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殺人正義  作者: 赤腹井守
ラストエピソード
10/13

09:正義殺人/なにが敵なのか

「……あ?」

 俺は、視線を腹に落とす。

 ナイフが――腹に突き刺さっていた。

「……は、はは」

「正義が完全であるために――犠牲も必要よ」

 そう言って、終いに俺の腹にストレートキックを食らわせた城坂。

 ナイフが奥に刺さる。叫びたいほどの痛みを我慢しようと思っても、我慢できずに叫んでしまう。

「あああああああああああああああ――っっ!!」

 声を出しすぎたせいか、血反吐を吐いてしまった。

 そのまま、ぐったりと地面に倒れ、かすかな視界をじっと見つめた。

 城坂の足。汚れた靴が目に見える。それと共に激痛が走る。それを堪えれば、また血を吐いてしまう。過酷な状況に陥って しまった。

 ゆっくりと、目を閉じる。

 後に、城坂の声が聞こえた。

「ブラックアンブレラ……、人を殺して、楽しいの?」

「……貴方こそ、彼を殺して嬉しいの?」

 別の声だった。

 そうか。ブラックアンブレラか。

「嬉しくない。むしろ悲しいわ。でも、私の――正義には、犠牲もあるのよ。たとえそれが、重いものでも」

「……正義って、何かしら? 正しい事? 強い事? 貴方は何のために、彼を殺し、そして、私までをも殺そうとするの?」

「私は正義を貫くの。この世界に潜む、貴方達のような悪を滅ぼすために、私が世界を救うの。悪を滅ぼすのは――正義。 だからこそ、私は正義を語り、正義を貫く。――聞く耳持たずの人殺したちには、お似合いの正義を貫くわ」

 ……なんだと。

 怒りが爆発しそうだった。

 だから俺は――目を開いた。

「ねえ」

 と。

 正義の女は、俺を見ていた。


「貴方にとって、正義って何?」


 ブラックアンブレラの背中に雨傘を突き出している城坂は、俺の目を見てそう言った。その問いに俺は答える。

 そしてそいつは淡々と物事を言っていく。

「怖い顔。貴方もそんな顔するんだ。……まるで人殺しね。その目つき。そして震えている拳。何? そんな顔して、何になる の? そう。何の変わりもない。貴方はただ、そこでじっと――哀れな悲劇を見つめておくだけ。いいえ。悲劇じゃない……」

そして――、ふざけた冗談を抜かした。

「《ヒーロータイム》、をね」

 いや。そいつにとっては――本気なのだろう。

 はは。狂ってる。城坂、お前の頭はエラーでもしたのか?

「……その、ヒーロータイムって奴で……、そいつを殺すのか?」

「殺した人間は、殺された人間と同様の死に方をしなければならない。それが私の一つの――正義、よ」

 城坂は、ブラックアンブレラの後ろでそう言った。

「……正義、か」

 俺はブラックアンブレラを見つめた。

 倒れているこの状況で、何も出来ずに痛みを堪えている。それだけでもう我慢が限界だった。今からでも城坂を殴りたい。あ の馬鹿野郎の顔面を殴りたい。

 怒りでも。

 憎しみでも。

 ましてや悲しみでもなく。

 ただ――呆れてものが言えないから、あいつの抜けた面に向かって拳を放ちたい。

「ブラックアンブレラ……、頼む」

 小さく、呟く。声が届いていなくとも、口の動きで理解している事を願う。俺はその一心で、ブラックアンブレラを強く見つめる 。

 だから。

「……私もそろそろイライラしていたのよね」

 ブラックアンブレラはそう言って。

 俺に瞬間移動をさせた。

「――――――ッッ!?」

 物凄い酔い。

 何もかもが歪んだような感覚が一瞬俺を襲えば、気がつくとそこは女の後ろだった。踏み込んでいる地面。落ち葉の地面。 体勢を低くして、俺はその場にいた。

「え――ッ!?」

 驚きの声を上げ、俺の前に立つ女はこちらを見る。

 殴ってやるよ。

「城坂――ッ!!」

 思いっきり腰を上げ、俺は握っていた拳を、城坂の顔面寸前で止めた。

 殴ったわけではなく――。

「……ヒーロータイムは終わりだ」

 一言、放つ。

 右手を城坂の顔面寸前に突き出した状態で、俺はブラックアンブレラの注意もしていた。ブラックアンブレラの事だ、いつ 何時変な事をしでかすか分からない。だから俺は、ブラックアンブレラがこちらを見ようとした瞬間に動こうとしていた。

 が、ブラックアンブレラは動くことなく、向こうを見つめながらじっと立っていた。

 城坂に視線を戻す。

 呆然としている城坂を見ながら、俺は言った。

「……教えてくれ。お前が正義で人を殺す理由を。――あるんだろ? 何か理由が」

 睨む。突き出した拳を見つめる城坂を睨む。

「……私も教えて欲しいわ。――貴方は何者なの? お腹にナイフが刺さったままでも生きていられるし、瞬間移動のような 超能力も使った。……それに、ここにだって来た。……貴方は、何なの? 一体、何がしたいの?」

 そんな質問。

 答えるまでもないのだが。

「……殺されるべき人間なんだ。人殺しと出会いやすい体質を持っている。それが宿命だ。それに従って生きている。……だ から俺はお前と出会い、お前と話し、お前の邪魔をした。――教えろ、何で人を殺す?」

「……正義よ」

 正義、と城坂は言った。

「……私がしないと、救われない人間だっているのよ」

 彼女は語り始めた――。



 ――中学二年生のとき。

 彼女――城坂伶は一人の親友の相談を受けた。

 お互い仲の良い最高のペアは、ある時、片方の悩みによって大きく揺れる事になる。それが――城坂の今から語る話だ。

「……ストーカーがいるの」

 開口一番。ファミレスで城坂の親友、真紀はそう言った。

「……え?」

「ストーカーがいるの! 毎日毎日、部活の帰りにいっつも家の前に立っていて、私が彼を見ると彼は笑ってこっちに歩いてく る。……怖くて怖く、親に相談したけど何の進歩もなく、一時警察も来てくれたけど、勘違いだって言われて……。昨日もいた の! 昨日は私が着てるバスケのユニフォームを何故か持っていて……、もうどうしよう」

 メロンソーダの入ったコップを強く握りながら、真紀は城坂に告げる。

 それを聞いた城坂は、唖然した表情で、

「……それ、本当?」

「ホントよっ! もうどうすればいいの!? 警察も当てにならないし、……家に侵入してきたりしたらどうしよう!」

「……何時からなの? ストーカーが出てきたのは?」

「……今日で一ヵ月ぐらいよ。……毎晩眠れないわ」

 握り締めたコップは割れそうだった。それを見る城坂は内心で思っていた。

(自分では何も出来ない……)

 そんな思いを胸に秘めながら、城坂は真紀の話を聞き続ける。

 そしていつしか――、

「じゃあ、明日見張りに行くよ」

 城坂は自分でそんな事を言っていた。

 何でだろうか? そんな思いが彼女にあった。

 何で、どうして、私は引き受けたのだろうか。「どうにかしてよ! 伶!」という真紀の願いに答えたかった城坂の思いは、素 直になれないまま、

「分かった」

 そう答えてしまっていた。

 家に帰って、自分の引き受けた事に、どれほどのリスクがあるのか理解出来てきていた。ストーカー、それは犯罪者。そん なものを相手にして、自分は何ができるのか? 真紀を守れるのか? 無力の自分が? ――否。

 無力ではなかった。

「……これを」

 ベッドで眠る城坂は、握っていたガラスのアクセサリーを、更に強く握り締めた。

 バキッ、という音と共に、拳から血が流れてきた。

 そう。

 城坂伶は無力ではない。

 異常な腕力と脚力を――持っているのだ。

 

だからこそ、彼女はここに立った。


「……真紀のストーカーですね」

 何時しか。真紀の家の前に立っていた城坂の顔は顰められていた。道の電灯から出てくる明かりが、彼女の顔を照らし出 している。

「……もうやめてください。真紀が嫌がっています」

 握りこぶし二つ。怒り一つ。そんな彼女の目の前に立つ、おどおどとした男は、手にしているカメラを強く握りながら、足を震 えさせていた。

「な、何だよお前! ……真紀の事知らないくせに調子乗るなよ!」

 夜。

 まだ真紀が帰ってきていない中で、彼女の家の前で繰り広げられているこの状況。震える男と、怒る女。

 両者が激突した理由は、あまりにも単純だった。

「真紀の事? 言っておきますけど、貴方より遥かに私が知っています」

 当たり前に反論する城坂。

「うるさい。……うるさいうるさい! お前はどうでもいいんだよ。お前なんて邪魔なんだよ。消えろ、帰れ! 真紀が待ってるん だ。僕を待ってるんだ。今日は写真取るんだ。邪魔すんなっ!!」

 怒声を上げるストーカーは、城坂を見つめる。次に彼女が何て言おうとも、自分は動じないということを決心したらしい。

 だが、

「残念。真紀は貴方みたいな男性はタイプじゃないわ。もっと凛々しくて賢い人じゃないと。貴方みたいに勝手な男は嫌いよ、 多分。だってそうよ」

 だって。

「――見てて反吐が出るわ」

 激突した理由は――城坂の挑発だった。

 これで――、これでストーカーは怒って、私を襲うか逃げ去るかのどっちかになる。そんな考えを持つ城坂は更に拳を握る。 もしストーカーが自分を襲ってきたら、その時はこの――異常な力、を使えば安易に倒せる。後は警察に突き出せば良い。 それに相手が逃げたのなら、それを追いかけて捕まえればそれもそれで良しとなる。両方とも、警察へと送る事ができる。

 だから城坂は――正義気取りした。

「真紀に対して愛を持っているなら、正々堂々と言いなさいよ。そんなジメジメしたやり方で、真紀が振り向くと思うの?」

 今なら――自分は真紀のためになれる。


「男ならシャキッっとしなさい!!」


「ああああああああああああああああああああああああ!!」

 怒りを露わにしたストーカーは走り出した。

 カメラを投げ飛ばして、素手で城坂に向かう。

 それが。

 それこそが――。

「――ッッ!!」

 城坂は向かってきた男の顔面を殴り飛ばした。

 これも計算のうち――のはずだったのが。

 城坂は知らなかった。ただでさえ異常な自分の力を、本気にしてしまえば……。

「……あ……あぁ」

 血だらけの顔で、道に倒れる男はもう――死んでいた。

 城坂は動かなかった。

 決して、男に生死を問うこともなければ、誰かに助けを呼ぶ事もなく、ただ――男を見つめていた。

 そして思っていた。

「……凄い」

 自分は正しい。

 自分の力は凄い。

 血がついた汚い拳を見つめながら、城坂は笑う。嫌な笑みでも、奇妙な笑みでもなく。最高の笑顔を作り、そして、

「真紀を……助けた」

 家族も。

 警察も。

 絶対的な存在さえも当てにならなかったのに――自分は出来た。成し遂げた。

 真紀を――救えた。

「……はは。……そうよ。そうよ……私出来るのよ。私だから出来るのよ。私にしか出来ないのよ、こんな事……!」

 何だって出来るような気がした。

 一人の人間を救えただけで、何でもできるような気がした。

 自分には。

「正義のヒーローになれるのよ」

 その資格があるのだと――。



 長々と。

 城坂は俺の目の前でそんな事を語っては、最後には笑っていた。

「ははは……、何だかすっきりした。貴方には話しておきたかったと思ってたけど、本当に離せて嬉しいわ。貴方には通じると思 うわ」

 理解不能。

 意味不明。

 長い物語の幕が始まったと思ったら終わっており、そして城坂に「通じると思うわ」の一言を放たれてしまった。

「あー……、そうか城坂」

 呆れていたために、突き出していた拳も何時しか下げてしまっていた。

「はあ……つまらない過去ね。貴方、正義のヒーロー気取りで人殺しなんかしてるの? 通りで切り裂き太郎やハンマーマ ンも殺されるわけね」

 と、城坂の後ろで立ち尽くしているブラックアンブレラがそう言ってくる。

 そうだろう。

 切り裂き太郎もハンマーマンも――どれもこれもシリアルキラーだ。だからといって、そんな面子が簡単に女子高生に殺され るという事実も信じがたいのだが――城坂の過去を聞いてる中で理解できてきた。

 城坂は異常な力を持っているらしい。

 でも。

 その使い方を間違えた事に――罪はある。

「……お前の正義は捻くれているぞ、城坂。幾ら何人もの人間を殺したシリアルキラーだからって、殺して良いなんて決まりは ない。そういうシリアルキラーには、罰が待っているんだ。正式な、ちゃんとした罰が。何をお前が罰を下す事なんてないんだよ 」

「……私は正義のために人を殺す。仕方のないことなのよ。でも、正義っていうのはさっきも言ったけど、弱弱しいものなのよ。 誰かが語れば正義は変わる。醜いことも、危ない事も、全てが正義になる。悪の行いは本人からすれば正義。正義からす れば悪の行いは悪。結局――誰かによる見え方で正義っていうのは変わるものなのよ」

「……だったら、お前の正義は何なんだ?」

 俺とは違う――城坂の正義。

 そして城坂は口を開く。

「護る事よ。――人を護る事……」

 そう言って。

 そう言って――城坂は崩れ落ちた。

 急に。突然と。突如。いきなり、城坂は俺の目の前で倒れた。落ち葉の地面に、後ろから倒れ、そのまま地面に寝たまま となった。握っていた黒い雨傘を横に倒れ、城坂と共に地面に落ちる。城坂の目は閉じていて、笑ってはいなかった。

 まるで――苦しそうだった。

 というか。

「……え?」

 な、何が起きた?

 ちょっと待ってくれ。理解できない。現状把握が出来ない。

「あ? え? ちょ、ちょっと待ってくれ。おい、――城坂!?」

 腰を下ろして、倒れた城坂の身体を揺さぶる。反応はなかった。

「……何なんだよこれ」

 城坂の身体を大きく揺さぶっても、返事はなかった。でもそれで収穫を得た事には大きな進歩だった。――俺が全てを理解 するための。

 そう、それは。

「……血?」

 もっと早く気づくべきだった。

 城坂の着ている制服の臍の辺りが、赤く染みていた。

 血だ。

「おい!」

 俺は無理矢理、制服を引きちぎる。臍の部分が露出すれば、そこには血だらけの光景が存在していた。

 そうか、と。

 その痛々しい光景を目にした俺は、一度呼吸を行うと、ゆっくりと立ち上がった。

 そして――奴を見る。

 予想通りの姿だった。

「……テメェ」

 右手には――黒い雨傘。

 左手には――馬鹿でかいハンマー。

 顔は――笑っていた。


「貴方は最初っから大きな間違いを犯しているわ。――信じている。って、貴方は私達に言ったけど……それは馬鹿以上の 馬鹿な発言よ。信じる? 私達を? はは、あははははははっ! 貴方は何か忘れていないかしら? 私達は――シリアルキラー。連続殺人者よ。そんな連中が――ただの高校生の思いに応えるとでも?」


 ブラックアンブレラ。

 お前が――城坂の腹を突き刺したのか。

「切り裂き太郎もハンマーマンも、自首なんてする気はサラサラ無いわ。あったとしたらそれは奇跡以上のものよ。私達人殺し が、どれほどの覚悟を持って人を殺しているのか、――貴方には分かる? いいえ、分からないでしょうね。だから『信じる』な んて戯言を私達に吐いたんでしょうね」

「……テメェ」

「信じるのならば、彼女を信じるべきだったのよ」

 倒れた城坂に、傘を突き出すブラックアンブレラ。

「切り裂き太郎もハンマーマンも、貴方との出会いに呆れて、次に誰かを殺そうとしていたんでしょうね。――でも、彼女がそ れを邪魔したの」

「……」

「本当、正義って凄いわね。格好良いわ、惚れちゃいそうよ。でも、そんなもの、――私達には通用しないわ」

 ハンマーを地面に叩きつけるブラックアンブレラ。

「一度人を殺せば――」

 そして始まった。


「楽しくてやめられないわ」


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