第三話 鴉の鳴かぬ夜明け
天正十年六月二日、早暁。
本能寺の塀際に伏した一万余の明智勢は、物音ひとつ立てずに息を殺していた。夜がほどけ、空が白むほどに、静けさはかえって濃くなる。寺の奥から「神の輿」が運び出されるのを見守る兵たちの顔には、困惑と畏怖が入り混じっていた――主君を討つでもなく、救い出すでもなく、ただ“移す”のだと命じられている。
「……十兵衛殿。これより、日の本の筋目が変わる」
勧修寺晴豊は、輿の脇に膝を折る明智光秀へ、声を落として言った。史実では焔の海となるはずの寺が、今は無傷のまま夜明けの光を返している。火を止めたのは兵ではない。折り目をつけたのは刃ではない。――宣旨である。
光秀は頷く。かつての疲弊した影はない。理を愛した男の目が、ようやく理の行き先を見つけていた。
「心得ております、晴豊殿。私は……神の守護者となる。刃ではなく、筋で国を支える」
輿の簾の内、織田信長は一言も発しなかった。沈黙は拒絶ではなく、承知の形だ。
行列の先には、吉田社家の神主・兼和が控え、式次第だけを整えていた。筆の達者な者ほど、肝を外し、形を残す。明日になれば、この“形”だけが日記に記され、刃の向きは書かれぬだろう。
噂は政になる。噂は刃にも火にもなる。だからこそ、噂をこちらの形に畳む。
安土の摠見寺には、すでに「神の座」が用意されている。石碑だの盆山だの、誰かが囁く細部はどうでもいい。肝は、信長が自ら仕掛けた装置が、そのまま“黄金の檻”になることだ。
晴豊は、輿が門を出るのを見届けると、すぐに身を翻した。
残る“火種”が、京の北寄りにある。二条である。
二条へ急ぐ、と言っても、そこは後世の城ではない。
織田が禁裏近くに設けた二条御新造――二条新御所。世には「旧二条城」とも呼ばれる、城館であった。ここに、嫡男・織田信忠が籠もるはずだった。
史実では、信忠は妙覚寺で変を聞き、二条へ移って明智勢を迎え撃ち、やがて自害に追い込まれる。
だからこそ、晴豊は“同刻”に段取りを走らせた。父子を別々に動かせば、夜明けは血に染まる。誠仁親王らはすでに御所から退かせてある。禁中が燃えれば、名分が血に沈む。
門前では、織田の将兵が血走った目で刃を抜きかける。だが、彼らの背後で村井貞勝がひとつ咳払いし、視線で制した。京の政を知る男の顔だった。
「勧修寺殿――奥へ。殿は、まだ早まってはおられぬ」
晴豊は頷き、声を通す。
「通せ。武家伝奏、勧修寺晴豊。勅命を奉じて参上した」
奥の間。
信忠は白い着衣で座し、短刀を布で拭っていた。刃は小さく、しかし凶器ではなく、決意そのものの光を放つ。
几帳の陰で、幼い息づかいがひとつ。三法師の気配だ。前田玄以が、泣き声を殺すように抱えている。
短刀の茎は無銘。相州貞宗――のちに「徳善院貞宗」と呼ばれることになる名物だ。織田の血の重さが、そこに凝っている。
「……晴豊か」
信忠は顔を上げた。父譲りの眼の鋭さに、若さの乾きが混じる。
「父上は、どうされた。光秀は、父上の首を獲ったのか」
「獲ってはおりませぬ」
晴豊は一歩も退かず、言葉を正す。
「信長公は、本能寺にて“人”を離れられた。安土鎮護の神として坐す。以後、この現世に、織田信長という名の人はございませぬ」
信忠の眉が跳ねる。刃が鳴り、次の瞬間には白刃が晴豊の喉元に据えられていた。
「戯れを……! 父上が、そのような隠居まがいを選ぶはずがない」
喉に冷気が触れる。だが晴豊は瞬きひとつしなかった。ここで怯えれば、言葉の格が落ちる。
「信忠卿。ならば、ここで死になさい」
わざと短く言った。反発を呼ぶための刃だ。
信忠の瞳が細くなる。怒りではない。“試し”だ。
晴豊は続ける。
「貴方がここで果てれば、織田の家中は清洲で割れます。西から羽柴が戻り、弔いの名で天下を攫う。徳川は伊賀を越えて命を拾い、東の梁を太くする。――父上の遺したものは、皆の腹へ落ちる」
刃先が、わずかに揺れた。
「父上の“武”を継ぎ、刃で道を開くなら、それでもよい。だが、父上の“志”を継ぎたいのなら、刃を収めよ」
晴豊は、信忠の目だけを見た。
「父上は、暴力の連鎖を終わらせるために、あえて舞台を降りられた。名を残すためではない。名を“使われぬ”ためだ」
信忠の呼吸が浅くなる。晴豊は、最後の一押しだけを、わかる言葉で言う。
「皆が奪い合うのは兵ではない。“帝の名”です。父上が死ねば、その名は血に沈み、拾った者が正義を名乗る。――だが父上が神の座に坐せば、その名は血に沈まぬ。名の所在は、こちらが畳める」
信忠の刃が、わずかに下がる。
「信忠卿。いま貴方に要るのは、戦の勝ちではない。織田の家格を、朝廷の柱として残すことだ」
晴豊は言い添えた。逃げ道ではなく、立つ場所を示す言葉だ。
「貴方はすでに従三位・左近衛中将。ここから上げる。内大臣に准ずる座を用意し、織田の血を公卿として残す。光秀は政務を担い、貴方は“織田”を担う。――それが父上の遺した道だ」
長い沈黙ののち、信忠はゆっくりと短刀を引いた。目の乾きが、少しだけ潤む。父への畏怖を超えた、新しい時代への手触りが滲んでいた。
「……父上が、神に。……わかった。晴豊。お前の描くその先、賭けてみる」
晴豊は小さく頷いた。勝ったのではない。死をひとつ、先延ばしにしただけだ。
翌朝。
洛中には、信じがたい“正史”が、形を整えて流れ出た。高札が立ち、寺社へ触れが回り、写しが諸方へ送られる。文面を整えたのは吉田社家の兼和である。後世の目には、名を改めたのちの筆として残る。
曰く――
信長公は本能寺において、安土鎮護の神として坐し給う。
以後、天下の政は朝廷の名の下に改められ、惟任日向守光秀これを輔け、嫡男信忠卿は公卿の座にあって織田の格式を示す。
民は驚き、諸大名は戸惑う。だが「主君が討たれた」という悲劇の報せはない。
あるのは、人の抗いを許さぬ権威――“神”という名の堤であった。
晴豊は、東へ続く街道の白みを見つめた。瀬田の渡りを押さえれば、安土への道は一本に束ねられる。橋も渡しも、戦ではなく“公事”で縛るべき要所だ。
西国では、備中の陣を畳んだ羽柴秀吉が、日のまたぎも惜しむ勢いで返しにかかっている。あの男は、戦よりも先に人の心を奪う。だからこちらは、戦を“公事”に変える。
(始めよう。山崎を、刃の場から、詮議の場へ)
晴豊の胸に、冷たい火が灯った。
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