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『美希は』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/29

元夫は、もう再婚していた。


新しい妻と暮らし、新しい家庭を築いている。


美希との離婚は、もう遠い昔の出来事になっていた。


けれど美希にとっては、そうではなかった。


ラインを開けば、そこには昔の自分がいた。


「美希は、あなたが無理してるの分かるから」


「昔からそうだったもんね」


「ちゃんと身体に気をつけてね」


「美希だったら、こうするけど」


四十六歳になった今でも、美希は元夫とのラインでは、自分のことを「美希」と書いた。


まるで、まだ自分が元夫の妻であるかのように。


けれど元夫の返信は、いつも短かった。


『了解』


『そうなんだ』


『ありがとう』


それか、文字付きのスタンプだけ。


美希が長い文章を送っても、返事は数文字あればいい方だ。


昔話を振っても、


『もう覚えてないよ』


で終わる。


「今の奥さんは、あなたのことちゃんと分かってるの?」


ある日、美希はそう送った。


少しして、返信が来た。


『それは今の家族で考えて決めることだから、ありがとう』


美希は画面を見つめた。


「今の家族」


その言葉が、胸に刺さった。


自分はそこに入っていない。


当然だ。


離婚したのだ。


それでも美希は、またラインを送った。


「美希は、あなたのこと心配してるんだよ?」


既読。


返信はなかった。


翌日も。


その翌日も。


美希はラインを開いては、最後に送った文章を眺めた。




元夫は元妻と、


夫婦でいることも、


家族でいることも最後は嫌になった。


そして離婚した。


だからこそ、残酷だった。


もう、


怒ってもいない。


執着してもいない。


嫉妬もしない。


美希にはもう、何の興味もなかった。


美希と連絡をとるのは、


娘のことで必要だった、だけ。


だから美希が、


「昔の元夫」をどれだけ知っていても、


「美希はこう思うよ」と何度書いても、


元夫にとっては、全てが遠い言葉だった。


それなのに美希は、ラインの中では、


まだ妻のままかのように振る舞った。


「あなたは昔からそうだよね」


「美希は分かってる」


「ちゃんとしなよ?」


まるで、自分にはまだ元夫を叱る権利があるかのように。


けれど元夫は、そんな言葉を受け取っても何も感じなかった。


ただ通知を確認し、


必要なら返信し、


必要がなければ、そのまま画面を閉じる。


夜、元妻からまたラインが来た。


「美希は、本当に心配なんだよ」


元夫はそれを読む。


そして、そのままスマホを伏せた。


隣で妻がテレビを見て笑った。


元夫もつられて笑った。


そこに、美希の存在はどこにもない。


元妻のいない、知らない時間が、普通に流れていく。




翌朝、美希はまた元夫にラインを送る。


「おはよう。昨日は遅かったの?」


既読はない。


当然、返事も来ない。


それでも美希はスマホを握りしめる。


「美希はまだ、あなたの家族だよ…」


誰に言うでもなく、そう呟いていた。


けれど現実には、妻ではない。


家族でもない。


今の元夫と美希の関係は、


過去に夫婦だったことがある男女だ。


今は「同じ娘」の「父親」と「母親」という名の他人だ。


元夫には妻がいる。


ただ一人。


美希だけが、


元夫とのラインの中に、


離婚前の家庭を残し続けた。


今、その家庭には、


美希しか住んでいない。

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