44 覇王と赤龍
突然に気配がしてすぐ近くで声がし、エリサはびっくりしてそちらを向いた。銀の刺繍が入った黒い軍服を着たカレンが輝くような笑顔を浮かべこちらを見ている。
「カレン?」
「ああ! エリサ!! やはりエリサだったんだね。ようやく先日の死者の大軍の件の後始末が片付き戻ってくることができたんだ」
快活な明るい笑顔を浮かべ、近付いてくるカレンにラファエルやシドは明らかに警戒の色を表情に浮かべている。
「驚かないで欲しいのだが、これまでの大体の経緯は知っている」
少しばつが悪そうにカレンはエリサを見やる。
「エリサが黒猫になっていた時に監視魔法を掛けてしまっていたんだ……申し訳ない。許してください」
「えっ!?」
今にもその場に平伏して謝り続けそうな勢いであるが、全く気付かなかったことにエリサは驚いた。カレンはエリサの想像を超えて強い力を手に入れているようだ。
「うーん、仕方ないなぁ」
(あの時は猫だったし仕方ない。カレンは私だと思っていたようなので怒っても良いとは思うが……)
何となく、幼い頃から知っていてこうまで好意を示してくれていると大概のことは許してしまう気持ちになる。
「ありがとう。エリサ。もう、監視魔法は外したので安心してくれ。これからはエリサの意思に反し何かをすることはないよ」
「分かった。カレンはルークの言っていた使者なのか?」
「いや、使者は別で魔王に謁見している頃だろう。私は何を置いてもエリサに会いに来たのだよ」
(……魔王を置いたらダメなんじゃないのか……国の代表として……)
エリサは色々と突っ込みたいところはあったが、訳が分からないという顔をしているクウヤを紹介する。
「君のことは知っているよ。魔王軍入隊試験の際に、邪狼との戦いで良い気迫だった。見所があると思っていたんだ。いつでもわが国に来てくれていい」
カレンはとてもいい笑顔でクウヤに片手を差し出し握手を求めた。
「クウヤ。カレンは東漣国の王様というか……代表のような立場なんだ」
「えっ!! まさか紅蓮の覇王!?」
「嫌だな。そんな恥ずかしい呼称があるのか。わが国は共和制で私の権限などないよ。いつでも国を飛び出しエリサの側に侍ることができるからね! 安心してくれ、エリサ!」
カレンの勢いの良い調子は相変わらずである。とても嫌そうな顔をしているシドと焦った様子のラファエルからはカレンがここにいることは魔国側は想定していなかったのでは……と思い至る。
「貴方は国賓なので直ぐに魔王城に案内しますよ」
シドが引き攣った笑顔を浮かべて言うも、カレンは手を振った。
「いや、さっきも言ったように必要なことは別の者が伝えている。私は皆が東漣国に行く時までは自由に動いているよ。エリサの側で」
シドのこめかみがピクピクと引きつっている。
(あれ? 私の意思に反しては何かをしないのではなかったかな……まぁ、側に居られて嫌な訳でないから良いか)
その時、上空から強い風圧が押し寄せてきたので、驚いたエリサたちは空を見上げる。そこには、巨大な赤龍が見下ろしていた。
「……ああ。来たか。皆に紹介する。赤龍のライカだ」
「妾は湯上がりだったのだぞ。龍使いの荒い奴め」
そのまま、森の開けた所に一部木々を薙ぎ倒しながら赤龍のライカは着地をした。
(あれ……この龍は最近どこかで見た気がする……)
「ライカとは武者修行の旅の道中で出会い意気投合したのだ」
「うむ。カレンは人間にしては強く、好ましい覇気を持っている。また、妾の色と同じ色を纏っておるしな」
「普段は業火の火山キルウィルの火口に住んでいるんだ」
(やっぱり! 扉の向こうにいた赤龍だ!)
クウヤは驚きすぎて口を開けて見入っている。エリサは何度か龍には遭遇したことがあるが、本来なら伝説的な生き物で簡単に呼び寄せたり出来るような存在ではない。
「一度、見せてみたい光景があるんだ。皆、ライカに乗ってくれ」
「カレンの頼みだ。簡単に人間など運ぶ妾ではないが……今回は特別だ」
そう言うと赤龍はぺたりと身を地面にくっつけるようにして伏せた。それでもまだ大きく飛翔魔法を使わなければその背には乗れなかった。
クウヤは驚きながらも目を輝かせ龍の背に乗る。とても大きいのでその背には複数人が乗れる程である。
「君たちも乗ってくれて良いよ。置いていかれては魔王様に怒られるんじゃないか?」
ラファエルは恐る恐る、シドはしぶしぶ共に乗ってくる。カレンは龍の背中に結界魔法を張ったようだった。
「こうしなければ落ちてしまうのでね。これで落ちる心配はない。それでは、空の旅を楽しんでくれ!」
その言葉と同時に、赤龍ライカは翼を大きく羽ばたかせた。辺りの木々が根元から大きく揺れる。結界に守られているせいか風圧も特に感じない。その巨体から想像できないほど軽やかにふわっと浮き上がると、みるみる迷いの森は眼下に小さくなっていった。
 




