03:刺殺使殺/黒い傘
切り裂き太郎が死んだ。
朝。
ソファに座る俺の前にあるテレビが、そう言った。前言撤回。テレビから流れる朝の報道番組は、トップニュースで取り上げて いた。
切り裂き太郎が遺体で発見された。
切り裂き太郎が絞殺された!?
住宅街での悲劇。
シリアルキラーの切り裂き太郎にピリオド!
などなど。
全てのチャンネルで、切り裂き太郎の死のニュースが報道されていた。
どうやら、この家からそう遠くないところで、絞殺されたらしい。近くの公園の公衆便所で、白目を剥いて倒れていたところを 、犬と散歩中のおじさんが、深夜見つけたらしい。
まず。
そのじいさんが怪しいのだが。
そんなことは気にせずに。
切り裂き太郎が死んだ。
これはこれは――驚きだ。
いやまあしかし。殺人鬼、シリアルキラーと呼ばれる男が死んでも、別に良かったんじゃないか? どうせ捕まったら死刑確 定だったはずだし。
これで一件落着だろ。
名誉なんてものは、手に入れられなかったけど。
言ったろ?
人殺しには不幸しかない、って。
そうなのさ、結局は。長年、殺人鬼との付き合いの長い俺だからこそ、言えることだ。事実である。何かを殺した何かは、必 ず不幸にあう。
死刑か、殺されるか。
自殺か、牢屋行きか。
はたまた、地獄に行くか。
「……切り裂き太郎、お前は地獄行きだ」
そんな戯言を吐いておけば。
次に、流れ出たニュースに耳を傾ける。
どうも最近は、シリアルキラーのニュースがこれ以上にないぐらいに流れている。暗いニュースばかりだ。一瞬でもいいから、 今日のわんことか、そういったものを流して欲しい。俺が朝、家に滞在する時間には、そんなもの流れていないのだ。
そういうわけで。
「……四人を……刺し殺した」
テレビに現れたテロップを口に出す。
そう、これは。
ブラックアンブレラの殺人方法だ。
ブラックアンブレラ。
黒い雨傘に、黒い格好で、目も見えないほどに長い前髪を垂らしながら、人前に現れる殺人鬼。
真っ黒な容姿から――ブラックアンブレラ。
彼女も立派な人殺しで、その人の殺し方が、恐ろしい。
持っている黒い雨傘を閉じたままの状態で、人の腹を突き刺す。これが、彼女の殺し方。目撃情報が多々あり、その度に 、目撃した人が精神を狂わせてしまうことがあるらしい。
そこまでして、彼女の残酷な殺し方は恐ろしいのだろうか。
ブラックアンブレラ、という名前からして恐ろしそうな感じだが、はてさて真相はいかに?
「……ブラックアンブレラか」
今度は。
今度の殺人鬼さんは、この野郎なのだろうか?
テレビを眺めながら。俺は思う。
人殺しと出会いやすい体質を持つ俺の、次なる挑戦者は――ブラックアンブレラなのか?
ちなみに。
俺のこの体質のせいで、ここ周辺では殺人事件が起こりやすいらしい。
今日の授業は割りと真面目に受けられたのが、感動的だった。
いつも通りの授業は眠くなる一方だったが、今回は何故かかなり真面目に受けられた。不思議でしょうがないのは俺だけだ 。
しかしまあ。
不審に思う事が一つだけあるのだが、別にそれを考える必要もないから、どうでもいいという考えで思考を停止していたが、 ――やっぱり気になってしまうのは何故だろうか?
別に因縁を持っているわけでも無いし、恋心を抱くといったわけでもない。ましてや、昨日初めてまともな会話をした人間に、 特別な感情を抱くほど、俺は素直じゃない。
城坂伶。
保健室にて、休んでいるらしい。
クラスメイトから聞けば、ここ最近は、週に二、三回は保健室で休んでいるらしい。授業に出れなくても、彼女の成績は最高 クラスなため、そんな心配必要ないらしいが。
それでも、学校に来てはすぐに保健室で休むといった、怠け者のような体質を、何故彼女は持っているのだろうか? 元々 、身体が弱いとか? いやいや、そんな風には見えない。
こうやって考えている俺が、嫌になってくる。
もしかして、好きなのか?
城坂伶が好きなのか?
「何を馬鹿なことを……」
昼休みの教室で、静かに呟いた俺は、ようやく決意した。
ちょっとばかし、様子を見るのはどうだろうか?
しかし決して。
俺はあのレディのことを、好きになったりはしない。
「で? 授業をサボるような人間はほったらかしにできないから、ここに来たって言うの?」
保健室。
シングルベッドが五つ存在するこの部屋はかなり広い。そのベッドの一つ。その上で座っている城坂伶は、私立竹橋高校 の女子の制服のままだった。
「そういうことだ。決してお前の事が気になったわけでは無い」
「何それ? もしかして不動君……、私の事……」
「断言するが、女性に興味は無い。こんな事言っても、信じないかもしれんが、俺は本当に女性という存在に好意を抱くとい ったものは、全く持って無い」
「そんな事、女性の前で言っていいとでも? 傷つく人間がいることを知りなさい」
ベッドの横で立っている俺が堂々と発言したところで、城坂は逆に怒るようだった。
いやまあ。俺の言った事は事実なんだけども。
自覚しているが、俺は本当に好きという気持ちが抱けない。何故? 知るか。
「それで? 本当は何しにきたの?」
城坂は話題を変えてきた。
どうやら、気づいていたらしい。凄いな。
「……俺はかなりの負けず嫌いだ……」
「あらそう。じゃあね。また明日」
「まだ話は終わってない!」
「続きを」
「……負けず嫌いで、そんでもって自分が正しいと思わないと居てもたっても居られない人種だ。お前はこの前、――人殺し の正義。とかそんな戯言を言ってたな?」
「ええ。戯言じゃないけど」
「やっぱしな、そんなもん存在しない。人殺しに、正義は無い」
「貴方はそう思っていいんじゃない? 私には私の考えがあるから」
ベッドの上でそう言った城坂は、ゆっくりとベッドから降りる。
「それからだな……、お前は俺に――どうして人を殺すのか? って聞いたな」
「そういえば……そうね」
「それはだな……」
俺が何のためにここに来て、こんな事をこいつに言うのか、自分でも分からなかった。いや、分かっているのかもしれない。
おそらく俺は――、人殺しという存在を間違いを、この女に知ってほしいのだろう。
勝手な事だけども、世界の一人にでも知ってもらいたい。という気持ちが、俺の心に住み着いている。多分、そうだ。
そして。
それは……。それは。――城坂に続きを言おうとするも、俺は口を閉じた。
「……やっぱり、分からないな」
お手上げ。という状態を表す。
「あっそ。……やっぱり、直接人殺しとやらに聞いたほうが良いんじゃない?」
俺の横を歩き、保健室を出るドアの前で止まる城坂は、後ろを振り向く。
「理由があるのよ。誰にだって。人殺しには――理解してほしい理由が、あるのよ」
知ったかぶり。
城坂はそんな感じで、俺から去った。
長編ものバトルアクションストーリーな漫画やアニメといったものは、必ず主人公の近くには最大の悪というべき悪役が存在 する。
それを現実に変換してみれば、悪役には犯罪者がマッチするだろう。
では、その犯罪者を倒す主人公は誰なのか? 俺には分からない。警察か? いや、それでは一人でもなければ、百人 以上も存在する。
主人公は、一人だろ?
夜。
家の近くのコンビニで、週刊誌の立ち読みをしている俺は、王道ストーリー漫画を熱中しながら読んでいた。漫画の主人 公が、仲間のピンチの時にパワーアップした姿で現れるという今回の話には、かなり鳥肌が立った。こういったものに、俺は感 動する。
午後八時である今現在、そろそろ暗いといっても構わない頃合になってきた外の明かり。それでもコンビニは明るいが、外と は対照的だった。車の通りも少ないし、信号機もあまりないから、外はやけに暗い。
そんな暗黒の世界の中のコンビニに、どうして今俺は立ち読み中なのかと問われれば、今夜は両親ともに出張で、妹は今 日から部活の合宿と、家に残る俺への食事はコンビニ弁当へとなってしまったがために、こうして仕方なく近くのコンビニで弁 当を買った、というストーリーである。だから、そのついでに俺は週刊誌の立ち読みをしていた。
とりあえず、読みたいものだけ読み終わると、コンビニを出て、暗い道に足を進めた。
コンビニから出れば、後はストレートに道を進めば、俺の家がある住宅街に着く。そこまで行くのに一〇分はかかるが、明日 は土曜日で休みだし、ゆっくり行っても構わんだろうと思った。
歩き続ける中で、途中、公園が出てくる。ここはどうやら、切り裂き太郎が死体となって発見されたところらしく、立ち入り禁止 と書かれたテープが公園の出入り口に貼られていた。
「……おっかない」
暗い公園の公衆便所の方を凝視する。あそこで、切り裂き太郎は死体となって見つかったらしい。ざまあみろ、だ。何十人 もの人間を殺したシリアルキラーには、お似合いなのじゃないのか?
と。
思っていれば。
「――おいおい」
便所の方を凝視したのがまずかったのだろう。
嫌なものを見てしまった。
腹を何かで突き刺された人が、そこで嘆いていた。
「……マジかよ!」
逃げる。
逃げる逃げる逃げる。逃げる! いや、何に逃げてるのかは分からないけども、とにかくここは公園から離れよう。あの突き刺 された人を助けようとする勇気は俺には無い。だからこそ、ここは知らぬふりして逃げよう。そう考えた。
とにかく走ろうとした。
公園の出入り口付近で立ち止まっていた俺は、右脚を前に踏み出そうとした。
のだが。
「暗いダークな暗黒の漆黒の世界で、真っ黒なダークレディが現れたとしたら、貴方はどうする?」
なんて。
何てお気楽な口調なのだろう。
目の前にいる――黒い女性は、俺にそう言った。
「こんばんは。いけてる男の子」
一瞬で悟った。
ブラックアンブレラだ。
漆黒で長袖のワンピースに、上から更に黒いブラウスを着用している。見た目真っ黒。更に、城坂の黒髪の長さを越える 、足の脹脛までに伸びた黒髪と、鼻の先まで伸びた前髪。それでも、美しく整った顔立ちから、新たな美人さんとして生きて いてもおかしくないような、そんなオーラを醸しだしている女性が、目の前に手ぶらで現れた。
ブラックアンブレラなら、傘を持ってるはずだ。
黒い雨傘を。
「……その警戒したような目と、姿勢。私がブラックアンブレラだってことに、もう気づいたの?」
ブラックアンブレラらしい。
よりによって、こんなところでお出ましか。切り裂き太郎といい、今度はブラックアンブレラ。最近ニュースになっている連続殺 人鬼の一人だ。
傘で突き刺すシリアルキラー。
ブラックアンブレラ。
俺は、一歩下がった。
「……貴方と会ったのは、偶然じゃないわ。必然よ」
何?
俺は、より一層警戒しながら、また一歩下がる。これで、ブラックアンブレラとの距離を広めた。いきなり襲われることはない だろう。銃を持っていない限りは。
それよりも。
俺と会ったのが必然だと?
「そう。私が貴方を待っていた。次に殺すのは貴方だからよ。不動君」
「……何で知ってるんだ、俺の名前」
「正式には下の名前は分からないわ。貴方の苗字しかしらない。昨日、貴方の家まで行って、そこで不動と書かれたプレー トを拝見させてもらいました。つまりは、貴方を尾行してたの。――馬鹿な切り裂き魔との闘いの後」
そういうことらしい。
……いやいや。ということは、見てたのか? あの時。
「殺人鬼相手にあんな余裕な人、見たことなかったわ。貴方と会えて感激してる。こんな人間に会えるなんてね」
「俺は逆だよ。アンタみたいな人間に会えて、最悪だ」
「最高と最悪。かけ離れたものね」
一向に動こうとしないブラックアンブレラと、馴れ馴れしく喋る俺は、思った。
ここから後ろに逃げて、さっきのコンビニに助けを求めれば、今回の対人殺し戦は、案外上手く行くんじゃないか? と。
だから、また一歩下がった。
「……その制服は、竹橋高校の制服よね? そうかそうか~……、貴方、二年生なのね」
そこまで分かってるのか。
「その学ランの胸の竹のマークが青色ってことは、二年生って証よ」
初耳だわ。
つーか、何故にシリアルキラーのアンタが知ってんだよ。
「卒業生よ」
そうですか。
「ああ! 益々殺したくなってきたわ。卒業した高校で生活している人間、更に更に殺人鬼相手に余裕の人間。――パー フェクトね」
「何がだ」
「私に殺される人間としてよ」
ふざけんな。
「まあ……」
と、ブラックアンブレラは間を置いて、
「それは生きているうちの価値であって、殺しちゃったら何の価値も無いただの人間になっちゃうから、勿体無いわよね」
「何だと……! アンタ、何様のつもりなんだよ」
「ブラックアンブレラ様? かしら。結局、死んだらそこで価値はデリートされるのよ。偉人とか、ああいった歴史に名を残した人 間だって、結局死人でしょ? 存在価値なんてないのよ。あの人がああしてくれたから今があるんだ、とか。あの人の犠牲によ って救われた、とか。――実際、誰も死人に対する感謝なんてしてないわ」
腕組をしながら彼女は言った。
「……アンタに何が分かるんだよ。ただの人殺しに、そんな事言われる筋合いはねーぞ」
「ただの? ただの人殺し? 冗談はやめてよ、不動君。私は誰? 名もなき人殺し? 違うわ。ブラックアンブレラ。ブラック アンブレラよ、私は」
そう。ブラックアンブレラだ。
傘で人を殺す、シリアルキラーだ。
「これは経験の知識から言えてることなのよ。全ての事に対して、犠牲になった人間のことなんて、誰も感謝しないわ。死んだ らそれまで。――絶対そうよ」
最後の言葉だけ声の質が変わったのは気のせいだろうか?
「……にしても、貴方の格好見てると、生きてるって感じがしないわね。……前髪も私みたいにちょっとばかり長いし」
アンタが五倍は長い!
「それに……猫背っぽいし。まるで――バンビね」
だからバンビじゃねーよ。
ゾンビだよ。
お前ら人殺しは必ずしも俺の事をバンビと言うよな。
バンビ何だと思ってんだ!
「そう。ゾンビよ。まるでゾンビ。……もしかして、一度死んだ?」
「死んでもないし、ゾンビでもない」
「バンビ?」
「それも違う!!」
人間離れしてる!
「だったら何なのよ、貴方は」
「人間だってことが見ただけで分からないのかアンタは!?」
人殺しは馬鹿らしい。要チェックだ。
「なるほど。人の皮を被ったターミネーターね」
「俺がそんな最新科学の塊に見えるか!?」
「しかもナンバー一〇〇〇〇号の」
「お前誰だ!?」
ツッコミ&ボケ。
今までにも殺人鬼とのやり取りでこんなのはあったけど、それにしても久しぶりだ。愉快に人殺しと暗い道の真ん中でコントし てるよ、俺。
「……なるほど。不動という名前の由来は、『動かないロボット』から来てるのね」
「来てねーよ」
「何故動かなかったのか? それは電池の入れ忘れ」
「単純過ぎる!」
何で俺はブラックアンブレラに突っ込んでるんだろう。
ふとそう思った。
それでも続けるブラックアンブレラ。
「貴方の下の名前は?」
聞いてきたブラックアンブレラに、勿論答えるつもりはない。
「教えるか」
「不動・アーノルド・シュワルツェネッガー。かしら?」
「お前いい加減黙れ」
即答した。
「あらそう。せっかく生きてる間の時間を有効に使わせてあげてたのに、――そんなに早死にしたいのね」
そう言って。
そう言ったブラックアンブレラの右手には、――黒い雨傘があった。
「あ?」
俺は瞬時に疑問を覚える。
傘? さっきまではそんなもの持っていなかった。持っていなかったのにも拘らず、こいつは今持っている。確かに持っている 。夜だし暗いし、だからといって全てが真っ黒に見えるわけでもない。近くの明かりが微妙にこちらに来てるために、少々の色 の違いなどはすぐ分かるし、誰が何を持っているかさえ分かる。
だから。
ブラックアンブレラが黒い傘を持っていることは、間違いなかった。
俺は口を開いて、その傘をいつ手に取ったのか聞こうとした。
「……アンタ、いつそ――」
言う暇は無かった。
その瞬間に、ブラックアンブレラは走り出した。喪服姿で、超高速と言っても構わないほどに、目に見えないぐらいのスピー ドで、俺の寸前に顔を出してきやがった。
雨傘を右手で握り、それを今から俺に刺そうとしているような構えで。
そして。
「グッバイ不動君」
雨傘の先端が――俺を――。