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氷の女帝は、システム(恋)にバグが多い。 〜論理武装した元同級生上司を、社畜の俺が物理的にデバッグする話〜  作者: おこげ。


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第13話:夜空の華


「……マジかよ」


 その言葉は、俺の口から思わず漏れたものだったが、周囲の子会社メンバーたちの心の声でもあった。

 

 花火大会当日。

 会場近くの集合場所には、見慣れた顔ぶれが揃っていた。

 仕事帰りのスーツ姿の同僚たち、少しお洒落をしてきた女性社員たち。

 そんな中、一際異彩を放つ……いや、輝きを放つ人物が到着したのだ。


「お待たせ。……変、かしら?」


 タクシーから降りてきた佐藤優は、完璧な浴衣姿だった。

 濃紺の生地に、淡い撫子の花が散りばめられた上品な柄。

 派手すぎず、かといって地味でもない、絶妙なバランス。

 普段のビジネスライクなパンツスーツとは対極にある、しっとりとした和の装い。

 まとめ上げられた黒髪から覗くうなじが、夕暮れの光を受けて白く光っている。

 

 破壊力がすごすぎる。

 周囲の空気が一瞬で止まったのが分かった。

 道行く人たちですら、思わず振り返るほどの美しさだ。

 

「……似合いすぎだろ」

「そ、そう? 呉服屋の店員さんに『これなら絶対に舐められません』って選んでもらったんだけど」

「どんなオーダーしたんだよ……」


 俺がツッコミを入れると、佐藤は少し安心したように頬を緩めた。

 その笑顔の破壊力に、さらに数人が即死した気配がする。


「やあ、優さん。待っていたよ」


 そこへ、爽やかな声がかかった。

 西園寺玲央だ。

 彼もまた、白っぽい高級そうな麻の甚平を着こなしている。

 モデルかよ。雑誌の撮影かよ。

 俺の量販店のレンタル浴衣(3,980円)とは素材の次元が違う。


「西園寺さん……本日はお招きいただきありがとうございます」

「いいんだよ。君のプライベートな姿が見られるなら、安いものだ。……普段とは違って、新鮮だね」


 西園寺は、臆面もなく歯の浮くような台詞を言った。

 だが、その視線がふと、佐藤の隣にいる俺に向けられた。

 一瞬だけ、目が細められる。

 佐藤が、俺の半歩後ろに隠れるように立っていたからだ。

 そして、俺とお揃いのような(実際は値段が違うが)浴衣姿であることに気づいたらしい。


「井伊くんも、なかなか粋だね」

「あ、ありがとうございます。レンタルですけど」

「はは、謙遜しなくていい。……さ、行こうか。VIP席への専用ルートがあるんだ」


 西園寺は笑顔を崩さず、優をエスコートしようと手を差し出した。

 完璧なタイミング。完璧な所作。

 だが。


「……幸太朗くん」


 佐藤は西園寺の手を取らず、小声で俺を呼んだ。


「業務命令実行。……はぐれると、セキュリティリスクだから」

「……へいへい」


 俺は苦笑して、自分の左腕を少し上げた。

 佐藤が躊躇いながら、その袖を掴む。

 

「……」

 

 西園寺の手が、空を掴んだまま止まった。

 その顔から笑みは消えていない。

 だが、俺には見えた。

 完璧な仮面の下で、プライドという名のガラスに小さなヒビが入るのを。


「……仲が良いんだね、君たちは」

「チームの仲間ですから」


 佐藤が短く答えた。

 西園寺は「なるほど」と肩をすくめ、踵を返して歩き出した。

 その背中は、いつもより少し冷やりとして見えた。



 VIP席は、ビルの屋上に設けられた特設エリアだった。

 冷えたシャンパン、高級オードブル、ふかふかのソファ。

 下界の混雑とは無縁の、選ばれし者たちの空間だ。

 役員たちが談笑し、どこかの社長が名刺交換をしている。

 俺たち現場の人間にとっては、居心地の悪さが半端なかった。

 

 俺はシャンパングラスを片手に、会場の端にあるドリンクコーナーに逃げ込んだ。

 すると、いつの間にか横に西園寺が立っていた。


「楽しんでいるかい? 井伊くん」

「あ、はい。……すごい眺めですね」

「ここからだと、花火を見下ろす形になるんだ。優越感だろう?」


 西園寺はグラスを揺らしながら言った。

 その目は、夜景よりも遠くを見ているようだった。


「君たちのプロジェクト、順調らしいね。佐藤チーフからの報告書は読んでいるよ。……泥臭い対応で現場をまとめているのは君だとか」

「いえ、俺はただの手伝いです。管理は佐藤さんがやってますから」

「謙遜しなくていい。 ……ただ、これからの時代に求められるのは、属人性を排除した『スマートな仕組み』だ。 君のやり方は、少し無駄が多いと思われても仕方ない」


 にこやかだが、確信を突く言葉。

 彼は俺を見下しているわけじゃない。ただ、純粋に技術的な価値観が違うのだ。

 綺麗に整備された道路を走るF1マシンと、瓦礫の山を走る重機。

 どちらも車だが、走る場所が違う。


「無駄も多いけど、遊びがあって壊れにくいのが取り柄なんで」

「壊れない、か。……それが本当ならいいんだけどね」


 西園寺は意味ありげに微笑んだ。

 その時、佐藤が俺を探してこちらに来るのが見えた。西園寺は軽く会釈をして離れていった。


「……幸太朗くん、こっち」


 佐藤が俺の手を引き、会場のさらに奧、手すりの方へ連れて行く。

 メインの席から離れた、少し薄暗い場所だ。


「ここなら、あまり目立たないわ」

「お前、主役みたいなもんなのに。また逃げるのか?」

「いいの。私は貴方のパートナーとして来てるんだから」


 佐藤は手すりに寄りかかり、夜風に当たった。

 眼下には、隅田川沿いに集まった無数の屋台と、蟻のように密集した観客たちが見える。

 さっきまでの緊張が解けたのか、彼女の横顔は穏やかだった。


「……きれい」

「まだ花火上がってないけどな」

「ううん。……こういうの、初めてだから」


 彼女は遠くの夜景を見つめて言った。


「勉強と仕事ばかりしてきたから。花火大会なんて、テレビのニュースで見る『人流データの分析対象』でしかなかったわ」

「……そりゃまた、寂しい青春だな」

「だから、今日は……その、嬉しいの。貴方と一緒で」


 佐藤がそっと、俺の手に自分の手を重ねてきた。

 冷たい指先。

 浴衣の袖が触れ合う距離。

 シャンプーではない、花の香りがした。


 俺が何か気の利いたことを言おうとした時。

 ドン、と腹に響く音がした。

 最初の一発が打ち上がったのだ。


 夜空に大輪の花が咲く。

 歓声が上がり、誰もが空を見上げた。


「わあ……!」


 佐藤の瞳に、極彩色の光が映り込む。

 その横顔は、俺が見たどんな佐藤よりも美しく、無防備で、可愛らしかった。

 俺は思わず、重ねられた手を握り返した。

 佐藤が驚いて俺を見る。

 そして、ふわりと微笑み返してくれた。


 その時だった。


『システム管理者へのお知らせです』


 会場のBGMを切り裂くように、俺のスマホから無機質な警告音が鳴り響いた。

 いや、俺だけじゃない。

 マネージャーのスマホも。

 そして、西園寺の懐からも。


「……!」


 佐藤の表情が一瞬で凍りついた。

 職業病だ。

 この音が何を意味するか、俺たちは嫌というほど知っている。

 

 アクセス集中による、サーバー高負荷警告。

 しかも、レベルが『Critical(危険)』だ。


「……始まったね」


 背後から近づいてきた西園寺が、グラスを片手に不敵に笑っていた。

 さっきの「壊れないのが取り柄」という言葉に対する、答え合わせでもするかのように。

 その目は、花火よりも冷たく、暗い光を宿していた。


「さあ、見せてもらおうか。君たちの『現場力』とやらを。……まさか、この最高のショーを台無しにするようなことはないよね?」


 空には次々と花火が打ち上がる。

 だが、俺たちの戦いは、地上で始まったばかりだった。


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