込み上げる想い
「だいたいさー・・5年忘れないってどうよ。」
目の前にいる藤井はすっかり酔っている。翌日が休みという解放感と、上司の都合によって半ば強制的に押し付けられた莫大な量のデータ処理を、予定を繰り下げてなんとか終わらせてきた後だったという苛立ちが、普段のペース配分を狂わせたのだろう。
「そうねー。自分でもバカだと思うわ。」
普段からどちらかというと強い方に入る私は、藤井の酔い具合を楽しみながら酔っぱらいの戯言として数々の言葉を受け流していた。社会人5年目になると色々受け流す能力が備わるようで、特に滅多に酔うことのない私にすれば、酔っぱらいが次の日忘れるような戯言を受け流すことくらい容易なのだ。それに明日には忘れられるであろう戯言でダメージを食らうほど馬鹿なことはないだろう。
「言うほどそんなにいい男だった?」
「早紀飲みすぎー」
都合の悪いことは流す。酔っぱらいは流されたことも覚えてないんだから・・。
「5年も忘れないくらいの価値ある男だったとは思えないけどなー」
前言撤回。流されたことを覚えてないんじゃなくて、流されてることに気づいていないが正解だったらしい。
「多分・・今まで出会った中でそれなりに最低の部類に入る男だと思うよ。」
流されてるって気づかないんなら、なにを言っても明日には記憶に残っていないだろう。意を決して普段は言えない愚痴をこぼすことにした。
「でも・・・終わりは最低だったけど、始まりとその間は最高だったから。」
「だけど・・・」
「あっという間の5年だったけど、その5年の思い出よりあいつといた時間の方が遥かに長くて、あいつといた時間が私の生きてる全てだったって気がする。」
最初の主導権は逆転し、藤井の言葉を遮ってまで私はひたすら口を動かし続けた。
「なんとなく・・なんとなくね。あの時のあいつの選択も、言い分も、今なら少しわかる気がするんだよね。んであの頃の私ってつまんない奴で、捨てられても当然だったなぁって思ったり・・・するんだ。」
急にあの頃の自分が目の前にいるような錯覚に陥って、まだ二口程しか飲んでいなかったグラスを勢いよく傾け飲み干した。そんな私をちらっと見て目の前にあるグラスに視線を移すと、中に浮かぶ氷をカランカランと鳴らしながらしばらく考え込んだ後、ちょっと厳しいこと言うねと前置きを入れて藤井が話し出した。
「あの時のあの男の考えはさ私にはわかんないけど・・少なくとも曄がつまんないやつだったからとか、捨てられても当然のやつだったなんてことは絶対にないよ。確かに周りより少し真面目でどっちかというとあいつは不良側、曄は優等生側って感じだったけど・・。でもそんなの告白する前からわかってることじゃん。告白してきて、やっぱりそれが嫌でしたなんて理由で振ったんだったらそれこそあいつが最低野郎じゃん。曄は好きだったから・・今も好きだからあいつを悪く思いたくも言いたくもないのかもしれないけど・・私はそんな曄がずっと好きで一緒にいるんだから、例え曄でも曄の悪口言ったらゆるさないよ。」
泣きそうな・・でも凛とした藤井らしい言葉で、声で叱咤激励された気がした。思わず泣きそうになって奥歯を噛みしめた。ありがとうと言葉を出すには、まだ心が落ち着けなくて力いっぱい頷くことしかできなかった。
その後は、嫌な話で酔いが醒めたという藤井の自分勝手な言い分を坂木がはいはいと受け流し、飲み放題の元を取るべく二人で飲みまくった。そろそろ時間だと最後に頼んだラストオーダーの品を待ちながら荷物をまとめていたとき、想定外の懐かしい人の声が聞こえてきた。