狂月の謀略 1話
三日月が淡く輝く夜。
二人のモンスターが激戦を繰り広げていた。
彼らの戦闘の余波を受けて、周囲は焦土と化している。
その中心で、紅い片翼を羽ばたかせた赤い女性が舞い踊っていた。その挙措の一つ一つが明確な意味を持ち、深紅の魔力によって象を描く。それを起点に、幾万幾億の命を破壊してきた多種多様な魔法が放たれた。
そんな暴風雨のごとき魔法の乱舞を躱し続ける一人の黒い青年。
黒いコートに、黒い大剣、ほとんど癖の無い黒髪、唯一色のある瞳が淡い月のような黄色い光を湛えていた。
その黄色い瞳は、どこまでもはっきりと倒すべき敵を見据えている。
襲い掛かるは本家本元、魔女の攻撃魔法の乱舞。
青年はそれらを躱し、弾き、切り裂く。
傍から見れば防戦一方。そんな風に見えるかもしれない。
しかし、青年の月色の瞳からは微塵も焦りの色を覗うことができなかった。
振り返りざまに横薙ぎ一閃。死角から青年を貫こうとした深紅の魔力で編まれた矢を切り払う。
直後、ゾクリと体が総毛立つほどのプレッシャーを青年は感じ取り、遥か上空に位置する魔女を振り仰ぐ。
紅い方翼を羽撃かせる魔女と、三日月。
その間に展開される超大規模魔法陣。
人間どころかモンスターの枠すら超えた圧倒的な力。
それは陣の完成と共に大地の全てを破壊せんと、深紅に輝く光の奔流を開放する。
その圧倒的な力は、何の容赦も無く攻撃対象である青年を呑み込んでいった。
それを確認して、しかし魔女はより一層警戒心を高める。
今放った魔法、もしも単一個人への攻撃では無く、集束せずに広範囲へと放てば街の一つや二つ簡単に消し飛ぶほどの代物だ。
しかしそれでも魔女は気を緩めない。
そしてその気構えが大袈裟で無いことはすぐに証明された。
アスフィアと呼ばれる、空気と同じくどこにでも存在する魔力素。
そのアスフィアが先刻の爆発の中心部から目に見える程の異常な密度で一気に吹き荒れ、煙を吹き飛ばしてさらに明確なアスフィアの流れを明確に顕す。
それは象を描く。
歴史上では伝説の、今では天災として語られるもの。
銀風の帝王・レグルを彷彿とさせる白銀の獅子。
青年はそれの中心に在り、人にはどうすることもできない天災と喩えられるモノを自らの力として身に纏う。
暴風のように吹き荒れる獅子を象ったエネルギーを、一気に大剣へと集束した。
闇よりも黒いその刃は膨大なエネルギーをその内に宿して、爛々とした輝きを放つ。
それを見てとった魔女は自らの心臓に手を当てて何かを引き抜く。
引き抜かれたそれは、『紅月の魔女』を象徴する紅い方翼だった。
魔力の塊だった翼は魔女の術式により再構築され、実剣以上の密度を持った剣として組み上げられる。
もう一度、黒い青年と紅い魔女は激突する。
その、淡い三日月が輝く夜に――。