10:生殺正殺/正義の敵は正義
シリアルキラー対俺。
まず最初、地面に叩きつけたハンマーがブラックアンブレラの手元から瞬時に消えた。理解できる――物質移動だ。
そして消えたハンマーはいつしか俺の頭上に来ていた。それに気づくのは遅く、ガツンッ! と俺の頭にハンマーは激突した 。
「――ッ!!」
痛みは堪える。
激突したハンマーが地面に落ちると、ブラックアンブレラは素早く俺に向かって走り出した。
現状。
シリアルキラー対俺、つまりは――超能力者対普通の人間。
こんな闘い。
下らない。
「本当貴方って馬鹿よね! 自分の信念を突き通すがために大事な彼女をあんな目にして、結局は貴方が得たものなんて 何一つない! あるとすればそれは後悔! 人殺しを『信じる』なんて考えをした後悔よ!!」
寸前にやって来たブラックアンブレラは黒い傘を俺の胸に目がけて突き出してきた。
俺はその傘を身体を横に動かし避ける。しかし瞬時にブラックアンブレラはこちらを睨み、
「今時の高校生は馬鹿なのかしら!? 偏差値低いんじゃないの貴方達は!? 正義だの信じるだの何だの――幼稚な考えを 大人に見せないで欲しいわ!!」
一瞬にして、彼女の左手に再びハンマーは現れた。物質移動だ。
「――んッッ!!」
彼女にとっては重いハンマー。それでもブラックアンブレラはハンマーを思いっきりこちらに向かって振ってきた。サイドからの 攻撃。一秒も余裕のなかった俺はそれをまともに受けた。
「――ッ!!」
左脇腹に激痛が走る。そして吹っ飛びそうな感覚を覚えそうになるが、踏ん張ってその場に止まる。
「大人――いや、人殺しも甘く見られたものね! 軽く話しかけられて軽く存在を受け止められてしまう。甘いわ、甘いわ本当 に! シリアルキラーという人種はそんな優しい存在じゃないのよ!!」
次にブラックアンブレラはこちらに向かって右脚のキックをお見舞いした。ストレートに向かってきたキックだが、それに対しては 避ける事もできた。しかし、俺はそれを受け止めた。胸を強く蹴られ、それと共に再び脇腹に激痛が走ると、お次に血反吐を 吐いてしまった。
そうだった、と。
キックを受けよろけた俺は血だらけの腹に手をやった。
「……」
ナイフが刺さったままだった。
「……不幸ね。不幸すぎるわ、貴方。彼女に切り裂き太郎のナイフで刺され、私の愛用の傘で突き刺され、ハンマーマン のハンマーで撲られて……、貴方の言うその――人殺しと出会いやすい体質っていうのは、まさに地獄ね」
何もしてこなかったブラックアンブレラは、俺を見つめながらそう言った。
視線を腹に戻す。血だらけのシャツ。血だらけの手。どうしようもない痛み。耐えても耐えても、その痛みは永遠に続きそうな 感じで。
だけども。
「……そうなんだよな。まさに俺っていうのは生き地獄なんだよな」
そうなんだよ。
人殺しなんていう化け物と出会う日常を生きている俺は、まさに今地獄を生きてるんだよ。
だからこそ――。
「でも、どうして生きていられるか知ってるか?」
腹から手を離し、俺はブラックアンブレラの顔を睨む。
ブラックアンブレラも俺を睨んでいる。互いが互いを睨んでいる。竜と虎。そんなイメージを思い浮かべば正解……ではな い。
ブラックアンブレラが竜なら――。
俺は――。
狩人、とでも言っておこう。
「俺は化け物なんだよ。――殺される事のない人間なんだ」
ご理解よろしく。
「俺を嘘に付き合わせた罪は重いぞ――傘女ァァァァァァァァァァ――ッッ!!」
一歩で、俺はブラックアンブレラの寸前に飛び込むと、
「な――ッ!?」
驚愕の表情を見せるブラックアンブレラの顔面に――、
「それと後一つ言わせろッッ――!!」
思いっきり、回し蹴りを喰らわせた。
「んぐッ――!?」
女性の顔面を蹴るというのはちょっとばかし問題があるが、この人殺しの女には関係のないことだ。俺は容赦なく右脚を顔 面にぶつけた。
以外にもかなり吹っ飛んだブラックアンブレラは、地面に倒れ、うつ伏せの状態になる。共に吹っ飛んだハンマーと傘はバ ラバラの方向に飛び、ブラックアンブレラとの距離を置いて地面に落ちた。
そして。
お前に後一つ言いたい事。
「俺の正義は――信じる、ことだ」
そう言って、俺はブラックアンブレラに背を見せた。
背を見せたのは、ただ単に油断したわけでもなく、もう全てを終わらせたいという思いから出来た行動だ。地面に倒れている 城坂。地面に蹲るブラックアンブレラ。こんな悲惨な光景を二度と見たくないような思いを持っている俺は、その光景から目を 離した。
「……思えば、俺は切り裂き太郎もハンマーマンもアンタも信じたんだ。というよりも、ずっと前からアンタら人殺しを信じてきた。 罪を悔いる心がどこかにある、って。しかし結局、アンタら人殺しは最後の最後で裏切りを見せる人種なんだよな。何だかもう 、信じる気力が失いそうで怖い……」
最後の最後という終止符を打つ寸前で、彼らシリアルキラーと呼ばれる連続殺人者、又は犯罪者達は俺にとって驚愕の 行為を見せ付ける。そんな事が長続きでもすれば、さすがに慣れてくるところはあった。
信じているけども。
疑ってもいる。
つまりは――半信半疑。
「……そういや、ブラックアンブレラ。アンタ、全ての復讐のために人を殺しているとか言っていたな……」
ようやく俺は振り返る。
悲惨な光景を目にする。堪えながら、俺は続けた。
「……それは勝手なんじゃないのか? 自分を貶してきた全てに対し復讐をするなんて、そんな事誰でも出来る。でも、少しレ ベルの高い人間はそんなことしない」
いいかよく聞けブラックアンブレラ。
いつまで経っても蹲ってる暇はねーよ。
「ちょっとでも、『信じる』心を持ってみれば、案外世界は広く見えるかもしれないぞ。アンタを迫害してきた人間の数より、アンタ を受け入れる人間の方が断然多いだろうよ。俺も――そのうちの一人だと思っていいぞ」
「いつまで経っても馬鹿なのね……」
と、そう言いながらブラックアンブレラはようやく起き上がった。少し汚れた顔をこちらに向けながら、ブラックアンブレラは物質 移動を行い、離れていた黒い雨傘を瞬時に右手に移動させた。
「そんなことが出来ないから――私は人を殺しているのよ? 理解できない?」
「だから弱いんだよ」
だから――弱いんだ、ブラックアンブレラ。
俺は一歩踏み入れて、ブラックアンブレラとの距離を縮めた。
「少しは信じる事ぐらい努力しろよ。少しは苦しむ事ぐらい我慢しろよ。何もかも嫌がってたら、そりゃ相手だってアンタを嫌がるさ 。人間は優秀な生き物じゃないんだ。誰かが気づかないと、アンタの苦しみは誰にも分からない。でも、その気づく誰かに、 アンタは不幸にも遭わなかっただけだろ。だったら、アンタが自分から告白すればいい話だ」
「それが出来ないから言ってんでしょっっ!!」
珍しく、激しい怒鳴り声でブラックアンブレラは俺に言った。
「だから人殺しになったのか? だからブラックアンブレラになったのか? ……アホらしい」
俺はまた一歩踏み出す。
「俺の知ってる人殺しって奴は、アンタ以上に恐ろしいぞ。いやまあどうでもいいんだけど。――結局、アンタは待ってたんだろ 」
一呼吸終えて、俺はブラックアンブレラを見つめた。わずかな沈黙が俺の心臓の鼓動をやけに騒がしくさせたが、それも次 の俺の言葉で聞こえなくなる。
「――正義、って奴を」
誰かを護る正義。
誰かを信じる正義。
正しい事。
良い事。
正義。
思えば。
切り裂き太郎もそうだった。自分の努力を認めてもらいたかったが、残念な結果に陥った。自分以外の同僚は成功し、それ を憎んだ切り裂き太郎は彼らを殺した。それも結局、正義を待っていた結果だ。――誰かを信じる正義。自分の努力が、い つかきっと誰かに認められると信じていた。
ハンマーマンもそうだ。母を殺した父の憎しみと怒り。その感情の暴走が彼の人殺しの衝動へと変わった。父親像に似た 弱き人間を虐める強き者を殺す衝動。しかし彼の本心は、父のように強くありたい、という思い。強くありたいと思う半面、弱い 者を護りたいという正義を彼は持っていた。
城坂の言うとおりだ。
正義というものは――弱弱しい。
誰かが語れば、それは正義になる。
歪んでいても、汚れていても、腐っていても、人を殺していても――自分が正しいと思うのならば、それは自分自身にとって の正義になる。
悪人が正しいと思うからこそ、世界を破滅に導こうとしている。それも悪人の正義。
ヒーローが正しいと思うからこそ、悪人の行為を止めている。それもヒーローの正義。
信じる事と。
護る事と。
複数存在する誰かの正義を、一人が全て背負える訳もなく。――だから、正義は弱いんだ。語る事は出来ても、それはほ んの一部。だったら――。
「後ろっ!!」
と。
いきなりブラックアンブレラが叫び、俺に指を差してきた。いや、突然の叫びを考えれば、差しているのは俺ではなく――後 ろ?
瞬時に後ろを振り向けば、
「芝居はもう疲れたわ」
殴り拳一つ。
それを構えた城坂が、俺の背後にいた。
そして。
「な――っ!?」
驚愕をしたのは無理もない。先ほどまで重傷で倒れていた城坂が今――目の前で拳を一つ持って、俺を睨んでいた。
直後。
構えられた拳は俺の胸に激突した。最早目では追いかけられないスピードで、城坂の拳が俺の胸を殴り、そのまま俺は痛 みを感じることなく後方へ吹っ飛ぶ。かなり吹っ飛んだのかどうかは定かではないが、後ろにあったらしい木に、俺は直撃した 。その時の強烈な痛みと共に、今度は胸の痛みも走る。
「あっ……あぁ……」
意識が消えそうだった。苦しい息。激しい痛み。連なったダメージが俺を容赦なく襲う。それでも、しっかりと意識を保ちながら 、俺は胸に手をやり、軽く摩った。
そして、俺を吹っ飛ばした城坂の方に目をやった。
「な……!?」
驚いた。
彼女が前方約五〇メートルほどにいたからだ。気づけば、辺りには木がたくさんあった。先ほどまでいた場所は木は伐採さ れており、ガランとした雰囲気だったのだが、ここは違う。まさに森だ。いや、森なのだけども。雰囲気的に森だった。
いやいや。
そんな事を気にしている場合ではない。
「……何?」
吹っ飛ばされた俺。
吹っ飛ばした距離。
吹っ飛ばした城坂。
理解不可能。
意味不明。
激痛は治まっていなくとも、俺はゆっくりと立ち上がる。白いシャツがもう茶色く汚れており、何故か下の黒ズボンも所々破れ ていた。
「弁償しろよ……城坂」
呟くと、俺はゆっくりと歩き始める。理解し難い状況だが、俺はそれでも進む。
吹っ飛ばされた真っ直ぐな道を歩き、ようやく城坂のいるガランとしたエリアに辿り着くと、俺は城坂を睨んだ。
「何の真似だ!」
怒声。怒りを込めて俺は叫んだ。
にこっ、と笑顔を作る城坂は、
「やるべき事をしたまでよ……。貴方には、消えてもらわないといけないから」
何?
疑問をすぐに抱いた俺は、一歩踏み込もうとしたところで、足を止めた。
怖かった。
「……何なんだよ、お前」
さっきまで倒れていた女子高校生が。
さっきまで護る正義を語っていた人殺しが。
俺が――消えてもらいたいだと?
苛立ちと驚愕と疑問。三つの思いがミックスしたために混乱した俺は、それでも何とか踏ん張る気力を持ちながらその場に 立ち尽くす。
城坂の左で、ブラックアンブレラが立っていたが、彼女も彼女で唖然していたようだった。
やがて、腕組の体勢になった城坂はブラックアンブレラの方をチラッと見ると、すぐにこちらに視線を戻し、
「私の正義が完全であるためには、貴方を消さないといけない。私の正義が正しいことに反論する貴方は、殺さないといけ ない」
無表情で――そして嫌な笑みを浮かべ。
「……悪を滅ぼすためには悪を殺さないといけない。これはヒーローの基本。特撮ヒーローだって、悪の怪人を毎回殺すでし ょ? じゃないと、彼らが正義のヒーローであるということが理解されてもらえない。私は――正義のヒーローであることを、私 がそうであることを、証明したいの。全てに」
お前は女だからヒロインなのだろうけども。
あえて突っ込まずに話を聞いていれば、
「罪を犯した人間は裁かれるべきよ。刑、という制裁を受けるべき。でも、それから逃げる輩がいる。私はそれらに――制裁を 、正義を下す」
そして城坂は一歩足を踏み込んだ。
「切り裂き太郎やハンマーマンや――ブラックアンブレラ。巷で騒いでいる愚かな悪人達は一向に警察に捕まらない。だか ら私が殺した。正義を下したの。――私の正義を。それで今日はブラックアンブレラを殺すはずだった。……でも、その前に 殺すべき相手が出来たのよ」
病んでる。
病んでるぞ城坂。
「――貴方よ」
と、こちらに人差し指を差して睨んだ城坂。
続けて、
「私の正義を馬鹿にした。私の正義をクソと言った。そんな人間に――私が私の正義を殺して教えてあげるわ。――私が正 しい、ってね」
そして闘いは始まった。
言葉の終わりと共に、城坂がこちらに向かって勢いよく走り出した。素早いスピードでもう寸前に彼女はいたが、こちらも無能 ではない。彼女が構えていた拳がこちらの顔面に来る前に、俺は彼女の拳を右手で握る。
「正しいわけないだろっ!」
そう叫びながら、俺は掴んだ拳を引っ張り、城坂の右腕を左手で掴むと、右手で掴んでいた拳を離し、そしてその右手を拳 に変えて、
「お前はヒーローじゃないからなっ!」
そのまま拳を城坂の腹に直撃させた。
そう。お前はヒーローじゃない。ヒロインだ。
しかし。
「……正義も理解できない貴方にそんな事言われたくないわね」
腹に激突している拳を、城坂は無視した。
おかしい、と感じた頃には遅かった。
「誰かが語れば正義は変わる。だからこそ、誰にもその正義は理解されないのよ!」
突き出した城坂の右手の拳が、俺の後頭部にヒットした。
「痛ッ――!!」
一瞬の激痛が終わったその瞬間、今度は彼女の左拳が俺の顔面に激突した。
「だから私は私の正義を理解されるために今こうしてるの!!」
その叫びが聞こえると共に、俺はまた後方へ勢いよく吹っ飛んだ。風の当たりが気持ち良い。だからこそ、また吹っ飛ばされ たのだと理解できた。
今度は木に激突することなく、落ち葉の地面に転がり落ちた。
すかさず立ち上がると、もう既に目の前に城坂は立っていた。右脚を高々と上げ、そして、
「シリアルキラーの正義よ。――傲慢で強引で、誰かを救う事のできる正義。誰かを殺し――誰かを救う正義」
彼女の踵落としが、見上げていた俺の前頭部に直撃した。
「――――ッッ!!」
そのまま地面に顔をぶつけ、しばらく動けそうになかった。
激痛というより、もう何か爆発しそうな痛みがずっと続き、既に俺のHPは0以下だった。何度も殴られ、何度も飛ばされ、腹の ナイフは今になって痛みを生み始め――と。
死んでもおかしくなかった。
それでも。
「まだ……生きてるの……?」
城坂がそう言っているのは、俺がまた立ち上がろうとしていたからだ。次にまた攻撃が来るのは承知の上だが、それでも立た ない事には何も始まらない。
ゆっくりと立ち上がり、俺は目の前に立つ狂った女を睨んだ。
「……死ねねぇよ。……お前に殺されたかないわ……」
それを聞いた城坂は、再び拳を握り始めた。
分かってる。
分かってるんだ、またあの激痛を生む豪快なパンチが来るってことは。
されど。
――もう、限界だ。
動けない。身体が言う事を聞けない。今やっとここに立ったことで精一杯だった。
「……信じる正義を持つ貴方なら分かると思ったのだけどね。――人殺しの正義、――シリアルキラーの正義、って奴を」
「クソだよそんなもん」
――直後。
世界が歪むように。世界が回転するかのような感覚が一瞬にして俺を襲った。この感覚は見に覚えがあった。しかも数分前 に。そうやって――。
そうやって考えていれば、何時しか俺はブラックアンブレラの隣に立っていた。
荒い息遣いをしているブラックアンブレラの隣で、呆然と俺は立ち尽くす。
前方には、城坂が驚いた様子で辺りを見回しており、すぐにこちらの存在に気づく。驚愕した城坂の表情を見れば、俺も後 々驚愕し、ブラックアンブレラに声をかけた。
「何で助けた?」
理解はしていた。
ブラックアンブレラの物質移動という超能力によるものだと。あの時危険状態だった俺を助けたブラックアンブレラの行動に 、俺は疑問を抱いていた。
「……正直、……恐怖したと言うべきかな……」
右手に持つ傘を身体の支えにしながら、ブラックアンブレラは深呼吸を一つすると、
「……貴方本当に……、人間なの?」
「……ターミネーターではないぞ。この前も言ったが、ただの人間っつたろ」
言いながら、俺は城坂を警戒する。一歩一歩。ゆっくりと近づく城坂が何故走らないのかと疑問を抱く一方で、ブラックア ンブレラが俺を助けた理由も謎だった。
「……人殺し以上に恐ろしいって……前に言ったけど。さっきまでは、彼女が一番恐ろしい……って思ってたわ。でも……今 は違う。……貴方よ。――貴方が、一番恐ろしい」
「……」
俺は決して。
悪魔の子でも神の生まれ変わりでも戦闘民族でなければ、ターミネーターでも不死身の身体の持ち主でもない。
ただの人間。
一人の男。
不動斉。
「……こうやって、人殺しと長年付き合いがあると、身体もそれに慣れてくるんだ。刺されようが撃たれ様が殴られようが何され ようが――もう慣れてる」
「……慣れっていうのが……一番恐ろしいわね」
そう言いながら、ブラックアンブレラは地面に腰を下ろした。
黒い傘を地面にそっと置き、驚く俺の顔を見ながら、
「黙っててごめんなさいね。私見てたのよ――彼女が何人もの人間を殺すところ。……切り裂き太郎もハンマーマンも、例の 五人のストーカーも」
「……ストーカーだと?」
「名づけるならジャッジウーマン、ってところかしら。……彼女は、主にストーカーを殺し、有名な人殺しをも殺す。殺し方は様 々。……殺す相手が使う殺人方法で相手を殺すの。……分かる? 言ってる事?」
もうあと三〇メートルもしないところに城坂はいたが、その前にまずは、ブラックアンブレラの言っている事が最優先だった。
つまり。
城坂が切り裂き太郎とハンマーマンを殺し、その他の五人も殺した。
その五人は――ストーカーだと?
更に。
ブラックアンブレラが言うには、彼女の殺人方法は殺す相手が使う人の殺し方を真似すること。――真似をする人殺し。 確か前にブラックアンブレラが俺に言っていたようだったが、というかブラックアンブレラは知っていたのにわざわざ俺に謎掛け をしたのか。とんだ最低野郎だ。――しかし、城坂の殺し方が『真似』だとすると、納得がいく。
切り裂き太郎の死に方は、切り裂き太郎の殺人方法とそっくり。
ハンマーマンの死に方も、ハンマーマンの殺人方法と一緒。
前に起こった三人の男性殺人事件のときも、彼らは――切り裂き太郎、ハンマーマン、ブラックアンブレラのする殺し方で 殺されていた。切り裂き太郎が死んだのにも拘らず、切り裂き太郎と同じ手口が働いていたのはつまり――城坂の仕業。
そうか。
だから。
「……このナイフを持っていたのか」
と、言いながら、俺は腹に刺さってめり込んでいたフォールディングナイフを無理矢理抜き取った。すぎに出血し、血が出てく るも、気にせずに、血だらけのナイフを見つめた。
「……そんでもって、ハンマーマンのハンマー、か」
どうやら彼ら二人――切り裂き太郎とハンマーマンは、自分が使う殺し方で殺されたらしい。
なるほど。
嫌なやり方だ。
「おい城坂。お前は本当に正義を貫くんだな。そのためには人殺しも容赦しないのか。たまげたたまげた……、もうちょっと― ―利口な奴かと思ってたのにな」
と。
俺が言い放った時には、城坂は俺の目の前に立っていた。握り拳という、彼女の最大の凶器を持って。
「利口? 私は利口よ。それを理解しない貴方が馬鹿なんじゃいのかしら? いい加減、この場から逃げればいいのに、わ ざわざ残って、私と暢気にお話するなんて。……私を止めるの? クラスメイトだから? はは……、アニメの話じゃないのよこ れは。序章も一話もないのよ」
知るかそんなこと。
「ましてや――映画でもない」
「上映中止の映画になるぞこれは」
映画だのアニメだの、――何が言いたいんだ城坂は?
と、考えていれば、
「……そう。映画だったら公開できないわ。あまりにも酷い内容だから。アニメだってそうよ、プロローグどころかPVさえ作っても らえないわ。だって――汚いもの」
「……汚い?」
「自覚してるのよ。正義だの何だの言ったところで、所詮人殺しは人殺しなんだ、って。……でも、自覚してるからこそ、私は今 こうしてここにいるし、貴方を殺すことだってできる――」
「自覚してるなら尚更だろ。……聞いて悲しむぞお前の親は。正義のために人を殺す娘なんて、ショック死しそうで可哀想だ。 ……そう、お前は他人の事なんて考えてもいない」
「考えてるわ、だからこそ殺してるの。……悪を働く悪人を殺す。――私が制裁を下すの」
「……あのな」
殺す、殺す殺す殺す。そんな言葉を連呼すれば、マイナスイメージなるの誰だって分かってる。でもこいつはそれさえも自覚し 、そして正義を語る。
正義を語るからこそ、――殺しが正当であるということを強調しているかのように思えた。
それこそが、今の城坂の心中だ。おそらくそうだろう。
「この世にはルールというものがあり、法律というものがあり、裁判というものがあり、罪というものがあり、そして――罰というもの がある。人間が犯した罪に対して与える罰は、お前の言う正義の――『死』なんかじゃない。人を殺したからそれ相応の罰を 与えるからといって、お前は勝手に罪人を殺す。……まずその時点で間違ってるんだ」
警察は悪を捕まえ。
捕まった悪は法によって裁かれる。
「お前は自己中なんだよ。勝手に制裁制裁言いやがって。――お前は神でも特別でも何でもないんだ」
俺は城坂を睨み、持っていたナイフを地面に投げ捨てる。
そして言った。
「ただの――人殺しだ」
切り裂き太郎もブラックアンブレラもハンマーマンも――そして城坂、お前も。……何人もの命を奪ってきた、最低最悪の人 間だ。
たとえその殺しに理由があったとしても――殺しは殺し。
殺す、ということが、一番簡単な逃げ道であることを、分かって欲しい。
「他人の事を考えている? それはお前、悪を殺しているから誰かを救っている、と考えているのか。……それは間違いだぞ 城坂。――人が死んで喜ぶ善なんて、誰もいない」
「……」
「人を護る正義がお前の信念だっけか? おいおい、それはもう根本的に間違ってるぞ城坂。人を護るのに――人を殺して どうするんだよ」
「……」
「シリアルキラーの正義……か。残念だけどな、そんなもの正義でも何でもない」
俺は近づく――城坂に。
限界のHPなんて無視して、激痛も無視して、立ち尽くしている一人の少女の寸前まで歩き、そして言った。
「正義を語って誰もがヒーローになるわけじゃない。正義は――強くて、優しくて、そして何より――信じられている存在だ」
個人の意見で存在が変わる正義よりも――全てがそれに共感できる正義の方が圧倒的に強い。最強だ。だからヒーロー はヒーローであって、人々から助けを求められる存在だ。
「シリアルキラーの正義? 人殺しと正義がミックスして何になるんだ? プラス+マイナス、答えは何だ、城坂?」
そう。
ゼロ、だ。
「……私は……誰かを助ける事に意味があると思ってた」
と、口を開いた城坂は地面を見ながら言い始めた。
「……でも……何だろう、……後悔が生まれてきた。……私は……わ、私の正義を認められるように頑張ってきたのに…… 、貴方には……、み、認められなかった……」
詰まる言葉に疑問を抱けば、すぐに理解できた。
涙だ。
地面にポタポタと、一粒の涙が落ちていた。
「……そうよね。結局……殺しは殺し、よね。……ああ、……なんだろう、何だか……訳分からなくなってきた」
そう言いながら、城坂は背中の方に手をそっとやった。
「これが……人殺しの気持ち、なのかな?」
見上げた城坂の顔は、らしくなく崩れた顔だった。泣きまくりの顔に鼻水が少々出ており、詰まる言葉とセットとなると、こちら ももらい泣きしそうだった。
「……怖い、よ」
そう言って、背中にやっていた右手が前に出されると、そこには――、
「……お前」
――サバイバルナイフが握られていた。
切り裂き太郎のナイフ。あの黒いナイフが、城坂の手で握られていた。これも、切り裂き太郎から奪ったナイフの一つなのだ ろう。
「……もう、……嫌だ」
そう言って、城坂はこちらにサバイバルナイフを向けて、思いっきり胸に向かって突き出してきた。
――沈黙。
「……後はお前が決めろ。その恐怖からまた逃げるのか、――ちゃんと受け止めるか」
突き出されたサバイバルナイフを持つ右腕を、俺は自身の胸に突き刺さる寸前に握り、城坂の行いを止めた。
「……俺はお前を信じてる」
そう言えば――。
彼女はこちらにもたれかかり、――泣きじゃくった。
「……そういや、どうしてアンタは俺に嘘なんてついたんだ?」
涙を流しまくり、挙げ句の果てには気を失ってしまった城坂をお姫様抱っこしながら、俺はブラックアンブレラに言った。
ブラックアンブレラという殺人鬼は。
俺にわざわざ嘘をついた。その理由が知りたかった。いや、知りたいというよりも、気に入らないから聞いてやろう、そんな考 えを生んでいた。
「狙われるって分かってたわ。切り裂き太郎も殺され、ハンマーマンも殺された、なら次に殺されるのは私なんじゃないのかな ? ってね。見てたのよ、切り裂き太郎やハンマーマンが、殺されるところを。彼女が――殺したところをね」
そう言って、黒い雨傘を城坂に向けるブラックアンブレラ。
「……意味が分からない。次に自分が狙われるって分かってたからって、どうして俺に嘘をつく理由があったんだ?」
「……私は頭良いから。貴方に嘘をついて、貴方がいつも通る道の前でスタンバイしておけば、何時しか彼女はやって来て 、私を襲うんじゃないのかな? って考えてたの。いやでもまさかね、森の中に連れて行かれるとは思っていなかったわ」
「……だから反撃したのか?」
だから傘で――城坂を刺したのか。
「刺したつもりでいたけど……全然効いてなかったわ。痛みも感じずに、逃げる私を追い続けた。気づけば追い込まれていて 、森の中にいたわ」
あの公園からここまで逃亡劇を繰り広げていたのか。
警察ではなく――殺人鬼に追いかけられるという……何とも言い難い状況だ。
「咄嗟に公園に傘を投げ捨てたのが正解だったわ。予測通り、貴方は傘を持ってここに来た」
「……一つ良いか?」
「何かしら、ヒーロー君?」
お前が俺の事をヒーローと呼ぶ事は置いといて。
俺は一番の疑問を口にした。
「お前の物質移動とかいう超能力で全て事はついたんじゃないのか? 最初から城坂を飛ばせばそれで解決だろ? 何で そうしなかったんだ?」
「わざとしなかったのよ」
と。
ブラックアンブレラは傘を地面に突き立てて、そう言った。
「……何で?」
「それも計画の内よ。理解できる? というよりも、さっきの闘いで訳が分からなくなってきたでしょ、貴方も?」
「……確かに、俺はてっきり城坂がブラックアンブレラを殺そうとしているのかと思い……いや、まさにそうだったのだけども、そ れなのにも拘らず、いきなり城坂が倒れて、今度はアンタが俺を襲ってきたから……、真の悪役はアンタかと思って、アンタと 戦闘してたら、今度は城坂がいきなり俺を襲ってきて……、うむ、さっぱりなのは確かなんだけども」
「ええ、私も彼女が貴方を襲ってくるとは思ってもいなかったわ。でもまあ、それでも計画に支障はなかった。これで思い通り実 行できる――」
そう言いながら、ブラックアンブレラはこちらに傘を向けてくる。
城坂をお姫様抱っこ中の俺にとって、この状況はよく把握できなかったが、――ブラックアンブレラの次の言葉で、理解で きた。
「貴方も彼女も――殺せるわ」
「……あ?」
突如。
彼女の手ぶらだった左手にどこからともなくハンマーが現れると、それを強く握り、終いにはこちらに向かって投げてきた。
「おいおい――ッッ!!」
手が使えない状態でいる俺は、飛んできたハンマーを右脚で蹴り飛ばす――が、蹴り飛ばしたハンマーが空中で突然消 えると、またもやブラックアンブレラの左手に現れ、そして、
「やっぱり手ごわい高校生ね!!」
またもハンマーをこちらに投げてきた。
「ふざけんっっな――っ!!」
同じように飛ばされたハンマーを右脚で蹴り飛ばすと、またもハンマーが空中で消えた。その現象に驚きを示していれば、
「ここで死んでもらわないと困るわ!!」
目の前に、傘を突き出したブラックアンブレラがいた。
叫び、笑い、そして突き出された黒い雨傘の先端が、城坂に突き刺さりそうになった。
「――ッッ!!」
素早く右脚を振り上げると、傘に直接当たり、ブラックアンブレラは持っていた傘を手から離した。転がり落ちた黒い雨傘を 俺は再び蹴り飛ばす。ブラックアンブレラが物質移動とやらを使わないように最低限の足掻きをしたつもりだったが、余裕で 彼女には傘が見えていた。
「やっぱりアンタだけは最低だっ!」
叫びながら俺は走る。城坂をどこかに避難させようと思い、安全な場所を走りながら探していたが――それも無駄であること を悟った。
「……物質移動……!」
そう。
ブラックアンブレラの超能力によって、城坂はいつでも彼女の元へ飛ばされる事になる。
クソ、と内心で思いながら、俺はブラックアンブレラのいる方向に目をやった。
「……荷物持ちの貴方だったら、さすがに勝てないでしょ?」
足を止めていたブラックアンブレラが見えた。
やはり黒い傘を手にしており、笑みを浮かべながら、城坂を抱えた俺を見ていた。
その時だった。
「――ッッ!?」
ゴツン、という響き。
キーン、という耳鳴り。
激痛が走った。
「あ……あ……」
ふらつく感じを抑えようとしても抑えきれず、とうとう倒れようとしたところで頑張って踏ん張る事にした。
「ッッ――」
歯を食いしばりながら、俺はその場に立つ。頭から血が流れ、口に含んだ血の味が俺の恐怖感を更に増やした。
やがて、地面をそっと見てみれば、黒いハンマーが落ちている事に気づく。
そうか、と。
ブラックアンブレラは、物質移動したハンマーを俺の頭上に移動させ、落下するハンマーを俺の頭に直撃させたのか…… 、何とも予測不可能なやり方。
もしかしてブラックアンブレラが最強の殺人鬼なのではないか?
ポタ、と顔から落ちる血が、城坂の頬につく。
何もしらないでいる城坂の顔を見つめながら、俺は痛みを堪えて、堪えて――ブラックアンブレラの方を睨んだ。
「……死なないのね。……本当に、人間なの?」
地面に落ちていたハンマーを彼女はまた物質移動で左に運ぶ。右に黒い傘、左にハンマー。もう一つ、切り裂き太郎の ナイフが揃えば、彼女は『切り裂きハンマーアンブレラ』、とでもなるのだろうか。
「……本当に貴方達には死んでもらわないといけないわ。私の存在を知った貴方達を、生かしてはおけない。いつ私を通 報するのかも分からないからね」
ブラックアンブレラはそう言いながら、ハンマーを肩に担ぐ。
「重っ……。さて、長い長い茶番は終わりにして、メインシーンに突入しましょう。ブラックアンブレラ対貴方。勝つのはどっち? ――ではなくて、殺されるのはどっち? といきましょうか」
「もういい加減にしろ」
俺は言う。
「こっちも限界なんだよ……、ブラックアンブレラ」
痛みを堪えながら、俺は城坂をそっと地面に下ろす。腰を上げて、顔に流れる血を右手で拭い、再びブラックアンブレラを 睨む。
「……勝つわけで殺されるわけでもない。――終わるのはどっちかだ」
「終わる? 何がかしら?」
「――人生だよ」
突っ走る。
俺は足を素早く踏み込み、ブラックアンブレラのもとに駆けつけた。
落ち葉の地面を踏み込んだ瞬間にもう片方の足で前に踏み込む。その繰り返しをする中で、俺はブラックアンブレラの目 の前に辿り着く。
そして、
「とうとう本気ね! いいわ! 信じるだの正義だのほざいていた貴方が――私に何を語るのか楽しみだわ!」
重かったのか、肩に担いでいたハンマーを素早く地面に下ろすと、傘をこちらに投げ出してきた。
それを右手で殴り飛ばすと、ブラックアンブレラは既にハンマーを両手で持ち、頭上に上げていた。
「されど貴方は私には語れないわ! だって――人殺しだもの!!」
振り下ろされたハンマー。
そして俺はそれを――睨んだ。
ガツンッ!! という轟音が鳴り響き、その終わりに――ハンマーの槌は砕け散った。
「……え?」
ブラックアンブレラは声を上げた。その顔を見られないのは残念だった。いや、どうでもいいのだけども。
上に突き出した右手の拳。
その意味は、――そう。
「俺が本気を出したら人殺しになっちまう」
振り下ろされたハンマーを、右手で殴り、砕けさせた。
「……な……何で!?」
ヒリヒリする痛みは多少堪え、俺は驚愕した表情を見せるブラックアンブレラの顔を見つめた。ハンマーの槌の破片が地面 に全て落下し終えると、俺はブラックアンブレラの頬を叩いた。
バシンッ、という爽快な音を聞き終えると、打たれたことに唖然した顔を示すブラックアンブレラを睨み、
「人が人を殺すのは――感情があるからだ。怒り、悲しみ、憎しみ、嬉しさ、楽しさ、嫉妬、――様々な人間の気持ちが、最 後には殺意に変わる。人は――人を殺す感情を隠し持った存在なんだ」
長年の学び。
それを俺は語った。
「俺が本気を出したら――感情を表に出したら――、誰だって殴り殺してる」
怒りや。
悲しみや。
そう言った感情を人一番持っている俺にとって――感情のオーバーヒートは危険であることを自覚している。
人殺しと出会いやすい体質なんて持ってるから、恐怖を持ちやすいし、苛立ちを覚えやすい。多分だけども、俺が世界で 一番短気だと思う。
「そんな自分が嫌いだから、何時か俺は俺を殺したいと思ってる」
そう言って、ブラックアンブレラの着ているワンピースの襟を掴むと、
「人殺しはクソだ。少しは――本物の正義でも語ってみやがれ」
睨み、睨み。
完全に怒っていた俺は、ブラックアンブレラの唖然とした顔面を――殴りはしなかったものの、それでも数十秒は睨み続けた 。