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氷の女帝は、システム(恋)にバグが多い。 〜論理武装した元同級生上司を、社畜の俺が物理的にデバッグする話〜  作者: おこげ。


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第12話:挑戦状(招待状)

「ねえ、幸太朗くん。今週末の予定、空いてる?」


 給湯室でコーヒーを淹れていると、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこには珍しく少し言い淀んでいる様子の佐藤がいた。


「週末? ああ、特に何もないけど……まさか、休日出勤か?」

「違うわ。……その、西園寺さんから招待状を頂いたの」


 佐藤が差し出したのは、金箔押しの縁取りがされた、いかにも高級そうな封筒だった。

 中には、今週末に開催される花火大会の案内状が入っている。

 それも、ただの観覧席ではない。『協賛企業・特別VIPシート』と書かれていた。


「うわ、すげえ。これ、一般じゃ絶対手に入らないやつだろ」

「グランツが大会のメインスポンサーになっているの。西園寺さんが、自分の持ち枠を私たちのチームのために分けてくれたのよ」


 佐藤の説明によると、西園寺は「日頃の労い」として、かつての部下である自分と、その現在のチームメンバー全員分のチケットを用意してくれたらしい。

 なんと十枚も。太っ腹すぎる。

 オフィスのフロアに戻ると、すでにその噂は広まっていた。


「おい、聞いたかよ!? あの西園寺さんがVIP席を用意してくれたって!」

「マジかよ、一生に一度行けるかどうかの席だろ?」

「やっぱ本社様は違うなー! 経費の桁が違うぜ!」

「当日は何着ていこう? やっぱ浴衣? それともドレスコードあるのかな?」


 子会社メンバーたちは狂喜乱舞していた。

 普段は「本社からの無理難題」に愚痴をこぼしている連中も、今日ばかりは西園寺を神と崇めている。現金なものだ。

 だが、その狂乱の中で、招待状を持ってきた当本人である佐藤だけが、どこか浮いていた。

 輪の中心にいるはずなのに、微妙に居心地が悪そうなのだ。


「『君たちの活躍は聞いているよ。たまには息抜きも必要だ。最高の席を用意したから、ぜひみんなで来てくれ』……ですって」


 給湯室で、佐藤が西園寺の言葉をそのまま復唱した。

 その声には、感謝と同時に、隠しきれない困惑が混じっていた。


「いい人じゃん、あいつ。やっぱエリートは余裕が違うな」

「……そうね。彼はいつだって完璧よ。気配りも、タイミングも、善意の押し付け方も」


 佐藤は小さくため息をついた。

 

 西園寺玲央。

 先日視察に来た、本社若手のエースであり、佐藤の元上司。

 俺こと井伊幸太朗にとっては、圧倒的な格差を見せつけられた相手でもある。

 だが、彼には嫌味なところが一切なかった。俺のような子会社の平社員にも、丁寧に、対等に接してくれた。

 それが余計に、こちらの劣等感を刺激するのだが。


「で、どうするんだ? みんな大喜びで行くだろうけど」

「ええ、もう参加希望の連絡が殺到してるわ。……ただ」


 佐藤は言葉を切り、少しだけ視線を逸らした。

 指先が、無意識にスーツの袖口をいじっている。彼女が緊張している時の癖だ。


「……そのVIP席って、本社役員や政財界の要人も集まるような場所なの。西園寺さんは良かれと思って呼んでくれたんだけど、私にとっては……少し、空気が重いのよ」


 想像がついた。

 西園寺の隣には、当然のように彼と同格のエリートたちが集まるだろう。

 きらびやかなスーツやドレス、交わされる会話は株価や海外情勢の話かもしれない。

 そんなキラキラした空間に放り込まれれば、佐藤といえども息が詰まるに違いない。

 ましてや、彼女は「効率」と「論理」以外には不器用な人間だ。社交辞令飛び交うパーティ会場のような雰囲気は苦痛でしかないだろう。


「西園寺さんは、私を『あちら側』の人間として扱うわ。君はこっちに来るべきだ、って。……でも、今の私は、あのような場に馴染める自信がないの」

「……馴染む必要なんてないだろ。ただ花火を見るだけなんだし」

「そう割り切れたら楽なんだけど。……彼らが醸し出す『成功者』のオーラは、私を窒息させるのよ」


 佐藤の表情が陰る。

 彼女はずっと完璧であろうとしてきた。だが、本物の「完璧」である西園寺を前にすると、自分の未熟さを突きつけられるのかもしれない。

 あるいは、単に人付き合いが苦手なだけか。


「なるほどな。で、俺に断りの連絡を入れろと?」

「違うわ」


 佐藤が一歩、俺に近づいた。

 真剣な眼差しで見上げられる。


「貴方も来なさい。いえ、来てもらうわ」

「俺も? まあ、タダで花火が見れるなら行くけど……」

「ただの参加じゃないわ。……私の『防波堤』として機能しなさい」


 防波堤?


「西園寺さんは、きっと親切心で私をエスコートしようとしてくれるわ。悪気なく、自然に、完璧に。……でも、今の私にはそれが少ししんどいの」

「……贅沢な悩みだな」

「うるさいわね。とにかく、私はあそこで気を張りたくないの。だから……」


 佐藤は一度言葉を切り、意を決したように言った。


「井伊社員、業務命令よ。当日は浴衣を着用し、私のパートナーとして常に隣を確保すること。西園寺さんや他の役員から私が孤立しないよう、あるいは過剰に絡まれないよう、物理的・精神的なバリアとして機能しなさい。これは絶対命令です」


 ビシッと言い放ったが、その耳は少し赤かった。

 要するに、「一人だと心細いから、知ってる顔が隣にいてほしい」ということだろう。

 もっと言えば、「西園寺さんじゃなくて、あんたがいい」と言っているようにも聞こえる。

 それをここまで小難しく言えるのも、ある意味才能だ。


 俺は苦笑して、残りのコーヒーを飲み干した。

 断る理由はいくらでもあった。休日のプライベートだとか、浴衣なんて持ってないとか、本社エリートの集まりなんて俺も御免だとか。


 でも。

 目の前の不器用な上司は、必死にSOSを出していた。

 完璧な鎧を着込んでいるようで、中身は迷子の子どものままだ。

 ここであっさり見捨てたら、彼女は一人で、あの煌びやかな戦場で立ち尽くすことになる。

 それは、なんというか……俺の「E加減」な美学に反する気がした。


「……業務命令って言われてもなぁ。オプション料金は高いぞ?」

「レンタル代は経費で落とすわ。それに……」


 佐藤は少し躊躇ってから、ボソッと言った。


「……特別手当ボーナスも、つけるから」

「ボーナス?」

「私の……その、個人的な感謝の気持ちというか……」


 しどろもどろになる彼女を見て、俺の中で何かがストンと落ちた。

 完璧超人の元上司が用意した最高の席よりも、俺という「防波堤」を選んだ彼女。

 そこに含まれるのが、単なる「気安さ」だけだったとしても。

 選ばれたこと自体は、悪い気分じゃなかった。


「……了解。謹んでお受けします、チーフ」


 俺がニヤリと笑うと、佐藤はぱぁっと表情を明るくした。

 その顔は、いつもの厳しい上司の顔ではなく。

 楽しみなイベントを前にした、年相応の女の子のそれだった。


「言質は取ったわよ。……じゃあ、当日は期待してるから」


 彼女は足取り軽く給湯室を出て行った。

 残された俺は、手元のVIPチケットを見つめる。

 

 西園寺玲央。

 あいつの完璧な善意を、俺たちがどう「攻略」するか。

 ……まあ、たまにはこういう戦いも悪くないか。


 俺はスマホを取り出し、「浴衣 メンズ 着方」で検索を始めた。


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