『美希は』
元夫は、もう再婚していた。
新しい妻と暮らし、新しい家庭を築いている。
美希との離婚は、もう遠い昔の出来事になっていた。
けれど美希にとっては、そうではなかった。
ラインを開けば、そこには昔の自分がいた。
「美希は、あなたが無理してるの分かるから」
「昔からそうだったもんね」
「ちゃんと身体に気をつけてね」
「美希だったら、こうするけど」
四十六歳になった今でも、美希は元夫とのラインでは、自分のことを「美希」と書いた。
まるで、まだ自分が元夫の妻であるかのように。
けれど元夫の返信は、いつも短かった。
『了解』
『そうなんだ』
『ありがとう』
それか、文字付きのスタンプだけ。
美希が長い文章を送っても、返事は数文字あればいい方だ。
昔話を振っても、
『もう覚えてないよ』
で終わる。
「今の奥さんは、あなたのことちゃんと分かってるの?」
ある日、美希はそう送った。
少しして、返信が来た。
『それは今の家族で考えて決めることだから、ありがとう』
美希は画面を見つめた。
「今の家族」
その言葉が、胸に刺さった。
自分はそこに入っていない。
当然だ。
離婚したのだ。
それでも美希は、またラインを送った。
「美希は、あなたのこと心配してるんだよ?」
既読。
返信はなかった。
翌日も。
その翌日も。
美希はラインを開いては、最後に送った文章を眺めた。
元夫は元妻と、
夫婦でいることも、
家族でいることも最後は嫌になった。
そして離婚した。
だからこそ、残酷だった。
もう、
怒ってもいない。
執着してもいない。
嫉妬もしない。
美希にはもう、何の興味もなかった。
美希と連絡をとるのは、
娘のことで必要だった、だけ。
だから美希が、
「昔の元夫」をどれだけ知っていても、
「美希はこう思うよ」と何度書いても、
元夫にとっては、全てが遠い言葉だった。
それなのに美希は、ラインの中では、
まだ妻のままかのように振る舞った。
「あなたは昔からそうだよね」
「美希は分かってる」
「ちゃんとしなよ?」
まるで、自分にはまだ元夫を叱る権利があるかのように。
けれど元夫は、そんな言葉を受け取っても何も感じなかった。
ただ通知を確認し、
必要なら返信し、
必要がなければ、そのまま画面を閉じる。
夜、元妻からまたラインが来た。
「美希は、本当に心配なんだよ」
元夫はそれを読む。
そして、そのままスマホを伏せた。
隣で妻がテレビを見て笑った。
元夫もつられて笑った。
そこに、美希の存在はどこにもない。
元妻のいない、知らない時間が、普通に流れていく。
翌朝、美希はまた元夫にラインを送る。
「おはよう。昨日は遅かったの?」
既読はない。
当然、返事も来ない。
それでも美希はスマホを握りしめる。
「美希はまだ、あなたの家族だよ…」
誰に言うでもなく、そう呟いていた。
けれど現実には、妻ではない。
家族でもない。
今の元夫と美希の関係は、
過去に夫婦だったことがある男女だ。
今は「同じ娘」の「父親」と「母親」という名の他人だ。
元夫には妻がいる。
ただ一人。
美希だけが、
元夫とのラインの中に、
離婚前の家庭を残し続けた。
今、その家庭には、
美希しか住んでいない。




