狂月の謀略 7話
小型飛行艇内部のシートに大人しく腰かけたミツキは、高速で流れて行く外の風景を眺めていた。遥か遠くに巨大な龍の姿が見える。東洋龍と言われる胴の長い雷龍が怪鳥を襲っているようだ。怪鳥の抵抗も束の間、雷龍の強力な尾撃で怪鳥の防護壁が破壊され、無防備になった所に雷系の上級魔法が炸裂した。雷鳴が遅れて聞こえてきた時には、丸焦げになった怪鳥は龍の口の中だ。
そんな光景を見て、ミツキはどこか懐かしいものでも見たような、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「おい。モンスター同士の殺し合いなんざグロイだけだろ。なにニヤついてんだ」
気が付くと、優に二メートルはある大男が隣に立っていた。座ったままだと見上げても顔が見えない。
「血が騒ぐって言うだろ?」
言葉の通り、ミツキの周囲の空気がざわめく。モンスターとの戦闘経験があるものならばその空気がどういう類のものかなど条件反射でわかるだろう。
「バカやめろ! 咄嗟に攻撃しちまうだろうが」
ダンの本当に焦った様子にミツキはクスリと笑う。
「冗談だ」
「たく、タチの悪い冗談ばっか覚えやがって」
「おちょくるのって楽しいだろ?」
「ドSか!」
もはや漫才のような会話だ。仕事前に緊張をほぐすという意味ならこれほど効果的なこともないだろうが。
しかし、先程のモンスターの戦闘を見る前、飛行艇に搭乗した時点でミツキは笑みを湛えていた。
それも酷く楽しそうに。
「ミツキ。本当にステーションで俺達を見てた連中がいたんだな?」
今度はラッシュが訪ねる。一応操縦桿を握っているのはラッシュだが、行き先をインプットすれば後は自動航行だ。いきなりモンスターが急襲してこない限りは手放しでも大丈夫だろう。
「うん。ワルドだっけ? あの人が話しかけてくる少し前くらいからかな。一人はラッシュ達より強いくらい。一人は俺と同じくらい」
なんでもないことのようにミツキは言うが、その言葉に戦慄が走る。
あのステーションに、『狂月』と同格がいた。
「なんでその場で言わなかったんだ?」
「言ったらラッシュ達が無意味に緊張するだろ? そしたら向こうを調子づかせるだけだ。少しの敵意と興味、戦意は感じなかったから放っといたんだ。あ、子供の方は特に何も無かったな」
「そこまで正確にわかるのか?」
「わかるわかる。『ヴァルハラ』のモンスターなら当たり前のスキルだ」
「『アスフィア』の間接干渉か……」
うーん、とラッシュは腕を組んで考え込む。以前にミツキが教えてくれたことだが、空気中に存在する「アスフィア」という魔力素(魔導エネルギーともいう)を通じて相手の感情、ミツキの場合は殺意や敵意に関する感情が読み取れるらしい。逆に、自ら発する殺意をより明確に対象へつきつけることができる。単純に剣を向けるより明確に殺気を感じさせるのだ。それは一度体験したことからも事実だろう。
「それも『導力』の一部、なんだよね?」
「意識したことは無いけど、多分そうなんだろうな」
「導力」というのは、有り体に言ってしまえばこの飛行艇を飛ばしている力のことだ。空気中に存在する「アスフィア」魔導エネルギーを飛行艇等の動力機関に取り込み、半永久的なエネルギーとして扱っている。導力はアスフィアをエネルギーとして扱うこと。これが人の世の一般的な知識だ。
「導力は機械のエネルギー。そういう認識が多い。しかし、最近急速にこの力の戦闘利用が研究されている。俺達もやっているようにな」
「けどよ。アスフィアはあくまで『気力』や『魔力』に次ぐ新しい力だろ? 感情がどうのとかいまいち信憑性が無い気がするんだがなぁ……確かにミツキの『狂気』っていうアレはヤバイかったけどな?」
「なあ、この話は止めよう。分からないことを話しても意味が無い」
「いや、戦いに生きる奴にとってはかなり重要だ。そもそも――」
と、話が途切れることはない。誰も彼もが力を欲し。その為に努力を惜しむことは無かった。
ミツキは軽く息を吐いて会話から外れる。それからまた窓の外へ視線を向けた。
戦闘の勉強など、実際にモンスターや人間と殺し合えばおのずと分かってくるのだからこんな所で語る意味は無いと思う。ミツキにとっては、戦闘よりもこの鉄の塊が空を飛んでる事実の方が興味深い。
初めて空を飛んだのはいつだったろうか、と自身の記憶を探ってみる。
「…………あの亀の震脚だったかな」
『マスター。それは飛んだというよりは飛ばされた、だろ?』
頭の中で声をかけてきたレグルに、そういうばそうだな、と相槌を打つ。
「あ、でもほら、飛ぶことを覚えたのはあれがきっかけだし」
『そういえばそうだったな』
「あの時もこんなふうに景色が流れてったよなぁ」
意識無くなりかけだったけどな! とはレグルの皮肉だ。
空も雲も、時折眼下に見える街や村を置き去りにして、一行を乗せた渡り鳥をモデルにしている飛行艇は真っすぐに目的地へと翔る。
飛行艇が向かったのは帝都から南に2千キロメートル。リロアート海洋沿岸部の港町だ。およそ二時間のフライトだった。
搭乗口が解放され、ミツキはいの一番に飛び降りる。
ここはリズブレア帝国最南部の港町「フラット」のエアステーションだ。エアステーションと言っても帝都のように大規模な施設ではない。受付をしてくれる建物があるだけで、後は簡単に舗装された飛行艇の発着場があるだけだった。
「なんか、帝都に比べるとどこもこんなだな」
ミツキは率直な感想を述べる。
「そうだね。でも、内陸部の大きな街でも無い限り、普通こんな感じだよ」
飛行艇疲れからか、グと伸びをしながらミツキの隣に降り立ったセチアが答えた。
続いて、ダンとラッシュも降りてくる。
「海の上の空は飛行艇じゃ飛べない。前に教えただろ?」
ラッシュの問い掛けに、そうだった、とミツキは相槌を打つ。確か、海上のアスフィアは常に不安定で異常だったと聞いている。海を渡る時は、一般的には船だ。
「さて、じゃあさっそく依頼人のところに向かおうか。契約内容の確認だけだから俺だけでもいいんだが、お前らどうする?」
ラッシュの言葉に、ミツキは逡巡する。街を見て回るのも面白そうだし、ラッシュについていって仕事のお話を聞くのも勉強になりそうだし。
うーん、とミツキが迷っている間に話はどんどん進んでいく。
「俺はどっかで暇でも潰してるわ。済んだら電話でもしてもくれ」
ダンがあっさりと離脱する。そして、酒を飲まさせない為にセチアもそれに同行して行ってしまった。
じゃあ自分も街を見てくる、と言おうとした矢先にラッシュがそれを遮った。
「そうだな。ミツキを一人で知らないところでうろつかせるのも怖いし。俺について来てもらって仕事の見学でもして貰おうか」
「……あれ?」
「ん? どうした?」
「いや、なんでも」
微妙な顔をしながら了解するミツキに首を傾げるが、たまに変なのはいつものことかとラッシュは納得して先導する。
ミツキは今起きた不思議なことを頭の中でレグルに訪ねた。
「(なあ、レグル。町を見に行こうとしたのに、なんで俺は知らないうちにラッシュについていくことになってるんだ?)」
『こういう場合の事を丸め込まれたと言う』
「(なるほど……?)」
状況を形容する言葉だけ教えられても、理解できないのは当然の流れだった。
目的の場所は、この木造建築が主な町にあってなかなか立派な建物だった。底が知れているとはいえ大企業、そこそこの資金力はあるようだ。
そのことを確認してミツキとラッシュは扉を押す。
キイと木の擦れる音がわずかに聞こえ、それを潜り目に入ってきた内装に、ミツキは一瞬目を逸らした。リズブレア帝国では有り得ないほどのキンピカな装飾の数々に思わず目が眩んだのだ。
「……」
そもそもミツキは「人工」というのもから離れた場所で生きていた。故に、リズブレアの景観は人間の社会にあってまだ馴染めるものだったのだ。だのにここは空白というものを許さないかのように、装飾品や絵画などで埋め尽くされていた。
「ここは完全に『シークレディア皇国』の様式だな。まぁ、本社がシークレディアにあるなら当然かもしれないが」
「郷に入れば郷に従えという言葉を前に覚えたんだけど」
「お、難しい言葉なのによく知ってたな」
などと話しながらラッシュは受付のおねーさんに話しを通す。その間、ミツキはやたらと感じる視線に少々うんざりする。子供がこんなところに、しかも帯剣していれば好奇の目があるのは当然だろう。だが、殺意や戦意のような戦いの視線以外に慣れないミツキには迷惑な話だった。一応人の世の常識として、殺気を振りまくようなことがなくなったのは三年間の修行の賜物だった。
「こっちだ」
呼ばれた方を見てみると、いつの間にかラッシュがエレベーターの前まで移動している。
それに倣って、ミツキも続いた。
「いやあ、これはこれは、お待ちしておりました。私が今回の依頼主です」
迎えたのは中肉中背の中年の男。スーツが普通に似合っている。逆に、スーツ以外は似合わなさそうな風貌だった。
「俺は交錯する稀星のリーダーのラッシュだ。今回の依頼要請を承諾する」
相手はラッシュの二倍くらいの年齢のはずだが、なぜ敬語が逆転しているのだろうか、とミツキは素朴な疑問を覚えた。
ラッシュの返事に依頼人の男は、わずかに疑わしげな視線を送る。
「あの、まさかお二人でSランクの仕事をこなすということは……」
「安心しろ。ここに来たのは依頼の確認だけしにきたんだ。他にも二人いる。それに仕事だけならこいつ一人でも十分すぎる」
「え、この子供が?」
「かの英雄、アレス=ルーインも最初に活躍したのはこれくらいの年齢だろう?」
「は、はあ」
どうにも、納得はしてくれないらしい。ミツキが少し気を入れれば実力のほどはわかってくれるだろうが、加減ができないミツキの殺気を受ければ廃人コースは確定してしまうだろう。そのためミツキの実力の証明は難しかった。馬鹿正直にミツキが古龍種討伐をしたと言っても信じてはくれないだろう。
そこで、ラッシュはもう一つのミツキの戦闘の結晶を提示した。
「ミツキ、剣を見せてやれ」
「ん? うん。わかった」
左の腰のベルトに装着してある大剣を引き抜き、男の前に構える。
それを男は、ほう、と興味深げに観察する。
「銃の機構に大剣『荒れ狂う剣』ですな。しかも黒刃、いや……これは、まさか!?」
「シークレディアの上流階級の人間ならわかるだろ? あの国はこういうものに目の無い人間の巣窟だ」
キンピカな装飾の数々を例にとってみてもそれは明らかだ。
「まさか『夜の刃』ですか? しかも、この濃さはおそらく本人が仕上げたもの」
「その通りだ」
ミツキの代わりにラッシュが答えるが、その答えでようやく男は納得したようだ。
「わかりました。今回の依頼、貴方方にお任せしたい」
「承った」
二人握手を交わすのを見て、仕事のお話が上手くいったのはわかった。
だが、もう一つの疑問が浮かぶ。
「なあ、ちなみにこれ売ったらいくら?」
ミツキの単刀直入な質問に男は考え込んで、自信はありませんが、と前置きする。
「荒れ狂う剣のアンティークとしての価値に、刃の材質がオリハルコン鉱石というだけでも相当な額がつくと思われますが、そこに加えて『夜の刃』の付加価値。それもこれほどの濃さとなると……数千万フロー、本国、ああ、すいません。シークレディア皇国のマニアになら億という値がついてもおかしくはないかと」
「億!!」
武器にこだわりを持たないミツキは真剣に、それはもう真剣にこの相棒ともいうべき大剣の売却を考えたのは、もう少し先のお話。
作者「どうも、作者です」
レグル「どうも、レグルだ」
作者「話が進むようで、進まない・・・ようで実は進んでるな」
レグル「確かに。話自体は着実に進んでるな。ただ見せ場がないから盛り上がりにかけるというか。欠片も盛り上がらないというか」
作者「ですよねー。はあ、一応次はバトル書くけど。はてさて盛り上がること言えばどうかな」
レグル「だな。仕事としてのバトルは盛り上がらないと思うぜ」
作者「盛り上がるのはこう、誇りと誇り、信念と信念のぶつかり合いだよなあ」
レグル「わかってんなら書けよ」
作者「バトル書くのは大好きなんだけどね?」
レグル「で、なんだよ」
作者「安売りしたくない」
レグル「……そうだな」
作者「おお! このコーナーで初めて意見があったな!」
レグル「確かにこの作品でバトルが増えると、ただでさえ安っぽい話がさらに安っぽくなる。インフレとかもなりやすくなるだろうし」
作者「うん、反論の余地も無い」
レグル「ま、盛り上げる所で盛り上がるから大丈夫だ。ミツキ達を信じろ」
作者「あれ? 俺は?」
レグル「ミツキ達に任せろ」
作者「ええと、はい。そうします」
レグル「よし、変な空気になってきたところで俺の仕事に行こうか。今回はアスフィアについてだ」
作者「お、そうだな。そもそも魔力や気力ってのもいまいちわかってないけど」
レグル「それは間違い無くお前の責任だが、今回それは置いとこう。アスフィアとは空気中を漂うエネルギーのこと。地域でその密度や特徴が変わったりもする」
作者「海上は以上とか言ってたな」
レグル「そのとおり。基本的な考え方として、人が安定して暮らせる場所はアスフィアも安定している。というよりは、安定したアスフィアの流れがある場所に人は暮らしてる、だな」
作者「なら逆にアスフィアが異常な地域はモンスターの住む所か?」
レグル「うーん。厳密には少し違うが、アスフィアが異常なほどの密度や効果のある場所には、大抵の場合ハイランクモンスターが多く生存しているな。異常なアスフィアにさらされ続けることで、肉体そのものが強化されるらしい。人間にはただの毒だけどな」
作者「ふむ、なるほど。じゃあ次――」
レグル「次回はバトルだ。ラッシュ達が派手に立ち回ってくれるはずだから、期待していてくれ」
作者「・・・覚えてろよ」