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氷の女帝は、システム(恋)にバグが多い。 〜論理武装した元同級生上司を、社畜の俺が物理的にデバッグする話〜  作者: おこげ。


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第25話:クリスマスの最適解(後編)


 12月24日、18時。

 六本木交差点のアマンド前。

 待ち合わせ場所に現れた優の姿を見て、俺は数秒間、呼吸を忘れた。


 いつものタイトスカートにジャケットという「戦闘服」ではない。

 深いネイビーのロングコートに、白いマフラー。その下には、上品なシルバーグレーのニットワンピースを合わせている。

 髪も軽く巻かれていて、メイクも少し華やかだ。

 普段の「氷の女帝」としての威圧感は完全にログアウトし、そこにはただの「美しい女性」が佇んでいた。


「……何よ。人の顔をジロジロ見て」

「いや、見違えた。普通に可愛いじゃん」

「ふ、普通って何よ。今日のスタイリングには、ファッション誌3年分のバックナンバーを解析して、トレンドと私の体型に最適化されたコーディネートを導き出したのよ。可愛くて当然だわ」


 優は頬を少し赤らめながら、早口でまくしたてた。

 その反応を見て、俺はようやくいつもの彼女だと確信して安心する。


「はいはい。じゃあ、作戦開始といきますか、司令官?」

「ええ。移動時間も計算通りよ。行くわよ」


 彼女は俺の腕に手を回してきた。

 その手が微かに震えているのを、厚手のコート越しでも感じた。


 ◇


 前半戦は、驚くほど順調だった。

 計算され尽くしたルートのおかげで、人混みの中でもスムーズに移動できたし、イルミネーションを見るタイミングも絶妙だった。

 寒すぎず、混みすぎず。

 優の完璧な予習が光っていた。


「どう? 私のシミュレーションに誤差はないでしょう?」

「ああ、大したもんだよ。正直、もっとグダグダになると思ってた」

「失敬ね。私はいつだって完璧よ」


 優は得意げに笑った。

 その笑顔を見ていると、終わりが決まっている関係だということを忘れそうになる。


 そして、19時。

 メインイベントであるディナーの時間だ。

 優が予約したのは、夜景の見える超高級フレンチレストラン。

 数ヶ月前から予約開始と同時にアクセスしないと取れないような人気店だ。


 受付で、優が自信満々に名前を告げる。


「19時に予約していた佐藤です」

「佐藤様ですね。少々お待ちください……」


 支配人らしき男性が端末を操作する。

 しかし、その指が止まり、眉間にシワが寄った。


「……恐れ入ります、佐藤優様でよろしいでしょうか?」

「ええ。予約番号はX-204」

「はい。……あの、大変申し上げにくいのですが、佐藤様のご予約は……」


 支配人の言葉に、優の顔から血の気が引いていく。


「ご予約日が、来年の12月24日になっておりまして……」


「……は?」


 優の口から、間の抜けた声が漏れた。

 俺も思わず耳を疑った。


「そ、そんなはずはないわ! 私は確かに今日の日付で……!」

「ご予約は、確かに来年の12月24日で承っておりまして……ご予約確定のメールなどはご確認いただけますでしょうか」


 単純な年の選択ミス(ヒューマンエラー)

 しかし、あまりにも致命的なバグ。


「う、嘘……だって、確認メールも……」

「確認メールの日付、見てなかったのか?」

「だ、だって、予約が取れただけで安心して……日付も24日って確認して……でも年まで確認したかと言われると……」


 優の手から、スマホが滑り落ちそうになる。

 彼女は真っ青な顔で周囲を見回した。

 店内は満席。幸せそうなカップルたちで溢れかえっている。

 俺たちの席はない。


「ど、どうしましょう……プランBは……予備店への移動……でも、今からじゃタクシーも捕まらないし、予備店もクリスマス当日に空いている保証なんて……」


 優がパニックに陥り始めている。

 完璧主義者であるがゆえに、想定外のエラー(Exception)に対する耐性が低いのだ。

 彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、私……完璧な計画だったはずなのに……最低だわ、こんな初歩的なミス……」


 彼女が崩れ落ちそうになった、その時だ。

 俺は優の肩をポンと叩いた。


「ま、よくあることだ」

「よ、よくあることなわけないでしょう!? 一生に一度かもしれないクリスマスなのよ!?」

「いいじゃんか。ネタとして面白いし」

「面白くない!」


 俺は優の手を引き、店の外へ出た。

 寒空の下、彼女は縮こまって震えている。寒さのせいだけじゃないだろう。


「ついて来い。プランDだ」

「プ、プランDなんて定義してないわよ……」

「今作った。動的(ダイナミック)な仕様変更だ」


 俺たちが向かったのは、レストランが入っているビルの隣にある、ショッピングモールだった。

 その3階。

 家族連れや学生、そしてディナー難民らしきカップルたちでごった返す場所。


「……ここ、は?」

「フードコートだ」


 俺は適当な空きテーブルを見つけて、優を座らせた。

 周りでは子供が走り回り、呼び出しベルの音が鳴り響いている。

 夜景の見える静かな個室とは、正反対の世界だ。


「さーて、何食う? うどん、ハンバーガー、たこ焼き、ステーキもあるぞ」

「……意味が分からない。どうしてこんな所に……」

「ここなら予約はいらねえし、ドレスコードもねえ。それに、意外と美味いんだぞ?」


 俺は勝手にたこ焼きとフライドポテト、それに温かいコーヒーを買ってきた。

 プラスチックのトレーに乗せられたそれらは、とてもクリスマスディナーには見えない。


「……信じられない。貴方、本気なの?」

「本気だよ。ほら、食って」

「……」


 優は渋々といった様子で、楊枝に刺さったたこ焼きを口に運んだ。

 はふはふと熱そうにしながら、咀嚼する。


「……どうだ?」

「……悔しいけど、美味しいわ」

「だろ?」


 カリッとした食感と、濃厚なソースの味。

 優の強張っていた表情が、少しずつ和らいでいく。

 俺もポテトをつまみながら、コーヒーをすする。


「なぁ、優」

「何よ……」

「計画通りに進むことだけが、正解じゃねえよ」


 俺は騒がしい店内を見渡しながら言った。


「システム開発だってそうだろ? どんなに完璧に設計しても、必ずバグは出る。想定外のトラブルは起きる。大事なのは、バグが出ないことじゃなくて、バグが出た時にどう楽しんでリカバリーするかだ」

「……リカバリーを楽しむ、なんて発想、私にはないわ」

「知ってる。だから、俺がいるんだろ」


 優が顔を上げ、俺を見た。

 その瞳が少し揺れている。


「お前が真面目に設計しすぎてガチガチになったら、俺がいい加減に緩めてやる。そうやってバランス取ればいいじゃん」

「……それ、仕事の話?」

「さあな。人生全部の話かもな」


 優はしばらく俺を見つめていたが、やがてフッと笑い出した。

 それは、今日一番自然で、柔らかい笑顔だった。


「……本当に、いい加減な人ね」

「褒め言葉として受け取っとくわ」


 周りの喧騒が、不思議と心地よいBGMに変わっていく。

 プラスチックのカップで乾杯をする。

 高級ワインの代わりのコーヒーは、少し苦くて、でもとても温かかった。


「ねえ、幸太朗くん」

「ん?」

「……予定、押さえといてよね」

「あ?」

「来年の12月24日。……予約、取れちゃってるんだから。無駄にするのは非合理的でしょう?」


 優は少し照れくさそうに、視線を逸らして言った。

 俺は唖然とし、それから吹き出した。


「お前……1年後まで俺と一緒にいるつもりかよ」

「契約満了して、出向から戻った後よ。……もう上司部下の関係じゃないわ」


 それは、遠回しな「未来への約束」だった。

 3月で終わるはずだった関係。

 でも、1年後のクリスマスまで、二人の予定は確保された。


「了解。……スケジュールに入れとくわ」


 俺たちのクリスマスは、計画とは程遠い、バグだらけの夜になった。

 けれど、最適解を超えた先にある、不格好で愛おしい答えを見つけた気がした。


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