05:撲殺振殺/正しい殺し
土曜日の朝は最高過ぎることこの上ない、
朝早く起きることが制約されていないこの日は、俺にとって最高最強の日であることは間違いない。何といっても、月曜から 金曜までの、つまらない学校生活の疲労は、この日で全て解消する、というのが俺が決めているルールであり、そのため土 曜日は毎週一一時前後ぐらいまで寝ているのが俺にとって当たり前だ。
だがまあ、母親にいろいろと言われているのが、俺にとっては嫌な事なんだが。
と、つまらない俺の戯言は無視して構わないけども、今日と言う土曜日は、今日に限って特別である。
起床時間、午前七時。
あまりにも珍しく、そしてあまりにも早い起床をしてしまった俺は、完全にベッドの上で意識をはっきりとさせながら、白い壁を見 つめていた。何の飾りも無い、味の無い殺風景な壁紙。
「あー……起きちゃったー」
棒読み感覚で発言した自分の精神は狂っているのか? と思いながらにも、俺は約一分間くらいはそこで静止していた。
一分経てば、もう完全に目を覚ましている事を自覚し、俺はしぶしぶ、自分を恨みながらにも一階のリビングへと足を運んだ 。
いつもなら階段を下りるときは、ぼやけた視界でよろよろと階段を下りているのに、今回はしっかり歩いている。全くなんで今 日に限って俺の睡魔は働いていないのだろうか。ここ最近一番疲れているのにも拘らず、どうして今日はこんなにも早く眠りか ら飛び出したのだろうか?
そんな愚痴を心で吐いておきながら、俺はリビングに入るドアを開けた。
「……はあ」
溜め息を一回。
視界には、朝から少年漫画を読んでいる私服姿の妹がいた。妹は俺と違って出来ている子であり、成績優秀、スポーツ 万能といった、完璧人間である。しかしまあ、恥ずかしがりやであるのが欠点で、目は前髪で余裕で隠されてあり、あまり人と 喋る事はない。無論、兄である俺にも話しかけてこない。
そんな妹だけがいるこのリビングで、俺は顔を洗う事もなく、まず初めにテレビの電源をつける。
瞬時に画面に光が映し出されると、流れ出した映像はアニメの教育番組だった。見る気無いので、チャンネルをリモコンで 操作する。
すると、ニュースが流れている画面が出てきたので、俺はそのニュースをじっと、経ったままの姿勢で見つめていた。
切り裂き太郎の怨念? 全身を切り裂かれ死亡した男性。
腹を突き刺されて死亡した男性。ブラックアンブレラまたもや!?
全身破壊! 全身を潰された遺体が発見。ハンマーマンまた一人。
――何だこれは。
俺は、約五分間、テレビのニュースを眺めていた。
待て。どういうことだ? 切り裂き太郎の仕業か? ってどういうことだ?
俺は、驚愕と焦りを身に染み始めながら、その場で硬直した。
朝のニュースで流れていた三つの事件。一つは全身を切り裂かれた状態で発見された死体のニュース。切り裂き太郎が 死んだのにも拘らず、切り裂き太郎と同じ手口で殺された人間が出た。これには俺はかなり驚いた。身を乗り出してまで、俺 はテレビに眼を飛ばしていた。もう一つはブラックアンブレラ。腹を突き刺されて死んだ男性のニュースが流れた時は、俺は正 直これにも驚いた。続けてもう一つ、ハンマーマンの事件だ。潰し殺す、という殺人方法で人を殺す殺人鬼、ハンマーマン の事件を、ここ最近見てなかったので、もうハンマーマンはいないのかと思っていもいたが、ニュースで流れたとなるとやはりま だ生きているらしい。ハンマーマンにだけは会いたくないものだ。
そんな風に、驚愕と唖然と警戒を心に一気に備えてしまった俺は、ダルい身体をソファに下ろして、そのまま数分間座り込んだ。
午後一時。
さすがに家にずっと居ても暇なので、俺は近くの河川敷で釣りをしようと考えた。これでも釣りをするのは得意の方で、まあだ からといって上達者というわけでも無いのだが。とりあえず、普段着用している黒い半袖のパーカーと黒いジーパンを穿いて 、愛用のリールと竿とワームを持っていって、俺は家から二キロほどある河川敷に足を運んだ。
二キロも歩くのは御免だったので、俺は竿を持ちながら自転車で走行し、約二〇分ぐらいで河川敷に着いた。
「……誰もいないな」
道の端に自転車を止め、鍵を掛けてそれをポケットに入れると、河川敷の方へ歩く。コンクリートの地面から、土や草の地 面へと踏み込むと、そのまま下って、そこからは石ころの地面へとなっていた。
「……不法投棄しすぎなんじゃないのか……?」
独り言を吐くほど、周りには空き缶やらペットボトルやらと、いろいろなものが棄てられていた。まあしかし、川の方にはゴミは無 いため、釣りに支障はないだろうが。
「後で拾うか……」
ちょっとばかり良いことでもしようと考えた俺は、もう既に準備してある竿を構えると、それを勢いよく川に投げる。
釣りの始まりだ――。
五分経過。
――一匹も釣れず。
「まあ最初はそうだろうよ」
一〇分経過。
――変化なし。
「もうそろそろか?」
三〇分経過。
――食いつく事もない。
「ワームの泳がし方が下手くそなのか?」
一時間経過。
――やっぱり駄目なのだろうか。
「……釣れんな」
溜め息を吐きながら、ワームを引き上げる。
今日はこのワームだけしか持ってきてないから、他のワームに変えることは不可能だ。このまま意地張って粘るしかないのだ ろう。
もう一回、再度チャレンジしようと竿を構えた――その時だった。
「釣りをしているのかい?」
と、優しそうな声で、後ろで誰かが俺に声をかけてきた。
「えっ? あ、はい……そうですけど」
突然の出来事に少々の驚きをしてしまった俺は、構えをやめて、後ろを見た。
「あ、ごめん。驚かせちゃったかな? ああ、気にしなくていいよ、続きをどうぞ」
やせ細った顔つき。青白い肌。白い長袖のTシャツに、青いジーパン。その異常な痩せた身体を見て、彼が男性であると いうことは、顔を見なくちゃ分からないだろう。
その顔は、とても優しそうな顔だった。
「あ、すいません……」
適当に謝ってしまった俺は、また前を振り返ると、竿を投げた。
ワームが水面に行き着き、ポチャッ、という音が聞こえると、後ろの彼は、
「釣り、好きなのかい?」
「ただの趣味ですよ」
「趣味は良いね。好きな事が出来るから」
とても気持ちの良い人だ。
ここ最近、ろくな人間と会っていない俺にとって、このような人の良さそうな人と会話を成す事は、実に気分が良かった。
「君、良い人だね」
と、突然彼は言ってきた。
「あっ、えっ? お、俺がですか? ……はは、どうも」
当然驚く。
突然、良い人だね、と言われて、顔を赤くしない人間はいるのだろうか? 俺は恥ずかしかった。見知らぬ良い人に、突然 カミングアウトされても困る。
「世の中、君みたいに良い人ばかりだったら良いのにな。……そう、甘い世の中じゃないからね」
「はは……、そうですね」
リールを巻くことなく、俺は立ち尽くしていた。リールを巻かないと始まらない。俺はその事に気づくと、早速リールを巻き始め た。が、何かにワームが引っかかっていたらしく、中々引き上げる事が出来なかった。
「引っかかったか……」
力を入れて竿を引っ張るが、ビクともしない。どうしようもないと思いながら、俺は後ろのいる彼を見る。恥ずかしいところを見 せてしまったから、笑って誤魔化そうと考えたのだ。
「いやあ、ワームが引っかかってしまったみ……」
言い終わる前に黙り込んでしまった理由は、彼が俺ではなくあちらを見ていたからだ。その彼の視線の先には、四人ほどの ヤンキーみたいな男達と、それに囲まれている中学生ぐらいの少年がいた。
「……カツアゲ……ですか?」
何を呟いているんだ俺は。ここで黙って見過ごすわけにもいかないだろう。
俺は、彼に止めに行こうと言おうとしたが、
「……あれ?」
彼は――逃げていた。
河川敷から離れ、上の道の方へ走っていた。
おいおい。逃げるのかよ。
「……良い人良い人言っていた人が、逃げちゃってどうするんだよ」
俺は走り去る彼の背中を、呆れながらに見ながら、ヤンキー達の方へを視線を向ける。
殴る蹴る。
彼らは暴力を、囲まれている少年にしていた。
「……止めるか」
俺は、竿を地面に置いて、ヤンキー達のいる方へ歩き出そうとした――。
したのだが……。
「な――っ!?」
瞬時に驚愕したのは、理由がある。
ヤンキーの一人に、どこからともなく現れたでかい塊が、突撃した。
それももう、風のようなスピードで、一人の人間に何かがぶつかった。
「……え?」
何かにぶつかった男は、その勢いで地面に激突し、弾むように地面の上を跳ね、終いには川の中に突っ込んだ。
男にぶつかった塊は、石ころの地面の上に倒れていた。
それを見て、俺は驚愕した。
「おいおい、冗談やめてよマジで……」
ハンマーが倒れていた。
それも、馬鹿でかい頭部は黒い槌で出来ているハンマー。
人の顔の五倍はあるだろうか。漆黒のそのハンマー。デカイ槌を支えている柄の部分も何やら黒いし、日光に当たっている ためか、不気味な輝きを見せていた。
どこからともなくやって来たハンマー。
それに直撃した人間。
それを見て、終始戸惑いを見せているのが、ヤンキー三人と少年一人だった。
無理もない。目の前にハンマーが飛んできて、それにぶつかった男一人が川へと吹っ飛んだのだから。おそらく吹っ飛んだ 男は死んでるだろう。男がさっきまでいた場所には、血が飛び散っていた。
それにしても。
「何が起こった?」
この突然イベントに対する余裕のない俺は、自然的にヤンキー達のほうへ走っていた。
だが。
――俺よりも先に、その場所に走っている彼がいた。
「あ!?」
素早いスピードでヤンキー達の方へ駆けて行く彼は、倒れているハンマーを、素早く手に取り、そのまま劣らない速さで、戸 惑っているヤンキー三人の方へ突っ込んでいき――。
グシャグシャグシャ、と。
三人の全身を潰した。
グロテスク。飛び散る赤。吹き飛ぶ肉。一瞬にして石ころに鮮やかな血が塗られると、そこに全身を潰され、崩壊した死体 が生まれた。
三つの死体が、一瞬にして生まれた。
「……は?」
止まった俺の身体が、次の一歩を踏み込もうとしなかった。
二〇メートル先にあるその地獄に、俺は踏み込もうとする勇気がなかった。
何だあれは?
何が起こった?
何でああなってんだ?
真っ赤なそこを凝視する俺は、中心に立つ怯えた少年が目に入った。
そして、その横には――。
ハンマーを持った、一人の男がいた。
ということは、だ。
「お……」
俺は――、止まない恐怖に打ち勝とうと努力し、足を踏み込んだ。
「おいテメェッ! 止めろ!!」
ジャリッ、という地面を踏んだ音が聞こえて、俺は叫び、ハンマーを持つ男の方へ走り出した。
このままじゃヤバイのだ。
あの少年が殺される。
黙って――見過ごせるわけがない!
怖がっているのか、俺の足が震えており、思うように進まなかったが、二〇メートルというのは案外短いもので、ハンマーを持 つ男の下へ、俺はすぐに辿り着けた。
「……殺すな!」
真っ赤な地面。飛び散った肉の塊。死体がすぐそこにあった。
恐ろしい現実が――そこにあった。
これも――、俺の不幸のせいか?
「……殺さないよ。僕はただ、彼を守っただけだ」
と、彼は言った。
ハンマーを持った、血に染まったシャツを着た彼は、優しそうな声で言った。
「……?」
俺は怯えた少年しか目に入ってなかったがために、ハンマーを持った男を凝視することはなかった。
だからこそ――、今ここで、大いに俺は驚愕している。
「貴方は……!?」
先ほど走り去った彼が――、やせ細った体格をした彼が、そこにいた。
「……もう大丈夫だよ。僕が悪い人を倒しから」
彼は、怯え続けている少年を見ながら、そう言った。
「そんなに怯えなくても、もう安心だよ」
彼はそう言いながら、そっと少年の方へ手を差し伸べた。
だが。
「近づくな化け物!!」
少年はそう叫び、差し伸べられた手を叩き、瞬時にその場から逃げ去った。
恐怖したまま走っているためか、少年は幾度となく転んでいる。
その様子をじっと眺めている彼は、持っていたハンマーを肩の上に乗せると、静かにこう呟いた。
「……化け物?」
そして。
彼はハンマーを肩から離すと、片手でその馬鹿でかいハンマーを持ち、投げるような構えをし始めた。
まさか。
投げる気か!?
「おいやめろ!!」
俺はすかさずハンマーを持った彼に飛び込んだ。
突進するかのように、俺は彼の身体に飛びつき、そのまま彼を押し倒した。
押し倒したおかげで、彼がハンマーを投げる事は阻止できたが、それでも彼はハンマーを持ったままだった。仰向けに倒れ ている彼と、目が合ってしまうことに恐怖を覚えていたが、それもすぐに、現実となった。
彼と、目が合った。
「……僕は化け物じゃない。僕は化け物じゃないのに、彼は化け物だって言った。何故? 僕は化け物じゃない。化け物はさ っきの不良達のほうだ。僕は良い事をした。人を守った。人を救った……なのに!!」
と。
突然叫んだ彼は、思いもよらぬ行動を起こした。
「えっ?」
俺は唖然した。
何故なら――空中に浮いていたからだ。
いや、正式には、空中に持ち上げられていた、というべきか。
「……え? ちょっと待ってちょっと待って」
現状を説明しよう。
空中に浮かぶ俺。
パーカーのフードは彼に握られている。
ハンマーを右手に持つ彼は立っている。
そう。
この俺を――彼は軽々と持ち上げていた。
ホントにこの男は化け物なのか!? 内心でそう思った。
無理もない。突然叫んだ彼は、俺の胸を強く押し、そのせいで一瞬宙に浮いた俺はそれだけでも驚愕したが、その直後、 俺が着ているパーカーのフードを瞬時に握った彼は、そのまま腕を伸ばし、俺は宙に浮いたままの状態で唖然している、後 は軽々と地面をに立ち、――今に至 る。
「……君は僕の邪魔をするのかい?」
無の目。と例えても良いくらい、彼の目は真っ黒で、何事に動じないような目だった。ただ、俺だけを見ている。
「……」
「……君は僕の邪魔をするのかい?」
同じ質問をしてきた。
答えろ、ということなのだろうか。
「……あの少年を、殺すのか?」
腕に掴まれ、空中に存在する俺は、逃げ去っていく先ほどの少年の背が見えなくなると同時に、彼に向かって言った。
「殺す。殺した方が良いからね。人を化け物呼ばわりする人間なんて、死んだ方が絶対良い」
「……アンタ、誰だ?」
「棲通蜜柑、という名前なんだけども、世間はそうとは呼ばないんだ。――ハンマーマン、って呼んでる」
――なっ!?
ハンマーマンだと?
「そんなに驚かなくても良いんじゃないのかな? ただの人間だよ。化け物でも何でもない。ただの――人間なんだけどね… …。君、僕の事を化け物だと思ってる?」
こいつが……ハンマーマンだと?
確かに、ハンマーを持ってるし、ハンマーを軽がると使っては四人の人間をあっという間に殺した。……だとしたら、俺はまた 殺人鬼遭遇体質を発動させたのか?
勝手な運命だ。いい加減にしてもらいたい。
三日連続殺人鬼と出会ったぞ!
「……まあいい。答えは必要ない」
ハンマーマンを俺にそう言うと。
「――えっ!?」
驚愕したのも無理ない。
ハンマーマンは俺を思いっきり頭上に上げると――、
「自覚してるんだ。――僕は化け物だ、ってね」
一言呟き――。
俺を遠投の如く、川に向かって思いっきり投げやがった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああ――――ッッ!!」
喉が焼けるぐらい――いや、喉が裂けるぐらい、俺は叫んだ。
初めての体感、という案外楽しそうな表現の仕方をしないと、今の俺のこの状況は一八歳以上限定視聴的な制限がか かるぐらい、かなり危険な状況になっていた。
できれば顔は見られたくない。大きく口を開け、そこから発せられる裏返った怒声、というより悲鳴は、周囲にいたギャラリー 達の注目の的だった。グルグルと回転する俺の身体。感覚で分かる。腕も脚も、自由の利かない状態であり、そろそろ着地 するんじゃないか? と考えていると――、
「――ッッ!?」
バシャァッ! という雑音が聞こえたかと思うと、今度はブクブクという音が聞こえてきた。飛ばされた時に目を閉じていたた め、今どこにいるかはよく分からなかったのだが、大体理解できた。――水の中だ。
冷たい感じと、苦しい感じが、一斉に俺を襲った。
「ンゴガァッ!」
瞬時に目を開けば、そこは濁った水の中であり、小さな魚達の姿も見えた。見渡す限り、バスやギルといった、大きめの魚 はいなかった。なるほど、通りで釣れんわけだ――、などと余裕を披露している暇はない。
実は言うと、二五メートルのプールをクロールで泳ぎきれない俺は、この状況は非常にまずいと理解していた。泳ぐ事は何と かできるも、フォームはなってないし、下手糞である。それでも何とか頑張って、俺はようやく水中から顔を出した。
「ぷはっ!」
びしょ濡れだ。
どうやら、足がギリギリ届く範囲の川の深さだ。陸上からそう遠くないところに飛ばされたらしい。俺は下手糞なクロールで陸 上まで行くと、一瞬にして疲れた身体の心配をする暇もなく、素早く立ち上がり、びしょ濡れのまま、前方に立つ男を睨んだ。
「……君を殺すつもりはないんだよ」
彼は。
ハンマーマンは、無表情の顔でそう言った。
「風邪を引いたら責任取れ、ハンマーマン……」
お陰でくしゃみが出てしまった。
「はっくちゅっ!」
「……中々可愛いくしゃみだね」
「だ、黙れ」
人に知られたくな秘密ベスト3に入る俺のくしゃみを……、ハンマーマンは可愛いと言いやがった。いや、今はそんなことに 構っている暇はない。
「見てみなよ。やっぱり僕は化け物らしい。周囲に人間が誰一人いない。君を飛ばした時に、皆、慌てて逃げて行ったよ」
ハンマーマンがそう言ったので、俺は慌てて周囲を見渡した。まず、近くの橋の上。先ほどまで結構の人数がいたのに、今 はもう誰一人いない。道路にも誰一人いないし、勿論河川敷にも誰もいない。まあ、俺とハンマーマンは仲良く喋っているの だが。
「可哀想だね君は……」そう言いながら、ハンマーマンは巨大ハンマーを肩に担ぐ。「君を助けようとする人なんて、誰一人 いないじゃないか。……世の中、本当に腐ってるね。いや、腐ってるのは人間かな? だとすれば、僕も腐ってるし、君も腐っ てる」
「アンタと同じにされたくないね」
俺がそう言ったその時だった。
ズゴンッ! という表現はどうかと思うが、――とにかく、俺の真横に、ハンマーマンが持っていたハンマーが、地面にめり 込んでいた。
「……な、……え?」
「人間だろ。同じ人間じゃないか。同じにされたくない? はは、何を言うのかな君は。最初っから同じだろ。何の変わりもない 人間だろ」
右手を伸ばした状態で、ハンマーマンが立っていた。
……ハンマーを、投げたのか?
「まあ確かに、ハンマーを投げたり、人を投げたりする人間を、化け物と呼ぶのは当たり前かもしれないけど……、それでも人 間なんだよ。同じ種族なんだよ。それを――化け物呼ばわりされるのはどうかと思うけどね」
「何で彼らを殺した……!?」
俺は潰された死体達を見ながら、潰し殺しの男に言った。
「裁いたんだ。悪を働いたからね、彼ら四人は。弱い立場の人間を虐めた……!」
「それだけで殺したのか?」
「何か悪い事でも? いや、悪い事は何一つ無いだろう。あるのは――正しいことじゃないか」
ふざけんな。
「……その、――その拳は、僕を殴るための拳か?」
ハンマーマンはそう言った。
そう。
俺は拳を握っていた。
「正しいことだと? 言っとくけどな、人殺しに正しいもクソもねぇよ……!」
「君が言える立場か? ――気持ちも分からないくせに!」
直後、ハンマーマンは走り出した。
戦闘開始かと思われたが、ハンマーマンは走りながら瞬時に地面の石ころを拾うと、それを俺に向かって投げてきた。
「!!」
避ける事は簡単だった。余裕はないため、俺は全身を移動して、身体を斜めにし、石ころの突撃を回避はした――けども。
「君に僕の気持ちが分かるか!?」
突然、横から聞こえた声。
瞬時にそこを見れば、低姿勢でいるハンマーマンがそこにいて、彼の右手には地面にめり込んでいたハンマーの柄が握ら れていた。
「分からないだろうね! 他人なのだからっ!」
めり込まれていたハンマーを瞬時に抜いたハンマーマンは、軽々とそれを持ち上げ、そして頭部の部分を俺に向かってスイングした。
命中、した。
「――っ!」
痛みが伝わる。
そしてそれは一瞬で消え、次に俺は吹き飛んだ。
勢いよく吹っ飛び、俺は草の地面へと転がり落ちた。何回も転がり、やがて治まると、仰向けになった俺は、天晴な青空を 見上げた。
「……あー、死ぬ」
右脇腹が、痺れている感じだった。骨とか折れたんじゃないだろうか? そんな事を思いながら、俺はじっと静止していた。
やがて。
「……君を殺すつもりはないのだけども……、すまないね」
ハンマーマンが、俺の視界に現れた。見下ろしながら、俺を見るハンマーマンの顔。
……本当、やせ細っているよな、この人。
何であんなに力強いんだろうか。
「……僕が人を殺すのは、決まって、虐めている人間なんだけども、何の関係もない君を殺してしまうのは、大変申し訳ないと 思っている。すまない」
だったら何で吹っ飛ばしたんだよ。