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破壊神、審査!!その弐

魔法部入部テスト。

入部に条件を設ける事自体珍しいが、それとは別の要因で異常な数の入部希望者を集めていた。その要因とは勿論、入学式での出来事だ。

そしてこのテストには、隆騎なら『面白い』と言いそうな人物達が、ある者はその野望を叶える力を欲し、ある者は怨みを晴らすための手段を探し、ある者は単に自らの力量、或いは相手の力量を量るために参加していた。


「どうやら、そろそろ始まるみたいだぜ、貝梨ちゃん。俺の野望を叶えるために、一花咲かそうじゃねぇか!」

「そうだねっ、尚允君っ!でも、油断は禁物だよっ!!」


大半はお祭り気分の参加者だが、しかし、彼らのような人物が居るのもまた事実。


「あー、めんどくさいなー。もう帰ろうかなー。……怒られるよなー。怒られるのは面倒だなー。……じゃあしょうがないかー」


彼らのような、それぞれの目的のため、真剣にテストに臨む者達も居る。


「楽しみデスね、私達が行ったラどんな顔をするんデスかね?」

「See!!とても楽しみ!!」


彼らの野望を載せて。彼らの期待を込めて。


「やってやりますわ……!今日と言う今日こそは、私の力を示してみせますわ!!」

「………」


今、舞台の幕が開く。


―1―


「さて、こんな所でしょうか」

「あぁ、助かった。悪ぃな、頼っちまってよ」

「最初から頼る気だったのでしょう?よく言いますね」

「そう言うなよ。いつも頼りにしてんだぜ?」

「むっ……何ですかいきなり……。そんなこと言って、何を企んでいるのですか?」

「企んでねぇよ。……まぁこれで、テストが安全に出来るな」

学園の中心を占める森の中、空を見上げながら、時空神と破壊神の二人が会話していた。彼らが見上げる先、この時間ならば青色が広がっているはずの空には、しかし白や黒、赤の色合いが広がり、ねじまがった空間を形作っていた。さらには、ハートやスペード、クラブ、ダイヤの模様や、懐中時計の影が無数に浮かび上がっていて、空間の異様さを際立たせていた。

『不可思議空間』(ワンダーランド)、か……。いつもながら見事なもんだ。こういう緻密な術式は、俺には向いてねぇからな……。いつも雀に任せちまう」

「雀さん、ですか……。まだ、諦めてないのですね」

「諦めるわけねぇよ。絶対に、な。……と、そんな話してる場合じゃねぇな。とっとと始めようぜ?」

そう言って、隆騎は一方的に会話を打ち切った。もしかすると、今の話題はあまりしたくない話なのかもしれない、と時音は煮え切らない思いを抑え込む。つい溢れてしまっただけなのだろう、と。

表情を曇らせた彼など、出来れば見たくない。それを思えば、向かい合って居なくて良かったと、彼女は思った。

彼らは、こうして話しているが、近くに居るわけではない。魔法で、声をお互いに届かせているのだ。こういった類いの、『離れた位置に居る者と会話する』魔法は、さほど難しい訳ではない。神でなくとも、余裕で出来るのは当たり前だ。

「では、万勇輝に開始の旨を伝えた後、貴方の声をこの空間内全てに届くようにします。宜しいですか?」

「いや、アイツには言わなくても大丈夫だろ。『黒騎士』の鎧を纏った気配がしたし、もう準備万端だと思うぜ」

「そうですか。ではカウントの後、開始を宣言してください」

時音は、カウントを明瞭に発しながら、術式を展開した。ついでに、近くに潜んでいる気配の位置を的確に感知する。

十から始めたカウントが半分を切った辺りで、近くの茂みから一人、時音に向かって飛び出し、攻撃を仕掛けてきた。

「フライングはいけませんよ」

「ぐぁっ!!」

不意打ちを狙っていたのだろうが、時音は気付いていたのであっさりと手刀で撃退した。無論手加減はしたが、このテストの間は起きないだろう。

「……三秒からもう一度カウントします。三、二、一……」

少しの沈黙の後、会話の調子から、一方通行の宣言のための、はっきりとした語調に変わった隆騎の声が聞こえてきた。


『あ、あー……待たせたな!これから、魔法部入部テストを始める!!ルールはさっき言った通りだ。時間は、そうだな……一時間だ!合格したかったら、死に物狂いで俺達を探し出して、全身全霊でぶつかってこい!!……そんだけだ、以上、開始!!』


「……はぁ」

時音は、何とはなしにため息を吐いた。放送の内容について、なのは間違いないが、どこに不満を抱いたのかは分からない。

ともあれ、遂にテストが始まった。先ほどから近くに潜んでいる彼ら、もしくは彼女らも、その内『ぶつかって』くるのだろう。

「……いつからあのように熱血漢のようなセリフを言うようになったのでしょうか?」

或いは、そんな彼らしくないとも思える言動に理不尽な苛つきを憶えたのかもしれない。時音は彼の、獰猛でありながら冷徹な所に憧れを……。

「……って、私は何を考えているんですか!憧れなんて抱いてません……抱いていないのです……!!それよりも、集中、ですね……」

いくら余裕があると言っても、隙を晒し過ぎるのも考え物だ。そういう正論で自分を騙しながら、そして暫く頭を抱えてうんうんと唸ってから、ようやく時音は気を取り直した。

「……それで、いつまで隠れているお積もりですか?そろそろ十二分の一の時間が過ぎ去ってしまいますよ?」

隠れていた者たちの雰囲気が変わる。挑発したのだから、それぐらいの反応は示してもらわないと遣り甲斐も無い。

彼女は微笑しながら背筋を伸ばし、辺りを睥睨しつつ言った。

「どなたから負けに来るのですか?」

気分を晴らすために八つ当たりしようとしている訳では、決してない。




『……そんだけだ、以上、開始!!』

「先に何か報告を入れてくれてもいいだろうに」

勇輝は被った『黒騎士』の甲冑の中、密かに嘆息した。とはいえ、周りへの警戒は少しも緩めない。先ほどから隠そうともしていない気配が動き回っているのだ。まだ見つかっていないようだが、隠れるつもりも無いので、じきに見つかるだろう。

「それにしても、凄い術式だな……。この学校全体を飲み込む結界なんて、桁違い過ぎる」

あまり得意でないこともあって、勇輝に張れる結界は、精々自分を守る程度。それも強度は強くない。

だが、この結界はもはや、異空間を形成している。これを壊そうと思えば、『七騎士』全員が全力を出すほかないだろう。もっとも、彼ら神たちを敵に回すのは、絶対に避けたいが。

「そうは思わないか、『黒騎士』?」

勇輝は、『黒騎士』に語りかける。勿論、その甲冑を着込んでいるのは、勇輝である。

では、何故彼は自らに語りかけるのか。

それは、『黒騎士』は彼でありながら、完全な彼の力ではないからだ。

『黒騎士』の甲冑、力は、あくまで『召喚』して、喚んでいるのだ。勇輝はその力を借りているに過ぎない。

なので、時折こうして対話を試みなければ、力を引き出せなくなってしまう。

しかし、『騎士団』を辞めてからというもの、『黒騎士』は勇輝の声に応えてくれなくなっていた。力は貸してくれているのだが、対話には応じてくれない。

どうしたものかと考えていた勇輝だったが、ふと足音が聞こえたため、すぐに思考を切り替えた。


「おぉ、居た居た!いやぁ、やっぱ俺の読みは間違いねぇやな、貝梨ちゃん!!」

「うんうんっ!ちゃんと狙い通り、『黒騎士』が居るもんねっ!!」


最初に見えたのは、勇輝の視線よりも少し高い位置にある、赤みがかった茶髪と、低い位置にある綺麗な翠色の髪の毛。大きい方が男性で、へらへらと笑っているがどこか憎めない、そんな愛嬌のある端正な顔立ちをしていた。

そして小さい方が、女性と言うよりは少女と言った方がしっくりとくる、くりっとした大きな目が可愛らしい、楽しそうな笑顔が印象的な女の子だった。

その和気藹々と笑い合う二人は気配を隠そうともせず、どころか、騒ぎながら勇輝の下へとやって来た。

「さぁて?疑いようもねぇけれど、あんたが『黒騎士』さんで間違いねぇんだよな?」

「あぁ、そうだ」

「ややっ、そう言えば私、生で見るの初めてだよっ!この前は声を聞いただけだったし、ちょっと緊張しちゃうなぁ!」

そう言うと、少女は手を胸に当てて、深呼吸を始めた。その手には、特に何の武器も持ち合わせていない。

しかし、男の方は左手に拳銃を持っていた。

人は勿論、『化獣』や悪魔等にも有効で、かつ遠距離からの攻撃という安全性の高さもあって、銃器を持つ者は多い。至ってポピュラーな武器なのだ。

だが、その拳銃の存在を忘れさせるような物が、彼の左手には握られていた。

それは、禍々しい大剣だった。

その赤黒い刀身は、多くの血を吸ってきたように不気味に黒光りしていた。まるで生きているかのようなプレッシャーを周囲に放っている。

そんな大剣を肩に担いだ男は、しかし清々しいほどに明快に笑っている。そして少女もまた、朗らかに笑っていた。

やたらと明るい二人組は、邪悪な大剣を携えて、声高く名乗りを上げた。

「それじゃあ、名乗らせてもらおうか!俺の名前は賀田尚允(ガダナオノブ)!!賀正の『賀』に田んぼの『田』、和尚さんの『尚』にカタカナの『ム』と『ル』で賀田尚允だ!!」

「私の名前は田樋貝梨(タトイカイリ)だよっ!!田んぼの『田』に雨樋の『樋』、貝殻の『貝』に『梨』で田樋貝梨なのだっ!」

尚允は大剣を、貝梨は左手の人差し指を前へ突きだし、バーン、とか効果音が付きそうな決めポーズをとった。

「………」

「よし!決まったようだぜ、貝梨ちゃん!!」

「うんっ!吃驚して動けてないもんねっ!!」

実際には、勇輝はただ単に呆れているだけなのだが、二人は都合良く勘違いしたようだ。尚允が武器を置かずにハイタッチをしようとして、流石に危ないと思ったのか、貝梨が両手を胸の前辺りに上げて冷や汗をかきながら止まっていた。

気を取り直し、貝梨がんんっ、と咳払いをすると、尚允が再び勇輝の方に向かって切っ先を突き付けた。

「さぁて、そっちも名乗っちゃくれねぇか?多分、長ぇ付き合いになると思うんだ」

「自信が有るようだな?」

「おうよ!一人ずつならいざ知らず、二人でならまず負けねぇよっと!!」

「そうか、そうだろうな、確かに」

先ほどから、勇輝はこの二人の魔力を探っていたのだが、まるで底が見えない。一人ずつ相手にしても、必ずしも勝てるとは思えない相手だ。それが二人同時、しかも体に攻撃を当てるだけという条件では、どう足掻いても勝てそうにない。

しかし。

「だが、ここにはトラップが張り巡らせてあるんだ。気付いていたか?」

「へぇ?そいつぁ知らなかったな」

「えっ!?気づいてなかったのっ!?」

「な、何ぃ!?貝梨ちゃんは気付いてたっつうのか!?」

どうやら、貝梨の方が注意した方が良いようだ。勇輝は一層、気を引き締めた。

「結局名乗っていなかったな。万勇輝という名だ。よろしくお願いする」

「勇輝、勇輝だな……。よぅし、覚えたぞっと!」

「では、早速始めようか!」

言うと共に、勇輝は刀を構えた。場に緊張が走り、尚允も剣を担ぎ直したが、貝梨は構えもしない。どころか、未だ貝梨は明朗に、尚允もニヤリと笑ってさえいた。

先に仕掛けたのは勇輝だった。トラップに警戒して動きが鈍い間に攻め、トラップ自体は温存しておこうと思ったからだ。

尚允に肉薄し、刀を振りかざそうとした所で、勇輝は真横に跳んだ。

「外しちゃったっ!でもっ、どんどん行くよっ!!」

尚允の目の前の地面には、うっすらと焼け焦げた跡があった。もう少し回避が遅ければ、勇輝に当たっていただろう。

思考もそこそこに、勇輝は動いた。貝梨の魔法を、見極めねばならないからだ。

貝梨は人差し指を伸ばし、親指を立てていた。手で鉄砲を形作っている、と言った方が早いかもしれない。その『銃口』を、彼女は勇輝へと向けた。

「バンッ!」

「……!?」

それは魔法ではなかった。

彼女が口で発射音を言うと同時に、指から魔力が打ち出されたのだ。魔法ではなく、ただ魔力を打ち出しただけ。威力は無いが、今は威力など必要ない。ただ、当てさえすれば良いのだ。魔法を使うよりも、少ない魔力で済むだろう。……実用レベルで使えるのなら。

魔力とは弾丸のようなもので、魔法は銃そのものだ。銃で打ち出さなければ、弾丸はただの鉛の固まり。威力もコントロールも、射程さえ皆無だ。普通ならば純粋な魔力を打ち出すよりも、魔法の方が効率が良い。

だが。

「『消エロ』!!」

それは届いた。

勇輝の下へと届いたのだ。

一体、どれ程の魔力を有していて、どれだけの技術が有るというのか。

「お前……何者だ!?」

「だからっ、私は田樋貝梨だよっ!それ以上でもっ、それ以下でもなぁ~いっ!!」

あはは、と快活に笑いながらそう言い切った彼女は、今度は指を全て伸ばし、勇輝へと向けた。

「避けれるかなっ?」

そして、十の指全てから魔力を射出した。

「……くっ!!『消エロ』!!」

勇輝が魔法を使っているのに対して、貝梨は威力の無い疎らな弾を打ち出すだけ。このままでは勇輝の魔力だけが底をつくだろう。しかも、敵は貝梨だけではない。

「俺を忘れて盛り上がらないでくれよ、二人とも!!祭りは賑やかな方が良いってねぇ!!」

「出来れば参加しないでもらいたい、なぁッ!!」

貝梨の魔力弾に続くようにして、尚允が飛び込み、剣を振り下ろした。勇輝は両手の刀で受けると、すぐに弾き、直感に従って飛び退いた。

「あぁッ、惜っしー!!当てたと思ったんだけどなっ!!」

「そう簡単には行っちゃ困るってもんだぜ、貝梨ちゃん?」

勇輝が飛び退く前の位置には、焦げた跡が合わせて五個は有った。またもギリギリのタイミングでの回避だった。

「………」

勇輝はここまでのほんの少しの交戦で、二人の戦闘能力をだいたい理解した。いや、最低限の能力を知っただけで、恐らく二人とも全く本気を出していないのだろう。

勇輝にしても本気を出しているつもりはないが、二対一では分が悪すぎる。

逃げるか、戦うか。

その決断を下す前に、またも騒々しい声によって、思考は妨げられた。


「やっと見付けましたデスよ!!」

「Year!!ユーキ、見つけた!!」


勇輝、貝梨と尚允が対峙するその右側から、それらの声は聞こえてきた。

「んんっ?何かなっ?何なのかなっ?」

「うぅむ……女の子が二人走ってきてるみたいだせ、貝梨ちゃん」

彼らの見る先から来る二人は、二人とも女の子だった。そして、尚允と貝梨よりも凸凹コンビだった。

尚允と貝梨は、尚允が少し大きいだけで、貝梨はそこまで小さくない。その表情や所作で少女っぽさが際立っているだけで、背格好は年相応か少し小さい程度だ。

しかし、やって来た二人の少女たちは、片方が明らかに大きく、また片方が明らかに小さかった。

「Hey!!ユーキ、このメイル・グランバルカと……well……そだ!いざ、ジンジャーにショーブ!!」

その小さい方、メイルと名乗った金髪の女の子は、あどけない笑顔でツインテールを揺らしながら、勇輝に指先を突き付け宣戦布告した。

だが……。

「……ジンジャーじゃなくて尋常な?」

「Realy!?……に、日本語ムズカシイ……」

メイルは、なかなか印象的な格好をしていた。というのも、頭の上に王冠が載っているのである。服装もきらびやかな装飾の付いたエプロンドレスだ。この『学園』は制服があるが、服に魔術的な工夫やらを凝らしている場合があるので必ずしも着る必要はない。

メイルは、幼さが多分に残る顔を少し膨らませて拗ねてしまった。宣戦布告したというのに、全く緊張感がない。

そんなメイルの様子を見て、貝梨と尚允が騒ぎだした。

「うわっ、可愛いっ!!お人形さんみたいっ!!メイルちゃんかっ……うぅっ、抱きしめたいっ……!!」

「か、貝梨ちゃん駄目だっての!抑えた抑えた!!」

「w,What!?こ、この人怖い……!!」

なかば貝梨に怯えながら、メイルはもう一人の少女の服を引っ張り、その背に隠れた。貝梨はさらにテンションを上げているが。

「メイルを怖がらせないでほしいデス!勇輝も止めるが良いデスね!!」

「と言ってもな……。どうすれば止まるか俺には分からないぞ、飛藍(フェイラン)

「倒しちゃったら良いデス!そして弱っタ勇輝を私達がフルボッコするという素晴らしい算段なのデス!!」

「それ、言ってしまって良かったのか?」

「……しまったデスぅぅぅ!!」

メイルと共に現れた彼女、李飛藍(リ・フェイラン)は頭に両手を当てて叫んだ。二つに結わえられた黒い髪のお団子を振り乱す。

「Oh,No!!フェイラン、何で言った!?」

「ま、待ってほしいデスね、ふ、不可抗力デスね!」

あわあわとオーバーな挙動で手を振り、弁明をする飛藍。彼女は勇輝の知人の中でも有数の間の抜けた人物なのだった。因みに、他の例を挙げると朝日がいる。

ざり、と地面をこする音がして、勇輝が思考を打ち切った。尚允が一歩踏み出した音だったようだ。

彼は新しく現れた二人を警戒しつつ、威嚇するように薄く笑いながら言った。

「おいおい君ら、簡単に俺と貝梨ちゃんを倒すとか倒さないとか、そんなこと言ってもらっちゃ困るなー。そこそこ強いんだよー、俺ら」

「そうそうっ!!ここを通りたくば、私たちを倒してからにしろっ!!」

「それは何か間違ってる気がするな、貝梨ちゃん!!」

尚允が振り返って貝梨にツッコんだ。どうやら彼らには真剣な雰囲気を作り出すことはできないようだ、となかなか失礼な印象を抱きつつ、勇輝は今度は真面目に思考を巡らせる。タイミングの良いことに、二組の二人組はそれぞれ話に夢中だ。逃げ出せるほどの隙はなさそうだが、考える余裕はありそうだ。

時間にして一分ほどで勇輝は結論を出すと、唐突に背後へと走り出した。

「おいおい、そりゃあなめすぎってモンじゃねぇのかい、勇輝さん、よ!!」

当然の事ながら、堂々とした勇輝の逃走に気付かないはずがない。全員がすぐに動く。

一番早く動いたのは尚允だった。彼は勇輝の背中に飛び掛かるように跳躍し、大剣を振りかぶった。

しかし。

「……な!?」

剣を振り降ろすことができなかった。躊躇った訳ではなく、剣その物が動かないのである。

慌てて振り返った尚允は、自分の大剣に糸が絡み付いているのを見た。糸は周辺の木々に巻き付いていて、剣を固定していた。

その辺りまで知覚して、尚允は落ちた。

比喩ではなく、落ちた。飛びかかろうとしたのだから当然だ。しかし、尚允は一瞬失念していた。

「……あ?あ、うおぁぁぁ!!」

だから、とは言えないが、尚允は重力に抗おうとせず、大剣を掴んだ右手が柄から離れるのをぼうっと見てから、改めて浮遊感を感じた。そして、みっともない声を上げて落ち、強かに腰を打ち付けた。

「っ痛ぁ!!くっそ、何なんだぁ、あの糸!?」

腰を擦りながら上を見上げた尚允は、未だに絡め獲られたままの大剣を見た。

この大剣は、尚允の生家、賀田家に古来から伝わる名剣である。断じて鈍ではない。その刀身を絡め獲り、空中に縫い付ける糸など、普通の糸であるはずがなかった。

「魔力の糸……これがトラップっつーことか?」

尚允は、ただ呆然と宙に浮かぶ大剣を見上げていた。

しかし、すぐに尚允の視界に影が映り、綺麗で小振りな手が差し出された。

「ちょっとっ!尚允君っ!!追い付けなくなるよっ!!」

「お、おぉ、悪ぃ貝梨ちゃん」

貝梨の手を取り、立ち上がらせてもらうと、尚允は糸を指差した。

「貝梨ちゃん、あの糸、切ってくんね?」

「ん……ははぁ、これ見て腰を抜かしてたんだねっ!良いよっ、切るからちょっと下がっててねっ!」

そう言って尚允を下がらせると、貝梨は指を糸に向けた。そして、指に魔力を込める。

「……そいやっ!」

掛け声と共に指を振り下ろすと、糸の辺りからジッ、という音が聞こえた。続いて、ザクッ、と物が地面に突き刺さる音が聞こえる。

「サンキュー、貝梨ちゃん!」

大剣を地面から引き抜き、肩に担ぐと、尚允は勇輝が進んだ方向を見やる。

「……あっちゃー、流石に見失っちまったかー……」

「『黒騎士』は見失ったけど、あの二人はまだ追いかけられそうじゃないっ?」

「あの二人ってぇと……あぁ、なーるほど」

尚允が少し辺りを見回すと、輝く王冠が視界に入った。必死に走っているようで、金色の軌跡は上下に波打っている。

「大きい方の女の子はもう少し前を走ってるよっ!!」

「じゃあ、多分あの娘らは『黒騎士』を見失ってねぇんかな?なら、利用させてもらうとするか」

尚允が貝梨の方に視線を落とすと、目が合った。二人は無言で頷き合うと、少女たちの後を追い、駆けだした。


 -2-


勇輝、隆騎、時音の三人の内、最も激しい戦いの中に居たのは、隆騎だった。

理由は単純だ。隆騎がわざわざ目立つ場所を通り続けたからである。

「ははっ、やっぱ戦いはこうじゃねぇとな!!」

何故そんなことをしたのか、という理由も単純である。隆騎が純粋に戦いを楽しみたかったから。できる限り自分で入部者を選びたかった、という理由もあったが、優先順位は低い。

隆騎は今、教員棟から校舎へと続く道を走っていた。隆騎の走り終えた道は、そのほとんどが魔法によって攻撃が行われていて、隆騎を追いかけている生徒は走りにくそうにしている。

その時、前から刃が振り下ろされた。ひらりと右手に身を躍らせて躱したが、そこには槍の切っ先が突き出されていた。隆騎はそれを跳んで躱した。そしてそのまま槍の上に飛び乗ると、その上を走り、槍使いの生徒の顔を踏みつけて飛び降りた。

着地した瞬間、足下の地面が急激に膨れあがる。再び跳んで前へ進むと、直前まで居た地面が爆発した。しかし、隆騎はそんな事を確認もせず、走り出した。

「おいおい、誰も俺に一太刀浴びせることはできねぇのか!?」

既に開始十分が経過していたが、隆騎には掠り傷一つ、火傷一つ無かった。それどころか、立ち止まらせることさえ、誰にもできていない。

全ての斬撃をするりと躱し、打撃をいなし、狙撃は狙いさえ付けられず、魔法を放っても既にそこには居ない。

誰もが漠然と、圧倒的な実力差を感じていた。

「もっと腹ぁくくって、俺を殺す気で……あ?」

少し飛ばしすぎたのか、隆騎の周りには誰も居なくなっていた。誰も、隆騎の速度についてこれなかったのだ。

「……ったく、だらしねぇなぁ」

そうぼやきながらも、彼は止まらず、速度だけを落とそうとした。

しかし、その時、


ブンッ!!


「っと!?」

隆騎がこれまでとは違い、迫る刃を余裕無く躱した。

そして。

「あっぶねぇ!当たるかと思ったぜ!!」

隆騎はついに、立ち止まった。

「………」

隆騎の歩みを止めたのはショートヘアの少女だった。整った顔に一切の表情を見せず、無機質な目で隆騎を見据えている。特に構えも取らず、ダガーを持った両手をぶらりと垂らしていた。

「さぁ、もっと攻めて来いよ!時間がもったいねぇ!!」

その言葉に、少女はゆらりと動き出した。そして、次の瞬間には隆騎の目前に刃が迫っていた。

「ッ!?」

隆騎は大きく仰け反り、すれすれで避けた。しかし、唐突な動きに対応しきれず、隆騎の前髪が飛んだ。

無論、それで終わりではない。

少女は無理な動きで刃を躱した、隆騎の横腹へともう一方のダガーを突き出す。隆騎はその手に手刀を落とし、軌道をずらした。ダガーは隆騎の脇を、かすることなく通りすぎる。

少女はその勢いを利用して、隆騎の顔面へと頭突きを繰り出した。完全に無駄のない動きで、躱すことは難しい。さらに少女は、体に隠れるようにしながら、ダガーを腹に向けて放っていた。

しかし、隆騎はにやりと笑うと、少女の体に手を翳した。

「………!!」

その瞬間、隆騎の魔力が爆発した。間近に食らった少女は当然のことながら、爆発を起こした本人も吹き飛んだ。少女は受け身を取って衝撃を殺したが、腹が少し焼けていた。

「へぇ?結構本気で腹を吹き飛ばすつもりだったんだがなぁ?慌てて体を引いたか、瞬時に魔力を体の前に集めたか……。どっちにしろ、優秀すぎるぜ、全く」

そんな言葉に一切のリアクションを起こさず、少女は無言で立ち上がった。しかし、どことなく不服そうな顔をしているように、隆騎には感じられた。

「……ん?あぁ、魔法は使ってねぇぜ?魔力を膨らませただけでよ。だから魔法を使わないって約束は守ってるぞ?」

すると、ごく僅かに少女の頭が上下に揺れた気がした。それが頷く動作だったのだと隆騎が気付くのに十秒ほど要したが、気付いたときには少女は先ほどと同じように、自然体で構えていた。

「……来いよ。あんまりもたもたしてると、他の奴に横槍入れられるからな!」

その誘いに乗った訳ではないのだろうが、少女は再びゆらりと動く。そして、先ほどと同じように、次の瞬間には、隆騎の面前にダガーが突き出されていた。

しかし。

「同じ手は二度も食わねぇよ!」

その言葉通り、余裕を持った動きでそれを躱すと、本命であった少女の蹴りを、上から踏みつけることで無力化する。

予期せぬ痛みに少女が一瞬怯むが、すぐに突き出していない方のダガーを隆騎に向かって投げた。

「まぁ、予想通りの動きだな」

隆騎はそれを、平然と左手の中指と薬指で挟み、受け止めた。

「……………」

隆騎は踏みつけた足に、さらに体重を乗せた。メキッと嫌な音が聞こえた。

「………」

しかし、少女は全く気にせずに隆騎の隙を窺っていた。

隆騎としては、さっさと戦意を無くしてほしいと思っての攻撃だった。普通足の指を折られれば喚くもんだろ、と思いながら少女に話しかけた。

「……大したモンだな、お前。もっとも、これで俺を追えねぇだろ?大人しく諦めて……」

「……これで終わりでは、ない」

「ん?……あぁ!?」

隆騎は驚愕した。

少女は素早く懐からある物を取り出し、口でピンを抜いた。

そして、


爆発した。


砂塵が巻き上がり、視界を塞ぐ。少女と隆騎は密着していたはずだが、お互いの顔さえ見えない。

少女が取り出したある物、それは手榴弾だった。見せ掛けでも偽物でもない。その威力は、半径百メートルを吹き飛ばすほどだ。至近距離ならば、まず間違いなく死ぬ。

少女はそこまで思考して、気付いた。

何故、思考できる?

何故、生きている?

現に、砂塵が立ち込めるほどの爆発は起こっているのだ。それなのに体が吹き飛んでいないのは何故なのか。

しかも、足の痛みが消えていない。つまり……。

「……ったく、危ねぇな」

そんな思考を見透かしたようなタイミングで、隆騎がぼやいた。

「命は粗末にするためにあんじゃねぇんだぞ?」

その頃になってようやく砂塵が収まり、視界が復活した。思わず少女は、声のした方を見上げる。

そこには、心底うんざりした表情の隆騎の顔があった。右腕を動かしてから、何かに気付いたかのように舌打ちすると、今度は左腕を動かして、頭を手で掻いた。

少女は再び武器を取り出そうとして、止めた。いや、出来なかった。

「……何故」

「おっ、やっと喋ったか!」

そう的外れなことを言った隆騎は、足りなかった。


右腕の肘から先が無くなっていた。


「まさか、あんな特効を仕掛けてくるとは思いもよらなかったぜ。咄嗟に爆発を封じ込めようとお前の手から手榴弾を奪い取ったまでは良かったんだけどよ、すぐ爆発しちまって。大急ぎで俺とお前を守って魔力壁を展開したんだが、魔法を使わねぇと流石に間に合いそうに無くてな。速度と確実性を増すために、右手は捨てた」

苦笑しながら頭を掻く隆騎だが、それは並大抵の実力では出来ない。しかも魔法を使わずに行ったのだ。正に人外の能力だった。

しかし、少女はその事には拘泥しない。無論、自分の予想以上の実力には驚いていたが、そんなことは彼女には些事だった。

「……何故」

「ん?」

「……それだけのことが出来たのなら、私を置いて逃げることも出来たはず」

「あぁ、出来たな」

事も無げに言ってのける隆騎だが、少女は三度目となる問いを発した。

「ならば、何故」

「気に入らなかったからだよ、ああいうやり方が」

隆騎が纏う雰囲気を変える。それまでの無邪気な、親しみやすい笑みを止め、無表情に少女を見据えた。

憤るわけでも、責めるわけでもなく、ただ見下ろす。それだけで、圧倒的なプレッシャーを放っていた。或いはこれが、破壊神としての、邪神としての彼の本来の表情なのかもしれない。

しかし、少女は動じなかった。未だに隆騎のとった行動の意味を図りかねているかのように、微かに首を傾げるばかりである。

その様子に、隆騎は一つ溜め息を吐くと、本当に大したもんだ、と思いつつ少女に尋ねた。

「……まぁ、そんなことより、お前の名前を教えてくれねぇか?お前は合格確定だからよ」

「……機衣乃」

「……キイノ?」

「……員弁機衣乃(イナベキイノ)

「員弁、機衣乃……?どっかで聞いたことある気がすんな……」

「……?」

「いや、悪ぃ、気にすんな!気のせいかもしれねぇし」

隆騎はどこか引っ掛かりを覚えながらも誤魔化した。本当に気のせいかもしれないし、思い出したところで栓無きことだと思ったからだ。

頭を振って気持ちを切り替えると、隆騎は漸く少女―機衣乃の足から自らの足を退けた。

「さてと、そろそろ行くか……」

機衣乃に背を向け、隆騎は歩き出した。

しかし、その背に声が掛かる。

「……腕は」

「ん?あぁ、これな」

機衣乃の短い問いに、隆騎は右肩を揺らして答えた。

「このぐらいハンデがねぇと、大抵の奴ぁ何も出来ねぇだろ?……もちろん、これでも十分だけどな」

ニヤリと笑い、再び歩き出した。しかし、少しふらついていた。体の左右の重量が変わってしまい、バランスが取りにくくなっているのだ。

「あぁ、そうだ。言い忘れるところだったぜ」

隆騎は振り返ることなく告げた。

「この空間が解除されたら、体育館に来てくれ。手続きをするからな。……んじゃ、また後でな」

そして、森の中へと消えていった。


  ―3―


時を同じくして、時音も一人の参加者と向き合っていた。

ここまで、時音に攻撃を仕掛けてきたのが三十六人。そして、既に戦闘不能になっている者が三十六人である。しかもその全てを、カウンターの一撃で屠っている。

今向かい合っている者も、一撃で仕留めるつもりで身構えているだが……。

「……仕掛けてこないのですか?」

時音は思わず、問い掛けてしまった。

しかし、それも仕方のないことだった。何せ、かれこれ三分は向かい合ったままだったのだから。

「だってー。こっちから仕掛けるの面倒じゃないですかー。カウンターする気満々でしょー?」

時音と向かい合う青年は、両手を胸の高さに持ってくると、手のひらを時音の方へと向け、ひらひらと振った。

背はすらりと高いが、幼さと精悍さが同居している顔。くっきりとした泣き黒子が印象的だった。目に掛かるぐらいに伸ばされた、薄い黄緑色の髪を風に遊ばせている。

黒を基調として白のラインが入ったファーコートを確りと着込み、黒いジーンズを穿いていた。最も特徴的なのは、その言動だろう。彼の言葉は、完璧に棒読みなのだ。顔も無表情のまま、眉一つ動かさない。

時音には、彼の言葉の真意を読み取ることはできなかった。

「あー、でもあなたもひまですよねー。分かりますー」

「………」

遂に仕掛けてくるのか。

そう思い、時音は無言で身構えた。と言っても、武器を取り出すわけでも、何らかの格闘技の構えを取るわけではない。いつでも魔法を使えるよう、心の準備をするだけだ。

しかし、時音の心構えは、空回りに終わる。

「じゃあこうしましょー。ひまつぶしに、お話しでもしませんかー?」

「……は?」

「無難に自己紹介からなんてどうですかー?」

青年はぽんと手を合わせて提案した。

「…………え?」

「あー、勿論あなたから先に言わせようとか思ってませんよー?まず僕自身のことを言いますからー」

何を馬鹿なことを言っているんだろう、聞き間違いだろうか、と時音は首を傾げたが、青年はどういう風に取ったのか、オーバーなアクションで手を振った。その間も完全な無表情を貫いているので、まるでパントマイムのようになっている。それが余計に、彼の心の裡を読ませにくくしていた。

「えっとですねー。僕の名前はスロ……」

胸に手を当て、もう一方の手の指を一本立てると、形だけは意気揚々と語り出した青年。しかし、すぐに言葉に詰まった。

「……どうしたのですか?」

「いやいやー、何でもありませんよー?……困ったなー。何て名前が良いかなー」

「偽名を言う気満々じゃないですか……」

「そ、そんなことはありませんよー?」

あわあわ、と言った風に手を振るが、やはり彼の顔は動かない。身振りが大きくなるほど、より嘘臭さが増していた。

「あー、そうだー。書類に書いた名前を名乗っときますー」

「学校にまで偽名で通って居るんですか!?」

「や、やだなぁ、偽名だなんて人聞きの悪いー。僕の名前は正真正銘、司代田枢呂(スダイタスウロ)って名前ですよー?以後お見知り置きをー」

枢呂と名乗った青年は、優雅に一礼した。

「でもー、これ以上喋ることなんてあんまりないんですよねー」

早すぎるでしょう!?と思ったものの、口には出さなかった。チャンスだからだ。

ここまでは相手のペースに乗せられてしまったが、今が流れを変える好機。このチャンスを逃さぬよう、心を落ち着けて、彼女は口を開いた。

「ならば、私から質問してもよろしいですか?」

「あー、そうしてくれると助かりますー」

「どうしてそんなに隙が無いんですか?」

「…………はいー?」

枢呂は少し沈黙すると、答えと同時に手を下ろした。時音の質問はオーバーリアクションを止めさせる程度には枢呂の心を揺さぶったようだが、彼のペースを崩すまでには至らなかったようだ。

枢呂には、一切の隙が無かった。仕掛けようと思うことさえ、できないほどである。それでいて、時音が気を抜けば一瞬で一撃を叩き込めるよう、常に時音から目を離さない。

それが少しでも崩れれば、という願望も乗せた問い掛けだったが、少し弱かったようだ。

それにしても、と彼女は思う。

それだけの集中を、ふざけた会話のなかでやってのけていたのだ。時音は、この青年がただの学生であるはずがないと確信していた。。

「一体、どこでその強さを……いえ、単刀直入に聞きましょう。貴方は何者ですか?」

「……さぁー?僕はただの怠け者の学生ですよー?」

「嘘です」

肩を竦める仕種をした枢呂の言葉を切って捨て、さらに時音は言い募った。

「少なくとも、戦場に居た経験はありますね?『騎士団』か『ギルド』か、或いは……」

時音は、意識して挑発するような笑みを、顔に浮かべた。

「『悪意』のような、神の敵か」

「……ふ、ふふふ、ふははははは」

枢呂は唐突に、笑い声を上げた。無表情なままに。

「いやー、凄いですねー。どれが答えかは言えませんけどー、少々真摯にお相手したくなりましたー」

「へぇ?何をしてくれるのですか?」

「さっさと一発当てて逃げます」

「……それの何処が真摯なんですか!?」

時音の叫びを無視するように、枢呂は右手をゆっくりと持ち上げた。そして、胸の前で止めると、肘から指先まで、しっかりと伸ばして時音へと向けた。


『道化の諦観』(ネガティブ・クラウン)


「……ッ!?」

時音には、何が起きたのか理解できなかった。否、理解しようとすることさえもできなかった。

まるで、理解することを諦めさせられたかのような。

時音に理解できたのは、結果だけだった。

油断した、とはとても言えない状況で。

頭に軽いチョップを受けていた。

「えっとー、ちゃんと腕とかじゃなくて頭に攻撃を与えた訳ですしー、合格で良いですかー?」

「………」

ふざけるな。

時音は衝動的にそう叫ぼうとしたが、出来なかった。枢呂の言うことはもっともだったし、それ以上に時音の心には驚愕が渦巻いていた。そして、言い知れぬ虚脱感に苛まれていた。

「……あー、すみませんー、効果を切るのを忘れてましたー。今切りますからー、答えてくださいー」

枢呂は二歩後ずさると、伸ばした手を曲げて、指をパチンと鳴らした。

すると、時音の心に巣食っていた虚脱感がさっぱりと消え去り、驚愕だけが残された。

「………この空間が解除されたら、体育館に来てください」

「分かりましたー。それじゃー、僕は逃げますー」

クルリと踵を返し、歩き出した枢呂の背中を、時音は睨み付けていた。そうして、どうにか言葉を絞り出した。

「本当に、貴方は何者ですか……!!」

「だからー、言ってるじゃないですかー。僕はただの、少し怠惰な学生ですってー」

枢呂が再び振り返ることも、歩みを止めることもなかった。

「司代田、枢呂……」

時音は強く、奥歯を噛み締めた。

時間はまだ、半分も残っていた。


―4―


「……うん、これで良し!」

森の中、一人黙々と作業を続けていた朝日は、ようやくその作業を終え、満足げに頷いた。そして、目の前に張られた糸を、ピンと弾いた。

「さっき誰かが使ったみたいだったけど、ちゃんと役立ったかな?」

朝日の行っていた作業、それは糸によるトラップの設置だった。先ほど、尚允の大剣が絡め捕られたものと似たトラップが、大小合わせて十六ほど設置してあった。広大な森の全域に渡って、多すぎず少なすぎず、テストする側しない側どちらかが有利になりすぎないよう、適度に設置されていた。

しかし、朝日は誰かが、自分の仕掛けたトラップを使うとは思っていなかった。そこまで追い詰められることはないだろうと思っていたのだ。

しかし、トラップは使われた。想像以上の実力者が集まっているのかもしれない。

「トラップの数を増やした方が良いかな……」

朝日は三十秒ほど悩んでから、結局増やすことにした。

「まぁ、二、三個ぐらい増やしても、多すぎるってことはないよね」

朝日は一人呟くと、学園の地図を頭の中で広げて、良い設置場所を計算しながら歩き出した。しかし、少し歩いて止まった。「……やっぱり誰が聞いてるかも分からないんだし、ちゃんと口調は作っといた方が良いのかだぜ?」

因みに彼は、自分の口調がおかしいとは微塵も思っていない。勇輝が、普通に喋れと言おうか悩んでいることにも、気付いていない。

そんなどうでも良いことを考えながらも、頭の別の部分ではちゃんと計算をしていた。日常的に糸と慣れ親しむことで、簡単な作業なら片手間でも出来るのだった。

「うーん、まぁあの辺りで良いかな……あぎゃ!?」

「きゃあっ!?」

朝日は何かにぶつかり、珍妙な声を上げて尻餅をついた。いくら慣れた作業といえど、注意は散漫になっていたようだ。

「痛たたた……一体何ですのぉ……?」

ぶつかった何かは人だったらしい。相手も朝日も、尻餅をついたままの体勢で、腰を擦っていた。

「ご、ごめんだぜ!!怪我は無かった!?」

「えぇ、大丈夫ですわ。それに、こちらも前方不注意でしたし、謝ることはありませんわ」

朝日が駆け寄って手を差し出すと、少女はその手を掴んで、すくっと立ち上がった。そして、漆黒のローブを叩いて汚れを払い、これまた漆黒のとんがり帽子の位置を手で直した。

少女は髪の色も目の色も漆黒で、カラスみたいだなぁと朝日は思った。

「貴方もテストの受験者ですの?」

「え、あ、いや、俺はその……」

受験者でもないが、勇輝や隆騎たちのように、実際に実力を試したりはしない。

そのどちらでもない自分の立ち位置に、朝日が答えを迷っていると、少女が目を輝かせて尋ねてきた。

「あっ、分かりましたわ!私たちが倒す目標ですのね!?」

「違うよ!!そうじゃな……」

「そうと分かれば早速バトルですわ!!」

「だから違うってば!」

「問答無用ですの!!」

「そこは問答してほし……うわぁ!?」

少女は瞬時に懐から本を取り出すと、小さく一言、二言呟く。

それが終わるのと同時に、魔法で作られた火の玉が、朝日に飛来した。

「火はダメだって、火は!」

火の玉をギリギリで躱した朝日が抗議する。自分が仕掛けたトラップが台無しになってしまうからだ。

魔力で強化してあるとはいえ、やはり糸は糸。火に触れれば燃えてしまう。

しかし、少女はそんなことお構い無しに、火の玉を乱射した。

「あぁ……俺の糸がぁ……」

しかし、朝日と少女は、もっと他の事に気付くべきだった。


ギチギチギチ……


「……?」

少女は奇妙な音に振り返った。そして、その音を理解した。


燃えた木が少女に向かって倒れて来ていた。


気付くのが遅かった。もう少し早ければ、心に余裕を持って動けたかもしれない。

しかし、既に倒れ始めている木を見て、少女は自分が潰され、焼かれるイメージをしてしまった。そして、そのせいで恐怖を覚えてしまったのだ。少女は、足がすくんで動けなくなってしまった。

「…………ぁ」

少女が声にもならない呻き声を漏らした。思わず目を瞑り、手をかざす。

しかし、そんなことをしても何の解決にもならない。

ついに木は倒れ―


「危なぁぁぁい!!」


彼女は目を開けた。朝日が、自分を抱いて跳んでいた。

彼女は呆然と、朝日の腕に抱かれ、地に伏して燃え盛る木を、ただ眺めていた。

「何か水系の魔法使える!?このままじゃ森が全部燃えちゃうよ!!悪いけど、今すぐお願い!!」

「え……えぇ、分かりました、わ……」

少女は我に返ると、立ち上がり、無意識でも離していなかった本へと目線を落とした。

「『洗い流せ!青を司る精霊の水!!』」

少女の言葉に呼応するように、彼女の魔力が水へと変換され、宙に浮かび上がる。そして、打ち出された。

燃え盛る木々へと次々に当たり、見事に鎮火していった。

少しすると、全ての火が消え去った。木が焼け焦げた臭いと、その跡だけはどうしようも無かったが、少なくとも広範囲に火が広がることは防げたようだった。

「はぁ、危なかった……。ちゃんと周りの環境とか、状況とかを考えて魔術を選んでほしいな」

「うぅ……あ、貴方が避けるのが悪いんですわ!!」

「いやいやいやいや!!避けないと僕が危ないし!!それに、元はと言えば君が勘違いして攻撃してきたせいじゃない!!」

「へっ?勘違い?」

「そうだよ!!」

朝日は何故か胸を反らして威張った。そして、頭の上にハテナマークを浮かべている少女の、誤解を解いた。

「なぁんだ!それならそうと言ってほしかったですわ!!」

「言ったよ!?僕は何回も言ったんだからね!?」

「相手に伝わっていなければ、言ってないも同然ですわ!!」

「何でそんなに偉そうなの!?君が聞く耳持たなかったのに!!」

「君じゃありませんわ」

今度は少女が、胸を張った。

「私の名前は麻子、白月麻子(シラツキマコ)ですわ!!」

彼女はそう、厳かに名乗った。

「……はあ」

「何ですの、その間の抜けた返事は!?あの名門、白月家ですわよ!?」

「と、言われても……」

麻子と名乗った少女は、胸ぐらを掴み上げかねない勢いで朝日に詰め寄った。朝日はその剣幕に圧され、少し後ずさる。

「ちょっと僕は聞いたことないなぁ」

実際、朝日はそんな家名を知らなかった。無論、彼は特別そういう上流階級やらに詳しい訳ではないので、自分が知らないだけかもしれないと思ったが、どちらにしろ、今の彼にはその家名を聞いた覚えは無かった。

しかし、麻子は開けた距離を更に詰め、朝日の顔を睨み付けた。更に朝日は後ずさるが、彼女はその距離も詰める。

そんなことを繰り返しているうちに、朝日は木の幹に頭をぶつけた。いつの間にか、麻子が木を焼き払ってしまったエリアを抜け出していたようだった。

「……本当に聞いたことありませんの?」

朝日が少し、木に注意を向けると、麻子が再び聞いてきた。

朝日が顔を戻すと、そこには悔しさと怒りを多大に滲ませた麻子の顔があった。

「う、うん……?」

「あ、な、何でもありません、わ……」

その剣幕を不思議に思い、朝日が首を傾げると、はっとした表情を浮かべ、くるりと背を向けた。

「……くそ……!!」

朝日は麻子の漏らした、小さな呟きを聞き逃さなかった。しかし、特に問い質しはしなかった。

「……それで?」

「それで、って?」

「何でこんな所に居るのか、って聞いてるんですわ!!」

「え、えぇっとねぇ……」

小さく悪態をついたことで気を取り直したのか、麻子はもっともな質問を投げ掛けた。

しかし、朝日としてはなかなか答えづらい質問だった。何せ、麻子たち、受験者側に対するトラップを仕掛けていたのだから。素直に話せば、痛め付けられてもおかしくない。しかも、麻子はそういうことを平気でしそうだと、朝日はにらんでいた。

だから、素直に答える訳にはいかない。しかし、どう言い訳したものか。

朝日が悩んでいると、思わぬ助け船がもたらされた。

「……れ……!!だ……いな……の!?」

「……なぁ、なんか聞こえないかな?」

「え?……えぇ、確かに聞こえますわね……」

何処からか、声が響いて来たのだ。麻子も朝日を問い質すのを止め、耳を澄ませた。

二人で何処から声が聞こえてくるのか、その出所を探っていると、再び声が聞こえて来た。

「だ……、居ま……か!!」

「……あれ、この声……」

声の主は移動して居るのか、先程よりも近い位置で声が聞こえた。内容や声質が、より明瞭に聞き取れた。朝日にとってその声は、聞き覚えのあるものだった。

「誰か!!」

「……あっ、この声って……!!」

「え、あ、ちょっと!?待ちなさい!!」

朝日は声の主の正体に思い当たると、すぐに走り出した。その唐突な行動に、麻子は焦りながら着いていった。

走り出して十秒もしないうちに、朝日は声の主を見つけた。すぐさま声を掛ける。

「氷華ちゃん!!こんな所でどうしたの?」

「朝日君!」

朝日の声に、氷華は一瞬ほっとした顔をして、しかしすぐに不安げな表情になった。

「継世ちゃんが、大変なの!」




氷華に事情を聞き、朝日達が継世の下へとたどり着いたのはそれから一分後のことだった。

ある程度聞いていたとはいえ、木に凭れ掛かった継世の姿を見て、朝日は唾を飲んだ。

「だ、大丈夫、継世ちゃん!?」

継世の体には、全身に生々しいかすり傷ができていた。服もあちこちが破れ、血で変色している所もあった。

しかし、そんなことはあまり気にならなかった。

何故ならば、腹が氷漬けになっていたからだ。

「あまりに出血が酷かったから、取り敢えず凍らせて応急処置をしてみたんだけど……」

見れば、氷の奥の腹そのものは、真っ赤に着色されていた。氷の一部も、真っ赤に染まっている。放って置けば致命傷になりかねないほどの、大きな傷。

そんな重傷でも、継世は意識を保ち、朝日達に笑ってみせた。

「ニャア、氷華ちゃんが大げさ過ぎるだけニャ。こんなの、なめときゃ、治るのニャ」

しかし、浅い息を誤魔化すのは不可能だった。本当は、喋るのも辛いほどの激痛が、今でも襲っているのではないだろうか。

そう思い、心配する傍らで、朝日は別のことに気を取られてもいた。

「なぁ、継世ちゃん」

「ニャ?何ニャ?」

「一体その傷、誰にやられたの?」

「!!」

誰の目にも明らかなほど、継世の体が強ばった。

全身のかすり傷は、森を走り回ればできる傷かもしれない。この森には、鋭い枝や棘を持った植物も生えていたはずだった。そんな中を、辺りに気を遣う余裕も無く走り回ったのであれば、かすり傷の一つや二つ……いや、全身に渡って出来て当然である。

しかし、腹の傷は違う。

明らかにその傷は、何かが突き刺さって、もしくは突き刺されて出来た傷だったのだ。しかも、本気で継世を殺そうとして放たれた攻撃でなければ、こんなに深い傷にはならないだろう。

「……何のことかニャ?これは……」

「不注意で木に刺さったとでも言うつもり?」

「そ、そうニャ!」

「じゃあ、何をそんなに急いでいたの!?」

「そ、それは……」

継世は口ごもり、視線を泳がせた後、口を閉ざしてしまった。

声を荒げてしまったのは失敗だったのかもしれない。しかし、まだ致命的ではない失敗だ。

朝日は反省しながら、継世の目を覗き込んで、話し掛けた。

「話してくれないかな?」

「……私の問題だニャ。私一人で、どうにかしないといけないことなんだニャ」

「じゃあ、僕らに何か手伝えることは無いの?」

「何でそんなに構うのニャ?そうまでしてもらう理由は、無いのニャ」

「有るよ」

朝日は迷わず、断言した。

「だって、友達じゃないか」


「………」

継世はただただ、目を見開いた。いや、氷華や麻子も唖然としていた。

ただ、友達だから。

それだけの理由で、大怪我をするかもしれないことに、死ぬかもしれないことに、朝日は首を突っ込もうとしていた。

「………くくく」

「……?」

「あははははは……!!」

「な、何で笑うのさ!?」

「だ、だって、バカなのニャ」

「バ、バカ!?」

「そりゃそうニャ。たったそれだけの理由で命を投げ出そうなんて、バカなのニャ」

「……バカ、かなぁ?」

朝日は首を傾げた。

彼は自分の行いに、全く疑問を持っていなかった。それだけ、自分の行動に信念と責任を持っていた。


もう、誰も目の前で死なせたくない。

その為に出来ることは何でもする。

もう、見て見ぬふりはしない。

彼は、それを曲げることは、絶対にしないと誓っていた。


だから、自分がやると定めたことを、完遂するのだった。

「……分かった、バカでも命知らずでも、何でも良いよ。話もしなくて良い。お互い、話したくないことも有るだろうしね」

「えらくあっさりと引くんニャね?」

「引いてないよ。話は聞かないけど、手伝わせてもらうからね。そんな怪我をするんだ、戦うんでしょ?」

「まぁ、そうニャ」

「じゃあ、一緒に戦うよ」

「……少しだけ……一分だけ考えさせてほしいニャ」

朝日は少し、驚いていた。

継世が、あれだけ意固地になっていたというのに、今はやけに上機嫌になっているようなのだ。

今は下を向いて考えているので、よく顔は見えないが、先程までとは全く違う雰囲気を醸し出している。とてもリラックスしているように見えた。

それほどに彼女には、自分の姿は滑稽に映ったのだろうか。

そんなことも思ったが、朝日は結局、深くは考えないことにした。どのように思われていようと、やることは同じなのだから。

「……条件が有るニャ」

本当に約一分後、継世は顔を上げた。そして、指を一本立てる。

「向かう先に『化獣』が居ても、向こうから襲われない限り攻撃しないこと。良いかニャ?」

「うん、分かった」

「それと、もう一つ……」

継世はもう一本指を立てた。しかし、一瞬の間考えると、それを折り畳んだ。

「やっぱり、それだけで良いニャ」

そう言って、継世は立ち上がろうとしたが、まだ傷は治っていなかった。痛みに顔を歪ませると、再び木に凭れ掛かった。

すると、二人のやり取りの間、所在無げに立ち尽くしていた麻子が継世に駆け寄った。そして、本を取り出した。

「『癒せ!緑を司る精霊の風!!』」

麻子は継世の腹に手をかざすと、本の一説を読み上げた。後ろから朝日が覗き込むと、詠まれた文字が光り、浮かび上がっていくのが見えた。どうやら、その文字自体が術式を構築しているようだ。

麻子の術式の効果は、劇的とは言えなかった。

だが、少しずつ全身の傷が塞がっていき、継世の血色が良くなっていった。その様子を、継世は目を見開いて驚いていた。

「す、凄いニャ……。これなら動けそうニャ!」

「あ、あまり回復系の呪文は得意じゃありませんから、無理をしてはいけませんわよ!」

継世が目をキラキラさせながら麻子を見ると、気恥ずかしそうにそっぽを向いた。意外に照れ屋なのかもしれない、と朝日はニヤリと笑った。

そんな朝日とは裏腹に、氷華は明るい笑みを浮かべた。

「凄い魔導書だね、それ」

「あぁ、『魔導大全・写本』(グリモア・レプリカ)の事ですの?」

麻子は開きっぱなしにしていた本を閉じ、掲げて見せた。そして、誇らしげに胸を張った。

「当然ですわ!この魔導書、『魔導大全・写本』は、我が白月家に伝わる全方位術式の秘法が記された世界最高峰の魔導書、『完全版魔導大全』(パーフェクト・グリモア)を複製したもの!無論、効力は弱まってますし、使える術式も限られてはいますが、そんじょそこらの魔導書では、足元にも及びませんわ!!」

「ぜ、全方位……?パーフェクト・グ、グリ……?」

「よくわからニャイけど、凄いことはよく分かったニャ!!」

麻子の得意気な説明に、氷華は目を白黒させ、継世は相変わらず目を輝かせた。もちろん、朝日も理解できていない。

しかし、その様子を見ても麻子はうんうんと頷いて、言葉を続けた。

「まぁ、うちの秘法中の秘法ですし、分からないのも当然ですわ」

なら言うなよ、と思わず朝日は言いそうになったが、すんでの所で踏み止まった。

しかし、次の言葉は朝日にとって予想外だった。

「なので、貴方たちに着いていって、とくと私の魔術を見せて差し上げますわ!」

「……へ?」

ぽかーんという音が良く似合いそうな顔をしたのは、朝日である。

「いやいやいやいや!」

「そりゃ百人力ニャ!!」

「よろしくね、麻子ちゃん」

「えぇ……?」

しかし、反対なのは朝日だけのようだった。女子三人は、すっかりその気で盛り上がってしまっている。

だが、いくらなんでも麻子まで巻き込む訳にはいかなかった。

「麻子ちゃんは部員でも、ギルドのメンバーでもないんだよ!?それなのに……」

「んニャ?私もギルドにも部にも入ってないニャ」

「うぐっ……そ、そうだけど!!」

そうなのだ。継世は入学式の騒動の後、よく朝日たちと行動を共にしていたが、位置付けとしてはただの友達だった。隆騎の取り仕切るギルド、『神王の矛』にも、魔法部にも所属していないのだ。何度か霧島が勧めたが、継世は断っていた。

「それにだニャ。何でオマエが断ろうとしてるんだニャ?」

「それは……」

「ま、まぁ落ち着いて?着いてくるかどうかは、麻子ちゃん自身が決めることだし……」

雰囲気が悪くなり始めたことを感じ取ったのか、氷華が二人を取りなした。

だが、氷華の言葉通りにことを進めると、麻子がついていく流れになってしまう。朝日としては、その言い分は通せない。

「ちょっと待っ……」

「では行かせてもらいますわ!」

しかし、機先を制されてしまった。ここまで乗り気になっている人間を諦めさせるのは、難しい。しかも、良くても二対一だ。かなり分が悪い。

「……あぁ、もう!分かったよ!!」

「物分かりが良くて助かりますわ」

結局、朝日が折れるしかなかった。

「それじゃあ皆、出発ニャ!!」

意気揚々と歩き出した三人を尻目に、密かに朝日は拳を握った。

どう考えても、僕が確りしないとな……。

そう決意しながら、朝日は歩き出した。

「そうそう」

「ん?どうしたの?」

「いつものみょうちきりんな口調はどうしたんだニャ?」

「……しまったぁ!!」

森の中、朝日の叫びが木霊した。


―5―


「賀田尚允、十七歳。『妖刀』を所持。魔力量もなかなか。人柄も良く、人望も厚い。その上意志の強さも上出来、っと。……メモメモ」

しゃがみこんで双眼鏡を覗いている少年は、片手で持ったメモ帳に、双眼鏡と一緒に持ったペンを器用に走らせる。

眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、一息ついた。

「えぇっとー、つーぎーはー、っと」

彼はぼさぼさの髪を掻き上げ、視線を動かす。しかし、視線を固定する前に、顔を歪めた。

強風に煽られてバタバタと煩くはためくコートの裾を忌々しそうに睨む。しかし、両手の塞がっている状態ではどうしようもなく、ため息を吐くと再び森を見下ろした。

「……メイル・グランバルカ、十四歳。飛び級で編入。『王国』からの留学生。無邪気だけど、勤勉で、この国の言葉も覚えようと頑張ってる。良い心がけだね、うん。それとも、彼女の『召喚』の都合なのかな?……メモメモ」

彼は十分ほどかけて、今現在、隆騎や勇輝たちと交戦している者、合格した者、行動を共にしている者の名前と特徴を書き留めた。

全て書き終えると、彼は大きく伸びをして、座り込んでいた空中から立ち上がり、百メートルの高さにある、時音の結界の天井に触れた。

「これから増える奴らのことは知らないし、『記載者』(ライター)としてのノルマは働いたから良いよね、うん」

彼は結界を指でなぞった。すると、人一人分の穴が開いた。

そして、もう一度森を見下ろすと、ぼそりと呟いた。

「それにしても、何てバカみたいなパーティーなんだろ。神と神に迫る者がそんなに寄り集まっちゃって……。反乱でもしたいのかね、うん?」

彼の口許は呆れたように、嘲笑うように歪んでいた。

そして、自分が開けた穴から、結界の外へと抜け出した。

「まぁ僕には関係無いけどね」

誰にも届かない言葉が、風にさらわれていった。

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