狂月の謀略 4話
ミツキは「交錯する稀星」の本部事務所を出た後、階段を下りて先程の団員専用の酒場兼食堂へとやってきていた。ここは基本的に木造の建物だが、内装外装問わずガラス張りの一角や水を利用したオブジェなどがあり、リズブレア帝国の「人工と自然物の調和」というコンセプトを綺麗に表現していた。
それとこの酒場にはもう一つ役割があって仕事の受注も受け付けている。カウンターで係の者に話を聞けば仕事を紹介してくれるシステムだ。それ以外にも、世界各地に散らばる「交錯する稀星」のメンバーが集めた情報もここで提供してもらうことができる。先の「古龍=燐龍」の出現情報もここでもらったものだ。
同じようにまた何か目ぼしい仕事はないかとカウンターへと足を運ぶ。が、それはセチアに遮られた。
「ねえ、待ってよミツキ。話し、聞いて」
「話しって?」
ミツキは白々しく聞き返すが、内容など分かり切っている。先程の王帝宮へ来いとかいう勧告文についてだろう。
「あのね。ミツキがここにいたいっていうなら、私達はそれに協力する。確かに、私達はまだ仲間とは言えないかもしれない。だけど私達あなたの友達なんだよ?こういう時、頼って欲しい」
「頼れって言われても・・・結局、女帝の忠告に従わないとこのパーティーは解任されて非正規パーティーとして討伐の対象になるだろ?俺もあんた達には恩があるからそんなことになる前に出て行きたい。だけどその前に学べるだけ学んでいきたいっていう気持ちもある」
「・・・出て行くこと、決めてるんだね」
寂しそうに言うセチアだが、ミツキにとっては次善策だ。ここで彼らと仲違いするより王帝宮の要求を飲んでここを出て行く方が、今後のことを考えればメリットは大きい。なにも王帝宮にずっと仕えるつもりがあるわけでもなし、旅はまだまだ続くのだ。いくら「Hランク」という世界最強クラスの力を持っていたとしても、それの使い所を決める為にサポートしてくれるバックアップは必要だろう。特にミツキは人の世情に疎い。一人で行動していたら、間違い無く「アギト」として討伐対象になってしまうだろう。もっとも、逃げ切る自信はある。しかし、それではここ止まり。ミツキの目的からは大きく異なってしまう。とは、レグルの入れ知恵であった。
「一生会えなくなるわけじゃないんだから別にいいだろ?」
「寂しいよ」
「寂しい?」
わからん、とミツキは心中で脱力する。
セチアは何を思ってそんな言葉を使ったのか、人情の機微に疎いミツキでは理解できなかった。
そこへ、レグルが頭の中で助け船を出す。
『だからなマスター。短い期間とは言え、ミツキはセチア達と一緒にいたわけだろ?特にセチアはミツキのことを弟みたいに可愛がってたから、そのミツキがセチアの日常からいなくなるってことは、彼女にとって寂しいことなんだよ』
「(だから?)」
『だから――! ハア・・・うん、俺もだ。て感じに答えとけ』
わかった。と心中で頷く。
「寂しいか。うん、俺もだ」
ほとんど棒読みだ。らしくないことこの上無い。
しかし、それでもセチアは満足したのか、うんと頷いた。
「うん、そうだね。寂しいよね。でも、だったらなおさら思い残すこと、ないようにしなくちゃ。タイミング的にはこれが最後になるかもしれないから、私も一緒に行くね」
「俺も行くぜ!」
セチアの発現に合わせて、ダンも同行を志願する。
超重量の大剣を背に担いで、ドスドスと床を踏みならしながら向かってくる様は圧巻だった。
いつもはただの酒飲みだが、やはり仕事モードともなればその剛気に拍車がかかる。
「戦闘に関しちゃ、まだまだテメエから学ぶことは多い。そのチャンスが最後になるかもしれねえなら当然ついていく」
「・・・そうか」
おうよ、と快活な声を上げて力強く笑うダンを見て、他のパーティーのメンバーに慕われている理由が何となくわかった。
「つうことで、さっそく仕事に行くか。おい、Hランクの仕事はあるか?」
ダンがミッションカウンターに声をかけると、パソコンに向かっていた係の若者がこちらに向き直った。
「ダンの兄貴、Hランクはまずいッスよ。今は勘弁してください」
「ああ?なんでだ。ミツキがいるんだ。問題無えだろ」
言われた若者はチラリとミツキを見てから、今度は少し声を低くして話し始める。
「もちろんミツキさんの実力はここにいる全員が知ってるッス。だからこそ今はまずいんスよ」
「だからなんでだ!?」
「お、怒んないでくださいよ。これはラッシュのリーダーと各支部の代表の総意なんスから」
総意? とセチアが首を傾げる。
「総意ッス。実は今、Hランクに関わる全ての仕事に『連剣の鎖』が関わってるんスよ」
ピタリ、とダンが珍しく動きを止めた。
その様子に一つ頷いて、係の若者は続ける。
「もちろんミツキさんなら『連剣の鎖』相手でも後れを取ることは無いと思うッス。だけどウチらは違うッス。もし『狂月』っていう大戦力をぶつけてウチらが連剣の連中と敵対しちまった場合、大半の戦力を集結しているこの本部は大丈夫でも戦力が分散しちまってる支部の連中はやばいッス」
なるほどそういう複雑な理由があるわけだな、とミツキは頷く。これが政治というやつなのだろう。
セチアも今の説明で納得がいったようだ。しかし、ダンがまた一つ疑問を口にする。
「おい『狂月』ってのはなんだ?」
知らないんスか!? と若者は軽く驚いた。
「ミツキさんの二つ名ッスよ。『月』をつけたところに作為的なものをかんじるッスけどね」
「『狂月』ミツキ=クレセント。この名前、もうだいぶ有名だよ? 名前に反して顔はあまり知られてないみたいだけど」
そうなのか? とミツキとダンの声がハモッた。そのことに、二人は嫌そうな顔をして互いの顔を見る。
「ね、新聞無い?」
「あ、確かあったスよ。ミツキさんの快気祝いにでもと思って取っといたんス」
そう言って、足元の棚から取り出した新聞をミツキに渡す――渡される前にダンに奪われた。
「んん、なになに? ミツキ=クレセント、通称『狂月』がHランク『古龍種=燐龍』の単独討伐に成功。名実ともにミツキ=クレセントはHランクの『クリア』に認定される・・・こいつがクリアだあ? んなタマじゃねえだろ」
「正式にHランク認定をされたのはいいとしても、クリア扱いは不満だ」
見るからに不満顔のミツキから異様な「気」が立ち昇る。
「お、お、抑えて下さいッス! クリア指定を受けたのは正規パーティーに加入してるかっらスよ!いわば形式だけのもんス!」
「それだけじゃない」
さらに話しに割ってきたのは、この正規パーティー「交錯する稀星」リーダーであるラッシュだった。
「それだけじゃないってのはなんだ?」
何が気に入らないのかダンが食ってかかるようにラッシュに疑問を呈す。
「もう何年もしないうちに『第十一次灼欄大戦』が勃発しようってこの時期にHランク級のアギトが現れたなんてことになったら無用の混乱を生むだろうが。証拠に、ミツキの通り名には『月』がついてる」
「そうだね。通り名に月の文字が入っているの、歴史上には10人の『紅月の魔女』と、今の連剣の鎖のエース『凶月』だけだよ」
??? とクエスチョンマークを飛ばしまくっているのはミツキだ。それに気付いたラッシュが簡単に説明する。
「赤い三日月が昇った時、全世界を巻き込む『灼欄大戦』が起きるのはもちろん知ってるな?歴史上で赤い三日月がのぼったのは十回。一番古いものが一万年以上前、一番最近で二十年前だ。そしてその度に『赤い片翼を持った魔女』が確認されている。それが『紅月の魔女』。どいつもこいつもHランク以上確定の化け物さ。エギル教の伝承によれば紅い三日月は全部で十一度らしいから次が最後の『紅月の魔女』になるだろう。そしてXランク級だろうとも言われてる」
ふーん、と曖昧に頷くミツキ。また、ところどころ分からない言葉があるのだ。エギル教とか伝承とか・・・。
「連剣の『凶月』っていうのは?」
もう一人の月の二つ名をもつアギトの事を訪ねると、今度はダンが答えた。
「セロ=チェインズ、通称『凶月』。契約獣『暗夜の魔神=ディアボロス』の『レベルリーズ』だ。な? まさに『最凶』だろ? 実際、こいつだけは手がつけられねえ。年だって今のお前より下だってんだから将来どうなんのかなんて考えたくもねえな」
確か「レベルリーズ」というのは契約獣持ちのアギト(あるいはクリア)を指す言葉だ。契約獣は世界に七柱。確認されているレベルリーズはミツキとセロを含めて四人しかいない。そのうちの誰もが戦略級と言われるHランク認定だ。
話を纏めるようにラッシュが締めくくる。
「というわけで、『狂月』っていういわくつきのHランクが『ただのパーティー』にいるってのが問題なんだ。けど、だからなんだ?このまま手を拱いて王帝宮に送っちまったらそれこそ最悪だろう。友達にする仕打ちじゃない」
つまりはそういうことだった。そもそもラッシュが従軍せずに独立したのは己が野心を優先したからだ。そして力をつけ、今や国も無視できない存在になりつつある。そんな時に「嫌だ」という友達を王帝宮に送ってしまっては国への従順を認めることになってしまう。それは今までの努力を自ら否定するのと同義と言えた。
その言葉にはダンとセチアも大きく頷いた。
しかし自分を友達だと言ってくれたラッシュに対してミツキは神妙な面持ちになっている。
「ん? どうした?」
「いや、あのさ・・・」
ミツキが手を組んで首を傾げる様は年相応に幼く見えた。
「手を拱くって・・・どういう意味?」
「おお、俺もそれ気になったんだよ。どういう意味だ?」
「「・・・・」」
せっかく綺麗に締めたのに台無しだ、と心中で呟いたのは誰だったのだろう。
作者「どうも、作者です」
レグル「どうも、レグルだ」
作者「いやあ、進まなかったな! 見事に!」
レグル「見事に、じゃねえよ! 前回の後書きでミツキがパーティーに加入した経緯が出るとこ言ってたのになんだこの様は!?」
作者「はい、すいません。しかしあれはレグルが勝手に言っただけで、しかも今回話が進まなかったのは連中が勝手に雑談始めたからだし」
レグル「お、おおいおいおい。テメエ作者のくせに自分の作ったキャラに責任転嫁するたあどういう了見だコラ」
作者「プロットは俺が考えるけど、基本的に進行はキャラ任せじゃん?」
レグル「知るか。確かにこの後書きでもナニ書くとか決めずに適当にしゃべってる感じで書いてるけどよ」
作者「いや、俺もさすがに今回は脱線しすぎたかな? とは思ったけど、読み返したら文章自体は悪くなかったし、今は分からなくても話が進めばおのずと分かってくる内容だったし、まあいいか? と思い直して」
レグル「ハア、すいませんこんな作者で。ナチュラルに暴走する無計画な野郎でホントすいません」
作者「考えないで書いたらキャラがより自然になるかr」
レグル「黙れ」
作者「すいません」
レグル「というわけで仕切り直し。今回の解説に行こうか」
作者「はーい。勢力がいろいろありすぎて繋がりません」
レグル「テメエのせいだボケ。しかしまあなんだ。確かに話を進めればこの辺りの設定はすぐに繋がってくるしな。今はそんな言葉があるってだけ覚えてもらえれば良しとしとこうぜ。どうせ後から嫌ってほど繰り返すことになるんだし」
作者「じゃあはい、一つだけ」
レグル「おう、なんだ?」
作者「ランクって?」
レグル「・・・それは間違いなく次話で話されるけど、そうだな。簡単に言えばそいつの戦闘力を表す言葉だ。といってもいろりろ細かい設定があるからここで語ることじゃあねえな。言っておくことがあるとすれば、ミツキがいる『Hランク』ってステージには現状でも軽く2,30人くらいはいる。ミツキだけが特別ってわけじゃない。しかもランクで戦闘の勝敗が決まるってわけでもない」
作者「ざっくりした説明だなー」
レグル「・・・もう一回言うぞ・・・テメエのせいだボケ!!」