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狂月の謀略 3話

 





 ミツキを褒め称える歓声の中、広場を抜けて目的の場所に到着する。

 木造の酒場のような、ロッジのような、三階建ての洒落た建造物だ。単純な木造というだけでなく、正面扉を始めとして所々にガラス張りの箇所があるおかげか、解放的で明るい雰囲気を醸し出していた。二階に見えるオープンテラスでは朝っぱらからビールを仰ぐ男達の姿も見える。基本的には一階部分が街の酒場として機能している店で、二階部分が団員背用の酒場兼食堂になっていた。扉の上部に設置されている看板には「交錯する稀星(クロスアウター)」と堂々と記載されている。

 ミツキはそれを見上げ、一足飛びで二階のオープンテラスに足をかける。唐突なミツキの登場の仕方に驚いた男が手に持っていたビールの中身を零すのは御愛嬌だ。

「おはよう、ダン。朝から酒か? 俺にもくれ」

「やるかよバーカ。テメエに酒は五年早い!」

 答えたのはかなりガタイの良い大男だ。座っているからわかりづらいが、身長は2メートルをゆうに超えている。腕も木の幹のように太い。その風貌で睨みきせば、普通の人間なら腰を抜かして青ざめるかもしれない。

「じゃあ、いただきます」

「て、おい・・・それ俺の酒か!? いつの間に獲りやがった!」

 飲むのを止めろというダンの制止を無視して、ミツキはお茶を一気飲みするくらいの軽さでジョッキに七割くらい残っていたビールを一瞬で飲み干す。

「いやあ、美味かった」

「テ、テメエ、俺の朝酒を返せ!! 酷すぎるぜオイ!?」

 無頓着に刈り上げた頭を手で押さえ、本当にショックを受けた表情で騒ぐダン。髪の色と同じ焦げ茶色の瞳は微妙に湿っているようだ。ダンはまだ二十歳少しすぎたくらいの若さだが、十四歳ほどの少年の横暴に涙目になっているのはなんとも締まらない絵だった。

「酒ぐらいいいだろ。奪ったのはアレだほら。油断大敵って言うだろ?」

「言わねえよ! 言ってたまるか!! まさかガキがマジで酒飲むとは思わねえしよ」

「そういう決めつけは、戦場では命を落とす」

「クッソ、上手いこと言いやがってこのガキ!」

 なおもギャンギャン吠えるダンだが、すぐ手元のテーブルにかけている超重量の大剣に手を伸ばさない辺りが好漢だと言われる所以(ゆえん)だろうか。心根の優しい巨漢、それを地で行く大男だが、やはりその風貌のせいで未だに彼女歴=年齢だ。

「・・・で? もう腕は大丈夫か?」

 唐突に話題が変わったが、ミツキはなんとかそれが心配で聞いてくれたのがわかった。

「心配してくれるのか? そういうのはアレだ。気持ち悪い」

「オイ!? 人がせっかく心配してやったのにその態度か!?」

「そういうふうにラッシュが言ってた。普段ギャンギャンとウルサイ奴が急に素直になったときは裏があるってさ。日頃の行いを恨めとも言ってたな。よくわからないけど」

「たく、ラッシュのバカ野郎に何吹き込まれたか知らねえがな、人の好意は素直に受け取っとくもんだぜ?」

 なるほど、とミツキは手を打つ。

「じゃあ、さっき俺がビールを代わりに(・・・・)飲んだのは、朝酒は良くないっていう気遣いだ」

「ソレは余計なお世話なんだよ!!」

 あれ? とミツキは首を傾げる。

 どうも、同じ好意や気遣いにも二種類あるらしい。

「(難しいな。人間は)」

 ここに来るまではこの帝国の端の町で限られた人間としか交流を持たず、その町で暮らした三年間は人の世の常識を身につけるのに終始していた。しかもその前はモンスターと殺し合いの日々だ。人間の機微に疎くなっても仕方がないだろう。そんな経緯でもミツキに人間らしさが少しでも見えるのは、(ひとえ)にレグルのおかげだった。

 そんなミツキの心の独白を受けて、頭の中でレグルの返答があった。

『マスターだって自分の食い物獲られたら怒るだろ?』

「(当然)」

『なら、ダンが怒るのも当然だよな?』

「(いや、獲られる方が悪い)」

『・・・・』

 レグルは諦めた。

 モンスターとして生きてきたミツキにとっては、獲るか獲られるか、それを決めるのは力だという絶対のルールが骨の髄まで刻み込まれていたのだった。




「ミツキ、来てる?」

 飲み直しだと言ってダンがまたもビールを仰ぎ、さらにはミツキまでそれに付き合って再び飲み始めたころ、ライムグリーンのウェーブがかった髪をした女性がオープンテラスに出てきた。どうやらミツキに用があったらしいのだが、朝から酒を飲んでいる二人の姿を見るや、穏やかだった深緑の瞳に僅かだが怒気が篭もる。

「駄目でしょ、二人共。朝からお酒飲んじゃ」

 彼女は年齢的には二十歳の女性だが、化粧気の少なさと華奢なスタイルのせいで美女というよりは美少女という言葉が似合いそうな容姿をしていた。呆れ半分叱り半分で二人を()め付ける姿は、出来の悪い弟を叱る姉のようでもあったし、兄を叱る妹のようでもあった。実際、ダンとは幼馴染の兄妹のように育ってきたし、ミツキがここに入団してからは姉のように面倒を見てくれている。

「セ、セチア! こ、これはだな」

 と、大男が自分より一頭身以上背の低い女の子に小さくなるのはなんだか微笑ましい光景だった。

「ダンにもお酒は飲み過ぎたら駄目って言ってるけど、ミツキまで一緒になって飲んでるいのはどうして?」

「こ、こいつが勝手に俺の酒飲んだんだよ!」

「ミツキ、本当?」

「朝酒に付き合えって言われた」

 あっさりとこう言ってのける所が、戦いに生きるミツキの年齢に似合わない逞しさだった。

 そして、ほらみなさい、と言わんばかりにダンに詰め寄るセチア。ダンが微妙に嬉しそうなのは気のせいじゃないだろう。

「ダン。こういうこと、もう止めてね? 体、壊さないか心配だよ」

 美少女にこんなふうに上目使いで迫られたら大の男とて、クラリくるのは自然の摂理だった。

 コクコクと頷く様は若干情けなさが漂っていたが。

 それを確認して、セチアは本来の用事を思い出してミツキに向き直る。

「あのねミツキ。ラッシュ、呼んでるから。行こう?」

 そう言って、セチアは手を差し出してくる。行こうは行こうでも手を繋いで行こうということらしい。ミツキも特に意識しないが、セチアはそれ以上に異性に対して無防備だ。それが、日頃ダンやラッシュをやきもきさせる理由だった。

 ミツキはセチアに対しては異性としてどうこう思わなかったが、それでも繋がれたセチアの手に意識がいった。

 人肌の体温や感触とかではない。セチアの身につけている異様な装飾品の数々にだ。

 右手の先から肩にかけてギッシリと装飾品に包まれている。色もとりどり様式もバラバラ。魔法的な効果を持つ魔石、鉱石。それらを材料に造られた魔法具や呪具の数々。正直、その異様さにもだが、あまりにも混沌とした魔力の流れが感じられる為に、セチアのこの右腕だけはあまり好きになれなかった。

 そのセチアの右手に引かれ、ミツキはラッシュと呼ばれた人物が待つ、建物の三階を目指した。




 コンコン、とセチアが鳴らしたノックに、入れと男の声が聞こえる。

 セチアが扉を押し開き、そのまま扉を抑えてミツキを中に入れる。ついでにダンも一緒に入ってきた。

 部屋の偉い感じ椅子に座っているのは黒髪黒眼の青年だった。肩にかかる程の髪を無造作に束ねているのが妙にキマッている。ダンは事あるごとに切れ切れと言っていた。露天商のおばちゃんが男前とはラッシュのことだとも言っていた。ミツキにとってはどっちもよくわからなかったが。

「よう、ミツキ。しっかり療養できたか?」

「暇で仕方なかったけど」

 その返答に、(くだん)のラッシュが苦笑を浮かべる。

「ま、怪我の療養なんてそんなのものだ。それにお前が古竜種討伐なんてことをやらかしたおかげで事後処理が忙しくてな。ミツキがこの街に留まっていてくれないといろいろと問題があったんだ」

 ふうん、とミツキは気の無い返事で答える。

 

 ここは「交錯する稀星(クロスアウター)」と呼ばれる正規パーティーの本部であり、この部屋はその事務所であった。「正規パーティー」とは国から正式に認められた組織団体で、その活動内容は国が面倒を見切れない範囲の「揉め事処理」だ。基本的には賞金のついた犯罪者やモンスターの討伐で、それ以外にも私的に報酬を支払うことで、仕事を依頼する依頼者(クライアント)も多い。国家以外で戦力を保有することができるのは原則的に「正規パーティー」だと定められている。故にパーティーとは別称「戦闘集団」「戦闘屋」とも言われていた。しかし、その戦力で犯罪を犯したりした場合は、一瞬にして国や他の正規パーティーから討伐対象になってしまう。逆に、相応の実績を作っているパーティーの待遇は良い。この帝都リズブレドの外郭街も、事実上「交錯する稀星」が取り仕切っているようなものなのだ。このパーティーは若者主体のパーティーだったが、ここ三、四年のうちに一気に力をつけた新進気鋭のパーティーとして帝国内では有名だった。

 その立役者になったのが、ミツキの目の前に堂々と座っている「ラッシュ=クロスター」だ。彼がこのパーティーの創設者であり、本来なら帝国軍のエリートコースを用意されていた人材だったが、その話を蹴ってまで独立したのだ。それに賛同し、同じくパーティーの立役者として活躍したのが、お幼馴染の親友であり腹心の部下でもある「ダン=ドルチェ」と「セチア=ハーブ」の二人である。


「さて、話はこれについてだ」

 そう言って、バサバサと手紙らしき紙の束を机の上にばら撒く。

 なんだというのだろうか、と疑問に思いながらラッシュの次の言葉を待った。

「ラブレターだ」

「んだと!!? 俺でも貰ったことねえのに!!」

 即時悲鳴を上げたのは彼女いない歴=年齢のダンだった。

 物凄い形相でラブレターだと言われた手紙のうちの一枚を抜き取る。

「相手は誰だ!? この間八百屋の娘がミツキをカッコイイだとか言っていたが彼女か!?」

 喚くダンをラッシュは諌める。

「落ちつけ。差出人の欄を見てみろ」

「あん? 差出人、差出人・・・これか、ええと『ミクリ=ド=トロア』っておいこりゃあ」

 その名が出た瞬間に部屋の空気が緊迫したものになる。

「ミクリ=ド=トロア。この帝国の女帝が言うには、一刻も早くミツキを王帝宮に連れて来いだとさ」

「王帝宮に・・・」

 不安そうな声を上げたのはセチアだった。ダンはなんて言えばいいかわからねえ、と顔に書いてある。

 しかし、ミツキだけは顔色を変えなかった。

 そのことを確認すると、とにかく事情を説明しようとラッシュが口を開く。

「催促の内容はこうだ。『今回、Hランクモンスター、古龍種(グラン )=燐龍(ファニール)を討伐したミツキ=クレセントを我が帝国軍の上級士官として迎え入れたい』と大雑把に言ってしまえばこんなかんじだ。俺の意見としてもこれは妥当な勧誘だが、ミツキ、お前はどうしたい? 俺達はお前の意思を尊重する」

 ラッシュからはいつもの余裕があまり感じられない。ミツキにもそれがわかった。しかし、だからといってどうすればいいのかいまいち分からなかった。

「さあ、どうしよう? 俺としてはもう少しここで世話になって勉強したかったけど、邪魔だっていうなら出ていく」

 ダメ、と首を振ったのはセチアだ。

「そんなこと、ダメだよ。邪魔だなんて思うはずない。みんなミツキのこと感謝してるんだよ?」

「そうだぜ。テメエのおかげでこのパーティーは実力も名声も上がった。そんな恩を仇で返すような真似はしねえ。ラッシュだってそう思ってんだろ」

 ダンの言葉は疑問じゃない。確信だ。親友と言う間柄は伊達ではないのだ。お互いのことはよく理解している。

「ああ。俺としてもミツキが残りたいなら出来る限りのことはするつもりだ。だが、この件に関して国がどれだけ本腰を入れてくるかで変わってしまうのはどうしようもない」

「そっか」

「力足らずで申し訳ない。お前には俺達もこの街も恩があるってのにな」

 本当に悔しそうに頭を下げるラッシュを見て、やっぱり力だなとつくづく思う。

 だが、これまで随分と良くしてくれたのだ。どこの誰ともわからないガキ一人に対してしてくれたことを思えば、いきなり追い出されても恨むのは筋違い、というやつだろう。

「別に、謝らなくてもいいんだけど、とりあえず国が動くまでは俺もまだ動かない。王帝宮に入るのはもう少し勉強してからがいいしな。というわけで、下に行って仕事紹介してもらってくる」

 言い終わるのと同時にミツキは踵を返す。

 待って、とセチアがその後を追いかけて行った。

 残された二人は軽く肩を落とした。

「クソ、やっぱり一パーティーで国と対等になろうなんて無理なのか?」

 珍しく弱音を吐くラッシュにダンが喝を入れる。

「ショボ暮れてんじゃねえぞ。テメエはうちのリーダーだろうが、シャンとしてろ」

 親友の前向きな発言にはいつも救われるな、とラッシュは思う。

 ダンが鼓舞して、ラッシュが纏める。このパーティーの、それが在り方だった。

「ふん、お前に言われるまでもねえよ。ラッシュ」

「自信満々の面もムカつくなオイ」










作者「どうも、狂月です」


レグル「どうも、レグルだ」


作者「レグル、今話にもちゃんとセリフあって良かったな」


レグル「まあな。やっぱ、一言でもあるのとないのじゃちげえよ。なんて虚しいことをもう言わなきゃなんねえのか」


作者「そうだなあ。正直、今後もこんな扱いだろうな」


レグル「わかったよ。諦める。その代わりここで出番貰ってるしな」


作者「そうそう、ここでしゃべるのがお前の仕事だ」


レグル「そうだな。じゃ、さっそく今話についてだ。話に進展があったような、無いような、そんな話だったよな」


作者「そりゃあ、話を動かすにはあまりに土台が無さ過ぎるだろ。せめてもう後2、3話使わないと動けないぞ」


レグル「確かに。じゃあ、今後のことは置いといて、今回は『パーティー』について語ろうか」


作者「お、そうだな。ミツキは随分微妙な立場みたいだったけど」


レグル「まあな、もう何年もしないうちに紅い三日月が昇って世界大戦が起きるって時に、古龍種討伐なんて際立った武勲をたてりゃあな」


作者「で、国がその力に目を付けたと」


レグル「その通り。Hランクとかいう言葉があった思うが、それはまた次の機会に語るとして、そもそもパーティーは国の傘下であるという原則がある。もちろん例外はあるが、大半は大国と呼ばれる4つの国の傘下にある。ミツキがいるパーティーもその例に漏れずだ。なのに、そんな1パーティーが戦略兵器級の戦力を保持したとあっては、さすがの大国も焦るしかないだろう」


作者「なるほど。パーティーが抱え込むにはあまりに大きい力だと」


レグル「そういうことだな。しかもミツキ本人が従順なんて性格をしていない。だから国としては手元に置いて監視したいんだろうな」


作者「よし、ここから先は本編でまた語られるだろうから、今回はここまでで」


レグル「わかった。次回はミツキが『交錯する稀星』に入団した経緯とかの話も出るはずだ。次話もよろしく!」


作者「また締めを取られた!?」


レグル「ミツキに言わせれば油断大敵だ」



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