表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の女帝は、システム(恋)にバグが多い。 〜論理武装した元同級生上司を、社畜の俺が物理的にデバッグする話〜  作者: おこげ。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

第32話:退屈


 3月中旬。

 優がグラテクを去ってから、2週間が経過した。


 俺の日常は、劇的に改善した。

 無理難題な仕様変更を押し付けられることもない。

 深夜に叩き起こされて呼び出されることもない。

 分刻みのスケジュール管理や、数千行のコードレビューに追われることもない。


 俺は元の「社畜」に戻った。

 定時で帰り、コンビニ弁当を買って、家でゲームをして、泥のように眠る。

 給料は相変わらず安く、評価も「そこそこ」。

 だが、誰にも邪魔されない、平穏で完璧な生活。


 ああ、最高だ。

 これが俺の求めていた「E加減」な人生だ。


 ――だというのに。


「……つまんねえ」


 日曜日の昼下がり。

 俺はクリアしたばかりのゲームのエンディングロールを眺めながら、独りごちた。

 画面の中で勇者が魔王を倒し、世界に平和が訪れている。

 感動的なはずのフィナーレが、今の俺には酷く色褪せて見えた。


 退屈だ。

 死ぬほど退屈だ。


 以前の俺なら、この退屈を愛していただろう。

 だが、一度知ってしまったのだ。

 あの理不尽で、強引で、でも最高に刺激的な「嵐」の日々を。


 隣にはいつも、氷のように冷たく、炎のように熱い彼女がいた。

 彼女が繰り出す無理難題(クエスト)は、このクソゲーよりも遥かに難易度が高く、そして攻略しがいがあった。

 彼女の笑顔(レアドロップ)を見るためなら、残業も悪くないと思えた。


『貴方のその『平和』……いつまで続くかしらね?』


 最後の夜、彼女が残した言葉がリフレインする。

 ……分かってるよ。

 お前は知ってたんだろ。俺がこうなることを。

 平和という名の退屈に耐えられなくなって、自ら地獄に飛び込みたくなることを。


優がグラテクを去る、ちょうどその日にくれた高そうな万年筆に目をやる。

 艶やかな黒い樹脂。キャップを開ければ、金色のペン先が早く自分を使えと催促しているようにも見える。


「……悔しいけど、完敗だな」


 俺は認めるしかなかった。これほどまでに完敗を認めたのは、高校のとき以来だろうか。


 俺はもう、平穏な日常には戻れない。

 コスパ至上主義? 省エネ?

 知るかよ。


 ――その時。

 スマホが震えた。

 上司の課長からだ。休日に電話なんて珍しい。


『あー、井伊くん、休み中に悪いね』

「……はい、何でしょう」

『実はな、急な話なんだが……四月から、また出向の話が来てるんだよ』


 俺は口角が吊り上がるのを止められなかった。

 来た。


『今回は親会社じゃないんだ。新たに出資してできるベンチャー企業でね。待遇はちょっと上がるらしいけど、かなり忙しいらしいし、断ってくれても……』

「わかりました。行きます」


 俺は食い気味に答えた。


『え? い、いいのか? かなり激務らしいぞ? それに、上司になる人がかなり厳しい人らしくて……』

「構いませんよ。……俺、激務には慣れっこなんで」


 上司は呆気に取られていたが、トントン拍子で話は進んだ。

 電話を切った俺は、万年筆を紙に滑らせた。


 新しい戦場。

 ほぼ間違いなく、優と西園寺さんのところが出資してできる新会社だろう。

 そこがどんな地獄(プロジェクト)なのかは分からない。

 だが、彼女とともに歩むためなら、行く理由は十分だ。


「待ってろよ、優」


 俺は窓を開けた。

 春の匂いを含んだ風が、部屋の澱んだ空気を吹き飛ばしていく。


「今度は俺が、お前を『攻略』してやる」


 俺の物語は、まだ終わらない。

 ここからが、本当のスタートだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ