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書店

作者: watti
掲載日:2026/03/03

幼稚園三年を過ごした。

小学校六年を過ごした。

中学校三年を過ごした。

高校三年も過ごせると思っていた。


日常なんてない。

物事は変わっていく

そんな当たり前のことを

理解できているつもりでいた。


けど、いざ、変化を前にすると、

   いざ、日常が壊されるのを前にすると、

そんな”当たり前”が理解できていなかったことに気が付く。


大人だって、ほとんどの人は理解できていないだろう。

世界から見れば、変化とも呼べない、起きて当たり前、当然の理と呼べるだろう。

でも、温室でぬくぬくと育ってきた僕からすれば、天地がひっくり返るような変化だ。



僕が少年時代をすごした、祖父母の書店が今年店を畳む。

















 祖父、祖母の書店は、100年以上続いた老舗だ。

僕はよく知らないが、勤続年数に関しては、東京で表彰されたことがあるぐらいだ。

 時代遅れの商店街、戦後続いてきた商店街の生まれ変わりはシャッターの灰色に塗り潰される。新しいお店ができても、気が付いた時にはもう次のテナントを募集している。

 僕の知る限り、定着したのは、採算度外視の和菓子屋ぐらいだ。

小金持ちの道楽なのか、赤字運営なのかは知らないが、維持のために異常な努力があるのは、間違いないだろう。

少しづつ朽ちていく商店街を、元からこんなものだったと自己暗示をかけ、進んで行く。

 なぜそんな道を進んで行くのかといえば、祖父母の家に帰るためだ。祖父母はたまに、僕を食事に誘ってくれる。僕が好きな食べ物をすき焼きと言ったからか、最近はずっとすき焼きを出してくれていた。高いお肉を食べるのならば、すき焼きと、よい卵の組み合わせに勝るものはない。家族みんなで食卓につき、すき焼きを食べながら近況報告に花を咲かせた。一通り話を終えたあと、祖父がおもむろに口を開き言った。「もうな、店をたたもうとおもうんや」






 僕は本が大大大大大好きだ。推しの本も漫画も100冊では収まらないだろう。学校帰りに書店に行き6時まで入り浸るというのが小学校のころの日課だった。


 その後食べた高いお肉の味も話も帰り道も、なんなら春休みも、何をしていたか覚えていない。結局僕は事実を忘れることにした。

書店はこれからもずっと続くし、僕は何も聞いていない。

重大なこともケロッと忘れることが出来るのが僕の数少ない特技なのだから。

GW


 びっくりするほど、恐るべき事実から逃れて、GWを迎えられた。

久しぶりに書店に行くと、何事もないように、店は続いていた。

店を畳むなんて、僕の悪い夢だったと思い込むことができる程、

”いつも通り”だった。

 ああ、これ以上に、漫画の中の無邪気なキャラを羨ましく思ったことはない。そうでない僕は気が付いてしまう。あまりに大きい変化に。書店によく行く人はわかると思うが、書店は基本的に、天井ギリギリまで、本棚を積み上げるものだ。もちろん、うちも同じだ。我が家の人には誰も届かない位置まで、本を置いている。しかし、今は上二段にあるべき本がごっそり無くなっていた。

 これまで、高所での作業が危険だから、としか考えていなかったが、確実に本の入荷数を減らしているのだ。扱う本も、保持期間が長くなりがちな、一巻完結の小説や、そもそも需要の減った、辞書や、専門書などが減り、週刊連載の雑誌や、その単行本、料理本などが増えた。あとは児童書コーナーだろうか。

 店番をしていた、祖父に中途半端な挨拶をし、適当な本を見繕い

二階に上がろうと思った。だが、今日は気が乗らず一階で読み進める。30分ほど経っただろうか、ちょうど漫画のキャラが奇行に走り始めた辺りでそれを読んでいると祖父に声をかけられた。二階の片付けを手伝って欲しいと。


「店の方は、すこしづつ片付けていくから気にしなくていいよ。」

「もしもし、ああ、お義父さん、ええ、あ、はいわかりました~」


 自分で掛けていた、記憶のもやを無理やり晴らすような衝撃が走った。そうだ、あんなちゃっちな変化がすべてではない。

祖母の家に束になった、粗大ごみのリサイクル券を無理やり忘れたのも最近の話ではない。閉店は2〜3月だと思いこんでいたが、9月だと言われたことも。

 うちの書店は3階建てで、2,3階が生活空間になっており、至る所から、昭和、平成を感じられる。色々なアイテムが雑多に置かれていて、今も使われている所からは僅かな生活感が感じられる。

時代に取り残されたような雰囲気が好きだった。

だが、今はほとんど整理され空っぽな棚と机だけが残っていた。

 僕が保存しておきたかった有機的な空間は消え、空虚な空間だけが残されていた。ゴミみたいな特技には必ず代償が伴うのだから。

だからと言って僕に何が出来ると言うのだろうか、僕の甘い考え方と、常識知らずの思い込みは、確実に自分を後悔させている。今年で店を畳むというのだから2〜3月までは続けるものだと思っていた。それが9月だとは思いもしなかった。ただ、呆然としていた。だが時間は待ってはくれぬ。次から次にやってくるスケジュールに悩み事は押しのけられ思い出すことはなかった。



夏休み開始


 夏休みの始まりは思っていたよりもあっけなかった。

終業式がZOONだからだろうか、 期末テストが終わった後もだらだらと通常授業が続いたからだろうか、夏休みのような修学旅行を過ごしたからだろうか。始まる前は無限の可能性を秘めていると感じられたが始まった途端に全てがどうでも良くなる。何とか毎日外に出るスケジュールを入れ、一日何もしない廃人にはならずにすんでいる。

クラブ→アプデ→会議→クラブ→予告番組→オープンキャンパス→旅行準備→旅行x2→キャンプ準備→キャンプx3

みたいなスケジュールなので本当に宿題する時間もない

そんな中で、唯一ポッカリと空いた一日を書店に行くことに当てた。

いつもは気にならないが毎日学校に行くだけで8時には1kmのウォーキングと15分の日光浴をすましているが、それすらもないと体がだるくて動けやしない。


 どんなにしんどくても毎朝このセットをこなさなければ、夏休みの午前中を、すなわち夏休みの半分を失うことになる。そんな学びを得た午前を過ごした後、僕は書店に向かうために外に出ようとドアを開けた。

そして、夏の空気を吸った。

書店に着いた時最初に目に入った光景はかなりの衝撃だった。

 右側にあった雑誌類がごっそり減っていた。ジャンピングとか文集砲とか常連客が毎週買う本だけが残り、それ以外の月刊系の雑誌が一掃され、端の方に残されていた参考書も跡形もなく消滅した。

児童書コーナーもどんどん寂しくなり、空いている本棚が増えたように思える。なんだろうか、見るたびに確実に痩せこけて行く老人を見ているかのようだ。渡し忘れた修学旅行土産を渡し、さっさと本を読もうと思ったが祖父に呼び止められ、言われた。


小説を片づけるのを手伝って欲しいと。最愛の人をその場で殺せと言われたような気分だ。

 だがすぐに思い直す。僕は精々十数年の付き合いだが、祖父からすれば五十年以上の付き合いだ。


『結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険にすぎないのじゃ』<引用元:ハリー・ポッターシリーズ>


 ふとあの最も偉大な魔法使いの名言が頭をよぎった。祖父母はきちんと整理できているのだろうか、人生の大半を捧げた仕事を失ったあと、次にある最後の大冒険に出かける準備はできているのだろうか。何も考えず、ただ淡々と、小説を仕分けた。


書店には一定期間売れなかった本を返品することができる返本制度と呼ばれる仕組みがある。

 書店に置かれている本は取次から仕入れているのではなく、簡単にいえば出版社から借りている状態なのだ。一定期間内であれば返本することができる。

 書店からすれば売れなければ返すことができるし、豊富な品揃えを維持できる。その代わり、週刊誌の付録は返本対象でなかったり、返本割合が高いと人気本の仕入れを後回しにされたりするのだ。当然返本すると利益は出ないし、その分の機会損失もあり、日々の業務の返本する手間も相当なものだ。本の状態を確認し、出版社別に本を分けた本を値段でさらに分別し伝票を書き、返送する。それが書店の日々の業務と言われてしまえばそれが全てだ。だが、今は違う閉店作業なのだから全て返本する必要がある。

 一生分の小説が詰まっていると思っていた本棚は一瞬にして空っぽになり、気が付けば漫画コーナーまでほとんど片付けてしまった。こんなにも虚しい使い古された本棚を見たことがない。手作りのディスプレイ、超大人気作の新刊のみが身を置くことを許された玉座、すなわち最も手の取りやすい会計場所の前の拡張棚も、今はただの空白だ。

 何度も何度も、同じような後悔を味わってやっと行動する気になった。何日もかけてもっと書店のことをしっかり知らなければ。

次に書店に来られるのはいつになるのだろうか…

いや、合間を縫ってもっと必ず行く。

そんな覚悟が持てる日だった。






住み込み


 朝から書店に行き店番の代わりをする。お得意の計画性のなさのため

夏休みの宿題を広げている。とんでもないクソ対応店員だが、それほどお客さんが来ない。書店の息子である僕ですら本を買う時は隣町の大型ショッピングモールか、百貨店まで行って買う。なんの思い入れのない人が、祖父母の書店で本を買う訳がないのだ。一日に来る客は両手の指に収まる程度だ。昔は息子、娘を大学に通わせることができるぐらいには来ていたらしいから、その差は明確だ。そんな中こんな書店にも買いに来てくれる人がいる。主に週刊誌や月刊誌を買う人々だ。だが、そんな常連さんにも、来月で仕入れが終わることを告げなければならない。その反応は三者三様だが、皆悲しそうな顔というよりも、ああ、そうか、といった一種の悟りのような顔をして去っていく。午前中に来たのはたった二人だった。

 お昼ご飯を買いに商店街に出た。この商店街は2つの通りで構成されている。たこ焼き屋も定食屋も潰れたからお昼ご飯の入手も困ったものだ。喫茶店でなにか食べるのもよいが、パン屋で菓子パンでも食べよう。パン屋さんで買うパンはどうしてこんなにも美味しいのだろうか、さっさと食べたパンの後味が消える前に、次のお客さんが来た。


シャッターペイント


次のお客さんには見覚えがあった。商店街のシャッターペイントプログラムで、うちの書店に絵を書いてくれた人だ。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは〜あの、前にシャッターペイントをさせてもらったんですけど、店主さんいますか」


 閉店の噂を聞きつけてわざわざ来てくれたのだろうか、なんと義理堅いのだろう。奥まで案内し、しばらく祖母と雑談していた。

そうだ、この場所に思い入れがある人は家族だけではないのだ。


「ねえ、君!大学の学園祭に興味ない?」


あまりにもボケっとしていたので、話しかけられるまで来たことに気が付かなかった。


「このシャッターペイントの成果を発表する場所もあるからぜひ来てね〜」


呆気にとられている間にその人はさっさと言ってしまった。

嵐のあとに、学祭のパンフレットが残されていた。

カレンダーにそっと、その日を記した。



教科書販売


 今日は後期の教科書販売だ。

今や、高校での教科書実地販売なんて見たことがない人のほうが

多いだろう。

 2mはゆうに超えるまで積まれた本の山が所せましと置いてある、いや、まるで秘密基地のようなわくわく感。

図書館でも嗅ぐことが出来ない、新刊の紙の香り。

 それに比べると、最近の学校は、段ボールに箱詰めにして、着払い。

なんて味気ない、なんて面白味のない、見たこともなければ、こんなことを感じることすらないだろう。

 昔の4月は複数の場所に本を卸すため祖父母で別の場所に行ったりアルバイトを雇ったりしていたが、大口の卸先は早めに引継ぎを終わらせたため、ここが最後の出張販売だ。



 随分と久しぶりにこの教科書販売の景色を見た。

幼少の頃の美化された景色とは随分と違った。

断崖絶壁のように感じられた本の山は自分の身長よりも随分と低かった。

 ただ、実際に行ってみるとそこは楽しい場所では無く戦場だった。四方八方に小さな怒号が飛び交う


 注文書を確認し、セットを奥から運び、点数を確認し調整し、お釣りを出す。お客さんは次々にやって来るし、並列で処理するべきタスクが山程あるのだ。大人はみんなこれよりも大変なことをしてお金を稼いでいるのだ。大人ってすげぇ。でも、これってすごく幸せなことだ。

新たな学校生活に日々触れる教科書を添えることができるのだから。

全身筋肉痛になりながらなんとか終えることができた。




大学へ


 朝起きて今日のスケジュールを確認する。

今日は、大学見学だ。

 幼小中高が徒歩圏にあったので、電車通学というものを知らなかった。毎日1時間以上をかけて通学する恐ろしさを僕は知らない。

列車の前後で行き先が異なる電車に恐れおののきながら、なんとか大学に到着した。高校生にもなって、大学についての具体的なイメージが何一つ無かったので、実際に入って歩き回って見ると、大きすぎて目が回りそうだった。

 一体目的地はどこなのか?27号棟6階などと言っているが、本当に27種類も建物があるのか?そして僕の目の前にある建物の名前は31号棟だった。となりは8号棟なんだが???落ち着け僕、大丈夫マップ通りに進めている。あった!地域創成学部、商店街シャッターアートプロジェクト、六階まで階段を駆け上がりようやく解説ブースにたどり着いた。解説を読むと今まで知らなかったことを知った。4つの商店街で並行してプロジェクトが進行しており、シャッターアートを施すことで、シャッター街のイメージを上げることができるらしい。

そのお店や、商店街に合わせた様々なアートを見ることができた。

大満足でブースを出た。



…僕は大学のど真ん中に放り出されていた。








 数年後には通うことになるであろう大学に興味がないなどと、良く言ったものだが、実際の所僕は大学のだの字も知らないのだ。

きっとこの機会を逃せば次にオープンキャンパスに行くのは来年だろう、この機会を逃せば次に自分の人生について考えるのはいつになるのだろう、僕は一日かけて大学を見て回った。


 大学のたの字ぐらいは知ることができたと思って進むしかない


ここからはあっという間だった。

夏休みが終わり文化祭も終わった。

夏の匂いが消えツンと秋の匂いが鼻をつく。


閉店9/15

ふっと、目が覚めた。形容しがたい悪夢を見たような気分。こういう目覚め方をしたときはたいてい現実に夢より悪い現実が存在する。

 時はゴウゴウと流れるとは良く言ったものだが、ゴウゴウどころか、タイムマシーンに乗った気分だ。でも大丈夫、準備はバッチリだ。予約した花束を受け取りに行く。

 随分と花の種類は悩んだが、結局向日葵をメインに据えることにした。少し季節外れのような気もするが、結局向日葵の持つ底なしの明るさと生命力の魅力に他の花は勝てなかった。とにかく受け取って書店に向かう。もう書店の面影を感じられるのは本棚と看板ぐらいだが最終日もいつも通りの時間に店を開けているらしい。店頭に置いてあったガチャガチャの契約は8月まででもう無いし、同じく手帳サイズの児童書を置ける移動棚も絵本を全て返本してしまったので空っぽの棚だけが店頭に出ていた、店頭棚の週刊誌もすっからかんだ。

花束を隠しながらなんとか入店し、最後の作業を手伝う。

商店街の人や、常連さんが代わる代わるやってくるので祖父母とも対応に追われていた。とはいえ、閉店作業は全て終わっているので

何もすることがない。ただ、色々な時間と画角で、書店を写真に収めた。



5時になった。


電気を消し、シャッターを閉める。






本当に最後だ。100年にわたって役目を果たしてきた看板を下ろす。


燦然と生命を燃やす向日葵は

祖父母の次の旅を照らしてくれるだろうか


煌々と輝く向日葵は

僕を未来に押し出してくれるだろうか



花束を





渡す







  笑顔でそれぞれの次の旅へ。





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