06:怒殺撲殺/その衝動
「……君を殺そうと思った理由は簡単だよ。――何もかも知っているような口の利き方が、許せなかったんだ」
ハンマーマンはそう言いながら、持っていたハンマーをまた肩に担ぐ。
「君に、僕の何が分かる? うん? 人の気持ちも知らないで、知ったような口を叩く人間が――僕は大っ嫌いだ。そう。虐 めをする人間の次に嫌いだ。代表は、そう――警察かな」
警察?
「……何にも知らないくせに、知ったような事言って、……終いには僕の心配をする。……心配するなら、母さんにして欲しか ったよ。ホントに」
そう言いながら、ハンマーマンは空を見上げる。
「人ってさ、どうして同じ種族なのにも拘らず、互いの気持ちを理解できないんだろう。もしかして人間は、不完全な生き物なの かな? そう考えるとさ、生きるのが辛くなるよ。……どうして神様はもっと利口な生き物を造らなかったんだろう、って」
「……」
「僕の母さんはね、殺されたんだ。父さんに。父さんは強くてね、権利もあるし力もあった。そのせいで母さんには命令命令の 毎日でね、母さんも苦労してたよ――、でも僕は、それをただ見るだけの存在だった。何もできない、何もしてやれない。母さん の子供なのに、手伝い一つできない存在だった。したかったけど――出来なかったんだよ」
そしてハンマーマンは、俺を見て、
「おかしいだろ。強い人間の下で生まれた人間が、病弱な身体を持って生まれて来たなんてさ。……神様を殺したかったよ」
ハンマーマンは、担いでいたハンマーを肩から離すと、頭部を地面に下ろした。
「何時しか母さんは、僕の目の前で父さんに殺された。理由は知らないよ。知りたくない。僕はその時、何も出来なかった。た だ、飛び散った母さんの血を浴びるだけだった。――殴りたかった、蹴りたかった、殺したかった。――母さんを殺したこのクソ ヤロウを、父さんを、ぶっ殺したかった。……でも無理だった」
ハンマーマンは、下ろしていたハンマーを、頭上に上げた。
「弱弱しい存在の僕に、その頃は何も出来なかった。だから――、警察が何といおうと、父さんがどれだけ反省しようとも、僕 は怒った、憎んだ、叫んだ。怒り憎み叫び怒り憎み叫び! 気がつけば、こんな風になってた――」
ハンマーマンに、なっていた。
と、彼は言った。
「強い者が弱い者を虐めているところを見ると、ムシャクシャしてね。衝動が抑えきれないんだ、――殺せ、殺せ! って、僕 の心がそう叫ぶんだ。母さんを殺した父さんのように――、何もしていない人間に暴力を振るったりする人間を、――殺せず にはいられないんだ」
ハンマーマンは、片手で上げていたハンマーの柄に、もう片方の手を寄せる。
「人を殺すのはそれだ。でも――例外もあるんだよ」
そして、両手でハンマーを握り、
「僕の事も知らないで、僕の事を勝手に語る人間は――」
ハンマーを、勢いよく俺の顔面に向かって振り下ろし、
「大嫌いだっ――!!」
「……悪いな。俺はアンタを知ってる」
振り下ろされたハンマーの頭部を、俺は右手で止めた。掴みきれないがために、俺は振り下ろされたハンマーの動きを、掌 で止めた。
「な――っ、んだと……!?」
声を上げるハンマーマン。ハンマーの頭部のせいで彼の顔は見えないが、それでも構わない。俺は渾身の力を使って、ハ ンマーを押し出す。
「お前みたいに、病んだ心を持ってる人間とは、何百回と会ってきてるんだ。甘く見るなよ」
頭部を持ち上げながら、俺は続ける。
「あとそれとな。お前の事を語る事に、制限は無いだろ。……お前が勝手にそんな事言ってるんじゃねーよ」
そして、完全に持ち上げたハンマーの頭部を、俺は振り払うように横に投げた。案外簡単にいき、ハンマーマンが両手で 握っていたハンマーは、するりと抜けて、俺の横に倒れた。
腕を伸ばしきった状態で、俺の広げた掌の指と指の間に、ハンマーマンの目が見える。
「……長々とよく喋ってくれたな、ハンマーマン。……要するにアンタは、ただ自分の殺人衝動を満たすために人を殺してる んじゃないのか?」
虐めをする人間を見ると――殺せずにはいられない。
身勝手な、殺人衝動。
「そんな事してるから――化け物って呼ばれるんだよ。でも甘いな……」
俺は、思いっきり掌を広げ。
驚愕したアホ面のハンマーマンを睨んで。
「俺はお前以上に――化け物だ」
素早く立って、それと同時に俺はハンマーマンの顔面を広げた右手で掴み、それを地面に叩き落した。
「――ッ!?」
詰まった声を出すハンマーマンの事なんか気にせずに、俺は叩き落したハンマーマンの身体を跨いで、言った。
「知ってるか? 走りながら人を殺す殺人鬼は、つまらん人生を楽しむために人を殺したんだ」
ランニングハンター。
「冷酷な爆弾魔はな、小学生から頼まれた虐めの逆襲にさえ同意して、半径五〇〇メートルを吹っ飛ばすほどの爆弾を五 日で作り上げて、それを実行したんだ。ただの小学生の依頼のためにだぞ」
リクエストボム。
「顔面潰しの怪人はよ、自分の顔が醜いから、それ以上に醜い顔を作るために、無差別に人間の顔を潰すんだよ」
ブラックスカル。
「中にはな、都市伝説を事実にしたいがために、関係のない人々の口を切り裂く馬鹿野郎もいるのさ」
口裂けてない女。
「切り裂くといえば、ただ有名になりたいがために何人もの人間を切り裂く阿呆な駄目オヤジもいてな」
切り裂き太郎。
「シンプルな奴もいる。ただ自分を見下した全てが許せないから、それに復讐をする根暗なレディもこの世にはいるんだよ」
ブラックアンブレラ。
「……お前はどうだ?」
ハンマーマン。
お前が人殺しをする理由は何だ?
「母さんを殺した強い父さんのように、弱い者を虐める強い人間が許せない? ……マシなんだよ」
そう。
人殺しをする人間の、人を殺す理由の中で。
「アンタの人殺しは、まだマシなんだよ」
俺は掴んでいた顔面をそっと離した。
頭を強くぶつけていたハンマーマンの顔は、無表情だった。それでも、目は俺を向いていた。
「……それで? ……君は、僕の何を……知ってるんだ?」
ゆっくりと開いた口から放たれた言葉。
俺は、それに対しこう言った。
「……アンタみたいにな、何かを失っている人間なんかは、それに気づきたくないがために――それから逃げたいがために、 人殺しとか、そういったものをやらかすんだよ」
「……はは。ははは。……気づいているよ、逃げてもないよ。……僕は、常に前を向いているし、人を殺していることも実感して いる。……衝動なんだよ。僕が人を殺す時、何かが僕の心を駆けるんだ。それが止められない、抑えられない。――だから 殺すんだ」
「ちげーよ」
「は?」
衝動?
それも。
それこそが。
「……衝動なんて、そんな都合の良いもの、アンタにはない」
殺人衝動という、そんなストレス発散は――ハンマーマンには存在しない。
「アンタ、きっと……、自分に嘘ついてんだよ」
「……嘘?」
「弱きものを見下す強きものを許せない心と――、アンタの父さんのように強い力を持つことに――憧れてんだ」
母さんが目の前で殺された時、何も出来なかったのは、自分自身に力が無かったから。だったら、力が欲しい、そう思うは ずだ。だから、今のこの男は、ハンマーマンになっている。
強い力を、手に入れている。
「表では、弱きものの味方って偽ってるんだろうよ。でも裏は違う。――この強い力を使いたい。父さんのように使いたい、って ……、そういう思いの衝動が、あるんじゃないのか?」
「黙れっっ!!」
ハンマーマンは声を上げた。
「……何デタラメを言ってるんだ」
「……言ったろ」
俺は――。
ハンマーマンという人間を、知っている。
「長年の付き合いがあるんだよ。アンタみたいに人を殺す人間とは。そうやって触れ合う内に、段々と分かってきたんだ。人殺 しの気持ちが」
分かっている。
分かってないかもしれないけど。
「俺に向けたあのハンマーの一撃は、きっと自分を語って欲しくなかったからああしたんじゃない。自分が強いって事を、証明 したかったんだろ」
投げられたし、飛ばされたし。
とんだ地獄を見た気がするが。
「でも、残念だったな」
俺は皮肉に笑う。
「俺のほうが強い」
その理由は。
言わなくとも分かるだろう。あえて遠まわしに言うなら、弱い戦士が、強い戦士の周りで何年も生活していったら……、ってと ころだろうか。
「……はあ。……そうか」
ハンマーマンは溜め息をついた。顔に乗っていた石ころなどを振り払うと、俺を見て言った。
「僕の敗北は、君にいろいろと話したのが悪かったのかな?」
「さあな。どうでもいいだろ」
どうでもいいのさ。結局。
結果が全てだ。
「アンタの負けだ、ハンマーマン。大人しく自首しろよ」
「……自首、か。……そうだね。……強引に警察に捕まるよりも、自分から捕まりに行った方が良いと思うな」
今回は案外、素直に受け止めてくれたらしい。
この人――ハンマーマンは、人殺しであっても、心は素直に優しい人間なのだろうか。
俺はハンマーマンの答えを聞くと、ゆっくりと立ち上がり、ハンマーマンの使っていたハンマーが倒れているところを見た。
「なあ、一つ教えてくれ」
「どんとこい」
「……どうして、ハンマーで人を殺すんだ?」
ハンマーマンは、一度沈黙を作り、
「……父さんが、金槌で母さんを殺したからだよ」
……そうか。
結局アンタは、その父さんとやら以上に、強さを欲しがっていたのか。
だから、金槌よりもデカイハンマーを使った、ってことだろうか。
「よくよく見直してみれば、僕は確かに父さんに憧れていたのかもね……」
ハンマーマンは倒れながら、晴天の空を見てそう言った。
俺は、ハンマーマンをじっと見つめると、ハンマーが落ちているところを足を運び、それを手に取った。重かった。予想以上 の重さだ。それでも――俺にとっては持てる重さだった。
ゆっくりと柄を握り、それを持ち上げ、肩に担いだ。
「なあ、教えてくれ、ハンマーマン」
俺は、仰向けのハンマーマンに言った。
「どんとこい」
「人を殺す時って……どういう気持ちになるんだ?」
「……そうだね、人には上手く伝えられないよ、それは。後悔もあるし、怒りや憎しみもある。いろんな気持ちがミックスされたよう な感じかな。というより、いちいちそんな事覚えていないよ」
「……そうか」
聞きたかったことはそれだけだ。
俺は、そのままハンマーマンのところへ進み、ハンマーマンの顔を覗き込んだ。
「……」
沈黙するハンマーマンは、太陽から視線を俺に変えた。
「……はは、君は本当に化け物だね」
俺は肩に担いでいたハンマーを下ろし、右手で強く握った。
ニヤリ、と俺は笑い、
「……アンタを信じる」
「……後悔するぞ」
ハンマーマンの返事に、俺は聞く耳持たずのまま、馬鹿でかいハンマーを、更に強く握って、ハンマーマンを見つめた。
午後五時。
びしょ濡れだった俺のパーカーには、多少の血が滲んでいたが、それも自然と乾いて、あまり目立たなくなった。それでも寒 い。風邪でも引いたのだろうか。
自転車で走行中のため、風が強く当たる。
おかげで予定よりも早く風邪を引きそうだ。
「は……はっくちゅっ!」
そんなくしゃみをし終えて、もうそろそろ家に到着するといった頃、坂道に遭遇した俺は、そこで思わぬ人物とも遭遇した。
決して、殺人鬼ではない。
「城坂?」
自転車を急ストップして、俺は塀に沿う様に歩く城坂に声をかけた。
「……あら、不動君じゃない。どうしたの? そんな顔して」
「いや、普通の顔なんだけども」
竹橋高校の制服姿だった城坂。カバンを肩に掛けていた。塾かなんかの帰りだろうか?
「塾からの帰りでね。……用があるから今日はこっちを通っているのだけども、……不動君の家はここから近いの?」
「ああ、お前が来た道を戻れば、俺の家に到着するぞ」
「じゃあやっぱり、あの『不動』というプレートがあった家は貴方の家なのね」
「そういう事だな」
それにしても、城坂がこちらと目を合わさないのは気のせいだろうか? さっきから下ばっかり見ながら喋っているし、どうかし たのだろうか?
「にしても……、何か様子が変だな、お前」
俺は内心で思っていたことを口にしてみた。
「そうかしら? 幻覚でも見てるのよ、きっと」
「見てないことは確かだがな……。ああ、そういや耳にした話なんだがな、ここらで殺人事件が起こったらしいぞ。何でも四人 ぐらい殺されたらしい」
城坂にとってはおいしいネタなんじゃないのだろうか?
「ああ、それなら塾の時に聞いたわ。昼ぐらいに河川敷付近で四人が殺されて、残る一人は殺人鬼相手に闘っていた…… って聞いたわ。しかも、その相手は――ハンマーマン」
「そ、そうらしいな」
そのハンマーマンの相手は俺なんだがな。
「たまげた話よね。ハンマーマン相手に闘う一般市民がどこにいるっていうの? 相手は軍人か何かかしら?」
高校生です。
「それとも……、相手も殺人鬼だったりして」
……。
「だ、だったら凄い話だな。ジェイソン対フレディじゃあるまいし」
「ジェイソン? ジェイソンって、あのチェーンソーの?」
実際ジェイソンはチェーンソーは使っていないらしい。どうでもいいけど。
「ああ、そうだ。……というより、いいのか? 何か用があるんだろ?」
俺はわざと話を変えてみた。
これ以上長続きすると、次にいつくしゃみが出るかわからない。
「そうね。……じゃあ、また今度、学校で会いましょう」
と、陽気に手を振っては、城坂は俺から去っていた。
それにしても。
「……ハンマーマンと闘った相手が俺であるということは、誰にもばれていないのか……」
何故か、口に出してしまった。