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殺人正義  作者: 赤腹井守
ブラックアンブレラ
5/13

04:刺殺史殺/刺す物ではない

 生まれた頃から、俺には――人殺しと出会いやすい体質があったらしい。

 まず最初。

 赤ちゃん時代。

 ベビーカーで母と散歩中に、指名手配中の《ランニングハンター》という――走りながら人を殺す殺人鬼と遭遇したらしい 。そのときは狙われなかったが、母にとってそれは過去で一番の思い出らしい。もっとマシな思い出を持っててほしいと、息子 は思う。

 お次に。

 幼稚園時代。

 幼稚園のグラウンドで友達と遊んでいた俺達は、幼稚園の正門前で何やら怪しい動きを見せる人物を発見した。先生に 報告し、先生が通報すれば、その不審者が実は《リクエストボム》と呼ばれる爆弾魔であることが分かり、警察が逮捕した。 印象に残っているため、記憶に刻み込まれている。

 そんでもって。

 小学生時代。

 この頃はかなり人殺しと出会っていた(今よりかは少ない)が、その中でも一番印象的なのは、《ブラックスカル》と呼ばれる 、黒い骸骨の顔をした殺人鬼だった。今でも捕まっていないシリアルキラーらしく、怪人みたいな顔つきから、そう呼ばれてい るらしい。下校中の俺の前に現れて、俺の目の前に頭が潰された死体を投げ出す、という荒業を見せ付けた。嫌な意味で 印象的だ。

 そして。

 中学生時代。

 最近のことだが、これは本当に怖かった。

 中三の時、自転車で買い物に行く途中、人気のない道路を通っていたら、後方から猛ダッシュで俺を追いかけてくる女性 が現れた。マスクをつけ、右手にはナイフ。これが後に《口裂けてない女》と分かった時は、心臓が止まった。止まってないけ ど。

 最後に。

 高校生時代。

 といってもそれは今になるが。

 週に三回以上は会っている気がする。シリアルキラーと呼ばれる連続殺人者達は、日常的な感じで俺の前に現れる。

 これが――偶然だったら恐ろしい。

 俺の運命のせいであって良かった。

 こんな風に、何年も人殺しとの付き合いが長い俺にとって――。

 人殺しを相手にするのは、蟻よりも簡単だった。



「アンタ……、傘の使い方知ってるのか?」

 突き出された傘の先端を、右手で握った。

 先端部分が、ちょいとばかし出ており、そこには血が多少ついていた。俺の血らしい。拳から血液が流れていた。

「……ん! んん!!」

 力を加えて、更に俺に突き出そうとしているブラックアンブレラの脚を、蹴ろうとした。

 右脚でブラックアンブレラの左脚に向かってキックを浴びせようとしたが、

「よっ、と!」

 瞬時の行動で、それを回避したブラックアンブレラ。傘を手から離し、やって来た俺のキックをジャンプして避けては、地面に 着地した瞬間、バク転をし始め、俺から一気に距離をとった。

「あ……ああ……」

 唖然する俺。

 アンタが人皮被ったターミネーターだろ。

 腰を下げた姿勢で、ブラックアンブレラは、俺を見ながら言い始める。

「本当に貴方は只者じゃないのね。……アニメに出てきそうな人間みたい」

「俺の体質設定がアニメみたいだからな」

 奪い取った黒い雨傘を身体の支えにしながら、俺はブラックアンブレラを睨んだ。

「その傘、返してくれない?」

「返すか」

「あらそう」

 腰を上げて、ブラックアンブレラは溜め息を吐きながらそう言うと、

「だったら仕方ないわ」

 と言いながら。

 言いながら、俺を――睨んで、

「強引にでも――!」


 そして、彼女の右手に雨傘が現れた。


「……あ?」

 瞬時に俺は黒い雨傘を持っていた右手を見る。

 ……おいおい。

「嘘だろ……?」

 綺麗さっぱり。持っていたはずの黒い雨傘は消えていた。

 そこに、最初から存在しなかったように。

「……冗談よせオイ。……なんだよコレ」

 俺は――ブラックアンブレラの持つ黒い雨傘を凝視する。

 あれは――さっきの傘なのか?

「あんまり人前で使う事はないのだけども……この状況では仕方ないものね。驚いた? 世界には不思議な事っていうのが たくさんあるけども、これもその一部。瞬間移動に近い、物質移動ってとこかしら?」

 ブラックアンブレラは気楽に言ったが、俺には重大過ぎた。

 あ? え? 瞬間移動だと? さっきまで俺が持っていたはずの雨傘はどこ行った!? あれか? あのブラックアンブレラが 持っている傘がさっき持っていた傘なのか!?

 一歩、後ずさりをしてしまう。

「逃げるの? ……ああ、やっぱり怖くなっちゃったかしら? さすがの対殺人鬼マシーン的な貴方でも、超能力と言われる 現象を目の当たりにしたら、びびっちゃうものね」

「……超能力だと?」

「不思議な事なんてたくさんあるわ。超能力なんて、その一部。私にとっては――当たり前だたんだけどね」

 ブラックアンブレラがそう言った直後。

 彼女は走り出した。

 雨傘を剣のように振舞いながら、俺に向かって走り出した。

 走る。走る走る走る。俊足。瞬間移動ではないものの、そのずば抜けたスピードのせいで、あっという間に俺の目の前にブ ラックアンブレラは現れ、

「あは」

 と笑った。

 そして――傘が俺の胸に――、

「――ッッ!!」

 突き出された傘の先を手で握ったが、しかしそれはブラックアンブレラの読みどおりだったらしく、彼女は雨傘を手から離し、 仕舞いに俺の顔面にストレートパンチを繰り出した。

「んんんんんっ!!」

 そのまま後ろに転がり倒れた俺は、瞬時に体勢を整える。起き上がっては、次に来る相手の行動を考えようとするも、―― そんな余地はなかった。

「――なっ!?」

 俺が驚愕したのも無理もない。

 顔面寸前に、雨傘の先端が飛び出してきたからだ。

 当然、避ける暇もないため、鼻の上部分に先端が直撃し、痺れるような痛さを味わいながら、俺はまたもや後ろに倒れた。

 今度こそは、瞬時に動けなかった。

「……やっぱり、顔面は刺せないのか~」

 そんな物騒な事言いながら、ブラックアンブレラは俺を見下ろす。

 いつの間に、この女はすぐ近くにいたのだろうか? もしかすると、雨傘が現れた時には既に、俺の近くにいたのか?

 あの傘は――投げたのか? 突き出したのか?

「あの時、切り裂き太郎に頭突き食らわしてたの見てたけど、もしかして不動君、石頭?」

「……」

 あえて無言だ。

「……そっか。――やわらかい頭なのか」

 そして俺は見た。

 瞬きしてもないのに、ブラックアンブレラの右手に瞬時に雨傘が握られた。無かった存在が、瞬間的にあった存在になった 。

 ……ブラックアンブレラは。

 瞬間移動能力を持っている――シリアルキラー。

「そんな大層な力持ってるんなら、人殺しじゃなくて、ヒーローにでもなれたんじゃないか? アンタ」

 見下ろされている俺は言った。

 瞬間移動なんていう立派な力を、もし俺が持っていたら。

 世界に広めて、金持ちにでもなろうと奮闘するさ。誰もが憧れている力なんだから、ヒーローにぐらい簡単になれるだろうよ。

「……貴方には分からないわ」

 ブラックアンブレラは言って、傘をゆっくりと上げた。

「……だから私は――ブラックアンブレラになったのよ」

 あ? そんな事は聞いてない。

 俺は一瞬そう思ったが、直後俺の思考は恐怖に変わった。

「ッ!!」

 笑みを浮かべた顔で、ブラックアンブレラは俺の腹部に傘を突き刺そうとしていた。

 そう。

 傘の先端が、俺の腹部に辿り着こうとしていた。

 スロー。

 スロー。

 ゆっくりと――その光景が脳裏に焼きついた。

 まるで映画みたいに、スローモーションでその映像は流れていた。傘の先が、もうあと少しで俺の腹を直撃する。

 つまりは――死。

 ……バカヤロウ。

 死んで――たまるか。


「お前が人殺しになったから何だってんだ? あ? そうさな。あえてここで言わせてもらえば――、俺一人殺せない超能力を 持つシリアルキラーがいるとは、今まで思いもしなかったぞ」


 またもや。またもやです。

 傘の先端部分を、左手で掴んだ。

 おそらくだが――少し刺さっている気がする。妙に痛い。

「……ホント、惚れそうだわ。――貴方に」

 そんな事を言ったブラックアンブレラは、更に傘を俺に刺そうと力を加えた。圧倒的な力によって、傘の先端部分は刺さって いないものの、それを握っている拳が俺の腹を潰そうとしていた。

 正直言えば――絶体絶命。

「今までいろんな人を殺してきたけど、貴方みたいに強くて格好良い人は初めてよ。――好きになって殺しそうだわ。なんちゃ って」

 笑えねーよ。

「でも。……それももうお終い」

 そう言って。

 ブラックアンブレラは笑った。

「貴方は――傘で刺されて死ぬ」

 力というべき恐怖が、俺の腹を刺し殺そうとした。


「止まりなさい!!」


 まるでヒーローのように。

 まるで救世主のように。

 絶体絶命の人間をおいしいところで助けにやって来る。そんなシチュエーションが現実に変換されたかのように。

 懐中電灯のライトが、驚きの表情を見せるブラックアンブレラに当たる。

 俺は――ゆっくりと声のした方を向く。

 青い服装。

 後ろには赤い光が放たれている、白黒の車。

 三人の人間。


 警察だ。


「ブラックアンブレラ! 両手を後ろに、その場に屈み込め!」

 一人の警察が怒声を上げた。

 俺はそれだけで――安心感を手に入れた。

 やったんだ。助けが来たんだ。人殺しに襲われている俺を助けに、警察が来たんだ。最高過ぎる展開じゃないか。いやまあ 、当たり前のような気もするけども、とにかくこの状況を誰かが通報してくれたのならば――感謝感激有難う!

 しかしその後、ブラックアンブレラは両手を後ろにすることなく、俺に突き刺そうとしていた傘を俺から強引に離すと、警察の 方を睨んで――こう言った。

「――邪魔」

 そうか。

 やっぱしそうなのか。

 そうなんだろうな。

 やっぱり――、世界はそんなに甘くはないらしい。

 俺は――ずっと警察の方を見ていたけども。


 今そこに、警察誰一人どころか、パトカーさえも無かった。


 いるのは、俺と――顰めた面をしているブラックアンブレラだけ。

「……あ、はは」

 苦笑した。

 ああ、そうか、と。

 瞬間移動――に近い、物質移動、って奴か?

 これも。パトカーごと警察が一瞬にしていなくなった現象を起こしたのは、ブラックアンブレラという――一人の人間だ。

「……はぁ、はぁ。……ちょっとキツかったわね」

 ブラックアンブレラの汗が俺の顔に落ちてきた。険しい顔をしながら、ブラックアンブレラは警察が先ほどまでいた場所を睨 んでいた。

「……どう? これが、超能力殺人鬼の力よ」

 勘弁してくれ。

 俺は思った。――もうこれは、死ぬしかないじゃないか。

 殺されるしか、ないじゃないか。

「もう駄目だ」

 開き直り気味で、俺は両腕を広げた。

「ん?」

 疑問視するブラックアンブレラ。そうさ。諦めたんだ。もうこの状況じゃ死ぬしかない。たとえ誰かが助けに来ても、このブラック アンブレラという超能力者に掛かれば、一瞬にしてどこかに飛ばされるのがオチだ。

 だから――諦めよう。

「……怖くないの? 今から殺されるのよ」

 ブラックアンブレラは俺に尋ねた。

 ああ、怖いさ。

「怖いよ。……それが普通だろ」

「私から見れば、そう見えないのだけども。……まあ、その格好から判断するなら、殺される事を覚悟したらしいわね」

「……なあ、一つ良いか?」

「……遺言かしら? 構わないけど」

 見下ろすブラックアンブレラに、俺は言った。

「アンタは、どうして人を殺すんだ?」

 この質問は。

 城坂が俺に問いかけた、謎。

 どうして人は、人を殺すのだろうか? 長年の人殺し付き合いがある俺でも、多少の答えは見つかっているが、真実は分か っていない。

 唾をごくりと飲む。

 ここで、ブラックアンブレラがまともに意見を返すかどうかで、――決まる。

「そうね……」

 ブラックアンブレラは口を開いた。

「……置き土産のつもりで、教えておくわ」

 彼女は、まともな意見を返してくれそうだ。

「復讐よ。全てへの復讐」

「……」

「私を拒絶した全てに、私自身が復讐をする」

 復讐だと?

 それは――切り裂き太郎の同じじゃないか。

「見ての通り、見た目はこんなんだし、妙な超能力持ってるから、勝手に皆から迫害されたの。元々身体が弱かったし、根暗 だったから――完全たる虐めの対象よ」

 無表情の顔で、彼女は言う。

「大人になってもそう。ずっと仲間外れにされてきた。……いい加減にして欲しかったわ。見た目で判断しないでほしかった。 私は好きでこんな格好したんじゃない、貴方達がさせたんだ! ……って、日々思ってたわ。それでね――嫌になったのよ、 自分が。このどうしようもない格好悪い自分が――」

 だから。だから何だってんだ?

「死にたくなったわ」

 それを聞いて、鳥肌が立つ。

「自殺の目前まで行ったけど、やめた。怖かったのよ。死ぬのが。それに――どうして自分が死ななくちゃいけないんだろう、っ て考えたの。そしたら、良いことを思いついてね」

「人殺しか」

「復讐よ。私をこんな風にした全てを、――壊そう、と思った。計画したわ。どんな殺人方法が良いのか? ってね。どうせや るなら、完全犯罪を成し遂げたいわ」

「……」

「私にはそれを成し遂げる力があった。――超能力よ。神様の授け物なんだと今まで思ってきたけども、これは多分――悪 魔のプレゼントね。私以外の存在を移動させることが出来る力。私はそれで、いろんな人を殺した」

 海に移動させて溺死させたり。

 記憶した火山のマグマの中に移動させたり。

 走行中の大型トラックの前に移動させて轢かせたり。

「でも、でもね。――十分じゃないのよ。自分で殺したっていう実感がないの。それじゃつまらないでしょ。だから――自分の手 で殺そうって考えた」

 ブラックアンブレラとして。

 シリアルキラーとして。

「前代未聞のやり方で、全てに復讐してやろうと考えて、考えて――ブラックアンブレラになった。傘で突き刺して、人を殺す 。なんてユニークなアイデアなんだろう。最初に考えた私は感激したわ。無謀な挑戦に思えるけど、超能力を持つ私にしては 、簡単すぎることだった。実行すれば、案の定、イージー過ぎたわ。こんなにも――」

 こんなにも、人を殺す事が簡単だなんて。

 ブラックアンブレラは言った。

「やめられなくなったのよ。復讐を。今まで私を苦しめた元凶を殺す事ができるゲームを!」

 いかれていた。

 俺はそう思う。笑ってはいない顔だが、ブラックアンブレラの表情は内心で笑っているようだった。口元がニヤリとしている。

「……それが、私が――ブラックアンブレラが、人を殺す理由」

 ふざけるな、そう思った。

 復讐のために、自分の欲求のために、人を殺すだと?

 切り裂き太郎よりもたちが悪い。

「……分かった」

 理解した。

「何が?」

「……人殺しには――正義もクソもないってことがなっ!!」

 右脚を回転!

 俺は、即座に右脚を回転させ、進行方向に存在するブラックアンブレラの左脚の膝に直撃させた。

「んんぐっ!?」

 長話の後の不意打ちには、さすがのブラックアンブレラも手が出せなかったらしい。もろにダメージを食らって声を上げては、 そのままその場にガクンとしゃがみ込んだ。

 俺は瞬時に起き上がり、しゃがみ込んでいるブラックアンブレラが右手に持っている雨傘を、奪い取った。安易に奪い取る 事ができたのは、彼女が左手で蹴られた膝を押さえており、右手には注意がされていなかったらだろう。

 奪取した傘。しゃがみ込むブラックアンブレラ。

 この状況は圧倒的有利。

 もしここで、また長い話を続ければ、ブラックアンブレラの物質移動とやらで俺の持つ傘が奪われる。それは避けたい。だか ら――先手を打った。

「おい」

 しゃがむブラックアンブレラの後ろで、首筋に傘の先を当て、俺は言った。

「後ろを向いたら、首に突き刺す」

 この発言は極めて避けたかった言葉だ。まるで俺が人殺しじゃねーか。

「……恐ろしいわ。……もしかして、気づいたの?」

「アンタの能力か? そうさな、見ているものしか移動できないんだろ?」

 さっき、公園の中で嘆いていた人間の腹に刺さってあったのはおそらくブラックアンブレラの傘。ブラックアンブレラは、その傘 を見ながら、手元に瞬間移動させた。

 俺が奪った時も、ブラックアンブレラは俺を見ながら傘を手元に現せた。

 警察の時もだ。

 俺から目を離し、睨むような目つきで警察を見て、そして瞬間移動を発動させた。

 極わずかな可能性だけども。

 物を移動させるには、それを見ておかないといけないのだろう。

「……殺すの?」

 ブラックアンブレラは聞いてくる。

「殺したら、俺もアンタの同類だな。それは控える」

「……あくまでも、最初っから最後まで、善人気取りってわけ?」

「善人? 誰がだ? 俺はそんな良い人間じゃない。赤ん坊のころから悪人との付き合いがある俺だぞ? 善人か? どっ ちかというと、悪人だろ」

「……長年の付き合いね。……だから人殺し相手でも馴れ馴れしいのかしら?」

 イエス、だ。

 慣れてしまっている。殺人鬼相手に、会話を成す事は。

「本当に、恐ろしいわ。私みたいな殺人鬼よりも恐ろしいと思う。人殺し以上に人殺しよ。人は殺していないとしても、それでも 貴方は人殺し以上に恐ろしい存在ね」

「……」

 人を殺していない人間が、人殺し以上に恐ろしいとはどういうことだ。

「世間が貴方を異名で呼ぶとしたら、……何て呼ぶのかしら?」

「知るかよ」

 切り裂き太郎だのブラックアンブレラだのハンマーマンだの、そんな変な名前は御免だが。

「人殺しを殺す人間――殺し人間、かしら? いや、それだと普通に人殺しよね。……だったら、殺しをする人間を殺す人間 、で――殺し殺し、とかどう?」

「どうも思わない」

 面倒な事を言ってくるシリアルキラーだな本当に。

 この危機的状況を何とも思わないのか? この女は。

「つまらない男ね。……それで? どうするの。私を殺す? それとも切り裂き太郎みたいに、自首に導かせるの?」

「……そこまで知ってるのか」

「ええ。私は正直、貴方は凄い人間だと思うわ。まさかあの切り裂き太郎を、自首させようとするなんて思わなかったし、それに ――彼自身、自首しようとしてたからね」

「……それは――」

 本当なのか?

 俺は、驚愕を顔で示した。

「ええ。貴方が去っていってから、切り裂き太郎は一分ぐらい立ち止まっていてね……、やっと動き出した、と思ったら、突然 泣き始めたわ。自首しようと思ったんでしょうね。あの後、彼は警察署の方へ歩いていたし……、間違いないわ」

 そう、なのか。

 俺はそれを聞いて、何となく嬉しい気持ちが芽生えた。何だろう、この気持ちは。この――どうしようもなく生まれてくる嬉しさ。 裏切られなかった、という思いが満ちてくる。

 切り裂き太郎は。

 俺を――受け止めてくれたのか?

「でも……」

 でも。

「切り裂き太郎は――死んだ」

「そう。死んだ。シリアルキラーで切り裂き魔なのにも拘らず、あっけなく死んだ。ホント、もしかしたら自首しようなんて考えたら死 んだんじゃない? だったら傑作よね。映画一本作れそうだわ。改心したシリアルキラーが死ぬ物語、っていう映画を」

「黙れ」

 傘を突き出す。

 向こうを見ながら喋るブラックアンブレラの後ろで、俺は顔を顰めながら、

「お前が――殺したのか?」

「……さあね」

 そうか。

 俺は――黒い雨傘を握り締め、尖った先端部分を、ブラックアンブレラの首にそっと当てると、

「なあ、ブラックアンブレラ」

「何かしら?」

「傘の使い方知ってるか?」

「……何を言いたいの?」

 真っ暗な闇の中で、一人とシリアルキラー。

 俺は――傘で人を殺すブラックアンブレラという殺人鬼に、言ってやった。

「傘は刺すものじゃない」

 ギュッ、と傘を握り締め。

 当たり前な事を教えた。


「傘は――差すものだ」



 午後一一時。

 眠たい事以外に考える事が無い俺は、今日の出来事を振り返ることなく、寝る事にした。

 切り裂き太郎。

 ブラックアンブレラ。

 二日連続で人殺しと出会うのは久しぶりだ。さすがに俺の精神も崩壊寸前である。

 人殺しと出会って、余裕の人間なんて存在しないだろう。銃を持ってたらそこで恐怖を持つし、ナイフを持ってたら警戒心を 強めるし、ましてや超能力と来たらもうそこでアウトだ。

 自室のベッドで寝ている俺は、天井を見つめながら考えていた。

 人殺し。

 名誉だの復讐だの。

 どれも――単純過ぎる。


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