音速ビンタ
私が住んでいるのはマンションの10F。父と母と娘の私と弟で4人暮らし。
セキュリティーはしっかりしていてエントランス・エレベーター・自宅玄関と3種類の鍵が必要。鍵の形状的にも複製は不可。ドアノブに差し込んでカチャリと回すタイプとカードキー、暗証番号の組み合わせなので安全な反面、友人を自室に呼ぶ時などは若干煩わしいなとは思っていた。
一方で来た友人はだいたい羨ましがってくれる。
リビングも広めだし両親の寝室や、弟の部屋もあるので必要十分。
このマンション内でも特に悪い噂は聞かなかったんだけど…
ここ数日。
気持ちの悪い霊をあちこちで見かけるように。
高校からの帰り道、、
コンビニの角を曲がると私の住んでるマンションが見えてくる…
もうその時点でエントランスの隅にそれがいるのが見える。
エレベーター内で
マンション廊下で
玄関で
リビングで
浴室で
トイレで
自室で
もう最悪。マンションの中だけの話だけど、私にだけ纏わりついてる。
これが誰かと気持ちを共有できるんだったらまだマシなのかもしれないけど、
「もうその話題は辞めなさい」
と両親から怒られ、弟からは鼻で笑われる。
この行き場の無いやるせなさをどうしようかと悩んでいた。
この気持ちが悪い霊。
霊ってだけでそもそも気持ちが悪いのに、
頭そのものが球形の水でできているように見えて、
顔パーツはぐにゃぐにゃと不定形で動いている。
目が縦になったり回転したり
鼻が沈んでいったり現れたり
口は大きくなったり小さくなったり…
おおよそのパーツの位置は合ってるんだけど福笑いみたいに動いてる。
いつもこちらの反応を見てニヤニヤしている感じ、、、
毎日のように顔を合わせ3か月が過ぎた。
そんな7月のある夜に寝ている時、
人の気配がした後にぐっと重みがして意識が覚醒する。
腰の上に誰かが乗ってくる。
「…ご…がぼ…あっ……ぐ…」
男性の声が小さく聞こえる。
考えてみればその霊の声を聞くのは初めてであった。
目を薄く開けると水がぐにゃぐにゃと動き不定形に顔を形づくられた霊。
私は無性に腹が立った。
「いい加減に…しろっ!!!!!」
バチィィィィン!!!
近くにある顔を振り払うつもりで軽く手で払った…という振りではない。
本気で全力のビンタをした。
人生でこれほどまでに速く、力を込めて右手を振りぬいた事はなかった。
これまでの怒り、
寝てるところを上に乗ってくるという非常識さ、
寝起きの機嫌の悪さの全てをパワーに変えて。
すると…
その霊は掻き消えて部屋には静寂が戻った。
夢でない事は掌に残った強い痺れが教えてくれた。
全く…実体があるだなんてとんでもない霊である。
何をしようとしたんだろう…
と考え、そこから怖くなりその日は朝方まで眠れなかった。
寝不足のまま学校に行くと、
朝のHRに担任の男性教師が少し遅れてやって来る。
その左の頬には大きな湿布が貼られており、
かなり腫れているということが伺えた。
後 の 旦 那 で あ る ! ! !
あれから5年。
今の旦那は、高校の元担任教師なのである。
左側の歯を私のビンタで5本ぶっ飛ばされた彼である。
大きな湿布を見かけてから一日中、担任の元に向かったがことごとく逃げられた。
何とか帰り際に彼の自家用車の所で捕まえ、白状させた。
『強姦するつもりで部屋に侵入した
直前に空中に浮かぶ水球(?)が顔にまとわりつき溺れた
そこで藻掻いていると物凄いビンタを喰らった』
…らしい。
私はそんな事よりも担任の能力が気になった。
私のマンションはセキュリティーが万全。
夜中に部屋に侵入だなんて不可能に近い。
『ワープだよ』
ワープかぁ…。
まぁ霊もいたしワープもあるかぁ。
って事で、
先生が私に惚れてるってことと、
誤魔化さずに本当のことを言ったこと、(部屋に歯が落ちてたし)
見た目が悪くない上に公務員であること、
ワープが使えること。
これらを評価して私と先生は付き合う事になった。
ちっちゃい頃はボロいアパートの1Fに住んでたけど、
もう絶対あの頃には戻りたくない。
随分家族ぐるみで悪い事をやって、
こんな良いマンションに住めるようになった。
奪ったものは絶対に奪い返されないようにセキュリティーが万全なこの…
結局は水の霊も今のところ私の味方をしてくれてるから、
このマンションを引っ越す理由は無い。
過去に私達家族が死に追いやった人の内の1人だと思うんだけどね。
今現在の私達夫婦はこのマンションの14Fに住んでる。
旦那には今後もたーくさん盗みをしてもらう。
このマンションの最上階にまで私を連れて行ってね。
毎日見るぐにゃぐにゃさんも
絶対に裏切るなよ。
お願いね。