07:撲殺死殺/なにがなんだか
ハンマーマンが死んだ。
そのような内容を流すニュースが、日曜の朝の日差しを浴びているブラウン管のテレビから映し出されていた。
「……死んだ、か」
死んだらしい。
連続殺人鬼、潰し殺しの殺人者、ハンマーマンが潰されて死んだらしい。全身をハンマーか何かで強く殴打され、顔面は 崩壊、全身のほとんどが骨折した状態で、河川敷で発見されたらしい。
朝八時のニュースを見ている俺は、ニュースが終わると、ぐったりとソファに寝転んだ。
「……罰だな」
そんな風に呟いて、俺は目を閉じた。眠たいわけでもないし、ハンマーマンの死を悲しんでいるわけでもない。
ただ単に――閉じただけだ。
日曜日なのにも拘らず、内の両親は共に仕事である。妹もどこかへ出かけており、一人家に残されている俺は、昼になるま でソファで寝転んでいた。
さすがに、そろそろお腹が鳴り出す頃ではないのかと思っていれば、グゥ~、という気の抜けた音が聞こえてきたので、近くの コンビニにでも寄って、昼食を買いに行こうと考えた。
それを実行するがために、俺はいつものパーカー&ジーパン、という格好に着替え、財布をポケットに入れると、家の鍵を 掛けて、コンビニへと向かった。
自転車を使わなくても、歩いていける範囲なので今回は徒歩で行く事にした。
とぼとぼと歩き、コンビニに着いてはおにぎりを三つほど、フライドチキンを二つほど買って、コンビニをすぐに出た。
あまり出かけたくない気分であったが、家の中にある食料はろくなものじゃないために、仕方なく外に出かけているのだが、も し今日もまた殺人鬼なんかと会ったりすれば、明日の学校生活への体力が完全に消費されてしまう。そんな事だけは避けた かった。
最強と言ってもいいほどの、俺の殺人鬼遭遇体質。
三六五日、常に俺の能力というべき不幸は発揮されており、いつ殺人鬼と出会うか分からない、そういった危険な状況の 中で、俺は生きている。
よくもまあ、一七歳まで生きていられるものだ。
我ながら、感動する。
しかし、そんな感動なんてものは全く何の役にも立たないことは承知であり、そんなことを思っていれば、また殺人鬼と出会う んじゃないか? ここらは人気が少ないところだし……なんて考えていれば、
「あんまりお昼は好きじゃないのよ。日光が私を焦がすわ」
とりあえずこの幻聴は頭に残さないでおこう。
何にも起こらなかった、そんな顔をしながら俺は家へと足を早く進めた。
しかし結局、
「はいはい、待って待ってね、不動君。ブラックアンブレラに背中を見せるなんて余裕じゃない」
パーカーの襟を強引に掴まれ、俺はしぶしぶと後ろを振り向く。
「……通報するぞ」
「やろうとした瞬間に貴方を突き刺すわ」
そこには、黒いワンピースの上に黒いブラウスを着用した、傘で人を殺す殺人鬼、ブラックアンブレラが立っていた。
しかも、住宅街の道の中、堂々と黒い雨傘を差しながら気楽な表情で立っていた。車も時々通るこの道に、ブラックアン ブレラという指名手配犯がいるとなると、事態は大きく変化するであろう。
誰でも良いから、この状況を見て通報してほしい。
「自首して欲しいと願ったのだけども……、やっぱアンタはしないのね」
自首しろ。
殺人鬼相手に良く言う言葉の一つ。俺の持つ考えの一つで、反省する心があるなら自分から自首してほしい、という殺人 鬼に対する信じる気持ちである。
「自首するシリアルキラーがどこにいるのかしら。そんな馬鹿はこの世に存在しないわ」
右手で掴む俺の襟をようやく放すと、ブラックアンブレラは笑顔を作り、
「……貴方でしょ? 昨日ハンマーマンと闘った相手っていうのは」
どぎん、と俺の心臓が揺れた。
いや、別に隠すつもりはこいつにはないのだけども、それでもこういった的中している予想を言われるというのは、何故だか緊 張感が生まれてくる。
「……さあな。昨日は釣りをしてたんだ」
「河川敷で、でしょ?」
「どこでもいいだろ」
「やっぱりそうなのね。……とうとう貴方も、私と同類なのかあ」
は? 何だそれは?
同類? どういう意味だ?
「何をそんなに驚いた顔してるの? とぼけないで言っちゃいなさいな。……俺がハンマーマンを殺した、ってさ」
「何を言ってるんだお前は?」
全力で、呆れました。
持っていたコンビニの袋を、自然に放してしまいました。
「貴方以外に誰がいるの? 昨日、真昼間から堂々と殺人鬼相手に闘った少年。勿論結末は分かっているでしょ。貴方 が生きている、ということは貴方はハンマーマン相手に勝った、ってことでしょ。つまりは――ハンマーマンは負けた、死んだ。 殺された」
「殺してもないし、死んでもないぞ、ハンマーマンは」
「言葉だけでは潔白は証明されないわ。……まあいいわ。今日はそんなことを聞くために貴方を待ち伏せしていたわけじゃな いもの」
どうやら待ち伏せされていたらしい。
白昼堂々、シリアルキラーのブラックアンブレラは、ただの平凡な高校生を道の真ん中で待ち伏せしていたらしい。
「俺は人殺しと仲良くなった覚えはないのだが」
「私はあるわ。高校生と仲良くなった」
「そうかい」
「……私の偽者がいるの」
突然、口調の変わったブラックアンブレラは、俺を見ず、コンクリートの地面を見つめていた。
「偽者?」
「ええ、私と同じやり方で、人を殺す奴が。……昨日の事件、覚えている?」
昨日? 昨日は確かハンマーマンと出会った記憶しかないのだが。昨日の事件とは何だろうか?
「ハンマーマンのことか?」
「三人の男性が、それぞれ違った殺され方をしたっていう事件よ。一人は切り裂かれ、一人は突き刺され、一人は潰され…… 、どう? 思い出した?」
ああ、そういえば。
昨日の朝珍しく早起きして、朝のニュースを眺めていた時に流れていたな、そんな事件が。俺はてっきりブラックアンブレラ、 お前がまた人殺しをしたのかと思っていたのだが。
「そういや、切り裂き太郎の殺し方で殺された男性もいるんだろ?」
「そう。死んだはずのシリアルキラーが、またも人を殺したの。いや、死んだ切り裂き太郎の殺し方を真似た他の人物がいると か」
そんな馬鹿野郎がどこにいるんだよ。
「現に、私は貴方と会ってから人を殺していないし、貴方と会う前に男を殺した覚えはない。だから、おかしいのよね。やっても いない殺人が行われているだなんてさ」
「嘘だろ」
「本当よ」
「瞬間移動みたいな力が使えるアンタなら、そういったトリックもお安い御用なんじゃないのか?」
ブラックアンブレラの特技――物質移動……だったかな。
「やっていないと言ったらやってないのよ」
言葉で潔白は証明できないとか言ってたのは誰だっけか!?
「で? それがどうした?」
「……舐められてるわ。おそらくだけど、切り裂き太郎もハンマーマンも、私と同じように、誰かに殺人方法を真似られているの よ」
確率は低いが、考えはあった。
切り裂き太郎の場合、完全に彼は事件の前に死んでいる。ゾンビにでもならないと犯行は不可能だ。
ハンマーマンの場合、彼の特徴は弱きものの虐める強き者しか殺さない。例外もあるけども。いやしかし、この場合は彼が 殺していないとは考えられない。切り裂き太郎は元同僚への復讐、という小さい制限の中で殺しをしていた。ハンマーマンの 場合、その制限はかなり大きい。もしかすれば、彼は男性を殺しているのかもしれない。
問題は――この女、ブラックアンブレラだ。
「……アンタが一番怪しいんだよな」
この女に傘を突き出して、自首してほしいと願ってはみたものの、結果彼女は自首することなく、暢気にこの俺と会話をして いる。こんな反省の心もない女が、もう人は殺していないなどと言っても、信じようにも信じれん。
「とにかく、貴方にだけは信じてもらいたいのよ」
ブラックアンブレラは強く言った。
「……何故に俺がアンタから信じてもらわなくちゃいけないんだ?」
「……信じる、って言ったのは貴方でしょ?」
そうだった。
俺は――信じたんだ。
「信じたのならば、貴方も私を信じなさいよ。……全部とは言わないけど」
そうか。信じて欲しいのか。
確かに、勝手にこちらが信じるばかりでは納得もいかないだろう。今度は――こちらが信じる番なのだろうか。
「……信じるさ。でも、自首してくれたらもっと信じるよ」
落ちたコンビニ袋を拾い上げ、俺はブラックアンブレラの方を振り返り言った。
それを聞いたブラックアンブレラは、笑って、
「後二年ぐらい自由に生きてから、自首するわ」
そう言って、雨など降ってもないのに傘を差す人殺しは、俺に背を向け去っていった。
――謎がかなり残った。
「何故だ……?」
俺は疑問を持った。
一つは、真似事をする人殺しについて。
一つは、日傘でもない雨傘を晴天の下で差している女の謎について。
そして最後に。
ブラックアンブレラなどを相手にしている時なんかは、どうしていつも周りに人がいないのだろうか? という不快で深い謎に ついて――。
午後二時。
家に帰りついた俺がまず一番最初にしたことは、テレビを見たことだったが、予想以上のニュースが流れていた事に、呆然 とソファに座っていた。
二人の男性が、突き刺された状態で死体で発見。
ブラックアンブレラの仕業か?
――どういうことだ?
「……おいおい」
どうしようもなく、呆れてものが言えない状態に陥った俺は、奥歯を噛み締めた。
本当に。
どうしようもなく。
人殺しは――理解不能な存在だ。






