狂月の謀略 6話
帝都リズブレド、エアステーション。
さすがに国立の施設なだけあって交易街のように他国の色は見えない。室内にも関わらず植木や水のオブジェがあるのは間違いなく帝都の特色だ。もっとも、やはり一歩ステーションを抜けると交易街の混沌とした風景が目に飛び込んでくるのだが。
「よし、ミツキ。ステーションでチケットを購入する時はどうすればいい?」
ラッシュに問われ、ミツキは軽く考えてから答える。
「基本は四大国への空路。一つは国内線。後三つの大国へのカウンターがそれぞれあるから、そこの係のおねーさんに聞けば目的地の最寄り駅を教えてくれる。そしたら代金払ってチケットを買う。後は言われた時間に飛行艇の待合室に行けばいい」
おねーさんというのは間違いなくダンの刷り込みだろう。しかし確かに女性の係の場合が多いのでここはスルーした。
「ならレートはどうだ? 覚えてるか?」
「・・・レートってなんだっけ?」
「相場のことだ。これの代金はこれくらいっていう大体の目安のことだな。前に教えただろ」
ああ、とミツキは一つ頷く。
「思いだした。ええと・・・国内線は高くて5千フロー。国外線は高くて一万フロー。それ以外の小国や地域は数万フロー」
「高い安いはどうして決まる?」
「大きな都市は整備が整ってるから。整備が整っていない駅にはモンスターの侵入も多くなって危険度が大きい分高くなる――」
などとこれまで覚えてきたことを復習するミツキ。
こういう常識を学んで、いずれはパーティーの支援無しでも一人旅ができるようになるのが当面の目標だ。ミツキの場合、一人旅するにあたって最もネックとなる「戦闘」に関しては一切の問題が無い。サバイバルなどお手の物だ。
ミツキとラッシュがそんな問答をしている間にセチアが自前の飛行艇の離陸許可を取ってきたようだ。この場合自前とはセチアのではなく、もちろん正規パーティー「交錯する稀星」のものだ。
「フライトの許可、取ってきたよ。後は乗るだけだね」
「セチアは飛行艇乗るの好きなんだよな?」
うん、と花が咲いたような笑顔をみせるセチアに頬を赤く染めるラッシュとダン。何を興奮しているのだろうかとミツキは首を傾げる。
『それもちょっと違う!』
「(何が?)」
唐突に違うと頭の中で叫ぶレグルに、文字通り内心で首を傾げるミツキ。
が、やはり基本的にどうでもいいことなのでここもスルーしておく。
ミツキ達一行はこれから仕事、つまりはモンスターと命懸けの戦闘を行うというのに、和気藹藹とした雰囲気でエアステーションの長い通路を歩いていた。
このエアステーション、さすがに帝都唯一の空路の玄関と言うことでかなりの規模を誇っている。といっても、大国の首都にあるエアステーションはたいていが大規模だ。このステーションでも端から端までざっと2キロメートルぐらいはあるだろうか。もちろん、それだけ広大な施設ならば飛行艇の発着以外にもいろいろな施設もある。簡易型の宿泊施設を始め、レストランや武器屋などもある。しかし、以前にダンが教えてくれた情報によると、ステーションのものは無駄に高いだけでロクなものがないらしい。後からラッシュに聞けばその通りだと言われた。
これだけの広大な施設だ。当然利用している人もかなり多い。ラッシュ達はこの国ではそれなりに名が通った方ではあるが、さすがにこれだけ人が多いと誰も気づかないらしい。確かに剣やら銃やら魔法具やらをこれ見よがしに飾り立てて闊歩している者もいる。少し顔が売れている程度では目立たなくて道理だ。
しかしそれも、結局は無関係な者達に限ればの話だった。
「いよう、ラッシュ。景気はどうだい」
いかにも軽薄で胡散臭そうな男が声をかけてきた。
「! ワルドじゃないか。久しぶりだな! いつこっちに?」
「なに、ついさっきさ。噂の『狂月』を一目見とこうとお宅の本部を訪ねようとな。ま、ここで会えたのはラッキーだったぜ」
年齢的には三十前後。ラッシュ達より随分年上だが友達のようだ。
「誰?」
ミツキは小声で、後ろのセチアに訪ねる。
「んー、なんて言えばいいかな。友達と言うか、恩人と言うか……」
「商売屋で情報屋だ」
言いあぐねていたセチアに変わってダンが答える。そっけない言い方だが、特に嫌悪は感じられない。
ふーん、とミツキはあいまいに頷く。
するとワルドなる人物がミツキに目を留めた。
「うん?うんうんうん……『夜の刃』の荒れ狂う剣、黒髪に月のような黄色い瞳。なるほど、坊主が噂の『狂月』だな?」
「らしいな」
ワルドの詰問にミツキは他人事のように答える。
「らしいな、って。マイペースな奴だぜ。今のお前さんの立場がどうなってんのか教えてやろうか?」
挑発的な物言い、というわけではないが好意的というわけでもない。品定めというとしっくりきそうだ。
「自分の立場は自分で決めるからいい」
「! なるほど。想像とは違ったが一筋縄ではいかねえらしいな」
顎に手をやってニヤつく様はまさに品定め。いきなり現れてこの態度はなんなのだろうかと思う。
「問題が?」
捻りも何もない。ミツキはただ疑問を疑問として返す。
「いやあ、何も無えさ。むしろそうでなくちゃな。そうでなくちゃいけねえよ」
「?」
ますますわからん、とミツキはさらに首を傾げる。
とりあえず一段落した会話を切ってラッシュが話を切りだす。
「ワルド。わざわざ『シークレディア皇国』から来た目的はミツキに会う為だけか?」
まさか、とワルドは軽く否定する。
「少しばかり耳よりな情報を持ってきたんだ。聞いといて損はないぜ」
軽薄さも胡散臭さも消え、低くなった声は仕事人のそれだった。
その様子にラッシュも空気を入れ替える。
「よくない情報だ。連剣の鎖が動いた」
「! 本当か?」
「ああ、まだ水面下だが確かな情報だ。こいつは俺の推測なんだが、狂月は王帝宮から召集勧告を受けただろ?」
「ああ」
「やっぱりか。連剣の連中、それを阻止するつもりのようだぜ。狂月は古龍種の単独討伐をできるほどのアギトだろ。そんな奴が四大一都二勢のどれかに加担すれば、パワーバランスが一気に崩れる。言い変えれば、狂月を引き込むことは切り札を手に入れるのと同じってわけだぜ」
「待て、アギトだと? ミツキはクリアとして――」
「知れる筋には知れてるんだよ」
とっさにラッシュは否定しようとしたが、ワルドはそれを遮る。
ワルドは言いたくないが、と前置きして話し始めた。
「いいか? 正規パーティー『交錯する稀星』は一枚岩で有名なんだ。そこにたまたま狂月っていうHランクが加入した。それが衆目の見解だ。つまり、クリアというのもたまたまだということ。何かが違えばアギトになってたってわけだ」
「そんなことはわかっている。しかしそうだからと言っても今クリアだということは確かだろう」
「もちろんその通りだ。だが狂月を狙う連中にとってはそうでもねえのさ。狂月は現状どっちつかず。具体的には帝国と連剣。ソレを決めるのはそのどっちかってことになるな」
「決めるのは俺だ」
ミツキの声が場を支配する。決して大きな声ではなかった。しかしそれでも、確実に響き渡る強い言葉。面を上げたミツキの存在感は人のソレではありえない。
「決めるのは俺って、確かにそうかもしれないがそんなことを言ってる場合じゃ……」
「関係無い」
「……」
ミツキは言い切る。黄色い月色の瞳に一切の迷いは無い。ただ真直ぐ、見据えるべきものを見据えていた。ルーキーの怖い物知らずのソレではない、確固たる自信と確信だった。
「……ったく、ラッシュよ。オメエさん。とんでもないもん拾ったな」
呆れたような口調、反してその声色はどこか楽しいというような印象を受けるものだ。ラッシュもそれが分かったのか、だろ? と苦笑して旧友に同意する。
ワルドは元の胡散臭げな雰囲気を取り戻しつつ、踵を返した。
「俺はしばらくこの国にいようかねえ。どうにも、面白くなりそうだ」
「何かあったら頼らせてもらうぜ、ワルド」
背中越しにラッシュが声をかける。それに答えてワルドは小さく手を上げて答えた。
「で、何がどうなったんだ?」
一人、今の会話がどういうことを意味していたのかわかっていないダンが、馬鹿正直に呟いた。
エアステーションのとある一角に、三十代半ばくらいの男が剣呑な雰囲気を湛えて壁にもたれ掛かっていた。服装は少し崩してあるが、一般的なリズブレアの服を着こなしている。チョイ悪親父という感じだ。
「どうだ? セロ。あれが狂月だ」
男は自分の隣に直立不動でピクリとも動かずいる者に話しかける。
セロと呼ばれたのは見た目十歳くらいの子供だ。少し伸ばした黒髪とガラス玉のような色の無い黒い瞳、剣のシルバーアクセサリ三本を鎖で繋いだネックレス以外には何の特徴も無い少年だった。表情にも感情と呼べそうなものは無い。それは人というよりはむしろ無機質な機械を思わせた。
先の質問に答える為に彼は口を開く。それは会話というよりも機械の問答に見えた。
「……こっちに気がついてた」
「ほう。今の我々に気がついたと?」
最小限の頷きで肯定する。
その返答に男は満足したように頷き、セロを促して出口を目指す。
「ワルドは存外、感情を優先して動く人間だったようだ。だからこそ使えるのだがな」
隠しきれない笑みが口の端から零れるのを止め切れそうない。
「(稀星のリーダーは聡い男だ。ミツキ=クレセントがクリアであることを望んでいないこともわかった。この国の英雄様も今は王帝宮に閉じこもっているし、なによりセロの侵入を許す程この国は今揺れている。クク、狂月を我がパーティーに引き込むには最良の機会だ)」
二勢が一。非正規パーティー連剣の鎖。
その組織力は他の正規パーティーよりも広大にして強大。現存する非正規パーティーの全てを傘下に収めているという一大組織は、世界に対してある意味大国よりも強い影響力を誇っていた。末端構成員もふくめれば数百万、裏で連剣の鎖と繋がっている正規パーティーも含めればさらに数は増える。何より彼らの強みは縄張りがないこと。つまり、世界中の全ての国に構成員がいるということだ。そこらのパーティーや小国ごときでどうにかできる相手ではなかった。
「楽しみだ。狂月の動きで世界の行く末も変わる。クックック、誰が言い出したのかは知らないが『狂月』とはよく言ったものだ」
「……意味があるのか?」
「ん? 珍しいな。お前が興味を持つか」
「……別に」
「クク、拗ねるな拗ねるな。いいだろう、教えてやる。今はもう形も残っていないが、かつてはシンと呼ばれる国があった。紅い三日月を除いても、その国の人々は月を畏怖していた。何故か、闇夜に浮かぶ月は人を惑わす至上の宝石と喩えられたからだ。宝石は人の心を狂わせる。故に其れを狂わせ月と呼ぶ。あのアギトもその通りだ。Hランクはそれだけで人の心を震わせる程の力だ。皆がそれを欲し、己を守る武器としたい。皆がそれを奪い合えば、必ず不要な犠牲が出るだろう。この場合は……」
「……稀星か」
セロのその返答に、男は声を上げて嗤った。
周囲にいる人々は突然大声で笑い出した人物を訝しんで見やるが、首元に揺れる連剣のネックレスを見るや顔を蒼白にして、そそくさとその場を離れた。
そんな周囲には目もくれず、ただ貪欲に男は欲するものを欲す。
所詮この世は力が全てだ。足りない力では何一つ出来ることは無い。
――貴様もそう思うだろう? 狂月。
作者「どうも作者です」
レグル「どうも、本編で扱いがひどくなってきたレグルだ」
作者「おい、愚痴を言うなよ。感じ悪いぞ」
レグル「うっせえ。いくらなんでも今話はひどいぞ! 下手したら読者の方々も読み飛ばすかもしれないほどコッソリ・・・ハ! まさか狙って!?」
作者「ハッハ、マサカソンナコト」
レグル「目が魚!!」
作者「ダメだぞーレグル。ちゃんとした言葉話さないと。それを言うなら目が泳いでる、だ」
レグル「思いっきり話を逸らしやがった。まぁ、いい。それより今話の話だ」
作者「お、本題だな。話が動いたというか、広がったというか」
レグル「あまりよろしく無い展開だな」
作者「俺はこういうのが好きなんだよな~」
レグル「読者がついてこれなくなるぞ」
作者「わかってんだけどね? キャラに任せると勝手にこうなるというか」
レグル「いや、キャラに丸投げするなよ」
作者「でもなぁ、キャラに任せないと俺一人の頭で考えることになるし、そうなると味気ないだろ?」
レグル「言いたいことは分かるが、それじゃあ読者の方々に悪いだろう」
作者「問題はそれだ。しかしもう少し、せめてもう後何話か書けば手放しで話が進みそうなんだよ。特に王帝宮の話が終わったら一気に書きやすくなると思う」
レグル「・・・なるほど。じゃあそれまでに読者を飽きさせないことだな」
作者「問題はそれだ」
レグル「よし、じゃあ用語補足行っとくか。今回は通貨についてだ」
作者「ああ、チラッと出たな・・・もとい、出したな」
レグル「この無責任野郎は放っといて、このオルケストラは全世界共通通貨を使用している。ちなみに言語も共通。たまに方言とかも交じるけど、ほとんど個性の範疇だ」
作者「で、その通貨について教えてくれ」
レグル「よし、通貨は『フロー』という。1、5、10、50、100、500、は硬貨。1000、5000、10000は紙幣が基本だな。最近は電子マネーっていうのもあるらしい。もちろんマスターに扱いきれないがな」
作者「うーん。俺の住んでる日本っていう国でもそんなかんじだぜ。奇遇だな!」
レグル「そうだな。奇遇だなぁ」
作者「奇遇だなぁ」
レグル「きっと価値や相場も似たようなもんなんだろうなー」
作者「奇遇なことにそうだろうなぁ。缶ジュース百円くらいとか」
レグル「ワンルームのアパートは5、6万くらいとか」
作者&レグル「「奇遇だな」」