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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この世界は一体何と闘っているんだ? 改正版

作者: 大介丸

露店作品で、短編二つの改正版です。

少し余裕が出来たので、投稿させていただきました。

文字数はかなり長くなってますが・・・。


なお、この短編のBGMは、映画「エイリアン2」のBGM 

「Futile Escape」です

 一人で住んでいる安アパートから出ると、彼は息を吸い込んで、そして貌を少し

 顰めた。

 何だろう、この焦げ臭い臭いは?

 まるでオイルが燃えたような異臭だ。

 ――――だが、その原因となるようなものは周囲には見当たらない。

 気味が悪くはあったが、今は時間が無い。

 彼はすっきりとしない気分を抱えたまま、朝食を買いにコンビニに向かう

 事にした。

 だが、何かがおかしい。

 アパートからコンビニに向かう途中、彼は周囲の光景を見て困惑する。

 だが、しばらくすると彼にも否応なしにその「原因」が何であるかを理解した。




「……一体これはなんだ?」

 彼は困惑した表情を浮かべながら、無意識に頭を掻く。

 そして寝癖のついていることに気づいてゲンナリとした顔を浮かべた。

 彼が違和感を覚える――その「原因」は、すれ違う幾人もの通行人達の

 服装姿だった。

「何か近所で、仮装パーティでもあるのか?」

 彼はそう呟きながら、すれ違う幾人もの通行人達の服装へと珍しそうな目を

 向けた。

 少なくとも……彼の知っている日常は、すれ違う全ての通行人が迷彩服を

 着込み戦闘用ヘルメットを着用しているなどありえない。

 それこそ、映画化ドラマの撮影でもなければの話だが




 しかもやけに着こなしが様になっているため、まるで米軍基地に紛れ込んでしまったような錯覚にとらわれる。

 すれ違った通行人の誰しもが、服の上からも筋肉の盛り上がっており、まるでアスリートの様に鍛え上げられているのもその妄想に拍車をかけた。

「(何か近所で、仮装パーティでもあるのか?)」

 だが、自動小銃らしき銃器まで持ち歩くのはいくらなんでも凝りすぎだろう。

 モデルガンだって、決して安くは無いのに。

 彼は頸を傾げながら心の中で呟きつつも、通行人達が手に持っている自動小銃らしき銃器に目をやる。




 それが本物だと言う可能性は、最初から頭にない。

 なぜなら、ここが彼の知っている日本だと信じていたからだ。

 日本国内でそのようなものを持ち歩けば、すぐに警察がやってきて、銃刀法違反で逮捕されるのが当たり前。

 それが彼にとっての日常であり、常識である。

 そのため、彼は二つほど見逃していた事があった。

 一つは――迷彩服を着込んだ通行人達がベルトに携帯無線機を付け、イヤホンを

 それに接続していた事。

 そしてもう一つは――すれ違った迷彩服を着込んだ通行人達が彼の服装を見て、

 珍しそうな表情を一瞬だけ浮かべていた事である。




「(何か本物っぽい気がするんだが、気のせいかな)」

 その僅かな常識のズレに気づかないまま、彼はいつもどおりに目的のコンビニへと向かうことにした。

 それからしばらく……彼はコンビニがある大通りを呆けたような顔でみる

 事となる。

「(何だ、ここは!?)」

 大通りを行き交う人々は、先ほどすれ違った通行人達と同じように迷彩服を着込み、頭には戦闘用ヘルメットを被っていた。

 また中には、銃弾や爆発による破片などから身を守るために使用されるベスト状の身体防護服を着用している通行人の姿さえ見受けられる。

 誰しもが鍛え上げられた筋肉の鎧に身を包み、そして手には自動小銃を持ち歩いていた。




 その光景は、まるでテレビニュースや軍事映画などで見た、中東や米軍基地内を彷彿とさせる。

 だが、ベースとなっているのが日本のありふれた街並みだけに違和感が凄まじい。

「(俺の知らない間に、何かこの国で何かあったのか? それとも俺は幻覚でも

 みているのか?)」

 その異常な光景をぼんやりと見つめながら、彼は愕然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 そして気がつけば、この辺りにも先程感じたオイルが焼けるような臭いが

 漂っている。

「(何なんだろう、このへんな臭いは?)」

 彼にはその臭いの原因が何のか、さっぱりとわからない。

「( とりあえずコンビニに行こう。)」

 本当ならばそのまま家に帰るのが正しかったのかもしれなかったが、

 今の彼にそんな正常な判断力など残っているはずも無かった。

 通行人達が持ち歩いている自動小銃に怯え、道路の隅っこをビクビクとしながら歩き、彼はこの先にあるコンビニに視線を向ける。




 だが、そのコンビニの駐車場にも、明らかに彼の知っている日常の中には絶対に存在しない……いや、見かけたとしても映画やテレビゲームしか見ない「乗り物」が駐車(?)していた。

 ついでにその辺を走っている車の群れの中にも、同じような乗り物が普通に

混じっている。

 彼の記憶が正しければ、その「乗り物」は軍事用の戦闘用装甲車だ。

 寡聞にして、その戦闘用装甲車が自衛隊の車両なのか、それとも何処かの国の軍隊のものなのかは判断できない。

 (のちに、彼はこの戦闘装甲車が、「ストライカー装甲車」という種類であることを教わる事になる)




 また、見慣れない車両は戦闘用装甲車だけではない。

 戦闘用装甲車に比べればまだ威圧感は少ないが、それでも自家用車として

 乗り回すには明らかに向かない車体が数多く入り混じっている。

 車体に漫画・アニメ・ゲームなどに関連するキャラクターやメーカーのロゴをかたどったステッカーを貼り付けたり、塗装を行い装飾にやたらと凝っているところを見ると、新手の暴走族か何かだろうか?

(これも、のちに彼は、高機動多用途装輪車両の「ハンヴィー」という種類であることを教わる事になる)

 戦闘用装甲車の運転手、普通自動車の運転手に軍用車両の運転手も、迷彩服を着込んでいるが、ちょっと彼等のファッションセンスは理解できない。




 そして彼は、道行く戦闘用装甲車について奇妙な共通点を発見した。

「(何だよ、あの傷は――――)」

 目の前を走る戦闘用装甲車のほとんどに、大きな動物の爪で引っ掛かられた様な傷がついている。

 あんな大きな傷をつけるような生き物は知らないし、かといって事故で傷が付いたにしてはあまりにも傷の種類がおかしかった。

「(ちょっと待ってくれ、そんな化け物がこの世に存在するはずが無いだろう!?)」

 恐ろしいモノを想像してしまい、茫然と立ち竦む彼の耳に、ふと通行人の声が入り込む。




「俺、前期の模擬「鬼獣」戦闘の成績、校内で成績が七番だったんだけど、

どうよ、凄いだろ?」

 そちらに視線をゆっくりと向けると、視線の先には学生らしい四人組が通り過ぎようとしていた。

 中学生か高校生かはわからないが、四人とも迷彩服とヘルメットを被り、手には自動小銃を持ち、片耳にイヤホンを差し込んでいる。

 今の得意げな台詞は、彼等の中の一人、――戦闘用ヘルメットにトランプのジョーカーを張り付けていた男子学生の台詞だ。




「あ、こいつ校内で二番目だったぞ」

 だが、紙パックの牛乳を飲んでいる男子学生が、眠そうに欠伸をしていた男子学生を指さしながら意地の悪い台詞を口にする。

「俺は、成績三番目」

 携帯を弄っている男子学生が、液晶画面から視線を動かしもせずに、さらに追い討ちをかけるような台詞を吐いた。

「お前ら……凄いな」

 最初の台詞を吐いた男子学生が、一瞬言葉に詰まり、言葉短く吐き捨てる。

 ここからだと表情までは見えないが、どんな顔をしているかは大体想像が付くだろう。




 だが、問題はそこではない。

「(それ・・・なんの会話だ?)」

 彼は、その聴こえてきた会話にそう思わざるをえなかった。

「(「鬼獣」ってなんだ? いわゆる中二病って奴か?)」

 彼はさらに戸惑う。

 通りすがりの学生達の会話ではたいした情報しか得ることは出来なかったが、

 その会話の中で繰り返された「鬼獣」という言葉がやけに気になる。

 今までの生活で彼は聞いたこともなかった言葉だ。




 戸惑いうろたえる彼を余所に、四人組の会話はつらに続く。

「なあ、佐藤ちゃんのクラス、「鬼獣」対策のために パキスタンに研修だって?」

 欠伸をしていた男子学生が、ふとそんな話題を口にした。

「そうらしいな。 けどさぁ……佐藤ちゃん、前に学校で行われた「鬼獣」模擬訓練で赤点だったらしいぜ?

 だから、お隣の半島『鬼獣境界線』で年明けまで特別研修だってよ」

 戦闘用ヘルメットにトランプのジョーカーを張り付けていた学生が苦笑を浮かべながら話題に応じる。




「『鬼獣境界線』って……、うわぁ、そりゃまたえらい場所で研修するな。

 あの近辺って、大陸方面からの後退部隊だらけで修羅場らしいぞ?

 ただでさえ向こうは「鬼獣」の勢力範囲に覆われているってのに……。

 あ、そいえば、たしか今年の夏休みも特別研修を受ける羽目になった――――とか言ってなかったけ?」

 そう呟く学生のヘルメットには、「グランド・ゼロ世代」と見慣れない言葉がペイントされていた。

 どこかSFじみていて、妙に不吉な言葉だ。

「あー あいつ、前期の「鬼獣」模擬訓練の成績がかなり悪かったらしいぜ?」

 そう呟くのは、紙パックの牛乳を飲んでいる男子学生。

 そして、その男子学生のヘルメットには、「生まれつきの殺し屋」と言葉がペイントされていた。




「んで、先生に『お前……こんな成績だと、「鬼獣」との交戦で真っ先に死ぬぞ? ちょっとロシアに行ってこようか。 特殊部隊の「鬼獣」実戦研修を紹介してやるから、夏休みの間に根性入れ直して来いッ!!』って言われて、凄い喜びながらロシアに行ったよ。

 まぁ、その様子に先生は頭抱えていたらしいけど」

 そう言いながら、彼はクククと喉の奥に引っかかったような笑い声を上げる。

「しかも何でそんなに喜んでいたかというとさ、その研修先に佐藤ちゃんが憧れていた特殊部隊の人がいたらしくて……この間、俺にその人のサインをもらったって国際電話まで使って嬉しそうに自慢してきやがってさ」

「俺は、その人の事は知らないから国際電話掛かってきた時にてきとーに答えといたけど……すげーガッカリしてた。 何か悪いことしたかな」




 学生達はまだ楽しそうに雑談を続けていたが、彼はそれ以上聞きたいとは思わなかった。

 聞けば聞くほど、心の底からえもいわれぬ不安が沸いてくる。

「(俺には理解できない……、服装についても尋ねてみたいけど)」

 そもそも、彼等と会話をしたところで、言っていることの意味が理解できるとも思えなかった。

 判ったのは、少なくとも自分と彼等の間に、大きな常識の隔たりがあるという事だけである。




 彼はそれ以上の情報収集を諦め、表情を引きつらせながら急ぎ足でコンビニ向かう事にした。

 そんな彼の横を、三匹のペンギンの絵を施した大型トラックが通り過ぎる。

 一匹は、日本の伝統衣装で祭などの際に着用する法被を羽織っていた。

 一匹は、頭にお鍋を被り、最後の一匹は、アロハシャツと黒いサングラスかけて

 いた。

 ずいぶんと奇妙なデザインだが、彼にはそれに気づく余裕が無い。

 足早にその場を駆け抜け、コンビニの前の駐車スペースにたどり着く。

 駐車場は戦闘装甲車と軍用車両ばかりでやけに雰囲気が物々しい。

 しかも、どの車両も引っ掻き傷がやけに酷かった。




 戦闘装甲車の付近には、迷彩服と戦闘ヘルメットを被った男性が1人、ガムを

 噛みながら「手野新聞」という名の新聞を広げて読んでいた。

 彼は、聞いたこともない新聞だ。

 身体もゴツいアスリートの様な体格で、正直な話し近寄りたくは無かったが、

 彼の横を通らなければコンビニの入り口にたどり着けない。

「(関わりたくないなぁ。さっきからあちこちで見る傷跡といい、ここで何が起きているんだ?)」

 彼はその様な事を考えながらも、とりあえず安全圏を求めてコンビニのドアを開いた。




「手野新聞」の一面には、「中東、欧州、アラスカ、南米、米国西海岸の海外鬼獣激戦区より、日本決死隊帰国」と見出しが掲載されていた。

 写真に写っている日本決死隊の隊員達の眼は充血していた。

「明日は我が身か」

 ガムを噛みながら「手野新聞」という名の新聞を広げて読んでいた男性が呟く。

 そして、何度も耳にしている「鬼獣」という名について思案を巡らせつつ、コンビニ店内に入った彼には、その言葉は聞こえるはずもなく・・・・店内を見回して思わず呟いた。




「なんだ、ここ?」

 その風景は、彼の知っているコンビニではなかった。

 食品、日用雑貨など多数の品種を販売しているのはまぁ普通だ。

 新聞売場の所に、「手野新聞」という見慣れない新聞が置かれているが、それも

 どうでもいいだろう。

 店内の客全員が迷彩服と戦闘用ヘルメットを着用をしており、身体も鍛え上げられた様な体格というのもこの際受け入れよう。




 だが―――――――

「(銃器販売コーナーとはどういう事だろうか?)」

 さらにそのコーナーの向こう側には、「射撃場コーナー」というのも見える。

 驚きのあまりに立ち尽くす彼の耳に、店内にいた二人組の男性客が、ホットコーヒーを数本籠に入れながら喋っている会話が入り込んできた。




「今日、H&K社の新型の「鬼獣」用の銃を買うとか言ってなかったけ?」

「それか無反動砲を買おうと思っているけど、H&K社の新型は「鬼獣」に効果あると思う? 前に知り合いが一年前に販売した H&K社の「鬼獣」用を購入して使ってみたら、まったく傷一つ与えられなかったとか叫んでたし」

 どうやら内容は製品について愚痴みたいだが、色々と内容がおかしい。

 聞いている限り、まるで駄菓子感覚で銃器が帰るように聞こえる。




 彼は何とも言えない表情を浮かべながら、怖いもの見たさに好奇心を刺激され、銃器類が置いてある棚へと足を向けた。

 そこには彼が映画やテレビ、ゲームでしか見た事がない実物の銃器類が展示されている。

 どう見ても、モデルガンっぽくには見えない。

 その中に、彼は映画やテレビゲームで良く見かける銃を見つけて思わず手にとってしまった。




「(えーと・・・たしかこれ、ベレッタっていう銃だったっけ?

 モデルガンにしては、何か違う様な気がするが)」

 価格が気になって、ふと裏返しになっていた値札のタグをひっくり返す。




「(35円!? なにこの値段・・・)」

 手頃を通り過ぎて投売り感のある価格設定に、彼は衝撃を受けてもう一度数字と単位を確認した。

 モデルガンにしても安すぎる。

 それに……

「(なんかズッシリしてるんだよな。 モデルガンって、こんなに

 重量なのか?)」

 この手の銃器が嫌いな訳ではなかったが、あまりモデルガンも触った事もなく、

 そして何かが引っかかり、どうしても購入する気にはなれなかった。

 扱い方も分からないし、例え購入しようと思ったところで、身分証明書とか必要になる可能性も高い。

 他に何かあるのだろうかと見渡すと、爆薬らしきものも展示されているのが視界に飛び込んできた。

 そちらの値札には、全て2円と表示されている。




「(おかしいだろ、このコンビニ。)」

 彼は、頸を横に振りながらレジの方に視線を向けた。

 するとそこには、なんでもないように銃を持っている女性の姿があった。

「合計で、450円になります」

 眼鏡をかけた男性店員も普通に応対している。

 銃を購入したのかはわからないが、特に身分身分証明書を提示している様子はない。




「(うーん…、とりあえず飯だけ買って状況を考えるか。まさか

 ネット小説の様に何処か別世界に飛ばされたとかじゃないだろうな。それなら、魔法やらなんやらの異世界だし)」

 彼は頭を掻きながら考える。

 たまに見る、ネット小説では異世界ものが全般だ。

 彼みたいに、予想斜めの異世界ものは皆無に等しい。

 ひとまず、弁当などが置かれている棚に向かおうとした時―――――――。

「射撃場コーナー」から二人組の男が出てくる。

「選挙権を放棄したのかよ?」

 ペットボトルの水を飲んでいた男性が、片方の耳にイヤホンを付けている男性をねめつける。




「どうせどちらの政党に決まっても、法律で決められている「日本決死隊法」で日本国民に、「国民の義務を果たせっ! 日本を人類を救えっ!!」とか、「闘えっ!! 「鬼獣」を根絶やしにしろっ!!」とか檄を飛ばすだけ飛ばして、

 海外の「鬼獣蔓延戦域」に送られるだけだろ」

 イヤホンを付けている男性が面倒くさそうに表情を浮かべながら、不機嫌そうな声で睨み返す。

「選挙権を行使してから文句言うべきだぜ、戦友、あと、射撃をもう少しあげろよ」

 ペットボトルの水を飲んでいた男性は、貌に少し呆れた表情を浮かべていた。

「ほっとけっ。それと棄権して文句言うのも国民の特権だぜ?」

 その物言いに、イヤホンを付けている男性が不満げに鼻を鳴らす。

「 「鬼獣」と闘う覚悟もあるし、やる気もあるが、戦術的発想が乏しい政治屋が聞いたら卒倒するか、喚き散らすな」

 ペットボトルの水を飲んでいた男性が何とも言えない表情を浮かべつつ肩を竦めた。

「・・・・」

 イヤホンを付けている男性が不満げな表情を浮かべたまま、沈黙を続ける。

「あのな、それで、いつも苦労するのは俺達国民なんだぞ、わかっているのか?

 それで他国からはかなり馬鹿にされたりしているんだぞ」

 イヤホンを付けている男性の態度が気に入らなかったのだろう。

 ペットボトルの水を飲んでいた男性の言葉には若干の苛立ちが混じっていた。




「だったら、次の選挙あるときは俺の代わりに二票いれてこいよ、選挙管理の人に、「すいません、友人の代わりにもう一票いれます」とか言えばいいじゃないか」

 だが、イヤホンを付けている男性はまるで取り合う気が無いらしい。

 実に投げやりな物言いだ。

「そん時は、すでに日本国内が半分も「鬼獣」に侵略されている時だな」

 ペットボトルの水を飲んでいた男性の呟く言葉は暗く沈んでいる。

 だが、その意味するところは全く理解できなかった。

 せいぜい理解できたのは選挙という単語ぐらいだろうか?

 その2人組も何か言いながら、コンビニの外へと出ていく。

 彼は息を吐き、目当ての朝食を買おうとしたとき―――――――。

 外の方から、耳障りなサイレンが鳴り響いてきた。




「(何だっ!? このサイレンは!?)」

 生理的に警戒をかき立てるその音に、彼は思わず表情を歪める。

 そのサイレンは、元の世界で「国民保護サイレン」と呼ばれていた警告音で、

 彼にはあまり耳に馴染みのない音だ。

 彼の記憶でも聴いたことはない警告音だが、「国民保護サイレン」という呼称は、テレビニュースで聞いたことはあるはずだろう。

 さらに、外からは激しい発砲音が響いてくる。

 彼はぎょっとして、コンビニの出入り口に視線を向けた。

 すると、まるでタイミングを計ったかのように外から薄汚れた迷彩服と戦闘用ヘルメットを着用をした男性が雪崩れ込んでくる。

 恐怖のためか、その貌は蒼白だ。




「「鬼獣」だっ!! 「鬼獣」が出現したっ!! 応戦準備してくれっ」

 その言葉と同時に、店内の空気が一瞬にして緊迫した空気に変わった。

「「鬼獣」出現予報では、この地区には現れないとかいってなかったけ!?

 19地区だろ?!」

 弁当売り場の近くで銃器について文句をつけていた男性二人組が驚いた声を上げながら、手持ちの自動小銃の安全装置を外す。

「そんなの天気予報並に当てにならない!! ほれ、さっさと交戦しねぇと、

 仕事に遅れるだろ!」

 呆れた声で言い返しながら、その発言の主は手に持っていた小口径自動小銃の安全装置を外して外に出ていく。




「あー、くそッ! 生き残っても遅刻したら上司の雷が落ちるじゃねえか!!」

 その横にいた男性も、愚痴をこぼしながらその後に続いた。

 いや、それだけではない。

 店内にいた従業員も客も手に持っていた銃器の安全装置を外して、外に飛び出していく。

 その流れる様な動きは、まるでアクション映画やテレビニュースで流れる軍隊を彷彿とさせる機敏な動きだ。

「射撃場コーナー」からも、十数名の客が飛び出してきて、銃器の安全装置を

 外し、外に飛び出していく。




 そして続けざまに外から飛び込んでくる発砲音。

 しかもそれは一つ二つだけではなく、数十丁以上の発砲音だ。

 彼は突然の恐怖にさらされ、ただ呆然と立ち竦むことしか出来なかった。

 その発砲音に混じって、怒声と絶叫、そして聞いたこともない奇声も響いて

くる。




「(いったい・・・何が・・・)」

 彼は本能的に屈みこみながら、恐る恐る外の様子を窺うことにした。

 コンビニのドアの隙間から顔を覗かせ、まず視界に飛び込んできたのは、彩服と戦闘用ヘルメットを着用した大勢の通行人の姿。

 彼等は鬼の様な形相で一定の方向に向けて銃の引き金を引いていた。

 どれもこれもモデルガンなどではなく、実際の鉛の弾丸を吐き出している。

 銃を向けて発砲している方向に視線を向けると、奇妙な集団が見えた。

 少なくとも、彼は見た事はなかった。

 あるとすれば、とある映画作品内で登場した架空の生物だ。

 大型宇宙船という閉鎖空間の中や宇宙海兵隊と死闘を繰り広げる、有名な

 宇宙生物に酷似していた。




 その奇妙な集団は、頭部は前後に細長い形状をしており、その上部は半透明のフードで覆われていた。

 貌にはそれと判るような形状の鼻や耳、目などは存在せず、姿形がどう見ても、SFホラーの金字塔として有名な宇宙生物にしか見えなかった。

 もし同じなら、口の中にインナーマウスと呼ばれる第二の顎を持ち、そのインナーマウスの口腔内部に納められた舌はカメレオンのように伸縮する能力を持っているはずだ……。




「( まさか、話に出てきた「鬼獣」っというのは……あれかっ!! アレなのかっ!?)」

 彼は、その生物の姿を確認して唖然とした。

 通行人達は、間違いなく身長200cmのその宇宙生物に良く似た物に向けて発砲している。

 そしてその宇宙生物によく似た生き物は、金切り声を発しながら凄まじい速さで向かってこちらに来ようとしていた。

 何匹かは銃弾を浴び、黄色い液体を撒き散らして耳障りな金切声を発して転げ

回る。




 だが、宇宙生物に良く似た物の攻撃を受けて傷を負い、激痛のため叫び声を上げている通行人の姿もあった。

 それらの通行人は、別の通行人達に何処かに運ばれていく。

「(何なんだよこれはっ!? 朝起きて目覚めたらそこは異世界でしたてきな、ネット小説は読んだことはあるが、朝起きて目覚めたら、そこは地球外生命体と戦争している世界でしたてきなネット小説・・・、そんなの見かけもしない分類だぞ!?)」

 彼は、これが夢なら早く覚めてくれっと祈った。




 その時、眼の前の駐車場に停まっていた戦闘用装甲車にいた男性客と目が合う。

「おいっ、そこのあんたっ!!」

 声をかけてきたのは、先ほど銃器について文句を言っていた男性客の1人だった。

「ちょっと援護してくれっ!! 向こうに負傷して動けないのがいるんだっ!!」

 彼は愕然とした。

「ちょっと、ちょっと待ってください!? 援護って!?」

 まだ状況に混乱しているのに、そんな事を言われても出来るはずが無い。




「銃を携帯しているだろ!?それで援護してくれって言っているんだっ!!」

 男性客が大声で告げる。

「そんなの携帯を――――」

 彼は、その要求に驚愕しながら応える。

「援護を頼むぞっ!!」

 そう告げてくると、その男性客は、彼の返答を待たずに飛び出して行った。




「(俺はどうしたらいいんだ?銃なんて触った事もないぞ……。 第一この世界は一体何と闘っているんだ?)」

 彼は、これが夢なら早く覚めてほしいと本気で神に祈った。

 しかし、祈った所で何も奇跡は起こらなかった。

「(――ここにいたら死ぬ!)」

 そんな理屈の伴わない予感に襲われ、彼は急いでコンビニから離れようとした。

 そしてその不吉な予感を裏付けるかのように、四十メートルほど向こうから複数の殺気だった集団が近づいてくる。




 巻き上がる埃の向こうに見え隠れする人々のその数、およそ100を超える

 ほど。

 見れば、老人もいれば小学生の子供まで含まれている。

 全員が使い古されて色あせた迷彩服に身を包み、薄汚れたヘルメットを被り、

 それぞれの手には重火器が握られていた。

 そしてその全員が、まるで軍人でもあるかのように鍛え上げられた体つきをつている。

 ――カチッ。

 誰かが銃の安全装置を外す音が響き、まるでそれが指揮者の合図であったかのように、カチャカチャと不吉な音が唱和を奏でる。

 そして誰もが人である事を忘れたかのような凄まじい表情を浮かべながらも、プラスチックのパーツが揺れる乾いた音を立てながら、まるで全員が一つの生き物であるかのような動きで、「鬼獣」に銃口を向けた。




「ひっ!」

 次の展開を予想し、彼は両手で耳を押さえ、目を閉じたまましゃがみこむ。

 音が衝撃となって手の甲を叩き、雷鳴の様な音は耳を塞ぐ指を伝って奥の鼓膜を叩いた。

 激しく呼吸を繰り返す鼻と口の中に嫌らしい硝煙のにおいが絡みつき、目を開けば、飛んできた空薬莢が陽気なステップを地面に刻んで次々に転がってゆく――――――




 決意を振り絞って顔を上げると、奇声を上げながら突撃する「鬼獣」の群れは、頭や胸を撃ち抜かれ、緑色の液体を撒き散らし、ゴミのように路面に転がっていた。

 だが、いくら倒したところで「鬼獣」の群れは、その死体の山の後ろから際限なくやってくる。

 いったい何処からこれだけの数が沸いてくるのだろうか、いや、 というより、

 この世界には軍人しかいないのだろうか?




 視界を火線が横切ったので驚いて彼が振り返れば、コンビニ周辺のマンションのベランダやビルの窓から、狙撃銃を向けている住民の姿が見え隠れしている。

 なかにはマンションやビルからロープを垂らして懸垂下降を行っている住民の姿もあった。

 さらに、遥か彼方からは戦闘用装甲車も続々と姿を現しつつある。

 特に、ロープを垂らして懸垂下降を行っている住民は手慣れた動きだ。




「日本にようこそっ!!これがおもてなしだぜ!!」

「これだから「鬼獣」警報は当てにならねぇっ!!」

 フェイスペインティングを施した通行人が自動小銃の引き金を絞りながら吼え、戦闘用装甲車から飛び出した通行人が自動拳銃を取り出して罵る。

 その光景は、彼には理解できなかった。

「(なんだ、この修羅場は? どうしてこんなバケモノと普通に戦って

 いる?)」

 なによりもっと理解できないのは戦闘に参加している人々が、あまりにも手馴れていることだ。

 統制のとれた射撃といい、無駄の無い弾倉の入れ替えといい――――一つ一つの動作が、テレビニュースや映画でよく見る軍隊や特殊部隊とほとんど変わらない。

「( いや、そんな事は後で考えよう。)」

 彼は一刻も早くこの場から立ち去ることにした。

 



だが、さすがにバケモノの群れを突っ切るわけには行ない。

 気は進まないものの、彼は迷彩服着用の武装集団方向に向かって走りはじめた。

 ――――彼がそちらの方向に向かったのは、この街の駅前広場があるからだ。

 彼とすれ違った通行人の何人かは、彼の服装に幾分怪訝な表情を浮かべたが、誰も呼び止める事はせずに戦場へと向かう。




 戦場から離れると、やがて銃声の音は小さくなっていった。

 ただ、その代りに迷彩服を着込んだ通行人の姿が多くなっていく。

 男性、女性、子供、年寄……全員が迷彩服に銃器で武装という軍人のような

 格好だ。

 ただ、携帯電話を使いながら職場などに連絡をいれている姿がシュールすぎて見ているだけで建ちの悪い悪夢を見ているような気分になる。

「(何がどうなっているのかわからん)」

 彼は、いったいどんな世界に転生(?)したのか理解出来ず、半端自棄になり

 つつあった。

 まぁ、無理も無いだろう。




 コンビニ前の道路に沿ってしばらく走ると、この街の駅前広場に辿り着いた。

 バスターミナル、タクシーのりば、駐輪場などがある風景は変わらない。

 だが、駅の改札口や停車したバスから降り立つ人々に彼の様な服装している人は誰もいなかった。

 特に駅の改札口に視線を向ければ朝の通勤ラッシュの如く混雑しており、全ての人々がコンビニの方向へと疾走していく。

 ただ、その走る速さはキチガイじみていた。

 



その速さは、彼の元の世界の陸上競技の世界記録保持者を彷彿とさせる。

 彼の脳裏に昔聞いた何かのキャッチフレーズが木霊する。

 『狭い日本、そんなに急いで何処に行く?』

 耳を澄ませば、彼等の目指すコンビニの方向からは、まだ断続的に銃声が響いていた。

 やがて彼は、広場の方で何やら人だかりが出来ていることに気づいた。




「(露店なんて、出ていたっけ?)」

 見れば、縁日や祭りのときに並んでいそうな屋台で一人の男が何かを売っている。

「(何を売っているんだろう?)」

 思わず好奇心が疼いた彼は、先ほどまでの恐怖をもわすれ、人垣の間にそっと頭を突っ込んだ。

 だが、その露店主の服装を見た彼は、思わず反応に困ってしまった。

 肉体労働者を髣髴させる鍛えられた体躯も、この世界では珍しくないだろう。

 だが、上は麦わら帽子に派手なアロハシャツ、下は短ズボンに下駄という格好で、周囲の客が迷彩服ばかりなだけになおさら違和感を感じてしまう。

 



そして人相隠すかのように黒いサングラスをかけ、口髭を生やしていた姿は、

 どこからどう見ても胡散臭い。

 しかもなぜか右手にちくわを持ち、接客中にも関らずそれをチマチマと咀嚼している。

「(――なんだ、この男。)」

 彼はそう思った。

 しかし、この胡散臭い露店主とこれから長い付き合いになる事をこの時点では気付くはずもなかった。




「尚文のおっちゃん!、ワルサ―は無いの!?」

 大学生らしき男性が切羽詰まった表情を浮かべながら尋ねていた。

 だが、尚文と言われた露店の店主は、頸を横に振っている。

「その商品は入荷待ち、代わりにM240機関銃や、イングラムM10なら予備弾倉もおまけで安くしておく」

 露店商は掠れた声で男性に応える。

「……値段は?」

「今なら、85円」

 その顔に、大学生らしき男性が思わず噛み付いた。

「高ぇよ! コンビニやデパートなら高くても40円だぞっ」

「俺のは仕入れ先が特別ルートだ。85円で販売するのがギリギリだ」

 尚文と言われた露店商は、話にならないとばかりにヒラヒラと手を振ると、

逆の手で口にちくわを突っ込む。

 さらに大学生らしき男性が歯ぎしりをしながら何か言おうとしたが、そこに別の通行人が口を挟んできた。

 見てみた感じは、小学生低学年の男の子。

 もちろん、迷彩服とヘルメットは被っている。




「尚文のおじちゃん、SAR21はありませんか?」

「あるよ、金額は45円だ」

 アロハ姿の怪しい露店商は口元に笑みを浮かべ、小学生低学年の男の子は財布から小銭を取り出して店主に手渡す。

 代金を受け取ると、店主は隣にいた人物に短く指示を出した。

 その人物もまた、妙な服装をしている。

 狐面に白装束なんて、コスプレ大会でもなければ、お目にかかることは無いだろう。




「狐面のお姉ちゃんありがとー」

 その摩訶不思議な服装をした奇妙な人物が、男の子に銃を手渡すと、彼は嬉しそうな表情を浮かべながらお礼を告げた。

 よく見れば、他の客もその服装に何も疑問を感じていない様だった。

 男の子の発言からすると、どうやらその奇妙な人物は女性らしい。

 胸に、ネームワッペンがつけており、そこに「ヨクイ」と書かれている。

 小学低学年の男の子は、頭を軽く下げると、「鬼獣」と交戦が行われているコンビニの方角へ走っていった。




「小学生が素直に購入したが、お前さんはどうする?」

 露店の店主は、歯ぎしりをしている大学生らしき男性に尋ねた。

 口元はにやにやしている。

「畜生っ、買うよ、買いますよ!! イングラムM10を購入しますよっ、

 おっちゃんには参ったよ……でも、その尚文真一郎って偽名はまずくない?」

 大学生らしき男性は、自棄じみた声で応えながら、財布を取り出す。

「その素直さに免じて手榴弾もつけてやるが、偽名ではないからな。

 ――――はいはい、次のお客は?」




「(いったい何者だろうか?)」

 彼等をしげしげと観察すると、露店商の後ろや付近に「AKシリーズ」、「榴弾砲」、「対戦車・対人地雷」、「C-4」などと書かれた紙が貼りつけられ木箱が積みあがっているのが嫌でも目に付く。

 しかもそこには、15円から180円と値段が表示されていた。

 もしもそのラベルの中身が自分の知っている商品だったとしたら――――

 彼はそんな事を想像し、思わず絶句した。

 なぜならそれは、こんな場所に凄まじい量の弾薬類が置かれているという

事だからだ。

 そんな物騒なものを扱っているからだろうか、箱の周りには右腕に白い腕章を付けた屈強な迷彩服たちが目を光らせている。

 右腕に白い腕章には、「尚文露店商」と書かれていた。




「(ここは・・・俺の知っている様な世界とは違う・・・違いすぎる)」

 彼はよろめきながら露店から離れて、近くにあったベンチに腰を下ろす。

 ぼんやりと辺りを見渡すと、駅改札口からは次々と迷彩服を着込んだ軍人モドキな人々が吐き出されていた。

 その中で、何か言い合っている二人組がいる。

 よほど興奮しているのだろう……その言い合いはベンチに座っている彼の所まで聞こえてきた。




「畜生っ、何が今日は19地区で「鬼獣」の大規模交戦が発生する可能性があるだっ!! 18地区の間違いじゃないかよっ」

 自動小銃に弾倉を装填した男性がぼやく様に告げる。

「これで、もし大規模攻勢まで発展したらバーゲンセールがあるからいいんじゃね?」

 その隣にいた男性が、何かにやつきながら軍用狙撃銃を点検して応えた。

 だが、それはどうやら失言だったらしい。

 その言葉が耳に届いた他の通行人達が銃器の点検を一瞬で止めて、その発言の主に視線を向ける。

 その表情は、全員が信じられない表情を浮かべていた。




「お……お前は馬鹿かッ!? そんなことを大声で言うなよっ!!」

 自動小銃に弾倉を装填した男性が、辺りに視線を向けながら怒鳴りつける。

「何でだよ、大規模攻勢が発生したら全ての店で値引き半額の超特大バーゲンセールがあるじゃねぇか、お前の持っているその銃器だって、バーゲンセールになったら2円だぜ、2円」

 軍用狙撃銃を点検していた男は、なぜ怒鳴られなくてはならないのか理解できないようだ。




「だから縁起でもないことを大声で言うなって言ってるのがわかないのか、 

 お前はっ!!」

 自動小銃に弾倉を装填した男性は、周りの視線が厳しくなってきている事に気づいているのだろう。

 その声に焦りが混じる。

「何処か縁起でもないんだ?、無茶苦茶嬉しい事だろ?」

 軍用狙撃銃を点検していた男性が、怪訝な表情を浮かべて尋ねる。

「あのな……お前は新聞とか読んでないのかよ?

 もしもだ。 「鬼獣」との大規模攻勢が発生したら、最後の切り札として日本全国都道府県に配備されている戦術核が使われるだろうがっ!!」

 自動小銃に弾倉を装填した男性が、何かとんでもない事を告げた。

「いいじゃないか、買える武器も安くなれば、戦況も動く、戦況も動けば経済も

 動く、経済も動けば・・・露天商儲かるだけか。というわけで、この戦闘終わったら、飯食いに行かね?」

 軍用狙撃銃を点検していた男性が、話題を変えるように尋ねる。




「お前は俺が、今、説明した話を聞いて何も思わなかったのか?」

 自動小銃に弾倉を装填した男性が、何とも言えない表情を浮かべながら応えた。

「腹減ったし、銃の手入れしなきゃならんし、今日発売の特典付きのエロゲーを買いに行かなきゃならないことを思いだしたから、話の途中から聞いてもいないぞ。

 で、どうする? あ、それと、俺はこれでも学生時に海兵隊訓練成績でトップ取った事あるし、週末の地区射撃訓練でも上位を維持しているんだ。馬鹿じゃこんな芸道は出来ないぞ」

 軍用狙撃銃を点検していた男性がしれっと告げた。




 彼はその2人組の会話を聞いて、何がとんでもない事が混じっている事に

気付いた。

「とんでもない事」について考えようとした時、上空から爆音が聞こえてきた。

 彼は、意識を一旦上空に向けると、視線の先には大型ヘリ三十機が見事な編隊を組んで飛翔していたのが見えた。

 その大型ヘリは、彼もたまにテレビニュースや映画などで見たことがあったが、種類と名前までは知らない。




 そのヘリの編隊を茫然と観ているのは、彼を含めれば数えるほどだけで、後は銃器の点検などで気にした様子はほとんどない。

 その見上げている数少ない側中で、さらにベンチに座っている彼の近くにいた

 ある 三人組の会話が、彼の耳に聞こえてきた。

「あれ、自衛隊のCH-47J? やけに数が多いな。後退か、それとも現場急行しているのかな」

 三人組の通行人の1人が怪訝な声で呟く。

「……自衛隊って、いつの時代の表現だ。警察予備隊って言えよ、警察予備隊って」

 自動拳銃に弾倉を装填していた男性が、若干呆れた表情を浮かべながら先の発言を鼻で笑った。




「おい、二人とも呼称が「ファーストコンタクト」前だ。特に警察予備隊っていつの時代だ?

 今は、日本国防軍だろう?」

 甘さ控えめの缶コーヒーを飲んでいた男性が若干呆れた声をあげる。

「所で、あのヘリは後退したというのを前提に行動するとなると、まずい事になりそうだね バーゲンセールにならなきゃいいけど」

 そう呟いた男性もそれ以後は口を閉ざし、やがてコンビニの方向へと

走り去った。

 ベンチに腰を下ろしながら、偶然聞こえてきた三人の会話と先ほどの二人組の会話について、彼は考えた。

 その五人の会話で、この世界がどの様な状況であるのか、少しは理解出来た。

 ――――――――この世界は、彼が想像している以上にヤバい世界の様だった。




「おい、これはまずいぞっ!!」

 その時、右耳にピアスを付けた通行人が狼狽えた声で叫ぶ様に告げる。

「(今度は何だ!?)」

 彼は、付近を見渡しながら立ち上がった。

 その通行人は、細長い筒状の様な物――――、彼からすれば映画やゲームなどでしか見た事のない携帯対戦車擲弾発射器を右肩から担いでいた。

 その他の通行人達も警戒をはじめる。




「(いったい何が――――)」

 彼が疑問に思おうとした時、嵐の前に鼻をつくすオゾンの臭いと、空気が電荷を帯びているような感触を感じた。

 彼がオゾンの臭いに疑問を感じた時、周囲の空間が震動し、ちりちりと焦げるような電流が空間一帯に広がった。

 その場にいた彼以外全員が、それぞれ持っている銃器の安全装置を外した。

 その全員が一定の方向に銃口を向けている。

 その先には、大型の荷物などが搬入出来そうな穴を結像させていた。

 その穴は、結像させるまで一瞬の時間もかかっていない。

 そして、穴から背中に鳥類に類似した翼を生やした得体の知れないものが

 出現した。

 身体中を蒼く照り返す鋼鉄のような皮膚に覆われている。




 3メートルを超える巨体が、天を突き破らんとばかりにそびえ、頭部より奇怪に捻れた

 巨大な二本の角が生え、その角から凄絶なる暴力の気を発している。

 禍々しい翼が、よりその巨体をさらに大きく見せて、付近一帯を得体の知れない重圧が圧し掛かる。

 その存在から放たれる気配は悪意そのもので、暴力と恐怖しか持ち合わせのない

 ただの殺戮のための姿がそこに存在していた。

「(こ・・・こんな化け物もいるのかよ・・・)」

 彼はその姿を見て、地面に腰を落とす(のちに、この「鬼獣」の呼称を

「 デバステーター」・・・・日本国内名称「蹂躙するもの」と教わる)




 ――――――その時、未知の巨体に向けて黒い塊がシュルシュルと不気味な音をたてながら加速していった。

 黒い塊が未知の巨体の身体に食い込み、爆発音を轟かせる。

「ひゃっはーっ!!、ざまぁみろっ!!」

 右耳にピアスを付け携帯対戦車擲弾発射器を担いだ通行人が、拳を大きく上げて雄叫びを上げる。

 その通行人が、未知の巨体に撃ち込んだ様だった。

 同じように、携帯対戦車擲弾発射器を担いだ6人の通行人が引き鉄を絞った。

 6本の筒が連続して火を噴いた。




 6つの砲弾が、苦痛に苛まれるように奇声を発している未知の巨体の身体に食い込んだ。

 凄まじい轟音が耳孔を揺るがせ、爆風が起こる。

 その光景を見た他の通行人の何人かは雄叫びを上げ、携帯対戦車擲弾発射器を発射した6人の通行人は、ハイタッチをして喜ぶ。

 ――――――しかし、その喜びも束の間、空間の穴から同じような未知の巨体が、一匹、二匹と、次々と姿を現し始める。

 地獄の底から聴こえてくるような断末魔を発しながら、のたうち廻っている

「鬼獣」を踏み潰す。

 そして、その巨体に混じって先ほどコンビニで見た「鬼獣」生物も這い

出てくる。

 ―――――彼が初めてコンビニで見たその「鬼獣」も、甲高い奇声を発しっている。




 銃器で武装している通行人達は、その生物の群れに臆する事もなく銃の引き鉄を絞り、銃弾を浴びせる。

 コンビニで経験した様な雷鳴の様な銃撃が響き、硝煙が霧の如く辺りに立ち

 込める。

 駅改札口から次々と吐き出された人々は、それぞれ二手に分かれた。

 一方はコンビニ方向へ、一方は彼のいる広場へと駆けつける。

「鬼獣との戦闘は最高だぜ、馬鹿野郎っ!!」

 頭を剃り上げた通行人が、鬼の様な形相で短機関銃の引き金を絞りながら吼える様に叫ぶ。




 巨体と鬼獣の群れに無数の銃弾が浴びせられ、雷鳴の様な銃撃が響き硝煙が霧の如く辺りに立ち込め、無数の空薬莢が路面で踊る。

 彼はベンチの後ろに隠れながら、ヘビに睨まれたカエルのように動けないでいた。

「(――――戦争じゃないか・・・)」

 テレビニュースや映画などでしか見た事のない状況が付近で行われていた

光景に、彼はただ戦慄した。




 その時、右肩をポンポンと叩かれたので、彼はゆっくりと振り返った。

 そこには、派手なアロハシャツを着込んだ露店主がちくわを咀嚼しながら

 立っていた。

「兄ちゃん、見た所銃不携帯っぽいな」

 その露店主は口元に笑みを浮かべながら尋ねてくる。

 蒼白になりながら、彼は露店主を見る。

「不携帯なら、格安で売るがどうだ? そうだなぁ……15円でどうだ? 

 イイのが揃ってるが」

 先ほどの客よりも格段に安い値段を言ってくる露店主だが、この修羅場な状況でも異常なほど落ち着いている。




「こ……これで買います……」

 彼は、恐怖に青ざめ手を震えさせながら財布を取り出した。

 財布から取りだしたのは5千円札である。

「……兄ちゃん、面白いな。あれか、5000円分の銃と弾薬となれば、一つの国と戦争が 出来るぞ。それだと俺の店はしばらく休業だな。

 それとも、F-4 ファントム II、F-14 トムキャット、AV-8B 

 ハリアー、 F-22 ラプターなどの戦闘機か? 用意するのに時間がか

 かるなぁ」

 尚文真一郎という名の露店主は、笑い声を上げながらそう告げてくる。

 5000円で国と戦争が出来る銃と弾薬の量は、いったいどんだけなのだろうかと彼は思った。

 そして、露店に積まれている木箱の量を思い出して鳥肌が立った。

 彼が何かを言おうとしたとき――――。




「ここにいたかっ、尚文のオヤジさんっ」

 薄汚れた迷彩服を着込み、茶髪の男性が露店主に話しかけてきた。

 その眼は血走っている。

「いらっしゃい」

 露店主が応える。

「尚文のオヤジさんっ、アンタたしかここの戦区長でもあったよな!!

 大至急、18地区防衛方面隊本部に対して地対地ミサイルでもなんでもいいから支援要請を出してくれっ! こっちから連絡いれても対応に追われているらしく要求を受け入れないんだっ」

 何処か切羽詰まった声で告げてくる。




「――――少し落ち着け。状況は?」

 尚文露店主は、ちくわを咀嚼しながら尋ねる。

「コンビニより向こう側、河川敷側の連中から連絡が取れない」

 茶髪の男性が血を吐くように応える。

「若いの、悪いが要請は出来ないな」

 尚文露店主は、しばらく考えてから告げる。

「オヤジさんっ!?」

 茶髪の男性が苛ついた声で応える。

「防衛方面隊本部に要請出しても、この状況で対応してくれると思うか?――――――――

 それなら、俺が直接出向いて商品を売りさばいた方が幾度かいいだろ?」

 尚文露店主は、にやりと笑みを浮かべながら告げる。




「……そうか」

 それを聞いた茶髪の男性は、予想していた事と違ったのか、「パンドラの箱」を

 開けてしまった様な表情を浮かべた。

「それに、要請して戦術核兵器でも使われたら、しばらく商売ができんしな」

 尚文露店主は、茶髪の男性を見ながら告げる。




「い……いや、オヤジさんっ、オヤジさんは要請だけしてくれればいいんだっ!!」

 茶髪の男性は、尋常ではない態度でそう応える。

「俺は、あの「鬼獣」どもが好き勝手に暴れるのには癪に障るんだ。

 戦術核を使われるのは嫌だが、それを売るのと使わせるのは別に構わない。

 若いの安心しろ すぐに河川敷まで弾薬類を届けてやる。

「武器」を売れば、「戦況」も動く、「戦況」が動けば経済も動く。

「経済」が動けば国も動く、「国」が動けば世界が廻る――――「ロテンショウミクス」とやらを実施してやるよ。

 それと、そこの兄ちゃん、どんな銃器にする? 五千円分の弾薬も銃器も、この

 騒ぎだ。 その分を取り揃えるのは難しいが」

 尚文露店主と茶髪の男性のやりとりを見て呆然としていたが、尚文露店主の言葉に我に返る。

 なお、その茶髪の男性はどういう訳か、真っ白になった様に呆然としている。

「こ・・これでお願いします・・・」

 震える手で、財布から五十円玉を取り出しながら応える。




「それならバレットM82A1が在庫があるが、それでどうだ?――――、しかし兄ちゃんは

 変わった服装してるなぁ。まるで「ファーストコンタクト」前の様な恰好じゃないか」

 尚文露店主が珍しそうに彼の服装を見てくる。

「(そっちも、かなり変わった服装の気がする・・・)」

 彼は、そう思ったが口には出さなかった。




 ――――この日発生した鬼獣との交戦は、「ファーストコンタクト」以降日本国内で発生した7つの大規模交戦を遥かに超える戦闘が発生する事になる。

 また、この近隣の住民が予想すらしなかった五日間の大規模市街戦まで激化するとは誰も理解も予想もしていなかった。

 この熾烈な五日間の攻防は、後々まで「鬼獣の饗宴」と呼称されることになり、

 最終的には日本国防軍並び、中東、欧州、アラスカ、南米、米国西海岸の海外鬼獣激戦区に派遣され、ようやく日本国内に帰還を果たしていた日本決死隊を緊急投入して終結する事になる。




 五日間の「鬼獣の饗宴」中、恐らく一番不幸だったのは彼かもしれない。

 五日間の中で、もっとも激烈を極めた「河川敷攻防戦」並び、巨大鬼獣により、撃墜された4機のMH-60 ブラックホーク救出地点の最大激戦地「4丁目の闘い」に彼は参戦させられたからだ。

 この世界の住民ではない彼が、なぜこの2つに参加した理由は、この尚文露店主に雇用されたためである。

 尚文露店主がなぜ彼を雇用したのかは不明だが、彼は精鋭の集まりの日本国防軍と命知らずの日本決死隊、そして尚文露店主と共に否応なしに関わっていく。

 ――――「鬼獣の饗宴」終結以降、まもなくして「ファーストコンタクト」前の服装のまま、 彼が露店で忙しそうに手伝いをしている姿を目撃される事になる。

 そして、彼は雇用された時点で、まさか胃薬が常時必要になるとは、思ってもいなかった



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