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爽やかな風

 少し小部屋になっている掘りコタツの部屋に、先程まで来てくれていた店員ではない声が聞こえて、ほろ酔いながらに忘れ物チェックをしていた意識を部屋の入口に向けた。

 「飲み放題満喫してんなー。」

 そう言いながら片手にお盆を持ち、遠慮など感じさせない足取りでズカズカと入ってくる彼を思い出そうと頭を働かせる前に心が締め付けられた。それと同時にどうでもいいことが頭を埋め尽くす。

 こういうとき・・・なんていうんだったっけ・・。


【ウソから出た誠・・】  違う。  【飛んで火にいる夏の虫・・】  違う。

 

 「噂をすれば影が差す・・・だ。」

 ひらめいた!と言わんばかりの声をあげると、向かいに座っていた藤井がふっと噴出した。

 「まさか曄の酔ってる姿を拝める日がくるなんてね。よーく見てみ?」

 先程まで呂律が怪しかった藤井に言われ、失礼なと睨みをきかせた。その睨みをも藤井は笑顔でかわすと顎で入口の方にいる彼を指した。

 「なに?坂木って酒強いの?可愛げねーな。」

 そう言って憎まれ口をたたくのは例の彼と変わらないはずだが、記憶の中の彼と若干・・本当に微妙に何かが違う。いつもなら高速処理できる思考回路も、変な話をつまみにしていたからか処理に時間がかかりなかなか次の思考へとたどり着けない。そんな坂木を後目に藤井は目の前の彼と親しそうに話し出した。

 「俺・・坂木になんかしたっけ・・・。」

 無意識にじーっと見つめている坂木は半分酔いが回っていて目が据わっている為、入口の彼は居た堪れないほど睨まれている状況で、だんだんと眉が下がり困り顔になり始めた。いい加減彼を助けようと藤井が声をかけようとした瞬間・・・

 「そ・・ら・・空斗そらと君だ。早紀この人噂のあいつじゃない。空斗君の方だよ。」

 どおりでなんか違うと思ったー。と一人納得して今さっき持って来てもらったラストオーダーのアルコールに手を付け、ご機嫌に飲み始めた。

 「ふはっ。今かよ。気づくの遅いよ。ってか一瞬で見抜けないとか坂木も歳取ったんだな。」

 睨みから解放された空斗と呼ばれた彼は、仕返しとばかりに憎まれ口を叩いた。

 「昔だったら声聞く前から気づいてるはずだもんねー。」

 先程の気まずい雰囲気は一瞬にして消え去り藤井と空斗は思い出話に浸り始めた。

 「なんか違うってのはわかってたもん。」

 二人の会話に拗ねたように反論すると、上機嫌に持っていたグラスをそっと戻し、一人思い出にふけるように空斗の顔を見ながら、もう何年も思い出さないようにしていた彼の顔を必死で思い出そうとした。夢にでてきては感じていた彼の雰囲気。アルバムを開いてこんな顔だったなーと懐かしむことはこの数年で数えるほどもなかった。初めて見た時こそ、今以上に全く同じに見えた二人を数ヶ月で足音だけでも見分けられるようになっていたことを、昨日のことのように思い出し急に涙がこぼれた。

 滅多に人前では涙を流さない坂木の涙に、藤井は慌てて謝っていたが坂木はただ首を横に振るばかり。声を出そうとすれば嗚咽が出てしまいそうで、ただ声を殺して涙を流すことしか今の自分の心を表現する術がなかった。その時・・・懐かしい柔軟剤と、あいつの髪からよく香っていた整髪剤の香りがそっと・・でもしっかり坂木を包み込んだ。




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