ともだち
•ナオ:少年。孤独を抱え、唯一の光だったレイに強く依存していた。彼女を失ったことで心を壊し、幻影を追い続ける。
•レイ:少女。夏の日に命を絶った儚い存在。ナオにとって「友達」であり、同時に逃げ場でもあった。死後は幻影としてナオの前に現れる。
•ユウ:少女。ナオとレイの共通の友人。現実に留まろうとする理性的な存在で、ナオを救おうとするが、その想いは届かない。
人・ユウ。
レイの残した最後の言葉を胸に、ユウはナオを現実へと引き戻そうとする。
しかし、ナオの耳には蝉の声と、透明なレイの笑い声が響き続けていた。
「君がいなくちゃ、居場所なんてないんだ」
――それは愛か、それとも呪いか。
やがてナオは決断する。
現実を手放し、レイと“永遠の夏”に閉じこもることを。
ユウの必死の呼びかけも虚しく、ナオの心は戻らなかった。
蝉の声の中、彼は幻影のレイと共に微笑む。
残されたユウの目に映ったのは――
誰もいない教室で、空席に向かって語りかけるナオの姿だった。
第一幕:追憶の蝉時雨
(SE:夏の蝉の声、遠くで電車の通る音)
ナオ(独白)
「レイがいなくなって、世界はモノクロになった。
教室の隅、あの窓辺で笑ってた君を――もう、誰も覚えていない」
(SE:ガラスの割れる音)
ユウ
「ナオ……また花瓶、倒したの?
もう、やめよう。先生たちも心配してる」
ナオ
「うるさい。君には、関係ない……っ」
ユウ
「関係ないわけないでしょ! 私たち、三人で……いつも、いっしょだったじゃない……!」
ナオ(感情が崩れる)
「違う……違うんだ、ユウ……君は、レイの気持ちなんて、何も……!」
⸻
第二幕:キーホルダーの片割れ
(SE:放課後の教室、蝉の声が止む)
ナオ(独白)
「レイは言っていた。
“私たち、似てるね。逃げ場所がないとこ。”
――その言葉に、僕はすがったんだ」
レイ(回想・ふわりとした声)
「ねぇナオ。私ね、たまに思うの。
全部、消えてしまえたら、って……そしたら、ずっと一緒にいられるのかな、って」
ナオ(微笑む)
「じゃあ、消えようか。ふたりで。
どこにも行かなくていい世界で、手をつないで、眠ろうよ」
(SE:踏切の警報音、近づいてくる電車)
ユウ(叫ぶ)
「やめてッ!! お願い、やめて、ナオ!! レイは、そんなこと、望んでない!!」
ナオ
「じゃあ、どうして僕をひとりにした……ッ!
彼女が消えたあの日、僕も一緒にいなくなるべきだった!」
⸻
第三幕:透明な指先
(SE:静寂。蝉の声も、電車も止んでいる)
ナオ(独白)
「夏が終わっても、あの声は耳から離れない。
白い肌、笑った横顔――透明になっていく君が、今も僕のそばにいる」
レイ(幻影)
「ナオ……苦しかったね。でも、私は――
君の“居場所”になるつもりなんて、なかったよ……」
ナオ(涙声)
「うそだ……だって、君は言った……
“私たち、ずっと一緒”って、言ったじゃないか……」
ユウ(そっと寄り添って)
「それでも、生きてる人間は……前に進まなきゃいけないの。
私は君の“今”を見てる。レイは、きっと……君の過去を閉じたがってる」
(SE:キーッ、と窓が開く音。風が教室を吹き抜ける)
ナオ
「――ねえ、レイ。
僕、やっと君の手を……手放せる気がする」
最終幕:さようなら、あの夏へ。
(SE:蝉の声が再び鳴り始める)
ナオ(独白)
「お揃いのキーホルダー、もうひとつは失くしてしまったけれど。
あの日の景色も、笑い声も……
この胸のなかにある。確かに、あるんだ」
ユウ
「ナオ……大丈夫?」
ナオ
「……ああ。少し、歩いてみる。レイのいない、夏を」
⸻
(SE:電車の音。遠くへと去っていく)
レイ(微かに)
「――ともだち、だったね」
⸻
(SE:時計の秒針の音、教室の片隅で揺れるカーテン)
ナオ(独白)
「季節は、また少しずつ動いていた。
でも僕だけが、あの日の“蝉の声”の中にいた。レイの名前を呼ぶことも、許されないまま」
ユウ(そっと机に手を置いて)
「……ナオ。今日、保健室で先生に聞いたの。
レイが、最後に誰にメッセージを残していたか」
ナオ(急に鋭い目)
「やめろ。
それ以上、話すな」
ユウ
「――ナオに、じゃなかったのよ。
彼女が宛てたのは、“わたし”だった」
(SE:割れるガラス。遠くで雷鳴が響く)
ナオ(感情爆発)
「うそだ!! 嘘だ嘘だ嘘だ!!!
レイは僕を見てた!僕だけを見てたんだ!!!
……君なんかに、奪われるくらいなら――」
(SE:机を叩きつける音、そして沈黙)
ユウ(涙を堪える)
「ナオ……あなた、もう戻れないところにいる。
それでも……レイは最後、あなたを許したかったんだと思う」
ナオ(震える声)
「……ああ。
“ともだち”って、優しい言葉に騙されたんだな……
……僕は、ただの、都合のいい……」
第六幕:青空の下、墓前にて
(SE:鳥の声、風に揺れる風鈴の音)
ユウ(手を合わせながら)
「……レイ。
彼はまだ、あなたに会いたがってるよ。
でもね、あの日、彼が“仕掛けた花瓶”が原因で――」
ナオ(後方から)
「やめろ……もう、やめてくれ……」
(SE:振り返る音。草を踏む足音)
ユウ
「……あなたが“悪意なく”やったことでも、
それが彼女の最後の一押しになったことは、事実なのよ」
ナオ(ポツリと)
「……どうすれば、僕は償えるの」
ユウ(真っ直ぐ見つめ)
「“思い出”を捨てること。
レイにすがっている限り、あなたも、彼女も、救われない」
(SE:墓前に置かれる壊れたキーホルダー)
ナオ
「さよなら……“ともだち”」
⸻
最終幕:消えない声、取り憑かれたまま
(SE:夜の学校、微かな風。誰もいない教室の音)
ナオ(独白)
「だけど、ユウ。
僕は、ずっとここにいる。
透明な彼女と、並んで座ってる――
ほら、君には見えないだろう? あの、白い肌の少女が」
レイ(幻影)
「ナオ……もう、わたしを、離して……
こんなの、苦しいだけ……」
ナオ(狂気)
「違うよレイ。これでいいんだ。
誰にも邪魔されない、ふたりきりの世界。
……あの夏の日に、ずっと閉じ込めておいてあげる」
(SE:突然の無音。そして、教室に響く声)
ユウ(独白)
「……あれから、彼は戻ってこなかった。
教室の窓辺でひとり、笑っている。
誰もいないのに、誰かと話すように――
まるで、“ともだち”がそこにいるかのように」
(SE:カタン、と椅子が倒れる音。再び蝉の声)