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聖夜と林檎

「切なかったなあ……」

「どうせ作り話でしょ」

喫茶店に入って何度目かの呟きを洩らすりんに何度目かの返事をした。口を尖らせたりんも、そうだけど、とまた同じ答えを返す。そんな仕草も目の前の大きなパフェも彼女にはよく似合ってしまう。

「ひなもうるうるしてたくせに」

どうしてそれを。

「……してないし」

「そう?」

まだ目の縁をうっすらと赤くしながら、りんは小さく笑った。その視線から逃げてアップルパイにフォークを突き刺す。

切り取って口に運ぶとシナモンとバターの香りが鼻に抜けた。くっきりとした甘酸っぱさに詩の一節を思い出す。まだあげ初めし前髪の。島崎藤村の、初恋。山盛りの生クリームを頬張る女子高生を前に連想することでもないけれど、初恋であることは間違いない。少なくとも私にとっては。

さっき見た恋愛映画は当然の如く男女間の恋愛で、りんはともかく私は斜に構えて見ていた。元々あまり感動しない性格だ。泣けます感動しますあなたの大切な人と一緒に云々といったキャッチコピーは全力で疑ってかかる。

それがこの様。りんの手前こらえたものの不覚にも若干くるものがあったことは否定できない。

恋愛というものを多少なりとも知ったからか。

見つめているとりんはふと私の手元を見た。

「……アップルパイもおいしそう」

「はいはい」

一口分切り分けフォークに乗せて差し出す。そのフォークをりんは受け取らず、直接口でぱくりと食べた。そしてウサギのように咀嚼して幸せそうに笑う。

「ありがと」

……なんで相手が私なのか疑問だ。これだけかわいいのならもっといい物件が捕まるだろうに。

喫茶店を出るとふっと照明が暗くなった。喫茶店はショッピングセンターの2階、広い回廊状になった階層の一角にあり、対岸を挟んで吹き抜けが右から左へぶち抜きで続いている。建物全体が緩くカーブしているようで端は見えない。その吹き抜けの天井には空が描かれていたのだけれど、それを照らしていた照明が落ちたらしい。

すると1階に置かれていたいくつもの大きなクリスマスツリーのイルミネーションが一斉に点灯した。天井から下げられていた大小の球形や棒状、星形の透明な骨組みもまた銀や青、水色に光りだす。暗く沈んだ天井では細かい無数の光の点がウェーブを描く。

歓声を上げたりんが手すりに取りつき1階を覗きこんだ。振り返った笑顔は同い年とは思えないくらい無邪気だ。

「見てほらすごい!」

「見てるって。あとそんなはしゃがないでよ私が恥ずかしいから」

「大丈夫だよみんなそんな感じだから」

ちらりと周りに視線を巡らせてりんが言う。確かにその通りだ。フロアを埋めた家族連れも友人同士もカップルも浮かれた様子でイルミネーションに感嘆している。このイルミネーションもここの売りだと事前にりんに聞いていたけれど、それは事実らしい。

「……さすがクリスマス」

「ひなテンション低いー」

「これが通常運転だよ。てか腕組まないで」

「大丈夫、ただの友達にしか見えないって」

りんの隣で手すりに寄りかかると腕にしがみついてきたので思わず言うと、りんは満面の笑みでそう言った。それが事実なのかは私にはまだわからない。普通の女子の距離感もよく知らないからどの辺りがスキンシップのボーダーラインなのかが判断できない。

クリスマスに誰かと並んで歩いているという状況を一年前の自分は予想もしなかった。望みもしなかった。似合わないものと諦めていた。今だって似合いはしないのだろう。万年仏頂面の自覚はある。クリスマスのショッピングセンターという幸せなシチュエーションからは浮いているにちがいない。

けれどまあ、それなりに、幸せではある。

「ひな、行こう」

「洋服とかわかんないって」

「いいのいいの」

私の手を引いて振り返るりんは冬だというのにミニスカートだ。ブーツにカラータイツがよく似合う。

「ひなが一緒がいいの!」

一瞬止まった息が肺で熱を帯びて、次いで頬がふわりと火照ったように思った。

ああ、もう。せめて計算であってほしい。エデンの園の蛇なんて彼女には似つかわしくないけれど。

そそのかされて食べてしまったじゃないか、初恋と裏表の禁断の果実を。

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