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殺人正義  作者: 赤腹井守
切り裂き太郎
2/13

01:惨殺斬殺/笑顔が来る


 人殺しが間違いであると、誰が最初に言ったのだろうか。

 いやもしくは、最初からそう決め付けられていたのかもしれない。

 でも、大抵の人間はそれが間違い――大間違いであることに、誰もが頷くのは確かだ。

 例えば――今目の前で流れている映像には、人殺しが間違いであることを完全に賛成しているかのように、一件の殺人 事件を一〇分以上も報道している。

 切り裂き太郎。

 切り裂きジャックではなく、切り裂き太郎。

 日本人版切り裂きジャックというものが、この世には存在している。

 テレビから流れ出る音声には、《切り裂きジャック》というワードを、何度も連呼している。

 ようは。

「切り裂き太郎……ねぇ」

 シリアルキラー《切り裂き太郎》が、またもや人を殺した。人を――切り裂いた。ということだ。

 俺はテレビの前で、ソファでくつろぎながら、切り裂き太郎のニュースを眺めていた。

 時刻は七時三〇分前。そろそろ学校に行かなければならないのだが、今はそれよりもこの事件のニュースを見る必要があ った。

 ニュースを見る事に、不思議な点はないが、――俺にとっては一般人がニュースを見る興味度よりも、かなりの重要さを持 つ。俺にとって、ニュースは命だ。

 いや、命は言いすぎだろうか。

 とにかく、ニュースを見ないと駄目なのだ。

 そうさな。

 こんな体質を持って生まれてくることに、怒りを示すのは当然だが、それではきりがないため、俺は半ば開き直りな感じで、ニ ュースを見る事にしている。

 切り裂き太郎、男性一人殺害。

 目撃情報多数。

 警察は一体何をしているんだ?

 無差別連続殺人の恐怖。

 ――などなど。

 俺の前ではそんな言葉や映像が、勝手に流れ出ていた。

 それを脳裏に焼き付けて、二度とそれを削除しないようにと完全に記憶に刻み付けると、テレビを消し、そのままリビングを出 て、家を出た。

「良い天気だ……」

 玄関を出て、真っ先に空を見上げた。

 雲ひとつぐらいはある青空だ。

 六月上旬だから、最近は梅雨前線なんかで雨だらけの日々なのかと予想していたのだが、天気予報も晴れを示している 。今年は梅雨前線は来ないのか?

「地球温暖化が原因か?」

 そんな疑問を虚空に放って――俺は歩き始めた。



 私立竹橋学園。

 という普通の高校に辿り着いた俺は、そのまま自分のクラスに足を進め、そして席についた。周りは元気の良い生徒ばかり で、俺とは対照的だった。いや、自分で言うのも何だけど、多分きっとそうだろう。

 そのまま席に居続けて、二時間ぐらい経っただろうか。

 担任は突然、「全校一斉掃除を始める」と言い出した。

 その突然のカミングアウトに、俺はしばし唖然する。口をポカーンと開けては、やがてゆっくりと口を閉じて、心の中で愚痴を 吐く。

 面倒臭い。

 かくして俺もその全校一斉掃除の清掃メンバーの一員として、西倉庫の掃除を頼まれた。とりあえず、学ラン姿から、緑色 のジャージに着替えると、掃除の始まりのチャイムと共に、西倉庫へと足を運んだ。

「あら? てっきり私は一人でここを掃除するのかと思ったんだけど、それは間違いだったのね。結論、ここで掃除するのは私 と――貴方」

 西倉庫に辿り着いては、いきなり俺に人差し指――ではなく、竹箒を差して、笑みを浮かべた一人の女が現れた。

 突然の挨拶に、俺は少々の戸惑いを持った。が、決してそれを外に漏らすことなく、内面で終わらせる事にした。

 俺は、竹箒を片手で余裕の表情で持っている彼女を見ては、

「よろしく。互いに二時間頑張ろう」

 正しい返事をしたつもりだった。

「頑張る気はないわ。だって、面倒くさいもの」

 それは俺も同じだ。

 というか、はっきり頑張らないとか言ってんじゃねーよ。

「冗談よ」

 彼女は後付した。

「そうね。お互い頑張りましょう。私は――城坂伶。よろしく、不動斉君」

 と、城坂伶は俺のフルネームを口にした。

 あ? 俺はこいつとは初対面なのにも拘らず、この女は俺の本名を軽く口にした。

「どうして俺の名前を知ってるんだ? って言いたそうな顔してるわね。それは結局、貴方の名前を知っているから。それだけ。 詳しく言えば、同学年の生徒の名前ぐらい、完全に認識しているわ」

 未だに竹箒を俺に差している城坂は、俺にそう言った。

 よくよく凝視してみれば、結構な美少女であった。腰まで届いている長い黒髪と対照的な白い肌。少々つり目気味なのは 別に問題ないが、逆にそれが彼女の可愛さと格好良さを引き立てている。地味な緑色のジャージも、彼女が着ればエリザ ベス女王が着る衣装みたいだ。というのはさすがに言い過ぎだけども。

 とにかく。竹箒を持った城坂伶という女と初めて会って、初めて喋った俺は、目の前にいるこの女の綺麗さに、しばしの感動 を感じていた。

「何を見つめているの? もしかして、惚れちゃったとか?」

「残念だが惚れてはいない。俺は実は言うと、女性に興味はない」

 断言するが、そうだ。

 女性に興味はない。

 決して。

「……そういう事を言う人ほど、ムッツリスケベなのよね」

 城坂は言った。ムッツリスケベって……。

「そんな事言われる筋合いはないんだけどな」

 と、俺は言いながら、差された竹箒から逃れて、自分も竹箒を手にする。とりあえず竹箒を持たないと始まらないから、とり あえず手にしただけだ。とりあえず、ね。

 鍛えられた片手を自慢するかのように見せていた城坂は、やっと竹箒を下ろすと、後ろにいる俺の方を向いた。

「むっつり助平って、結局のところ何のためにそうしているのかしらね?」

 そんなつまらん事を聞いてきやがった。

「知るか」俺は言った。ムッツリスケベの話を持続させようとしているこの女と、気長に話すと疲れそうだったからだ。「俺はムッツ リじゃないから、ムッツリスケベのことなんて微塵も知らん」

「例えばそうね。その人のことをどうしようもなく好きなのに、でも現実では興味ないかのようにしている男の子。他から見れば、そ れをどう見ているのかしら?」

 ムッツリスケベにとっては、知りたくないゾーンだな。

「誰も気づかないんじゃないか? ムッツリだろうと何だろうと。ああ、あいつは興味ないんだな。みたいな感じで捉えてるんだろ 」

「そう言えるけど、実際はどうなのかしら。もしかしたら――、何あいつジロジロ見てんの? ストーカーですか? みたいな目で 見られているかもよ」

「お前は何が言いたいんだ」

 初対面の人間と出会って開口一番にやる気なし宣言したと思えば、お次はムッツリスケベの話をしてきた。常識のない人 間と言っても、過言ではない。

「私が言いたいのはね、――自分がどう思おうと、外から見ればそれは自分とは違った感覚になってしまう。ということよ……」

 え? それだけ?

「……お前はそれを言うために、ムッツリスケベの話をしてきたのか?」

「ええ。主役を作るには土台が必要だからね。貴方が丁度ムッツリ的な物言いをしてきたから、それを使わせてもらったわ」

 主役って何だよ。

 さっきの名言じみた発言がか?

「自分は正しいと思っていても――、それは他人から見れば全く持って間違いである。ということよ」

 城坂は、またもや竹箒を俺に向けて、そう言った。

 ……今、何の時間ですか?

 掃除の時間……ですよね。

「ところで不動君。……掃除、始めない?」

 それはこっちの台詞なんだが。

 しかし実際、面倒くさいという気持ちが隠れているために、掃除を開始しようというやる気は起こらなかった。そのため、彼女 の掃除開始宣言を聞いたところで、良ししよう! という気持ちにはならなかった。

「……その嫌そうな顔からして、掃除をしたくないと?」

 城坂は俺の顔を読み取ってか、我が心の気持ちを言葉に出した。

 勿論、

「……したいに決まってるだろ」

 嘘をついた。



 ざっと竹箒で落ち葉なんかを集めておいて、残りは塵取りで拾って、処分しようと考えた。ということで、もう適当に、雑なやり 方で落ち葉を集め、塵取りで落ち葉を取ると、取りそこないなんて気にしないまま、それを落ち葉の溜まった場所に捨てた。

 ざっと三〇分程度。結構早い時間で、西倉庫の周辺は掃除完了した。

 肝心の西倉庫は、全く手をつけていないが――それは後でいいだろう。

 少しの疲労を回復しようと、倉庫前のコンクリに腰を下ろした。

 そして、

「お疲れ様」

 城坂伶は隣に座った。

「お疲れ様。掃除終わったのか?」

「えぇまあ。とりあえず落ち葉は全部は拾って、生えていた雑草は全てデリートしたわ」

 雑草!?

 お前はそんなところまで細かく掃除するのか!? 

 しかもデリートだなんて……。

 そんな感じで、城坂は俺の横に座りやがった。長い黒髪が地面についているが、気にしていないのだろうか? と考えてし まうのが、今の自分であった。どうでもいいけど。

「それにしても、貴方、全く掃除してないじゃない。何よこれ? そこら中に落ち葉あるわよ?」

 言われたかないところを言われたので、仕方なく、

「すまないな。掃除は嫌いな方なんでな」

「だからって中途半端で言いとでも?」

「後で掃除するさ。一時間以上も余裕はあるんだ」

「そんな事言う人間に限って、後回ししては更に後回しして、結局最後は手をつけない状態に陥るのよ」

 ギロッと、蛇のような目で俺を睨む城坂。

 恐ろしい。

「……や、やります」

 そんなこんなで、三〇分かけて、俺は西倉庫周辺と更に西倉庫を綺麗にした。結構な汗を流したもんだ。疲労が溜まって るため、すぐに俺はコンクリートに座る。

「はあ……」

溜め息を吐く俺。

そして、目の前に現れた城坂は、腕組しながら俺に言った

「ご苦労様」

 お疲れ様と言え。お疲れ様と。

「頑張ればできるのに、どうして最初からしなかったんだか……」

 最もな意見を述べた城坂を見る。美人だな。どうでもいいけど。

「ところで不動君。特撮ヒーローとか見てる?」

「見てない。中学までは見てたけど、高校になってから見てない。朝起きるのが辛いからな……」

 俺の家は録画できる環境がないために、夜中や早朝の番組を見ることが困難なのだ。いい加減、内の親もさっさち次世 代テレビに変えて欲しいものだ。

 未だにブラウン管だが、文句あるか?

「そう。中学までは見てたのね。だったら話が早いわ」

 何だよ。

「ここで問題。じゃじゃん」

 と、効果音つきのコメントを発した城坂。

 じゃじゃん、って何だよ。

 しかも妙に上手いし。

「ヒーロー対悪の怪人。勝つのはどっち?」

 という、実に下らない問題を出してきた城坂。俺は半分呆れ顔になるが、とりあえず答えることにした。

「……ヒーローだろ」

「そう。大抵の人間は答えを《ヒーロー》と言う。それは何故? どうして不動君はヒーローが勝つと思ったの?」

「何故ってそりゃ……、お決まりだろ? 特撮もアニメも漫画もそうだけどさ、結局のところ、ヒーロー対悪の怪人なんていう戦 いの最後は、ヒーローが勝つってお約束だろ。悪の怪人が勝って、誰が喜ぶんだよ」

 言うならば、正義と悪。

 言葉だけでも、正義の方が強いとしか思えないだろ。

「そう。貴方頭良いのね。――結局、お決まりっていうルールがあるから、ヒーローは勝つのよ。でもそれは、非現実な話であ って、現実ではそうかしら?」

 現実。それは――今俺が生きているこの世界を意味しているのだろうか。

「例えば、警察対犯罪者。勝つのはどっち? って聞かれたら、何て答える?」

 警察対犯罪者。

 まともな答えは――警察だろうけども、実際現実はそうじゃないはずだ。

「……答えにくいな。本気で考えたら、それは結構曖昧なところじゃないのか?」

「曖昧ねぇ……。つまりはどっちが勝つかなんて分からないってこと? 不動君はそう考えるのね。私は違うわ」

「何だよ?」

「警察対犯罪者。……勝つのは、警察よ」

 断言しやがった。

 本当にそうなのかも分からないのに。

「警察が勝つわ。ええ、絶対に。何故なら――それが正しいからよ」

 あ? 意味が分からん。

「犯罪者が勝って欲しいだなんて、誰が思うの? 警察が勝って欲しい事が、正しいことだと思わない? 結局、現実もそう なのよ。私達が思う――正しいという感覚は、犯罪者よりも警察に向いている。つまりは、これもお決まりであって、正義は必 ず勝つ、ってことよ」

「それはお決まりの事でだろ? 現実は甘くない。もしかしたら、手に負えない犯罪者も出るかもしれない。実際、まだ捕まって いない犯罪者だっているんだぞ」

 例えば。

 切り裂き太郎。

 ブラックアンブレラ。

 ハンマーマン。

「まだ、捕まっていない。でもいずれ――捕まる。警察は、悪を野放しにしないわ」

「……そう」

 呆れながらにも俺は城坂から視線を外す。外見は汚い西倉庫を見ていると、磨きたくなる気分だった。

「ところで、まだ捕まっていない犯罪者といえば、誰がいるのかしら?」

 城坂は言った。こいつはまだこんな話を続けるのか?

「お前、犯罪学とか学んでいるのか?」

 俺はすかさず言う。

「まさかそんな」

 違ったらしい。まあいいが。

 そうさな。まだ捕まっていない犯罪者――有名どころで言えば。

「切り裂き太郎……とかか?」

「切り裂き太郎……。ああ知ってるわ。今朝トップニュースであったわ。切り裂きジャックの日本人版ってところでしょ? 無差 別に何人もの人間を斬殺す殺人鬼。……なんでも、犯人の目星はついてるのに、それでも捕まえる事のできないってニュー スであったけど」

「越後太郎とかいう人間らしい。だから、切り裂き太郎って呼ばれてるんだろうよ」

 切り裂き太郎って。

 適当なニックネームだよな。

 せめて、タロウリッパー、とか。そんな感じで呼べばいいのに。もしくは、エチゴリッパー?いやまあ、どうでもいいんだけども。

「その……切り裂き太郎とかいう殺人鬼は、何のために人を殺しているのかしらね?」

「さあな。人殺しの考える事なんて知ったこっちゃないよ」

 長年、人殺しとの付き合いの多い俺でさえも。

 シリアルキラーと呼ばれ、殺人鬼と呼ばれ。

 そんなふざけた連中の考える事なんて、これっぽっちも分からない。

「人間なのに……。どうしてこうも、立場が変わるだけで、相手の気持ちが理解できないんだろうか。殺人鬼も俺達も、同じ人 間なのにな」

 この俺の言葉は――俺自身に語ったつもりだった。

 されど、隣にいる城坂には聞こえていたらしく、

「そりゃ分からないでしょうね。実際、私も貴方の事、いまいち分からないし」

 はっきり言うなら。

 お前の方がさっぱり分からんわ。

 掃除終わったと思えば、突然の特撮ヒーローの話題。ヒーローから今度は犯罪者の気持ち、と。一転してはまた一転する この会話を創造するお前の方が――さっぱりだよ。

「でもさ。それってつまりは、人殺しにも何かしらの考えがあるって事でしょ? 例えば……憎しみだとか、怒りだとか、――正義 だとか」

 城坂は、正義と言った。

 正義。

 人殺しには――似合わない。

「そんな大層な言葉は、人殺しには不必要だと思うがな」

「そうかしら? 誰にだって正義はあるわ。勿論人殺しにだって。何かのために誰かを殺す。これは正義でしょ? 正しいこと。 自分が正しいと思う事は、全て正義よ」

「そんなんじゃ、平和ボケなんかしないよ、日本は」

「そうね。確かにそうね。もしそうだったら、痴漢行為を正義だと思ってしまう輩も出てくるわね。――何かこう、女性のお尻を揉 めば、正義なり! みたいな」

 例えが……。

「正義って言葉をつければ、何だって格好良く見えるものよ。他にだってあるわ。結局のところ、カッコイイ単語を後につければ 格好良くなって。可愛い単語をつければ可愛くなる。言葉って、面白いわ」

 そんな風に、腕組スタイルを何時まで通すか分からない城坂は、俺に言った。

 こいつは本当に、何を話したいんだ? 

「ただの時間稼ぎよ」

 だそうです。

「正義って言葉をつければ、何だって格好良くなる。言い合いっこしましょうか、不動君?」

「拒否する。俺はそういった無限に広がる遊びみたいなものには興味ない」

「つまらない人」

 言われたかないがな。事実そうなんだろうよ。

「じゃあ、私が変わりに言うわ」

 だったら、とっとと言え。

 どうせ――人を馬鹿にする正義。だろ。いや、これは俺の考えすぎか。どうでもいいけどな。

 そして、ボッという一瞬の強風が吹いた後で、乱れた黒髪が治まった後、城坂は口にした。


「人殺しの正義」


 正義って言葉をつければ、何だって格好良くなる。

 お前は確かにそう言ったが。

 これは――論外だ。

「どう? 格好良いでしょ?」

 自慢げに顔を見せる城坂。俺はその顔を殴っても良いか?

「いいか城坂。人殺しに正義もクソもない。人殺しは人殺しだ。正義も、情も、何だって存在しない。そこにあるのはただの腐 った心根だけだ。正義? そんなもん、人殺しには必要ないどころか、存在する必要がない」

「……何をそんなに熱くなってるの? ただの遊びでしょ? どれだけ人殺しが嫌いなわけ? 貴方は」

 ……はあ。

 すまない。かなり怒れていた。頭が熱くなっていたのだろう。俺はいつの間にか立っていた。熱中するあまり、身体が動いて いた。それを呆れ顔で見る城坂。

「……い、いやすまん。……とにかく、人殺しは許せないだけだ」

「そう」

 そう言って、城坂は地面に置いてある竹箒を拾った。

「何するんだ?」

「昔ね、それはもう馬鹿みたいな怪力を持った人間がいたの」

 城坂は喋り始める。またこいつは訳の分からん事を。

「その人は、その力の使い方に困っていて、ずっと家の中で篭っていたの。ところがある日、その人の友人が相談にやって来 て、追われてるから助けて欲しいって頼まれたのよ」

 城坂は竹箒を肩に乗せる。

「その人は友人を追う人間を見つけたわ。でも、そこからどうすればいいか分からなかった。……そして気づいたの。――自分 の怪力は何のためにあるんだ? って」

 城坂は竹箒を握る。

「……で、ここから先の話。どうなったか分かる?」

 竹箒を俺に差して、城坂は言った。

「はあ……」

 呆れながらの溜め息を吐いて、俺はまたコンクリの地面に腰を下ろす。

「聞いた事もないし見たこともないさっぱりなストーリーの展開を先読みしろ、という命令はだな、――まだ予告編も発表されて いない長編映画のラストシーンを口で説明しろ、という無理難題な話と等しいぞ」

「その例えはかなり無駄に等しいわね」

 お前が言うな。

「まあいいわ。答えは言わない。いずれ分かると思うわ。いずれ……」

 その答えじゃない答えに、俺は聞く耳持たずだった。どうでもいいから、理解しようとはしなかった。

 だって、どうでもいいだろ。

「で、最後の問題」

 と、城坂は竹箒を下ろしては、手ぶらの片手の人差し指を天に向かって立てた。

「どうして人は――人を殺すの?」

 全く。

 全く持って――、

「さっぱり」

 俺は、お手上げの状態を披露した。

 どうして人は人を殺すの? ってか。それもまた面倒な質問だけども、答えはシンプルじゃないのか? と俺は思う。人を殺す 事はいけないことだというのは、誰だって理解している。それでも、人は人を殺す。何故?

 そうそれは。

 理解してるけども――あえて言わない。



 かなり重い話題を、容赦なく振ってくる美少女高校生――城坂伶とのイベントを終え、共に掃除も終えると、この日の授業 はやる気を持つことなく終わらせ、家に帰ることにした。

 俺にとって、下校中が一番緊張する場面であり、やる気を持たなければならない。

 故に――危険だ。

「……危険だ」

 言葉に出しても、緊張は終わらない。

 正門を出て、すぐに出会える下り坂を歩き、そんでもって連なるように存在する横断歩道の群れロードを歩きわたると、そこか ら五分ぐらい歩くと、住宅に囲まれた道なのに人気が少ないという、奇妙な道へ出る。

 そこから一〇分ほど、真っ直ぐの道を歩き続かなければならない。非常に面倒な道で、いい加減、自転車通学に変えた いものだ。

 そういや、と。

 今日は良く分からん人間と長話をしたな、と思い出す。

 正義だの人殺しだの……、あの女は一度心のケアとかをするべきなんじゃないだろうか。自分は正当だと思ってるんだろう な……城坂は。

 いやまあ、俺もそうだろうけど。

 というか、正当じゃないんだろうな。

 存在自体が。

 そんなネガティブをこれ以上保ち続けると、あいつみたいにおかしくなりそうだから、俺は瞬時に心を切り替える。やわらか~ い、ポジティブな空間をイメージしながら、歩き続けていた。

 そして――、

「こんにちは」

 と、馴れ馴れしい声のかけ方をしてきた、一人の男性が、俺の前に現れた。

 ちょうど、電柱の裏に隠れた細い道のところから顔を出してきたので、俺は少々の戸惑いを覚えた。

「こ……こんにちは」

 突然の出来事に、アドリブの効かない俺は引きつった顔をしているのだろう。目の前にいる、中年気味の男性の顔は―― 笑っていた。

 笑っていた?

「一人かい?」

 ダークスーツに青いネクタイ。いや、喪服と言うべきだろうか。とにかく漆黒の男性は、俺にそう言って来た。

 不審者か? 不審者なのか?

「ええまあ……そうですけど」

 不審者なのか? と思いながら警戒していても、足を止めている俺が憎い。いっそこのまま、無視して歩き出せばいいのに 。あ、いやでも、もし追いかけてきたらどうしよう。そんな焦りが、どこかにあった。

 そして次の瞬間だ。

 予想もしていなかった――、

「死す――!!」

 という掛け声と共に、隠れていた右手から、ナイフのようなものが俺に向かって飛び出された。

「なっ――!?」

 あまりの出来事にアドリブできないと先ほど言ったが、命に危険があるのなら別だ。俺は飛び出したナイフから顔を避け、そ のまま身体を倒すようにして後ろへと持っていった。咄嗟に持っていたカバンを道に投げつけてしまった。だが、これで、この狂 ったナイフ野郎との距離は十分離れただろう。

 ナイフを突き出したままの姿勢で、電柱の裏に隠れる中年の喪服野郎は、やがてゆっくりとナイフを下ろし、睨むように俺を 見て、笑った。

「はぁ……、いやはや凄い。最近の若者はアクロバティックでも習っているのかい?」

 ようやく、電柱から現れたその男はそう言った。

 道の真ん中で刃物をぶら下げた男がいるのにも拘らず、周りの静けさから見て、この事態に俺以外は誰も気づいていない らしい。

 このイベントは――つまり。

「……最悪だ。もう絶対に出会わないと半ば思っていたのに……、人殺しと出会うなんて」

 俺の不幸が発生した。

 そう。

 人殺しと出会いやすい体質、が。

 ――全くもって、うざったい。

「おや? 人殺しと決め付けるのは早いと思うけどな……。いやまあさすがに、あんな事したら、人殺しだと思わないわけがな いか……」

 ダークスーツの男は、刃物を俺に向ける。

「誰だアンタ……。何で俺を襲った」

「理由なんか必要ない。私には、理由なんて存在しない」

 一歩も動かさない野郎は、笑みを浮かべた。

 青白い肌に、死んだ目。整えていないことがすぐにでも分かるぐらいに、乱れまくった髪の毛。顔には、傷がかなりあった。

 ……何者だ?

「切り裂き太郎。といえば……分かるかな?」

 ……!!

 切り裂き太郎だと!?

 無差別連続殺人の切り裂き魔。

「どうやら知っているようだね。いや、知ってて当然だろう。そうだろ? 知ってないとおかしいからね。……君、私の名前は何 かね?」

 いかれてる。

 言葉で表すならそうだろう。

 笑顔満々だった。

 話し続ける切り裂き太郎の顔は、笑み以外に何もなかった。

「……切り裂き太郎だろ。そんでもって、越後太郎」

 問われた質問に答える俺は、一歩後ずさりをする。目の前の切り裂き太郎が、一歩前進したからだ。

「そう! そうそうそうそう! その通りだ! 私の名前は越後太郎! そして切り裂き太郎!」

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