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異世界召喚って、本当に迷惑以外の何ものでもないよね。2

「…あー、うぜー……」

 斎藤悠里は、目の前の光景に呟かずにはいられなかった。呟かなくたってどうせこの場にいる人間に、その言葉の意味を理解できるような者は一人しかいないので構わないのだが、気分的にそんな気力はなかった。コロコロと思わず出てきた言葉を口の中で転がし、苛立ちまぎれに持っていた分厚い本を机の上に乱暴に落とす。バンッ!と、大きな音がして、今まで悠里の存在を認識していなかった五人の男たちが彼女に視線を向けたことで、漸く目の前の胸糞悪い光景は終わりを迎えた。

 あー良かった良かった。今度は口にすることなく清々(せいせい)した思いを偽ることなく正直に心中で呟き、清々(すがすが)しいと言わんばかりの笑顔で最近やっと様になってきたリディングと呼ばれる”こちら”の言語を口にした。

「楽しそうなのは結構ですけど、いい加減ここから出て行っては頂けませんか?作業の邪魔なんです。そう思いませんか、稲崎さん」

 否定は許さない、と言うようにその微笑みを男たちの中心でもみくちゃにされていた少女に向ける。少女はまるで蛇に睨まれた蛙のごとく顔を真っ青にさせてブンブンと千切そうな勢いで振ってみせた。

 少女の名前は、稲崎(いなさき)真里奈( まりな)。斎藤悠里を異世界だとかいう巫山戯た場所に連れてきた元凶である。



 話のあらすじとしてはこうだ。



 某月某日。放課後の居残り掃除で、珍しくもゴミ捨て係を買って出た悠里は、分別されていないゴミ袋を片手に校舎裏に向かっていた。時刻は5時を回っている。この時間帯に校舎、ひいては学校敷地内に残っているのは悠里と同じように居残り掃除の当番になっている者、部活に入っている者、補習を受けていている者、そして―――――、

「い、稲崎さんっ、あの、前から好きでした!よかったら付き合ってください!」

「え、あの…えっと、ご、ごめんなさいっ。私、今は誰ともお付き合いするつもりはなくて…その…」

 ベッタベタな王道ラブコメよろしく校舎裏なんかで告白をするような者だけである。それこそ王道展開よろしく、悠里は他人の告白現場というなんとも気まずい瞬間に立ち会ってしまったのだった。ここで告白している男子生徒、または女子生徒が悠里の知り合いだったならば何かと反応をして見せることはできたかもしれない。しかし、残念なことにそのどちらともが悠里と全く接点の欠片もない知人だと言うこともできないような赤の他人だったので気まずさはより一層著実なものになった。

 ………………。

 三点リーダーが何個も続くような沈黙が流れる。先客であった二人の生徒は突如として現れた第三者にまっすぐ視線を向けて口を固く閉ざしていた。空気読めよ。そんな言葉が聞こえてきそうなほどの痛い視線だった。

 余りにも居た堪れない空気に、口元を僅かに引きつらせながら、悠里は二人の横を通り抜けようとした。その先に目的地である焼却炉とゴミ置き場があるのだから仕方ないだろそんなに睨んでんじゃねえよ男子。まるで悠里が乱入してきたから自分は振られたのだと言いたげに、一心に悠里を睨みつける男子生徒に心中で悪態を吐く。悪いのは悠里ではない。何が悪いかと言えばまずそのなんちゃってイケメン装ってる髪型と着崩した制服じゃない?まずは自分の姿を鏡で見てから美少女に告白しなよ。あ、なに?まさか自分カッコイイとか思っちゃってた?自信満々だった?だってその髪型決まりすぎてんだもん。きっと頑張って家で時間かけてセットしたんだろうね?で?その努力は実りましたかぁ?素敵な結果になりましたかぁ?バラ色の青春を送れそうですかぁ?向けられる視線が、あんまりにも敵愾心むき出しなもんだから、嘲笑と冷笑をかけあわせた視線を男子生徒に向けてみた。悠里と男子生徒の視線がかち合って交差する。数秒の睨み合いの末に、男子生徒は悔しそうに、はたまた悲しそうに顔を歪めながら、一刻も早く傷心を癒すべく足早にこの場から立ち去ろうとした。敵前逃亡甚だしい行動である。

「あっ、中達(なかだち)くん、待って!」

 突然の男子生徒の行動に、戸惑い露わに女子生徒は声を上げる。フラれたばかりではあるが、やはり好きなのだろう。意中の女の子に呼び止められては立ち止まらない訳にはいかない男心がなんとも笑いを誘った。さて、この女子生徒はいったい何を言うつもりなのだろう。振り返った男子生徒の顔は今にも泣きそうなんだが、ここは見て見ぬふりをしてそのまま立ち去らせるべきだと思うのだが。静かに見守っていると女子生徒はもう一度男子生徒の名前を呼んだ。

「あのね、中達くん。その、こんなことになっちゃったけど、これからも友達でいてくれるかな」

 おいおい、フッた奴を引き止めて一体どうするつもりだとは思っていたけど、言うにことかいてこの発言とは。それなんて拷問?美少女だからってなんでも許されると思ってんの?男子可哀想じゃん。いいぞもっとやれ。女子生徒の、男子生徒の傷口を抉りにかかる行動にひっそりとエールを送っていると、男子生徒はとうとう泣き出して今度こそこの場から立ち去った。否、逃げ去った。あーあ可哀想に。内心ほくそ笑みながらその背中を見送ったところで、悠里も本来の目的を果たすべくいつの間にか止めていた足を動かそうとして、

「あのっ、悠里ちゃんっ」

 呼び止められた。

 え?どうしてあたしの名前知ってんの気持ち悪い。あ、そういえばこいつクラスメイトだった。忘れてたわ。うっかりうっかり。つか、勝手に人様の名前を気安く呼んでんじゃねえよ馴れ馴れしい。とか思いながらも、悠里は口に出すことはせず、振り返った。

 相も変わらず目に毒なほどに整った、吐き気がするぐらいに綺麗な顔がそこにはあって、………悠里は反射的に手に持っていたゴミをその顔面に投げつけたくなった。一分だけ残っていた理性が奇跡的に働いて、なんとか堪えたが。

 だがしかし、悠里はその顔面を直視することは出来なかった。まともに見たら吐く。そんな確信があった。

 だから、悠里は女子生徒の顎あたりを見つめることにした。吐き気予防策としてはかなりの譲歩だった。

「………なにか用?」

 片手にあるゴミ袋を軽く掲げて見せて、遠まわしに自分は用事があるのだと主張する。が、女子生徒は気がついた様子もなく、悠里との距離を一歩だけ縮めた。

 たった一歩。されど一歩。

 もともとの距離が散歩しかなかったのだから、その一歩はとてつもなく大きい。綺麗な顔が一歩分近づいたということは、悠里への精神的被害は計り知れないものだった。

 SAN値が削られる。

 最近やたらと友人たちが口にする言葉を思い浮かべる。確か正気度みたいな意味だっただろうか。確かにこの状況は、悠里にとっては正気ポイントがガリガリと鉛筆を削るように減っていってしまうほどの異常事態である。目の前の顔を直視するどころか、半径3メートル以内にはなるべく近づきたくない。それほどに、悠里は目の前の女子生徒のことが受け入れなかった。

 気持ち悪。

 歪んでいく表情を気力で眉間に皺を寄せるだけに止めて、もう一度同じ内容を口にする。

「………なにか、用?」

「え、えっとね、悠里ちゃん、さっきの全部聞いてたよね…?」

 聞いてしまいましたけど何か?

 いちいち吃る相手に苛立ちは増していく。子供じゃないんだからはっきり喋れよ鬱陶しい。言いたかったが、ここはぐっ、と堪えた。こんなところで泣かれてしまえば大事だ。

 放課後。誰もいない校舎裏。そこで対峙する美少女と目つきの悪い平凡女。それなんて少女漫画?と言いたくなるような絶好の虐めスポットに、二人はいるのだから。

 だから、悠里は待った。ひたすらに待った。あのね、そのね、と言いづらそうにする女子生徒の言葉を待ってやった。

 そして、数分の葛藤の末、女子生徒は言ったのだ。

「えっとね、さっきの中達くんとのことをね、その、皆には内緒にして欲しいな、って。や、やっぱり、ああいうのって人に言いふらされたくないと思うの」

 阿呆らしい。

 と、悠里は思った。

 もう、怒りを通り越して、呆れもすっ飛ばして尊敬すらしたくなった。実際にはしないが。気分的にはそんな感じだった。

 何を言い出すかと思えばこれなのだから、悠里はこの女子生徒の脳みそが人間と同じ構造をしているのか思わず疑ってしまったのは無理もない話である。よもや蟹味噌ではないよな?と本気で疑ってしまった。口には出さなかったが。

 ね、お願い。

 上目遣いで小首を傾げるという、乙女の上級者ポーズをする女子生徒に悠里は返事を返そうとした。そうしないとこの苦行から解放されないと悟っていたからだったが、その返答は女子生徒が望むものじゃないことはわかりきっていた。だけど、言おうとした。

 のに、

「―――――――は、え……っ?」

 唇から落とされたのは、言葉という割には意味を成していない、知的生命体にはあるまじきただの音だった。

 悠里の視線は、自身の足に向いていた。正しく言うならば、足の、下。自分が立っている、否、立っていた筈の、地面も何もなくなってしまった、穴に。

 視界で捉えた視覚情報が脳に伝達されたが、そのあまりの異様さに思考が異常をきたして、うまい具合にそれを理解することはできなかった。できなかったが、反射的に―――――――本当に、何の意味もなく、思考すらするまもなく、悠里は女子生徒から距離を取ろうとして、―――――――

「なっ、なにこれぇっ!いや怖い!!」

 できなかった。

 離れようとした体は、二歩分の距離を取っていた女子生徒からの、文字通りの体当たりによって零という絶望的な数値へと切り替わり、気がついたら背筋にすぅっと寒気が走るような浮遊感があり、体があるはずのない下へと落ちていった。

「きゃああああああああああ―――――――!!」

「――――――――――――――っ!」

 鼓膜を破かんばかりの女子生徒の悲鳴と恐怖に歯を食いしばり、奈落と思える程の深い深い穴に落ちていく。

 そんな悠里は、心の中で一つの感情を覚えた。



 このクソアマぜってー殺す。



 人生の最後かもしれないときに抱いたのが殺意なのは、あまりにも悠里らしいといえばらしい話であった。




 そして、斎藤悠里は、この世界にいる。

 世界を救うために呼ばれた巫女、稲崎真里奈の従者という立ち位置ではなく、アランディア皇国皇帝の食客として、還る方法を探すための権利をもぎ取って。

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