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殺人正義  作者: 赤腹井守
ラストエピソード
9/13

08:殺人正義/その女

 竹橋高校にて。

 普段どおり、教室に入った俺を待ち構えていたのは、城坂伶だった。

 やけに暗そうな表情で、俺をジッと見つめていた。

 気にしないフリをしながら、俺は自分の席に腰を下ろすと、カバンを机の上に置いた。

 その時だった。

「おはよう」

 城坂は、俺の前の席に勝手に座り、そう言って来た。

「……おはよう」

「元気ないわね? 何かあったの?」

「俺からすれば、お前の方も元気なさそうだな」

 ふーん、と城坂は俺をじっと見つめている。

 俺はこいつに何かしたのだろうか?

「……何か言いたいことでもあるのか?」

 試しに質問してみる。

「ちょっと苛立ちを覚えてるのよ」

 そんな事を言いながらも、城坂の顔はにこやかだった。

 恐ろしい。

 そんな表情でそんな事言われても、恐怖しか感じないのだが。

「……何の苛立ちだよ。つーか、それ俺に言う事なのか?」

「貴方だからこそ」

 俺、お前にホント何かしたのか?

「何というか、貴方とは話がかなり通じるから、ただ単に貴方と話したかっただけ。分かる? 理解できるかしら? 不動君」

「できるできる。……いや、できてないんだけども。というか、俺とお前の会話が通じた事あるか?」

 記憶が無い。

「前に聞いたでしょ。――人殺しの正義、って奴。貴方はそれに猛反発した。なんとも印象的だったわ……どうしてあんなに 怒ったの?」

 人殺しの正義、か。

 本当に、どうしようもなく下らない価値を持つ存在じゃないか。そんなものをまだ引きずっている城坂、お前はホント、考えを改 めた方が良いぞ。

 内心でそう思っていたところで、解決はしないので。

「怒らない奴がいるのか?」

「いるんじゃないのかしら。そこんところはさっぱりだけども」

 何とも理解できん人間、城坂伶はそう言いながら、席を立つ。

「……何が言いたかったんだ?」

 ややジト目気味で、俺は城坂を見つめる。

 その答えは、実にシンプルだった。

「貴方は――人殺しの正義に賛成するのかしら?」

 疑問系の言葉を最後に残し、城坂は自分の席に向かって行った。

 人殺しの正義、ねぇ。

 だから何度も言わせないで欲しいのだけども。

「……人殺しに正義もクソもない」

 小声でそう言った。



 昼食時間前。

 担任はそう言った。

「城坂は早退だ。各教科の先生に連絡するように」

 早退したらしい。

 先ほどまで元気だった城坂伶が、早退したらしい。一体全く、あいつの事は本当に理解できない。理解しようとすればもっと 理解できなくなる、そんな感じで。

 存在自体が迷宮のような城坂伶は、教室から姿を消した。

 しかし。

 城坂伶という女に対して、不可思議な感情を持っていた俺は、ここんところ、ようやくそれが理解できそうな気がしてきたのだ が、――それは半信半疑で、不完全である。

 人殺しの正義を主張する彼女の本意は知らんが。

「……なんだってんだ、全く」

 男子トイレで用を済ましている俺は、一人、その場でポツリと呟く。

 切り裂き太郎。

 ブラックアンブレラ。

 ハンマーマン。

 それぞれの思いは――正義ではなかった。

 切り裂き太郎は、願望と言う名の復讐。

 ブラックアンブレラは、復讐という名の憎しみ。

 ハンマーマンは、衝動と言う名の憧れ。

 どれもこれも――正義ではない、のだろう。いや、断言できないのは、個人の気持ちが全て理解できているわけではないか らだ。

 きっと。

 人殺しの正義、を語る彼女――城坂伶は、伝えているのでないのだろうか?

 SOS、か。

 挑戦、か。

 はたまた。

 

 正義、か。



 五時半頃、であると思う。

 まだ外は明るく、余裕でお昼と思ってもいいんじゃないか? と考えるほどの明るさだった。いやまあ、どうでもいいんだけども 。

 六月八日、という今日になって内の学校は夏服着用許可を出しやがったので、今まで学ラン姿で汗だくだった毎日を開 放できると歓喜を上げながら、白い半袖のカッターシャツを着用した俺だったが、前よりも涼しいとはいえ、あまり暑さは変わら なかったことに酷く失望していた。

 いやまあ、そんなこともどうでもいいんだけどもね。

 何故に先ほどからどうでもいいことばかり抜かしているのかと問われれば、現実逃避したいからである。

 もしも――コレがアレだったら、新記録達成だ。

 それはといえば。

「……黒い、傘」

 学校の正門を出てから、五分ぐらいすると団地と遭遇するのは日常である。物静かな団地で、小さな公園もあるのだが、 そこで遊ぶ児童は全くいないという悲しい現実を受け止めている団地で、俺は見たくもないものを見た。

 傘だ。

 黒い傘。

 団地の手前にある公園のブランコの下、そこに似合わない存在があった。

 おそらくだが。

 ――ブラックアンブレラの傘だ。

「……どういうことだ?」

 本能的に、俺は傘へ近づく。

 興味があったわけでもなく、ただ単に。――何で、ここにコレがあるんだ? という思いから。俺は、恐る恐る傘を拾い上げる と、それがブラックアンブレラのものであることをしっかりと確認した。

 間違いない。

 あの時、あんなにも傘を突き出されていたのだから、印象が残っている。

 特に先端部分の傷。印象的だ。

 まさか。

「また殺したのか。……ブラックアンブレラ……!」

 半ば怒りを覚えた。

 懲りない殺人鬼だ。

 自首するわけがないな、これじゃあ。

 静かな公園で、一人、黒い雨傘を手にしている高校生――俺は、一通り辺りを見回してみる。

 周りを見たところで、そこには何も存在しなかった。

 だが。

 薄っすらと視界に入った、地面に存在するソレを見て、心臓の鼓動が鳴り止まなかったことには、本当に驚いた。

 何でだ?

 何でこんなものがここにある!?

 そう。

「……血」


 点のように、どこかを案内するかのように――血痕はそこにあった。


 公園を抜けてまで続く血痕。それを目で追っていけば、公園を抜け、団地の住宅と住宅の間の細い道にまで続いている 事が分かった。

 何故だろうか。

 傘を握り締めていた俺は、重いカバンを肩に背負っては、そのまま走り出した。

 血痕。血痕、点を繋げば一つの道になる。そんなものを追っていく俺は、公園を抜け、住宅の間に足を踏み入れた。途中 、地面ばかりを見つめていた俺が上を注意していなかったためか、住宅から突き出している煙突のようなものにぶつかってしま い、そこで思わぬダメージを負ってしまう。

 というよりも、突き出した煙突が折れてしまった事に対するダメージが大きい。どうでもいいけど。

 俺は走り、走る。

 血痕は長く続いており、やがてそれは団地を抜けた。

 ここまで長く続く血痕に、そろそろ呆れてきた俺は、徐々に足のスペースを遅くしていく。やがて歩く事にしてみれば、そこはもう 田んぼの目の前だった。

「……はあ」

 田んぼと田んぼの間にある、小さな道。

 そこに血痕は続いていたが、その先は――森だ。

 少し薄暗い影を生んでいるその森をしばし見つめる俺は、ふと辺りを見回した。人っ子一人いない、さっきよりも静かな空間 で、鳥の声も聞こえない。蛙の声も聞こえない。

 静か過ぎた空間だ。

 だからこそ。

 俺の何かを焦らせたのだろう。

「嫌な予感がする」

 本当に。

 完全に。

「ブラックアンブレラ……」

 俺は前に思ったことがある。

 ハンマーマンが死んだ時に、俺はそれを――罰、だと考えた。

 よくよく考えれば、切り裂き太郎の死も罰ではないか。人殺しという存在が死んだ、ということは、それは誰も悲しまないし、逆 に喜んでいるんじゃないのか? ――天罰が下った、って。

 ブラックアンブレラ、お前は言ったな。

 誰かが真似事をしている、と。

 もしかすると、その真似事をしている誰かは、罰を下しているんじゃないのか? 人殺しという、――最悪な存在に対して。そ の誰かなりの、制裁を下しているんじゃないのか?

 ブラックアンブレラよ。

 今度は――お前の番なんだ。

「おいおい……」

 半信半疑、というものは自分自身を焦らせるようだ。

 答えは不完全なのに――そう決めてしまう。

 だから最初に、誰か――というお前に言っておこう。


「正義じゃねえよ」


 そんなもの、正義じゃない。

 だから俺は、走り出したんだ。

 この真っ直ぐな道を。

 進んだんだ。



 森の中。

 といえど、あまり森というイメージが浮かばないのは何故だろうか。ほとんどの木が切られており、辺りは禿げたような感じだった 。

 落ち葉の地面。少しばかり暗い景色。

 そして――、

「……城坂、やめろ」

 俺の前方にいる、一人の少女。

 握り締めた傘。でも、今にも滑りそうなほどに、汗が流れている。肩に背負うカバンも、力が抜けて落ちていきそうな感じ。― ―不安を抱えている自分。

 だってそうだろ。

「やっぱり、貴方は通じる人だわ」

 そんな風に気楽に言われても困るんだよ。

 お前がやっている事は――馬鹿げた間違いなんだ。


 ブラックアンブレラの首を絞めながら持ち上げている、城坂伶がそこにいたんだ。


「……そいつを殺して、何になるんだ?」

 やや冷静な態度で、俺は城坂に言った。

 その光景は何とも恐ろしかった。

 城坂は片手でブラックアンブレラの首を掴み、それでブラックアンブレラを持ち上げていた。もう片方にはハンマーが握られ ていた。

 ハンマーマンのハンマーだ。間違いない。

 苦しむブラックアンブレラを睨みながら、城坂は言った。

「また一人、悪が滅ぶのよ」

 そして城坂は。

 ハンマーを持っていた左手を上げ、ブラックアンブレラの頭を叩き潰そうとした。

 ので――俺は持っていた雨傘を思いっきり投げ飛ばした。

「――ッ!!」

 見事、傘はハンマーに命中し、やや体勢の崩れた城坂は、ハンマーを地面に落とす。その直後、俺の方を見ては、こう言 って来た。

「……邪魔をするの?」

「当たり前だ」

 俺は一歩踏み出した。

「城坂、ブラックアンブレラを殺したところで、正義もクソもないんだぞ」

 正義。

 彼女の主張する、思い。

「……ホントに」

 と、呟いた城坂は、もう一度ハンマーを持ち上げた。未だに苦しむブラックアンブレラは俺の方に目をやると、助けを求めて いるかのような表情を示した。

「納得しないのね、不動君は」

 直後。

 ハンマーをブラックアンブレラに向かって振り下ろした城坂。

 くそったれ!

 止める事のできない俺は全速力で走り出した。間に合うはずはないが、それでも走った。走る事しか、できる事がなかったん だ。

 されど。

「この正義を――認めてよ不動君!!」

 振り下ろされるはずだったハンマーは、城坂の頭上から動きが変わった。それはもう――投げるかのように。そんな構えをとっ た城坂は、叫び、そして。

 ハンマーマンの使っていたハンマーを、軽々とこちらに投げてきた。

「おいお――ッ!?」

 ガツンッ!! と衝撃が走った。

 何もかも砕けたかのような、一瞬そう思ってしまった俺は、何が何だか分からんが、とにかく痛みを感じる。目を閉じていた俺 は、ゆっくりと目を開く。

 倒れていた。

 湿った落ち葉の地面の上に倒れていた。

「……あ……っつ」

 腹の上には重いハンマーが乗っていた。そして、すぐに状況を理解すると、俺はゆっくりとハンマーを右手で握り、横に置い て、地面に立った。

「……はは。怪力女かお前は……」

 血の匂いがしてきた。それもそのはずだ。口を拭えば、手には血がついていた。どうやら、流血しているらしい。頭からか?  額からか?

「……た、立つのね……不動君は」

 半ば驚く城坂。それでも彼女の握るブラックアンブレラの首の握力に変わりはないようだった。もうそろそろ窒息しても良いんじ ゃないか? と考える俺だったが、その答えもすぐに分かった。

「……殺さないのか?」


 首を絞めていても、息は出来る程度だったらしい。ブラックアンブレラの呼吸が今しがた確認できた。

「……罰を下すだけ。このシリアルキラーのブラックアンブレラに、殺された人々の思いをぶつけるのよ」

 城坂伶はそう言った。

 ふざけるな。

「やめろ。今すぐやめろ」

「……邪魔しないで」

 そんな事言われて――邪魔しないわけがないだろ。

「お前がそいつを殺すのならば、俺は邪魔をする」

「人殺しの味方をするっていうの?」

「……何人殺した? 切り裂き太郎にハンマーマンに、他に何人の人間を殺した? ――それを答えろ、城坂」

 推測だけども――こいつは五人の男性を殺し、切り裂き太郎とハンマーマンを殺している。

 つまりは。

 真似事殺人。

 その犯人。

「時に正義は外道を走るの。そうしないと救われない事もあるから。世界はそれを許してくれる、私は信じてる。だから――たくさ ん殺した」

 その答えと同時に、俺は一歩踏み出す。

「……お前を味方にしたところで、――人殺しに味方したことに、変わりはない」

 その言葉に、城坂は怒ったのだろう。

 その言葉が――幕開けとなった。

 直後、持ち上げていたブラックアンブレラを前方に投げ飛ばした城坂は、瞬時に足を踏み込むと、俺に向かって走り出した 。

「何で理解しないの! どうして不動君は認めないの!?」

 叫びながら走る城坂の顔は異常で、それでもなお美しいと思っている俺は馬鹿なのだろうか? いやいや、そんな事を考え ている余裕はない。

 手ぶらだった城坂が制服のポケットから出したのはナイフだった。

 フォールディングナイフ。

 切り裂き太郎の――獲物。

 ナイフを突き出した状態で俺に突っ込んできた城坂に対し、俺は最善の行動として、すぐに逃げた。右に大きく一〇歩ほど 走ると、

「お前が馬鹿だからだよ!」

 そう叫んだ直後、城坂はすぐにこちらに向かってきた。

 追いかけられる状況は好きじゃない。俺は瞬時に受け止める体勢に入る。城坂を睨み、突き出したナイフに気をつけながら 、――寸前にまで近づいた城坂に、

「殺せないくせに」

 と、言った。

 そう、なのだ。

 寸前で、城坂はナイフを突き出したまま、俺の目の前で止まっていた。

「……正義を語るお前が、悪人じゃない俺を殺せるわけがない。だから、俺が有利なんだよな。城坂」

「……正義はいつも傲慢なのよ。それぐらい承知で?」

 ブスッ、と。


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