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異世界は美形が多いみたいだが、皆キ○ガイ過ぎてお近づきになりたいとも思わない。

 斎藤悠里(さいとう ゆうり)の朝は、明け六つ頃に鳴り響く鐘の音によって始まる。

 底まで響くような重低音は、眠りの中にある意識を覚醒させるのには十分すぎるほどに不愉快で、異世界召喚に強制的に巻き込まれてしまった悠里の怒りを煽るのにも十分すぎた。

 異世界―"こちら"の人間は、この世界のことをワースと呼んでいる―に悠里と真里奈(まりな)が召喚されて早一ヶ月。言葉は簡単な単語ぐらいなら話せるようになった。

 悠里が言語を教わり、魔術の書物を読み漁っている間、この世界屈指の大国である、アランディア皇国で暮らすにあたって与えられたのは、件の鐘が吊るされている棟の最上階、つまりは鐘の真下に位置する部屋だった。

 もうこれは嫌がらせだろう。最初の一週間は死ぬ思いがした。

 鐘が鳴るのは、一日に9回。これは江戸時代のときに使われていた時報と同じ回数だ。恐らく、数え方も同じなのだろう。

 話が逸れたが、何が言いたいかというと、この鐘は、毎日3時間ごとに鳴るのである。

 つまり、寝れないのだ。五月蝿すぎて。

 これが嫌がらせと言わずなんと言うのか。あの稲崎(いなさき)真里奈はふっかふかのただっ広いスイートルーム張りの部屋で寝食を送っているというのに、この自分の扱い。

 確かに、悠里は本来ならばいないはずの存在である。もっとわかりやすく言うなればただの不要物。何の役にも立たないゴミだ。

 確かにそのとおりだと思う。彼らにとって悠里という存在はお呼びではないのだ。勝手に間抜けにも巻き込まれてしまった馬鹿だ。それは否定できない。だから文句の付けようもない。だって、悠里は本当に役たたずなのだから。

 とでも言うとでも思ったのだろうか。

 もちろん言わせて貰った。

 遠慮など、犯罪者に対して欠片も抱くはずもない。だから言った。言ってやった。

 ふっざけんな糞が、と。てめぇらどのツラ下げて被害者様にこんな部屋を使えって言うんだ死ね。いっぺん死に晒せ。むしろあたしが殺してやるからそこに直れ、と。

 そのときは幾らか今までのストレスを発散できたが、いかんせん、悠里が使用したのは日本語であった。

 そのために、彼ら―ワースの人間たち―には通じてはくれなかった。頼みの綱の真里奈は顔を真っ青にさせて今にも失神しそうな感じで使い物にならなかった。この役たたずが。

 が、悠里がこの上なく怒り狂っているというニュアンスは通じたのか、誰しもが彼女の神経を逆なでしないようにひっそりと、それこそ丁寧に了解したという意思を見せた。真里奈ごしに、要望に応えられるのは時間がかかるということを伝えられ、まあ仕方ないかと一旦溜飲を下し、待つこと数週間。

 つまりは、今日。

 召喚されて一ヶ月が経過した、次の日の朝。

「…………っざけんなよ、…くそが…」

 低く呟いた呪詛のような声を石造りの壁が冷たく反響させる。部屋の造りなのか、棟の造りなのかは知らないが、とにかく音が響くこと響くこと。

 ついでに鐘の音の余韻も残っているものだから頭が痛い。寝不足と相まって吐き気さえしてくる。

 悠里が物申した日から時が立ち、この世界にやってきて一月が経ったにもかかわらず、悠里は鐘の棟で寝起きをしていた。石造りの冷たく薄暗い部屋に不釣合なほどに豪華でふかふかなベッドと共に。


 時間は遡ること数時間前。わかりやすく言うならば昨日の夜。稲崎真里奈が従者を連れて悠里の部屋(仮)にやってきたところから始まる。


「悠里ちゃん!」

 遠慮など微塵も感じさせない力加減で外側から押された扉が、バアン!と破裂したかのような奇妙な音を立てて開かれると同時に鈴の音が転がるかのような耳触りのいい、むしろよ過ぎて気味悪ささえ覚えてしまう少女の声が室内に響いた。

  就寝の準備に入ろうとしていた悠里は何事かと目を見張った。扉の開いた音にも驚いたが、何よりそんな音を生み出したのがあの真里奈だという事実に心底驚いたからだった。

 あの細腕のどこにそんなパワーが…?普段自分が睨んだだけで体を震わせて身を縮こまらせる気弱なか弱い美少女からは想像もつかない。末恐ろしい子…!と思うよりも何よりも、悠里が思ったのは、あの扉壊れていやしないだろうな?ということだけだった。

  扉一枚でも、鐘の音を防ぐのに大きく変わってくるのだ。防ぎ切れていないような気もするが、本当に扉一枚でも全く違うのだ。だというのにあの騒音。もしこれで扉が壊れていて、今夜は直せないので明日にしますとか言われたらたまったもんじゃない。

 真里奈などそっちのけで今すぐにでも扉の安否を確認したい衝動に駆られながらも、悠里はなんとか我慢した。理性を総動員して堪えた。いざとなったらこいつをぶん殴ればいいんだ、だから扉よ壊れないでいて!

 元はと言えば、悠里はそこまで我慢強い方ではない。何が悠里をそこまで我慢強くさせているかといえば、これもまた真里奈の存在だった。

 別に、君がいれば私はどんな事だって耐えられるわ、とかいった薄ら寒い精神構造をしているのではなく、唯単に、直様続けられた真里奈の「やっと準備が整ったんだって!」という言葉が原因なだけだった。

 普通なら、その言葉を聞いて新しい部屋が用意されたと思うのは自然の摂理。勿論、悠里もそう思った。

 思ったから、我慢強くいられた。

 傍迷惑な、非常識な時間帯での訪問にも耐えられたし、寝不足にはキツすぎる甲高い声にも愛想良く反応できたし、なにより胸糞悪い顔面を見ても部屋から叩き出すと言った行為に移らなかった。

 それは、全て、真里奈の言葉によるものだった。

 準備ができた。

 それは、すなわち、悠里の苦言が受け入れられ、改善することのできる環境が整った、という言葉を意味する。

 悠里は、真里奈の一言に、そう解釈したのだ。

 だから。

 だから、悠里は普段なら非常に、非常に珍しくも、真里奈に微笑んで見せて「ありがとう、稲崎さん」と普通の少女らしく、他人にお礼を言う、ということを、しかも毛嫌いしている真里奈に対してやってのけたのだった。

 それは、もしかしたら本心だったのかもしれない。

 心の底から、生まれて初めて稲崎真里奈という人物に感謝した瞬間だったのかもしれない。

 貼り付けたものでも、取って付けたようなものでも、紛い物でもなんでもなく、ようやくこれで安眠出来る、という安堵から零れ出た真の言葉だったかもしれない。

 それほど、悠里は真里奈に対して感謝していた。

 が、しかし。

 期待に胸を膨らませ、感謝に心を震わし、表情筋を土地開拓したかのごとく変化を見せつけたというのに、なのに、そんな期待と違って悠里に与えられたのは、今彼女の下に鎮座して、ふかふかのマットレスでその体を受け止めてくれているベッドだった。

「…糞が…」

 呪詛を吐くようにして、悠里は呟いた。

 あいつ、ぜってー泣かす。

 殺意を抱かないあたり、悠里も中々に丸まってきたと言えるだろう。

 と、いうわけではなく。

 責めるべきは真里奈ではないだろう、という結論に至っただけだった。

 真里奈は馬鹿だ。

 成績云々の良し悪しではなく、ただ単純に人間的に馬鹿で、独善的で、それでいて間抜けなのだ。

 だけど、真里奈は悠里と同じ日本人。同郷の者である。日本語なんか当然のようにペラペラだ。じゃなければ今までどうやって生活してきたのか想像できない。

 とにかく、人間的にどれほど愚かであろうとも言葉が通じるのだから、悠里の意思もしっかりと通じる、はずである。だって悠里は何ら一切遠回しな面倒くさい言い回しなどしていないのだから。直球も直球。もうど真ん中ストライクに、部屋を変えてくれと喚き散らしたのだから、これで通じてなければあいつはもう地球人ではない。なんかそれっぽい姿形をしたなんかよくわからないナニかである。

 だから、悠里はこんな暴投も甚だしい返しが、真里奈の脳みそによって生み出されたものではないという結論を出したのだった。

 ならば、こんなことをしやがったのは一体誰なのか。

 答えなど、もうとっくのとうに出ているではないか。

 いくら古びた鐘の棟だとはいえ、これでも城の敷地。

 そんなお恐れた所を自由に手を加え改造し、時には他者に貸し与え、取り上げる権利を持つ者など、一人しかいない。

 そいつが犯人に決まっている。

 今頃寝不足に喘ぐ悠里を嘲笑っていることだろう。畜生胸糞悪い。

 ここ意外に部屋を与えられないのならそう言えば良かろうに、こんなベッドを寄越すなんて人を莫迦にするのも大概にしろよ趣味がいいじゃねぇか糞が。

 寝不足の頭で精一杯、その人物に対する罵倒を並び立てる。が、いかんせん、寝不足で思考力が低下していた。ついでに、頭の中に思い浮かべている人物像もなんだか可笑しかったが、寝不足の悠里にはそんなこと本当に些細な問題だった。

 寝たい。騒音など気にせずにゆっくりじっくりじっとり眠りたい。

 が、これから書庫に向かわなければならない。書庫での古い古文書を掘り起こす手伝いが、悠里に与えられた仕事だからだ。

 それに、場所もない。

 そこいらの茂みで寝ようにも、今にも寝ますというタイミングで衛兵が駆けつけてくるのだ。空気読めよ糞が。

 フラフラと、悠里はベッドから降りた。ヒンヤリとした石畳の床が冷たく、一瞬だけ眠気を忘れさせてくれる。それだけは有難かった。

 はてさて靴はどこに行ったのか。辺りを見回して部屋の隅に追いやられた一足の靴を探し出し、裸足のままそれに足を通す。

 この世界ーというよりも国と言ったほうがいいのかもしれないーには、"靴下を履く"という文化がない。

 靴下自体は存在するものの、それを着けることを許されているのは貴族や王族のみである。

 そんなわけだから、悠里は召喚時に履いていた靴下を強制的に剥ぎ取られた。それはもう、容赦無く。

 思い出しただけでも腹立たしい。

 それでいて真里奈は剥ぎ取られていないのだから余計に腹立たしい。誰かこの感情をわかってはくれないかと、悠里が思ってしまうのは仕方のないことだった。

 過去のことに対して悪態を尽きながら準備を終えた悠里は、昨夜のうちに準備していた荷物を手にし、扉へ向かった。

「………」

 ノブを捻ろうと手を伸ばそうとして固まること数秒。

「……ふっざけんなよあのクソアマァ……!」

 なんと、ドアノブがなかったのである。

 咄嗟に辺りを見回して見つけたのは、ドアノブらしきものの残骸だった。

 あの時に壊れたのは明らかだ。

 誰が壊したのか。それはもちろん、稲崎真里奈である。

 部屋にいる間従者が扉を閉めようとしなかった理由がこのときになって漸く理解できた。

 なるほどなるほど、ベッドを運び込むためだけではなかったのか。へえ。


 どうしくれようか、あのアマ。

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