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最終話 未来へ

 虚無の力は全てを呑み込むかのように広間のあらゆる物を消しはじめた。


(ラプラスは私を待っていたと言った。この世界のことわりを維持しているラプラスが虚無に侵食されていたなんて。この地に導かれたのは、虚無が時の魔法使いを呑み込むためにそもそも仕組んだことだったのだろうか……)


 全てを消す虚無の魔力をかわしながら、カレンやルーク、シドは魔力弾をぶつけるが、その魔力弾が爆発する前に虚無に呑まれて消え失せてしまう。


 エリサは気配を探ると、この三角錐全体が虚無と一体化しているような印象を受ける。一縷いちるの望みをかけて、クウヤを見やるが、クウヤは迫ってくる虚無の力を無効化しているものの、それ以上の力は使い方が分からないようである。がむしゃらに拳を振るっている。


(このままでは、今のことわりを維持し秩序を護るどころではなく、世界が終わってしまう……)


 エリサは、ルークとカレンを見つめた。途轍もない魔力を虚無を排除するために振るっているが、魔力ごと空間がどんどん消えて、漆黒の闇が広がっていっている。


(私はこの最後の選択をしても君たちを守れるなら、時の魔法使いであったことを後悔しない)


「虚ろよりも空なる者よ。時の流れよりも永遠の存在よ。全てを無に還せ」


 右手を伸ばし禁忌の虚無の魔法を使う。座標をこの地の虚無のみに設定する。囚われていた結界が崩壊する。エリサを中心として周辺の空間が大きく歪み、深淵が現れる。この世界から虚無を全て排除する。そのためにはエリサが向こう側に行き全ての虚無を引きずり込み、向こう側から閉じるしか手段はないだろう。時の魔法使いが虚無の魔法を使えるのは、こういう手段を想定していたのだと今となって分かる。この世界の者でありながら誰よりも虚無に近い存在として作られたのだと。


「エリサ!?」


 ルークが気付き血相を変えて駆け寄ってくる。


「や、やめろ!! やめてくれ!!! エリサ!!」


 エリサは、ゆっくりとルークを見つめた。ルークは恐怖に顔を歪め、エリサに手を伸ばす。


「ありがとう。君と過ごした日々はとても幸せだったよ」


 深淵が広がっていく。エリサは右腕を伸ばし広げた指をゆっくりと閉じた。全てが闇に閉ざされた。




 どれだけの時間が経ったのだろう……。闇の中に揺蕩いながらまだ己の存在の輪郭があることにエリサは不思議に思う。虚無に直ぐに呑み込まれ、存在ごと消え失せるかと思っていたが、まだ己は生きているようだ。


「エリサ」


 呼び声が聞こえ真っ暗闇の中に目を凝らすも何も見えない。やがて白っぽく微かに発光するように浮かび上がったのはクウヤだった。


「……クウヤ?」

「そうだよ。エリサ」

「どうしてここに?」

「思い出したんだ。俺もかつてこの虚無の一部となったことを。そして、今では違う存在となっている」


 クウヤの瞳が黄金色に輝き、淡い光はエリサを包み込んだ。


「違う存在?」

「ああ……全てを滅びに導くだけの現象ものから人間と接触した影響で違う存在ものになりつつあった。その中で虚無の一部がクウヤと出会ったことで更に俺たちは新しい何かになった」

「新しい何か?」

「ああ……全ては変わっていく。良くも悪くも。それは避けようがなく時には悲惨にも素晴らしくもなる」

「君はクウヤなのかい?」

「……クウヤであって暗主あんしゅでもある」


 クウヤは優しく笑うとエリサの指を撫でた。そこに嵌めらていた指輪が熱を発すると一筋の光を伸ばしていく。


「エリサ。君を強く呼ぶ声がする。それにそろそろ虚無を抑えるのも限界だ。行くんだ」

「クウヤはどうするんだ?」

「……俺たちは滅びをもたらす前に多くの世界を旅することにしたんだ。君たちの世界はまた虚無からは遠ざかった。暫くは安全なはずだ。暫くと言ってもまぁ、人という種が存続する位の時間はね」


 クウヤに押しやられ光の指す方向にエリサはゆっくりと川を下るように流れていく。


「クウヤ……」

「エリサ。君とした旅は楽しかった。最後に君に忠告をしよう。人間は諦めの悪いくらいの方が良い」


 ゆっくりとクウヤが遠ざかって行く。エリサは力の抜けた身体が流れていくままに光の指す方向へ顔を向けた。その闇の中に光の裂け目が入っていく。その裂け目を抉じ開け二本の腕が覗いた。


「エリサ!!」


 ルークが裂け目から身を乗り出しエリサを抱き寄せる。虚無に接するルークの身体が蒸発するように火花を発している。身体の輪郭が薄れていき亀裂が入っていくように見える。


「ルーク!! なんてことを! 死んでしまうよ!! 止めてくれ!!」

「それはこっちの台詞だ。君がいなければ俺の存在など意味がない。君を愛している」

 

 裂け目から引っ張り出され、地面に二人して転がる。空間に開いた裂け目は直ぐに閉じたようだ。エリサは慌ててルークを見るが、亀裂はどんどんルークの身体を侵食していく。虚無に触れすぎたのだ。治癒魔法と魔力をありったけ注ぎ込む。


「……エリサ。勝手をしてごめん。君をずっと自由にしたかった。君の信念や生き方を軽んじた訳ではない」

「分かっているよ。もう喋らないで。だめだ……魔力が身体からこぼれ落ちる……」


 止まらない崩壊にエリサは手が震えてくる。


「……ただ、好きに生きてほしかったんだ。俺が死んでも君には幸せになって欲しい」


 ルークはとても満たされたような表情をしている。


「……ルーク。ああ……亀裂が止まらない……どうしよう……嫌だ……嫌だよ!……私も君が好きだ!! 愛している!! 逝かないでくれ!!!」


 エリサの叫びにルークはとても幸せそうに笑った。そして大きく亀裂が入りぱりんと砕け散った。


 割れた音の響いたルークの胸元から銀色の淡い輝きが生まれ身体を包み込む。それは瞬く間にルークの身体を修復していく。


「こ、これは?」


 エリサはそっとルークの胸元に手を伸ばす。そこには生命の雫の首飾りが掛けられていた。銀色の石は割れている。


「……ルーク?」


 恐る恐る声を掛けると、ゆっくりとルークは目を見開いた。


「ルーク……ルーク!」


 エリサは横たわるルークに縋り付く。目が熱くて顔が上げられない。恐る恐る不器用に優しくルークが髪を撫でる。


「エリサ。髪の色が変わっている。とても綺麗な茶色だ」


 エリサは顔を上げ、己の髪を確認した。昔のままの髪色に戻ったようだった。もう、時の魔法使いは何処にもいないのだと分かった。遠くからエリサの名を呼ぶ声がし、駆けてくるカレンとシドが見える。カレンは腕の中に銀色の仔犬を抱えている。リュプスに黄金龍から貰った生命の雫の首飾りを持っていてもらったことでリュプスは助かったのだろうか。エリサは安堵の息をつく。


 やがて、眼下の地平線から日が昇ってきた。頂上の三角錐の王宮は全て消え原っぱのようになっている。数百年かけて元のことわりに戻っていくと言っていた。精霊や魔法はなくなっていき、新たな力を人々は手に入れていくのだろう。そして、また同じ過ちを……滅びに向かっていくのだろうか。


 エリサは泣きながら駆け寄ってくるカレンや手を握るルークを見て思う。きっと、それはこれから生きる自分たち次第なのだと。











                      【完】


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