スペースライターズ
「インスピレーションはどこから来るかって?」
小説同好会の部室。長机をはさんで意見を出しあいながら執筆してる最中、インスピレーションはどこから来るかという話になった。
待ってましたと言わんばかりにオカルトマニアの宙美は持論を展開した。
「宇宙よ。それはSpace、空白なの。無から来るのよ」
「じゃあ宇宙に祈ろ。宙美のバカが直りますように」
宙美は至って真面目に話したつもりだったが、不思議ちゃんで通ってる宙美の意見を真面目に聞く者はいなかった。
隣の席にいた文恵はよく宙美に絡んでは笑いの種にしていた。
「あ、今気づいたけど宙美、そのアホ毛はもしかして……」
「そう、宇宙からのメッセージをキャッチするためのアンテナだよ」
「アッハッハ!」
――普段、我々は日常の雑事や、周りの空気を読むのに忙しくて、神秘的な事柄に思いを巡らせる時間がない。
それでも眠りに入る際には誰もが毎日、神秘の世界に旅立っているはずなのだ。
宇宙の星雲の写真を見たことがあるだろうか。それは人間の脳の神経細胞の写真と酷似しているそうだ。
脳とは大宇宙に作られた最高傑作であり、我々はもっとその本源に思いを馳せるべきじゃないだろうか。
残念ながら、宙美がこういった知識や持論を思う存分展開できる場所はなかった。
この日はたまたま宇宙とコンタクトする話ができて、宙美は少し興奮していた。
彼女は寝ながらにして宇宙からインスピレーションを授かる方法を説き始めた。
「寝る時、どんな体勢で寝てる?」
「えーっと、だいたいは仰向けかな」
「人が仰向けになって寝ているのはね、宇宙に還りたいからなんだよ」
宙美は目を閉じて空想にふける。
しかし、少し唐突すぎたのか、文恵は怪訝な顔をした。
「じゃあ横向きは?」
「横向きにうずくまっている人は、母体に還りたいから」
「ふーん、じゃあうつ伏せは?」
うつ伏せ?そんな風に寝る人がいるの?というような顔を宙美はした。
「うつ伏せは……変な人!」
「変な人って……おいおい」
「多分どこか悪い人なんだよ。動物もよくうずくまってジッとしてるでしょ。っていうか前世が動物なの」
「一気に信ぴょう性が薄まったなー」
宙美は相手を納得させる為の理論を最後まで考えないので、いつも肝心な所で説明に躓くのだった。
会話はここで終わってしまい、今日も宙美は「ただの不思議ちゃん」というイメージを払拭する事ができなかった。
宙美はこれでも割り合いしっかりした人間である。毎日ジョギングをしており、よく食べ、よく遊び、よく寝る。
話すのだけが下手だったが、彼女自身それはどうでもいい事のように思っていた。それよりは、実際にどれだけ自分が宇宙とコンタクトして面白い小説を書くかの方が遥かに重要だと思っていたからだ。彼女が規則正しい生活をしているのは、良いインスピレーションが得られるように自分の肉体を清潔に保つ為だった。
日課のジョギングを終え、風呂に入った後、宙美の体はとてもリラックスしていた。宇宙と交信するには良い条件だ、と宙美は思った。
宙美はベッドに身を預け、仰向けになる。
足は腸骨の幅に開き、手も少し開いて、掌を上に向ける。これが宙美流の宇宙に身を委ねるポーズだ。
リラックスできてない部分はわざと力を入れてパっと抜く。そうすると体がベッドに沈みこんでいき、それと共に意識も深く沈静し、別の意識状態にシフトしていく。
宇宙と交信しようなどと力まず、ただ意識を宇宙に飛ばす。
そうすると……
……ペース……ターズ………類の理想……………
……れら…ペースライターズ………宇宙の誇り…………
我らスペースライターズ、文を聞き、文を匂い、文を味わい、文を感じる
我らスペースライターズ、文の為に森羅万象を享受する
我らスペースライターズ、Spaceあれば文章で埋め尽くす
我らスペースライターズ、努力の前に報いを求める事なし
我らスペースライターズ、奪うものなし。宇宙のOriginの前では全てがOriginal
我らスペースライターズ、言い争う事なし。不満は全て小説にする
我らスペースライターズ、一個の惑星我らの庭
「あーだりぃ。校訓なんて大嫌いだわ俺」
SWCS(Space Writers Cultivation School)の教室の中、授業が始まる前の時間に、アイザックがぼやきながら手を動かしていた。
その隣には幼馴染のイポーヌが座っており、アイザックの手さばきを眺めていた。
「何書いてるの?アイザック」
「さあ、知らない。In-Spiritならペンが勝手に動くんだよ。普通そうだろ?」
そう言ってアイザックは横長の白い机に容赦なく落書きしていた。この学校で使われているペンは後で簡単に消せるので、彼のやっていることは、むしろこの小説家養成学校では褒められるべき行為だった。
「まあね。でもIn-Spiritで書かない方が良いのができる時もあるよ」
「そうかぁ?文を直す時だけだろ。考えて書くとだるくて憂鬱になってくるよ」
アイザックは自分の書いたストーリーを読み、自分で笑い出した。
イポーヌはそれを、半分呆れたような笑顔で見ていた。
そんな彼らのやり取りを、部屋の隅にある録音機能付きの監視カメラが覗いていた。
監視室では男が二人、コーヒーを飲みながら話している。
「あいつら、校訓を何だと思っているんだ。これだから俗化するのは嫌なんだ」
「まあまあ、校訓なんてどこも嫌われるものですよ。それより彼らの成長ぶりを見ましょう。In-Spirationを引き出す技術がちゃんと備わっていれば、それでいいではありませんか」
「もしそうなら我々がとやかく言う必要はない。しかし子供のうちに躾けないと、大人になってほとんどの人間がLow-Spirits(気弱)になってしまうだろう」
彼らはスペースライターズの元一員であり、今は教師をしている。それでも小説を書く事はやめておらず、監視カメラから生徒を覗いては生の情報を得る事を怠っていなかった。
「それより書けそうですか。小説学校に通う小説好きの少年を書く小説は」
「そんなものはもうとっくに書いてる。それよりもこうやって監視カメラで覗く事の倫理の是非を揶揄する意見を隠喩で論破する小説を書くことのほうが楽しい」
男はそう言ってコーヒーを口に含んだ。
「相変わらずひねくれてますね」
「当たり前だ。これくらいしなくては、わざわざ学校を作った意味がない」
「まあ我々の利益の為に作ったようなもんですからね」
「人間とは、究極的に自分の為にしか生きられないのだよ」
二人の男はチャイムが鳴ったのを聞き、コーヒーを置いて授業に向かった。
「……きたきたきたーー!」
宙美は宇宙からの情報をキャッチして、幼い子供のようにベッドの上に素早く起き上がった。
「宇宙の小説学校で小説家を目指す少年少女を小説のネタにする小説集団の小説が浮かんできたー!
これで今度の学生短編賞はこっちのもんよー!」
宙美は学校では見せないハイテンションっぷりでベッドからジャンプをして机に向かった。
その日は徹夜をして「スペースライターズ」を書き続けた。たっぷり横になっていたせいか、まるで疲れを知らぬ素振りでペンを走らせた。
宙美が一秒の休みもなく書き続けたその線は宇宙にさえ届かんばかりだった。
間違いなく彼女も影響力のある宇宙の一部であり、未来の事を言えば、彼女もスペースライターズの一員になるのだが、現在の彼女がそれを知る必要はないだろう。