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氷の女帝は、システム(恋)にバグが多い。 〜論理武装した元同級生上司を、社畜の俺が物理的にデバッグする話〜  作者: おこげ。


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第36話:接近警報


 Glanz Nextの設立から1ヶ月。

 早くも最初の増員があった。社内公募(FA)制度を利用して異動してきた若手社員だ。


「本日付で配属になりました、鈴木玲愛(れいあ)です! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」


 パリッとしたスーツに身を包み、元気よく挨拶をする女性。

 入社2年目。この間まで新人だった世代だ。


「よろしく。……まあ、うちは少数精鋭だけど、気負わずやってくれ」

「はい! あの、井伊さん! 私、井伊さんの書いたコード読みました! すごく……その、独創的ですね!」

「……褒めてんのか、それ?」


 彼女、玲愛はやる気だけは人一倍あるのだが、どうも空回りするタイプらしい。

 配属初日から「意識高い系」の先輩たち(例の3人組)の議論についていけず、目を白黒させていた。

 そして定時後、一人で残って必死にドキュメントを読んでいる姿を見かけてしまった俺は、つい声をかけてしまったのだ。


「……おい。そんな真面目に全部読むなよ。必要なとこだけでいいんだよ」

「で、でも……全体像を把握しないと……」

「全体像なんて、動かしながら掴めばいい。ほら、ここショートカット。あと、このツール入れとけば勝手に整形してくれる」

「えっ……こ、こんな裏技が!?」


 俺が普段使っている「サボるためのテクニック(効率化)」を少し伝授しただけで、彼女は目を輝かせた。


「動けば正義。あとは定時で帰って寝ろ。……いいな?」

「はい! ありがとうございます、井伊さん! 私、一生ついていきます!」


 ……そして現在。


「井伊さん、ここ教えてください!」

「井伊さん、お昼ご一緒していいですか?」

「井伊さん、これ見てください!」


 完全に懐かれた。

 俺のデスクの周りを、鈴木玲愛が子犬のようにうろちょろしている。

 まあ、素直で教えがいがあるから悪い気はしないのだが……。


「……チッ」


 背後で、舌打ちが聞こえた気がした。

 恐る恐る振り返ると、優がモニターを睨みつけていた。

 その表情は無機質そのものだが、まとっているオーラが冷たい。室温が2度くらい下がった気がする。


「……気のせい、だよな」


 俺は冷や汗を拭い、作業に戻った。

 そして数時間後。俺は地獄を見ることになる。


        ◇


『Pull Request #108: 物件検索機能の修正』


 俺が出したプルリクエストに対し、優からのレビューコメントがついた。

 普段なら「LGTM(問題なし)」の一言で終わるはずの軽微な修正だ。

 しかし、通知欄には不吉な数のコメントが表示されていた。


『File: search_controller.ts (L45)』

> 変数名 `tmp_list` は美しくない。変数のスコープが短いとしても、その存在意義を100文字以内で語れる名前にして。却下。


『File: property_model.ts (L120)』

> ロジックが泥臭い。読んでて胃もたれするわ。もっとエレガントに書いて。却下。


『File: utility.ts (L10)』

> コメントの `//とりあえず動く` って何? あなたの人生もとりあえずなの? 生理的に無理。却下。


「……なんだこれ」


 俺は頭を抱えた。

 完全に八つ当たりだ。しかも、技術的な指摘というよりは見事な悪口(罵倒)である。

 俺の隣で画面を覗き込んだ玲愛が、青ざめた顔で震えている。


「ひぃっ……CTO、怖すぎます……! これ、もしかして私のコードも……」

「いや、これは俺専用の……特別メニューだから」


 俺はため息をつき、席を立った。

 これはレビュアーの方を直接デバッグ(機嫌取り)をする必要がある。


 休憩スペースの自販機前で、俺は優を捕まえた。

 彼女はブラックコーヒーを飲みながら、窓の外を睨んでいた。


「……おい」

「何?」

「何じゃないだろ。あのレビューは」

「別に。コードの品質管理はCTOの義務よ。……貴方みたいに、誰にでも愛想を振りまくようなふらふらしたコードは、バグの温床になるの」


 やはり、そこか。

 優はプイと顔を背けた。

 拗ねている。完全に、分かりやすく。

 俺は苦笑し、ポケットから缶コーヒーを取り出した。俺のおごりだ。


「……あのな」

「……」

「俺の『教え子』は鈴木だけじゃないが」


 俺は優の頬に、冷たい缶をピタリと当てた。

 優が「ひゃっ」と声を上げて振り返る。


「俺の『上司パートナー』は、お前だけだぞ」


 優の目が丸くなり、そして瞬く間に赤く染まった。

 口をパクパクさせて、何か言い返そうとしているが、言葉が出てこないようだ。


「……な、何よそれ。……ロジックが飛躍してるわ……」

「事実は事実だ。……ほら、コーヒー。糖分補給して頭冷やせ」


 俺は缶コーヒーを押し付け、さっさとオフィスに戻ろうとした。

 これ以上いたら、こちらが恥ずかしくて死にそうだ。


「……待って」


 背後から、ボソッとした声が聞こえた。


「……今日のところは、マージしてあげる」


 振り返ると、優は缶コーヒーを両手で握りしめ、少しだけ口角を上げていた。

 だが、その目は据わっていた。


「ただし条件付きよ」

「条件?」

「……鈴木さんへの指導は、半径1メートル以上離れて行うこと。……いいわね?」


 それはCTO命令というより、ただの独占欲の発露だった。

 俺は肩をすくめて、「仰せのままに」と答えた。


 オフィスに戻ると、優からの通知が届いた。

『Pull Request #108: Merged』


 やれやれ。

 このバグばかりのシステム()を運用していくのは、まだまだ骨が折れそうだ。


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