔の粘膜に焼け付く痛みが走るが、反射で起きるはずの目蓋の痙攣も涙の分泌もない。

 神器を振るう為に最適化された体は自ら視界を閉ざすまねはしない。あとは神器使い自身の精神力であり、ヨシノの精神力は痛みでは揺るがない。


 2本の大鎌が抱きつくように迫るが、その先端が交差した時、ヨシノが後方にはじき上げた試験管が割れ、中味の強力冷却剤が撒き散らされる。

 鋼鉄より硬い氷が動きを封じ、間合いの支配権は切り替わった。極端に上下動の少ない歩法でぬめるように近づく。


 "(かね)灼く炎、纏う矛、我が(かいな)、在るべし"

 詠唱が完了すると共に右腕が青白い炎を纏う。機械の重戦士が次の行動をとる前に、大気を歪める熱量を秘めた手刀がボディを貫通した。







 痙攣するかのように液晶画面が点滅する。内部から融解されたにもかかわらず、よほど良い安全装置を積んでいるのだろう、機能停止には至っていなかった。

 「良素材。分解?修復?重大な故障の可能性。改造?」

 「修復の必要はなさそうだな。こいつ再生してやがる。これ作った奴自販機に命でも救われたのか?」

 ヨシノが穿った拳大の穴から徐々に金属繊維が伸びて表面の傷を塞ごうとしている。壊すにせよ改造するにせよ早くしなければならない。

 

 「あの……そのゴーレム、私に譲っていただけませんか?」

 悩む2人に割り込んだのは、やはり先ほどの少女だった。無表情ながらも声に凄みを乗せてたしなめる。

 「あんた、これは過程はどうあれ俺が戦ってぶちのめしたもんだ。残骸とはいえ戦闘の報酬を掠めとるなら、それなりの対価は頂くことになるぞ」

 「ええ、もちろん分かっております。そうですね、この戦いの被害の賠償を支払うというのはどうでしょう?」

 「被害?」

 振り返って見ると、排出炎によって三軒先まで焼き焦げた出店に、腐食ガスで真っ赤に目を腫らした通行人。

 恨みがましい視線を向ける店員達、暴動一直線の情景である。

 「ふむ」

 ヨシノは今一度振りかえり、テスカを視線が降りかからない少女の陰に置いた。

 「ま、そういうこともある」

 いつものように、ヨシノは落ち着いた声で締めくくった。

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