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ウミンチュ

作者: 有宮休一

 同じ学部の友人が、久しぶりに帰省するというので同行することにした。

友人と言っても、ちょくちょく話をしたりするといった程度であるが、彼のことをもっと知りたいと思ったことが一番の理由だ。

彼の名は海人かいとと言って、沖縄人でもないのにウミンチュと呼ばれていた。

 彼は、ホームステイのように近郊の農家に下宿していて、家賃や食事はただにしてもらう代わりに、それに見合った農業の手伝いをしていた。

学費はと言えば、人のいやがる仕事をみつけてきては上手にまかなっているようだった。

ここまでは、たま~にいる苦学生ということであるが、確か一年くらい前、学食で夕食を一緒にとったあとの雑談でのことであった。

全てのこの宇宙のものは自分のものだというのである。

「じゃあ、俺はどうなんだ?」と聞くと、それも同じだと平然と言う。

但し、そうは言ってもままにならないものだとも言っていた。

そこで「自分の意のままにならなかったら、自分のものではないのと同じではないか?」と言うと、「客観的に見ればどこからが自分だとも分からないし、主観的に見れば全部自分のものとも言える」といった具合で、その考え方が全く理解できず、次の言葉が出てこなかった。

とは言っても、彼は歩いていて現金が入った財布を彼が拾ったときなどは、近くの交番を捜してすぐに届けるなど、多くの人よりずっと品行方正と言える生活態度であった。

その時以来、この種の話はしたことがなかったが、あまりに常識外の観念だったので、ずっと胸の奥にひっかかっていたのである。


ウミンチュの実家は南の離島で、飛行機はなく大型の船で一日以上かかる。

島に降りると、秋だというのに真夏のような高い日差しがとても同じ国とは思えない。

ウミンチュは家への道すがら、家族のことを話してくれた。

それは、お婆さんが若かった時代は、果物など山のものを採ってきて、海のものと物々交換して生活していたが、だんだんと文明の波が押し寄せて、お爺さんが海で魚を取り始めて以来、親父さんも漁師をするようになった。

母親はウミンチュを産むと亡くなったので、お婆さんが育ててくれた。

そのお婆さんは海人という名前があるが、いつも坊と呼んで、しかもほとんど言葉というものを使わなかったので、小学校に行くようになって言葉を覚えるのに苦労した。

そのお婆さんも高校生になると亡くなって、今では家に親父さんが一人でいるということであった。

なだらかに続く登り坂を20分程度歩くと、集落のはずれにウミンチュの家はあった。

家はこじんまりとした南国地方の平屋で、横には畑があるものの、周りはガジュマルなどの樹木でひっそりと囲まれており、おとぎ話の挿絵にでも載っていそうな雰囲気である。


 親父さんは夕方にならないと戻らないので、それまでに山の頂上まで登ってみることになった。

観光客のために整備された登山道が一本あるが、途中にはけもの道が何本も枝分かれしたようにあって、

ウミンチュはそれらの全てを憶えていて、こっちにいくと美味しいパパイヤがあるとか、こっちにはパッションフルーツがあるとかよく知っていた。

もし一人でここに紛れ込んだら簡単に元の道に戻ることはできない感じでジャングルといってよいところである。

山の頂上までは、寄道を何度かしたものの割と早くたどり着くことが出来た。

そこからは近くに浮かぶ島以外は、水平線まで見渡す限りの真っ青な海が広がっており、ところどころに漁船が白い航跡を描いているだけであった。


 家に戻るとしばらくして親父さんが、大きい魚をかついで帰ってきた。

親父さんは人が良さそうな寡黙な感じで、ウミンチュが決まった就職先について話すと、うんうんと頷ずいてただ飄々と聞いていた。

 寝る前に外に出て、真っ暗な玄関先から見上げる夜空には、いままで見たこともない大きな星々が今にもこぼれ落ちるように輝いていた。


翌朝起きると、親父さんはもう既に漁に出かけていて、ウミンチュといっしょに磯釣りに出かけることにした。

ジャングルの中を30分くらい歩くと島の南側の岩場に出て、もう既に他の釣り客が4人来ていた。

見た感じからすると、会社員の釣り仲間が連休を取って来ているという雰囲気であった。

その岩場は一般的に知られたところではないらしく、一部の地元民しか知らないところなので、民宿にでも聞いて来たのだろうとウミンチュは言った。

岩場は波打ち際まで降りれるが切り立っていて平坦な場所は限られ、水深は急激に深くなっていた。

風もなく波はおだやかで、眼前にはゆったりとした透明感のあるコバルト色の潮の流れがあるだけだ。

いままで船釣りはしたことがあったが、磯釣りはしたことがなかったので、道具や仕掛けなどは全てウミンチュが用意してくれて、ただ餌をつけて指示通りのところへ投げるだけであったが、3投目に強烈な引きがあった。

糸がギュンギュンと出て行って、やっとのことで仕留めたのは1mオーバーのヒラマサであった。


 その時である、隣の岩場にいた一人が、気が付くと海に落ちてもがいていて、ライフジャケットは付けているものの岸になかなか寄らない。

ウミンチュは用意して来たロープを岩にくくり付けて輪っかにした片方を投げたが少し離れたところに落ちて、これまたそこまで手が届かない。

その時、三角の背びれが沖の方から近づくのが波間に見えると、ウミンチュもいち早くそれに気づいていたと見えてその時にはすでに下着一枚になって飛び込んでいた。

そして、あっと言う間に輪っかにたどり着くと、それを持ってライフジャケットの男のところまで泳いで体にかけた。

そして、岩場にいる皆でロープを引き始めたときである、あっという間にウミンチュの姿が海の中に消えた。

そのあと2匹の大きな魚体が見えたと思ったら、ライフジャケットの男も海の中に消えて、ロープは突然軽くなった。

岩場の皆はただ唖然としたまま、海中に漂う赤黒い煙幕がコバルトブルーに溶け込んでいくのを眺めているだけであった。



                                                        <完>


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