6 生命の雫の首飾り
このダンジョンの最も恐ろしいところはその耐久性である。最下層に限り、攻撃力は皆無なのに、その扉も壁も恐るべき耐久性なのだ。むしろ、ボスはこの部屋そのものと言ってしまっても良いかもしれない。
光の精霊の愛し子と言っても、まだアッシュは若いせいか、精霊の力を活かしきっていないようだった。ルークならば、既にこの扉を壊せるほどの力がある。精霊の力を借りるには、愛されるだけでは足りない。精霊を自らも受け入れる必要がある。
(あまり精霊のことを良く分かっていないのかもしれない……ルークも闇の精霊に愛されていることに怯えていた)
今の時代は精霊と人間に距離のある時代なのかもしれない。それでは、魔法は弱くなる。
皆の魔法を合わせても、扉はびくともせず、次第に焦燥や恐怖がつのっていく。未だに統率が取れているのは、アッシュが決して諦めていない強い目をして号令をかけているからだろう。
エリサは皆の魔法に紛れて、自身も攻撃魔法を目立たず準備し、周囲の者たちが魔法を放つ瞬間に合わせて放った。まばゆい閃光が辺りを満たし轟音が轟くと、扉が吹き飛ばされた。
人々は我先へと扉の外へと駆け出ていく。エリサは部屋の隅に落ちてきた宝箱の側に近寄り、開けると中身を取り出した。銀色の石の入った首飾りが二つある。
「ねえ」
後ろから声が掛かりドキリとする。てっきり皆出て行ったかと思ったが、アッシュは唯一残っていたようだ。
「あなただよね? 扉を壊した魔法を放ったのは?」
(……しかもばれている。これは逃げるが勝ちだな)
「ナンノコトカナ」
漆黒のじとっとした目で見つめられる。エリサはため息をついた。
「うん、そうだよ。私がやった。ここは、危険なダンジョンなんだ。最下層のこの部屋にはもう入らない方が良い」
「あなたは何者?」
漆黒の黒い髪と瞳に、何だかルークと正反対だなぁと面白く思う。それぞれの加護を受けている精霊の色は彼等自身の持つ色とはあべこべだ。アッシュの切れ長の夜のように静かな瞳は年齢に見合わない落ち着きと知性を感じさせる。
「私は時の魔法使い。今回は成り行きなんだ」
そう言って、エリサは宝箱から取り出した銀色の石の付いた首飾りの二つの内の一つをアッシュに向け放り投げ渡す。危うげ無く片手で受け止めたアッシュは、胡乱げにそれを見つめる。
「……なにを」
「それは、生命の雫の首飾り。一度だけ致命傷を肩代わってくれる」
「な!? 致命傷を肩代わりって……そんなの伝説級の宝物じゃないか!?」
「口止め料だよ。ここで、私に会ったことは内緒にして欲しい」
(時の魔法使いが、各地の宝物を漁っているなんて噂が立つと外聞が悪いし)
「これはとても珍しい物なんだよ。世界に二つしかない。これはお揃いだね」
エリサはもう一つの首飾りを振ってみせた。エリサには必要がなく、前回は取らずに置いてきたのだ。アッシュは呆然したようにエリサを見つめた。
「あなたは命の恩人だよ。あなたが話すなと言えば決して話さない。これは、僕には過ぎた物だ。貰う理由がない」
(真面目で良い子だなぁ)
エリサは、微笑ましくアッシュを眺めた。何故かむっとしたようにアッシュは表情を固くする。
「君はとても頑張っていたじゃないか。貰う資格は十分にあるよ。子供なんだからもっと周りに頼って良いのに」
「……子供じゃない。あなたとそう変わらないでしょ」
「見た目とは一致しないよ。時の魔法使いだからね」
(光と闇の愛し子が同じ首飾りを持っているのも縁があるようで面白いな……この子はいつかルークに会うかもしれない)
「君はまだまだ強くなれるね。精霊をよく感じるんだ。光の精霊の愛し子よ」
「えっ……あっ!ちょっと、待って!!」
エリサはそう言うと、すたこらさっさと時の魔法使いの家に転移をした。もう一つの銀の石の付いたネックレスを持って……。